人事組識レポート4

労働市場の流動化

労働市場の流動化については、様々な視点の議論がある。例えば、わが国として、雇用を流動化させるべきか、させないべきかという雇用流動化是非論がある。これは、どちらかというと政策的な議論ということになり、ここでは割愛する。ここでは、むしろ実態として、わが国の雇用はどうなってきているのかを、流動化という視点から把握してみることにする。これに関わる議論としては、わが国では雇用の流動化は実際に起こってきているのか、そうではないのかという議論、あるいは将来的にどうなっていくのか。やはり流動化は避けられないのか、あるいは流動化は起こらないのだろうか、また、全体として流動化しているのかしていないのかという議論とは別に、業界毎で見るとどうなのか、年代毎、地域毎でみるとどうなのか、など論点としてはいろいろある。これらの議論を、データを見ながら検討してみよう。

まず、流動化を把握するうえで、人々の勤続年数がどうなってきているかを調べるアプローチがある。それにしたがって、年代別の勤続年数の趨勢を見てみると、20代では、1975年から最近時点まで、傾向的に勤続年数が短くなってきており、30-45歳代では、1987年まで横ばいが続いたのが、それ以降短くなってきている傾向が見られる。一方、45歳以上の層では、一貫して勤続年数が長くなってきている様子が観察できる(大竹1998)。このことから、中年以降の人材に関しては、雇用の流動化が起こっているとする見方はできなさそうである。厚生労働白書は「年齢計の平均勤続年数は長期化しているが、定年年齢の引上げ等を背景に50歳代以降は勤続年数が長期化する一方、30歳代以下では、転職割合の増加等により勤続年数は短期化している」というように分析している。

若年層については、雇用の七五三現象という言葉もある。「七五三」とは、新規学卒就職者の3年以内に離職する割合が、中学卒で7割、高校卒で5割、大学卒で3割にのぼる状況を表す言葉である。例えば厚生労働白書によると、大卒者は1年目に13%が辞め、2年目になると23%、3年目に32%が辞めていることになるとされる。高卒者では、1年目が24%、2年目で38%、3年目になると48%が退職してしまうという。七五三現象は、オトナから見て若年層の離職率の高さを嘆く意味合いも含んでいるが、労働市場として見れば、人材の流動化が若年層では進展してきていることを示唆しており、こういった傾向と、ITやインターネットの発達(若年層ほどインターネットを使う)という傾向を捉えたいわゆる人材ビジネス(転職支援、第二新卒就職支援、キャリアカウンセリングなど)が活発化しようとしている印象も受ける。また、日経連の行った調査によると、労働需給のうち、18-29歳までの若年層については、不足とする見方が多い一方、年代があがることに、過剰とする見方が強くなってきている。このことも、中・高年層に比べて若年層については比較的転職しやすいことにつながり、それが若年層を中心とする雇用の流動化圧力になってきているものと考えられる。

若年層の勤続年数の低下と離職率の高まりが議論されてきたが、離職率全体のデータを見ると、わが国では離職率が上昇傾向にあるとは言えず、高度成長期のほうがむしろ離職率が高かったということがわかっている(樋口2001)。これは、成長しているときほど、企業の採用意欲も高かったため、離職しても次の職が比較的見つかりやすかったのに対し、低成長時代に突入し、さらに長期不況が続くことによって、企業の雇用削減圧力が高まってきていることから、離職しても次の職が見つかりにくい状態にある。つまり企業側の都合によって、離職率が抑制されてきていると見ることもできよう。また同じ樋口の分析では、厚生労働省の雇用動向調査を見る限り、20歳台であっても、最近の傾向としては離職率の増加は認められないとされる。この観察と七五三現象との関連性についてもう少し見ていく必要があろう。同じく樋口による転職率の分析では、男性の場合は1985年以降、転職率については増加傾向は認められず、女性では若干の右肩上がりの傾向が見られるとしている。

雇用動向調査では、入職・離職動向が調査されているが、それまで入職超過が続いていた平成6年頃から離職超過に転じ、以後は一貫して離職超過が続いており、最近では超過幅が拡大傾向にある.。ワークス研究所(2002)の調査においても、2001年度の正規社員の入職率は5.2%(2000年度5.0%)に対し、離職率は8.5%(2000年度7.7%)と、離職率が3.3ポイント上回っており(2000年度は離職率が2.7ポイント上回る)、離職超過の度合いも大きくなってきている。この背後には景気変動要因と日本経済の構造要因の両方が含まれるであろう。ワークス研究所は、入職・離職ともに増加している傾向をもって、雇用の流動化の進展を示唆している。就業形態区分別にみると、一般労働者は、離職超過幅の拡大が顕著なのに対し、パートタイム労働者は、入職超過が一貫して続いており、同就業形態の増加を象徴している。産業別でみると、サービス業のみが入職超過であるが、これは一般労働者が離職超過である一方、パートタイム労働者の入職超過が寄与した格好になっている。労働移動の状況を見ると、パートタイムからパートタイムへの労働移動の上昇が顕著であり、この形態については流動化が進んでいることが伺われる。入職者では、転職入職者の割合がやや上昇しており、年齢別の離職率では、若年層及び高年齢層で高まっている。

次に、転職希望者の変化を、総務庁の労働力調査年俸を用いてでみると、希望者の割合は、1972年以降、年々着実に増加しており、特に技術者の転職希望率の上昇は、他と比べても大きい(樋口2001)。技術者あるいはプロフェッショナルと呼ばれる人材は、実は労働者人口の中にあっても、年々増加傾向にある。日本労働研究機構(1994)のレポートによると、『国勢調査』でみた彼らの全職種に占める割台の推移は、昭和35年で4.91%だったのが、平成2年では12.02%にまで拡大しており、最近10年間の伸びをホワイトカラー職種に限定してみても、最も伸びが著しいのはかかるプロフェッショナルであり、1983年を100とした指数値では87年が122.1、92年では151.6にまで増加している。転職希望率が増大の度合いが高く、かつポータブルな専門知識を売りにすることから比較的転職がしやすいプロフェッショナルの比率自体も増えてきていることを考えると、労働者サイドとしては、人材流動化への圧力となる転職希望は年々高まってきていると言える。

データの分析から見ると、まず労働市場を、企業側と労働者側に分けた場合、労働者側では、意識の変化として転職を希望する傾向が強まってきており、かつ若者の勤続年数が減少してきていることから、若年層を中心に、労働市場の流動化圧力は高まってきていると思われる。一方、企業側サイドから見た場合、近年は一貫して不景気であることから、雇用意欲は薄れ、主に採用を抑制することによる人員削減努力をしてきたため、すでに雇われている人材は難を逃れ、これから働こうとする人材が割を食っている形になっている。そのような状態では、当然現在雇用されている人材の転職活動も抑制されることにつながるため、企業サイドから見ると、雇用の流動化としては、若干の抑制圧力がかかっており、これが現在雇用の流動化傾向がハッキリ見られない原因であると思われる。ただ、ワークス研究所(2002)の調査では、離職全体のうち、定年退職による離職率は、23.1%、そして定年退職者のうち、4人に1人が早期退職者(離職者ベース:5.7%)という指摘がある。企業としても、早期退職などの形で出口からの削減努力も続けていることが伺われよう。これより先、企業の整理解雇やリストラが過激化するならば、流動化は進むかにも見えるが、いったんそうして外に追いやられた人材が再雇用される機会がないままであれば、やはりそれは健全な人材流動化には結びつかないであろう。

雇用の流動化という視点では中心を担っていくであろうとされる若年層に関していえば、学卒後、仕事を始めて数年間は、自分にあった仕事や企業を見つけるためのモラトリアム的な期間を含んでいる。最初から終身雇用、長期間勤め上げるつもりで就社する者ももちろんいるが、修行の期間あるいは勉強の期間、ステップアップのための期間と捉え、3〜4年で転職しようと割切って入社するもの、あるいは期待と現実のギャップを感じて入社以降、転職を考える者などがある。特に、不景気の時に就職する若年層は、人材募集が少なくなっているがために、自分の希望した職や、好況時であるときと比べて条件の悪い職に甘んじる必要があることから、よりミスマッチ感が高まってくる。不景気が依然として続けば、今いる職場を辞めても次の職が見つからなかったり、転職しても条件が悪くなってしまうことになることを危惧して、転職希望者も実際の行動は控えるようになろう。しかしいったん好況になり企業の人材募集が増えるにしたがって、活動を手控えていた彼らがマーケットに出現し、流動化が高まることが考えられる。

また、転職しようとする人が、転職活動をしやすい環境、転職コストをおさえられる環境が十分整っていないということも、実際の転職動向という意味での雇用流動化は数字の上では進んでいないように見える原因であるかもしれない。企業側からみても、外部労働市場の雇用情報の整備について「整備されていない」とする企業が84.7%、外部の能力開発機関が「整備されていない」とする企業は87.7%と、ともに高い比率となっていることから、外部の労働市場から積極的に中途で人材を採用していこうとする志向を阻害するような環境のままであることが示唆される。先にも分析したように、労働者側の転職希望は年々着実に増えてきていることから、転職のためのインフラが十分整備されていないことによる転職活動の手控えで、これら流動化予備軍の内部エネルギーがかなり高まってきている状態だと考えることも可能だ。近いうちに、転職者のためのインフラの整備がすすみ、また景気回復などで企業の人材募集が増えてくるならば、これまでたまっていたエネルギーが一気に噴出されるかのように、雇用の流動化が進展することも考えられるであろう。

これまでの分析とは別の視点として、雇用の多様化の進展に伴う流動化という見方もできる。別のトピックで述べたように、わが国でも雇用の多様化が、非正規労働者の増大と正社員の減少という形を中心に出てきているが、正社員の減少の多くは、既存社員の人員削減よりも採用人数の抑制を用いて行う場合が多く、そういった中で正社員になれない人材は、非正規社員へと流れこむことになる。非正規社員はもともと契約社員や派遣社員であったりすることから、長期的に企業に留まるわけではなく、流動的な存在である。よって、このような雇用形態の多様化の傾向をもって、労働市場の流動化が進んでいるとも捉えることは可能であろう。

将来の予測については、現在雇用の流動化の抑制圧力として働いていると思われる企業側であるが、日経連の調査では、「雇用は好むと好まざるとにかかわらず流動化する」が全体の67.9%と最も多く、「積極的に流動化させる」8.3%と合わせると76.2%の企業が雇用の流動化を支持していることがわかっている。同調査によると、雇用の流動化が進展することによって、能力・業績主義の徹底化が実現し、人材の価値が市場で評価されるようになり、また年功序列制度の見直しなどが進むという期待がある一方で、、「企業に対する帰属意識がなくなる」「個人優先となり組織の一体感が崩れる」「好・不況の影響を受けやすい」などの危惧も見られる。

以上、全体として見れば、わが国の労働市場は、流動化への圧力はかなり進展しており、いったん、現在続いている経済情勢に変化が見られるようになった場合、雇用の流動化はかなり進むのではないかと考えられる。

引用文献

  • 大竹文雄 (1998) 「労働経済学入門」 日本経済新聞社
  • 厚生労働省(2002)「平成13年雇用動向調査」
  • 厚生労働省(2002)「平成14年版厚生労働白書」
  • 日経連(1998)「新時代の日本的経営」についてのフォローアップ調査 日本経済団体連合会
  • 日本労働研究機構(1994) プロフェッショナルの仕事と管理に関する調査研究 調査研究報告書 No.55 
  • 樋口美雄(2001) 「人事経済学」 生産性出版
  • ワークス研究所(2002) 「第2回ワークス人材フロー調査 2002」 リクルート ワークス研究所