組織・世界の「メルティングポット・モデル」試論

ここでは、組織論に必要な概念的枠組みについて、メルティングポット・モデルというものを試しに論じてみる。

私たちは、例えば「組織」というものを考えるさい、無意識的に「空間・時間優先モデル」という枠組みで考えてしまう傾向がある。「空間・時間優先モデル」とは、組織やその他の対象を「空間のどこかに位置する事物」と捉え、それが時間が経つにつれ、変化していく、という形でイメージするモデルである。

ニュートン・パラダイムの場合、絶対的な空間、時間を前提としている。それによれば、空間と時間は世界を形成するもっともプリミティブな要素であるといっても過言ではない。この考え方に慣れた私たちは自ずと、空間・時間の中に「価値」とは「中立」した「客観的」な世界の姿を記述できる、と思い込みがちだ。当然、こういった世界においては「価値」や「こころ」が入り込む隙間はない。そこで、心身問題をはじめ、様々な矛盾が生じてきた。空間・時間優先モデル自体が「幻想」であることは、近代科学に詳しい方であれば周知のことであろう。したがって、世界に関する新しいモデルが必要になってくるのだ。

私の提唱する「メルティングポット・モデル」においては、空間、時間は絶対的なものではなく、人間が世界を理解するために考えた概念の一部に過ぎない。したがって、空間・時間が他のものよりも優先するのではなく、空間・時間を含め、たとえば「エネルギー」「価値」「精神」「文化」といったものが、どろどろに溶けて混ざっている状態として世界を捉えようとする。「メルティングポット」はメタファーで、世界はそういった様々な概念がひとときも静止せず常にどろどろに溶けて混ざり合っている、しかし完璧に混ざり切ってしまうことはない、ということをあらわしている。

メルティングポット・モデルにおいては、「絶対的」なものは何もない。空間、時間でさえ絶対的なものではなく、他の概念と「戯れ」ながら混ざり合って運動している一部にすぎない。メルティングポットで溶け合っている要素は、空間、時間、価値・・・の他に何があるかという疑問が湧いてくると思うが、このモデルは私のオリジナルで、まだちゃんとしたフレームワークになっておらず、現在でははっきりと分類できない。

ただ、重要なことは、これらは厳密にいうと世界を構成する「要素」ではなく、「要素」というシンボルで象徴した世界の一部、ということだ。このあたりを誤解されてしまうと、当モデルの本質が半減する。あくまで根底にあるのは、「世界は要素還元できない」という前提にたった「宇宙パラダイム」である。「自分=宇宙」と急いで結論づけてしまうと極端すぎるため、それを暗黙のうちに含んだモデルとして「メルティングポット・モデル」があるわけだ。

空間・時間優先モデルからメルティングポット・モデルへのパラダイム変換は、近代科学に慣れ親しんだ私たちにとっては容易なことではない。たとえば、メルティングポット・モデルでは、すべての事物が変化している、と考えるが、これは当たり前のことに見えて、理解するのが難しい。なぜかというと、通常、空間自体(あるいは「図」と「地」でいえば「地」の部分)は変化せず、時間も絶対的で、その中ですべてのものが変化している、と考えてしまう
からだ。しかし残念ながら、そういった理解は当モデルの意図しているところとは異なっているといわねばならない。