ウェブマガジン人事組織(2)

「戦略人事」とは何か

By jinjisoshiki

最近話題を集めている用語として「戦略人事」というものがある。これは簡単に言えば、企業の戦略と人事機能の連動を意味している。しかし、こういった考え方はとりたてて新しいものでもなく、昔から人事を企業戦略と連動させることの重要性は指摘されてきた。しかし、ここににきてあえて「戦略人事」という言葉が流行しているのは、これまでの戦略と人事との関連性に関する理解が浅かったことを意味しているのである。したがって今回は、戦略人事を深く理解し実行に移すための基礎的なフレームワークを提示する。

戦略人事を理解するための第1のポイント

「個々の人事施策は、多くの場合外圧によって導入される」

戦略人事というならば、企業は他社とはまったくちがった独自の人事制度をつくりあげなければならない、という誤解が当然生じる。しかし忘れてはならないのは、人事制度というのは、企業が簡単に独立的・自律的に設計できるものではない、ということである。

戦略というのは、他社の存在があるからこそ必要であるわけで、人事についても、他社の存在というのは非常に重要になってくる。そこで、他社が何か新しい制度を導入したとすれば、それは自社においてもそれを導入しなければならないというプレッシャーが高まってくるのである。

例えば、同一業界の75%の企業がストックオプションを導入したとすれば、おそらく自社もストックオプションを導入せざる得ない状況になる。なぜなら、仮にストックオプションが、企業の戦略の目的と関係があろうがなかろうが、人材にとって魅力的なものだとするならば、自社にその制度がないために、優秀な人材を確保できなくなるというリスクを負うからである。

ある個別の人事施策を導入していないために採用面で不利に陥ることもある

また、別の戦略的理由もある。それは、同じく業界の75%が360度フィードバックという評価システムを導入したとして、自社のみがそれを導入しなかったとする。仮に、360度フィードバックが本当に企業の業績にプラスに働くのか、あるいは社員の混乱を招いたりして企業業績を下げるのかわからないとする。このように、ある人事施策の効果が不明であったとしても、自社のみがそれを導入しなかった場合、自社のみが業績面で他社に取り残される危険が伴うのである。つまり、75%の企業の業績が向上し、自社の業績が悪化する可能性を拭い切れない。勿論、逆の場合もあり、自社のみが他の75%の業績悪化を尻目に、360度フィードバックを採用しなかった効果で業績向上を実現できるかもしれない。

業界のほとんどの企業が導入している制度を自社はいれないということは、相当のリスクを抱えることになる。仮にそれが良くない制度であるということが後で判明しても、ほとんどの他社が自社と同じグループにいるわけだから、競争優位上、他社との比較において大きな不利に立たされる可能性が少ないのである。

他社との歩調を合わせないと、自社の生存の危機に陥ることもありうる

コンサルティング・ファームの影響も無視できない。コンサルティング・ファームにとってのコンサルティング商品は、できるだけパッケージ化、モデル化したほうが、スケールメリットが出せ、標準化したほうが売りやすくなる。何故なら、商品が標準化されれば、コンサルタントはそれを熟知することによってビジネスができるため、コンサルタント教育コストも節約できるからである。そのため、多くの人事制度が、モデルとしてパッケージ化され、それを売り込むスタイルが現在主流となっている。

上記のような理由で導入された制度としては、以下のようなものが挙げられよう。

  • 職能資格制度
  • 目標管理制度
  • 複線型人事
  • 自己申告制度
  • 年俸制
  • カフェテリアプラン
  • ストックオプション
  • 360度フィードバック(多面的評価)
  • コンピテンシーモデル

1つ1つの制度を見れば、それが単独でどれだけ企業業績に貢献するものなのかを考えたら、ほとんどの制度に疑問符がつくはずである。しかしながら、これらの制度が社会に流布していく別の力が存在していたからこそ、現在の企業の多くがこういった制度を採用するに至ったのである。

コンサルティングの流行、人事部員どうしの会合やコミュニティー、勉強会といったものも、制度導入の外圧に寄与している

企業が独立して自律的に人事制度をつくったり変えたりすることができないという理由のもう一つは、労使関係の問題である。たとえば、労働組織が企業の属する産業内に幅広く広がっている場合、業界他社の人事のあり方が自社のあり方にも影響してくる。たとえば賃金制度と春闘は深い関係があったわけである。また企業内労働組合との関係で見ても、企業の意思のみで人事制度を変えることができないのは明らかである。

法規制の存在もしかりである。法規制があるためにストックオプションが導入できなく、疑似ストックオプションなるものが考案された例などもある。

人事制度というものは、企業、労働者、そしてその間を取り持つ政府や立法の3つどもえの相互作用で形成されていく

上記の議論からいえることは、外圧を無視した戦略人事は理想に終わるということである。企業が独立した単体と仮定して人事制度の絵を描いても、それは外部の様々な圧力に屈して実現不可能となる。常に外圧としてのプレッシャーを考慮に入れなくては真の戦略人事は実現しない。

戦略人事の第二のポイント

「人事システムのチューン・アップが中心である」

企業がさまざまな人事制度を内に抱えることは、ある程度前提としなければならない理由を上記で説明した。これは個人がPCを購入した時点で、OSをはじめとしてワープロや表計算、ウェブブラウザなどのいろいろなソフトが標準でついてくるのと同じである。もし、本人がより自分の仕事や遊びに適したPCにするためには、そこからいろいろとカスタマイズして、使いやすい環境を作っていくことになる。戦略人事とはまさにこのプロセスに似ており、いかにして企業の戦略、目的に合うように、人事制度をチューンアップしていくか、という問題に落ち着くのである。

その中でいらない制度を落としていくこともよい。皆がワープロを持っているが、自分はそんなものは要らないと決断したのであれば、自分のリスクにおいてそのソフトを削除するだろう。それと似たようなプロセスを戦略的視点から考えていくこともありうるわけだ。

例えば、年俸制1つをとっても、企業によっていろいろな運営の仕方が考えられるのである。

仮にA社とB社がどちらも、年俸制とカフェテリアプランを用いた人事制度であるとする、しかし、両者はまったく違う人事システムであることは十分ありうる。見かけは一緒でも運用の仕方はまったく異なる場合がある

いくつかの戦略類型と人事戦略とのの関係

ビジネスモデル中心型戦略

ビジネスモデル中心型戦略は、「儲ける仕組み」としてのビジネスモデルをしっかりと作りこみ、それを運用するための業務システムを構造的に設計し、かつ各人が実行する業務の標準化・単純化を進めていく戦略である。規制産業というのも、ある意味では儲ける仕組みを規制によって保護された企業であるという意味で、このビジネスモデル中心型戦略に属するかもしれない。

ビジネスモデル中心型戦略においては、構造化された業務が予定通りこなされれば、確実に企業利益に結びつくという形になっているので、業務を運営する人的資源にもとめられるのは、業務を正確かつ効率的にこなしていくことである。さらに、ビジネスモデル中心戦略において利益率を高めるためには、いかにして人件費コストを節約していくか、例えば同じ業務であれば、できるだけ少ない人数で、かつできるだけ手間をかけずに行うことができるようにしていくことである。

ビジネスモデル中心戦略においては、以下の2点を同時にすすめることが利益の向上につながる

  • ワークデザイン:より業務を標準化・単純化し、ミスや不効率をなくしていくこと
  • 低コストな労働力:標準化・単純化と同時に、高度な技術・スキルを持った人材を高コストで使うのではなく、低コストでも利用できる人材を積極的に活用していく

また管理方式としてはコントロールを中心とするシステムにしていくべきである

綿密に作り込まれたビジネスモデルを遂行する場合には、人材には創造性よりも業務の正確性を要求されるため、より人材の行動を標準的なものに近づけるためのコントロール主体の管理システムを作り込んでいく必要がある

また、人材が決まった行動さえすれば、ある程度の利益が見込めるようなビジネスモデルによって勝負する戦略であるため、人材に対しては成果主義的な処遇を行う必要はなく、むしろ、期待される行動をしっかりとおこなっているかどうかが処遇のポイントとなる。

業務の標準化・効率化などの推進において気をつけなければならないのは、人材が仕事に対してもつ意義を失いかねないという面である。したがって、職場にサークル的な雰囲気を植え付ける、制服やロゴマークを工夫する、クラブ活動を充実する、頭の良さや知識やスキルよりも性格が明るいことを重視して採用活動を行うなど、職場を常に明るく楽しい場にすることを心がけ、業務のコアの部分とは別の部分で人材の活力を維持していく施策が必要となってくる。

市場主義型戦略

市場主義型戦略というのは、自分はリスクを持たず、特定のビジネスモデルも持たず、競争力を得るためにもっとも必要な事業を見つけ、必要な人材は常に状況に応じて市場から調達していこうという戦略である。特定のビジネスモデルで勝負するというものではなく、むしろ、その時その時に、もっとも重要と思われるビジネス、事業、分野、仕組みを特定し、それを運営していくのに必要な人材を、市場から、市場価格で調達してくるという考え方である。経営戦略的にいうと、もっともホットな場所、利益の得やすい場所をめざとくみつけ、そこで利益をあげたら、次に新しいところを見つけていくという、スクラップアンドビルド型であるともいえる。また内部管理においても、市場主義をつらぬく。つまり、人材の自律性にある程度まかせ、実際に企業に利益を貢献できる人物にもっとも高額の与えていくような仕組みにすることとなる。

市場主義型戦略の長所は、組織が非常に柔軟になり、現在の状況に合わないようになってきたビジネスやそれに関わる人材の市場調達をすぐに止めることが可能となる。なぜなら、市場価格による調達を中心とする人事システムは、短期的な契約関係を中心として成り立つからである。企業側、人材側おたがいに市場主義調達システムの本質を理解しておれば、人材側でも必要となくなったときにすぐに市場に出て新たな雇用先をさがすことに納得するからである。したがって、長期的に人材を抱え込まず、かつ人件費が市場に合わせて変動するため固定化せず、非常にリスクの少ない戦略形態である。

市場調達が容易な人材というのは、主に専門職やプロフェッショナル型人材である。それは、弁護士、会計士、コンサルタント、技術者、など様々である。特にプロフェッショナル型人材は、様々な場で職務を経験していることから、評判などが本人の市場価値に反映しやすく、人材の市場価格を比較的容易に把握しやすいのである。

同じく市場調達が容易な人材としては、派遣社員があげられる。レベル的にはプロフェッショナルに劣るが、定型業務その他で必要なときに必要なだけ市場から調達して利用することが可能である。

市場主義型戦略に求められるポイントは以下のようなものがある

  • 人材市場の情報を常に仕入れ、人材の市場価格に敏感になる
  • 市場価格よりもやや高めの処遇をすることによって、優秀な人材のリテンションをはかる
  • 必要な時に、必要な質の、必要な量の人材をタイミングよく調達できるような仕組みを整える
  • 市場価値を超える部分は成果主義に徹底する。企業に対する具体的な貢献を企業が報酬という対価で買うわけである。勿論、貢献がなければ、市場価値分の報酬も保証しない

市場主義的戦略の会社が持っていくイメージは「オトナの会社」である。自律し、ききわけのよいオトナ同士が、冷静な契約関係に基づき、企業に貢献した分だけ報酬を受け取る、というある意味ではドライな関係性を維持していくことが必要である。人材に対しても、自由と自己責任を貫くように強調する。したがって、社員をコントロールし、行動を縛るような人事システムはほとんど用いない。

イノベーション型戦略

これは、企業内で次々と新しい事業のたねを生み出し、実験的にそういった事業をインキュベートしていきながら、本格的に事業展開できるようなものがでてきたときに、企業内外のあらゆる資源を使って大きくしていこうとする戦略である。新規事業のインキュベーションはある程度時間がかかるため、中長期的な視点もあわせもった形でマネジメントしていかねばならない。

イノベーション型戦略で、特に重要なのは、人材の選別である。イノベーション型人材というのはかなり特異な人物で、もともとイノベーティブでない人材を揃えてしまったら、すでにイノベーション型戦略は失敗である。

  • イノベーター型人材と、インキュベーター型人材の両方を揃える
  • インキュベーター型人材には、ベンチャーキャピタリストとしての能力をつけさせる
  • 異質の人材をシャッフルし、かつ葛藤や対立を生まないような仕組みを作る
  • 事業の種が重要である。種をつぶさないように、かつ有望な種だけ間引いていけるような特殊な測定システムが必要(例:リアル・オプションの応用)
  • ポートフォリオ理論に類似した資金配分と、そこから導かれる報酬

内部育成、内部労働市場型戦略

これは、従来の日本企業の多くが採用していた戦略に近いかもしれない。つまり、人材を長期的に囲い込み、ゆっくりと育成しながら、実力を発揮してもらおうとするものである。これは、自社の独自の技術や独自のスキルというものを大切にし、それをテコにして事業展開を図っていこうとする戦略と連動している。

この戦略によって人材を育てていく場合には、他社では役にたたないスキルを多く保有するために、エンプロイアビリティの低い人材が増えるかもしれない。しかし、それを長期雇用あるいは終身雇用の保証という形で補う必要がある。しかし、他社では役にたたなくても、それが自社の競争優位の源泉となるスキルであるということは当然考えられる。たとえば、あるカテゴリーでは独占的なシェアをほこるような技術を例にとれば、それを専門にやっている人は、おそらくほかに同じ技術を持っている企業がないので、転職をしようにも今もっている技術を直接生かせないわけである。

そういった自社独自の技術をじっくりと育てていきたい企業の場合には、より長期的視点で人材を慎重に選別して雇い入れ、一生をその会社のためにつくしてもらうくらいの気持で対応するべきである。もちろん、その見返りとしての保証は経営として約束しなければならない。今の日本企業の多くは、この保証を破棄しようという動きになっている感が否めない。約束を「なかったことにしてくれ」というようにして従業員の整理に踏み切ったりしている企業が少なくないのではないだろうか。

また、ある程度企業内部に労働市場を育成し、なんらかの場合のキャリアチェンジの可能性も残しておくことも必要である。企業内でも企業外でもまったく今やっている職務以外に別のことをやる選択肢がなくなるというのは、人材側にとっても非常につらいことであるからである。たとえば数年間はまったく別の職務につくことは、知識や経験の幅も広がり、新しいアイデアや技術の種にもつながることが多い。企業内で雇用があるていど保証されているからこそ、思い切った職種転換も短期的視点であれば可能であるし、それが企業内の人材シャッフルによる知識創造につながる場合も多々ある。

コンビネーション型

以上にあげた大まかな戦略類型のコンビネーションというのも当然ありうるであろう。それは、複数の事業を持っている企業、単一事業でも上記の複数の戦略類型をあわせもつような考え方をしていこうとする企業などが挙げられる。コンビネーションの戦略を取る場合には、人材の管理の方針も制度も、対象となる人材グループに応じて変わってくることが考えられる。ここで注意したいのが、人材グループを区別して管理することにより、グループ間の対立や葛藤を生じないようにするということである。同じ企業の属して活動する限り、異なるグループ間で葛藤が生じれば、それは企業にとっては悪い方向に作用するのは間違いがない。

コンビネーションの例としては、自社育成・内部労働市場型と市場主義型の併用である。他社にまねされたくないような重要な技術をになっていく人材に対しては前者を、労働市場が発達しており、比較的容易に市場から調達可能なプロフェッショナルや派遣労働の人材に対しては後者を適用していく。

個々の人事制度間のチューンアップ

戦略と人事制度のチューンアップが重要であることはのべたが、個々の人事制度間のチューンアップも必要である。

論理的エラーの発見と修正

まず、やらねばならないことは、明らかに論理的エラーであると考えられる制度間の修正である。たとえば、年俸制を入れ、個人の業績に応じて年俸を変化する制度を採りいれておきながら、片一方ではグループを中心とする業務システムを採用しており、業績も主にグループ単位で出る、あるいは部署単位ででるというようなものである。これがなぜ論理的エラーかというと、一方でチームワークを重視するような制度を強調しておいて、もう一方で個人主義的な制度を強調しているからである。こうなれば、人材にとってはジレンマ状態に陥る。なぜなら、グループやチームの業績を高めようとする行動が、見かけ上の自分の個人業績を落とすような場合が多々あるからである。

これは、まず戦略からどちらを重視しているのかを明確にし、それに応じて片方の制度を修正することが必要になってくる。たとえばチームワーク重視を戦略的に優先しているのなら、年俸制もチーム業績に応じたものにしていく、というような具合である。

このような論理的エラーを、複数の人事施策についてみていかなければならない。その際には、次の人事プラクティスメニューを参照し、望ましい組み合わせにチューン・アップしていただきたい。

最後に

チューンアップの詳細など、さらに踏み込んだ説明はウェブマガジンの範囲をこえるため、行わないが、「戦略人事」というのは、企業が独立して戦略から導かれる人事制度を作るというような単純なものではないということがお分かりいただけたかと思う。これまで示したフレームワークも、単純化されたものであり、実践においてはさらに深い分析や洞察が必要となってくる。しかし、「企業の目的を達成するための人事制度」という根本的な原理を常に忘れないということがもっとも必要であろう。