時代を先取りする新しい人事戦略

「人的資源管理」はもう古い

企業は自らのもつ経営資源を効果的に用いることによって事業を行うと言われてきた。そしてその経営資源というのは、人・物・金・情報などというように分類されてきた。このように、人的資源管理というと、企業は人という資源を所有していることが前提となっている。果たしてこれからもそういった考え方で経営を進めていってよいのだろうか。

そもそも、人と物・金・情報などを並列にして捉えるというのは、人間にとって失礼なことである。人は機械のように思ったように動かせるものではない。例えば人には自尊心や感情というものがある。自尊心を傷つけられれば、冷静に考えて以下に優れた計画であっても、それを遂行せず、計画が失敗してしまうことだってある。このように人はコントロールするには難しすぎる対象である。結局、どのようにして商品を売るのか、つまり顧客を引き付けるのか、という顧客との関係性、どのようにして自社の社員を活性化させるのか、能力をつけさせるのか、という社員との関係性といったように、「人」に関わる要素は経営にとって一番難しい問題である。

囲って育てる時代は終わった、発掘の時代へ

企業は新卒のリクルーティングによって、ポテンシャルの高い人材を囲い込み、彼らを自社のやり方で教育することによって戦力にしようとしてきた。しかし、これからの世の中ではそういった考え方が通用しなくなってくるだろう。人材育成という考え方が古くなっていくのである。これからは、ポテンシャルの高い人材を囲っても、自社に魅力がなければ出ていってしまう。人材マーケットが発達し、さらに流動性が高まれば、この傾向が顕著となる。優秀な人材は常にヘッドハンターに狙われている。結局、適切な人材は発掘するしかない。自社の中であっても、外であっても、あるポジションを担うに値する人物を発掘することが近道である。今は自分でスキルアップする時代である。自己投資のために、自前で学校にいったりする。職業能力を身につけ、活躍したい人材は、言わなくても自分でスキルアップを図る。ただし、どのようにしてスキルアップを図ればいいのかに関するカウンセリングやガイドラインは必要である。

人材フローを重視せよ

昔から人々が行き交う交通の要所は活気を生み出し、発達して都会となった。このように、企業自体を人材の交通の要所にして繁栄していくような「場所」にしなければならない。その場所で活躍し、富を獲得できたものはそこにとどまって活躍し続けるであろう。富を獲得できなければまた別の場所を求めて去っていくはずである。

優秀な人材ほど、あちこちから声がかかるため、よく流れる。そしてそのうち自分にもっとも合った場所(企業)を見つければ、そこにとどまって威力を発揮し続けるであろう。企業内外の人の流れをよくしておけば、自分の企業にぴったりの人材がやってきてとどまるチャンスも多くなる。

自社のアイデンティティにぴったりの人物が将来経営を担うということは、企業にとって最も好ましいことである。逆に囲い込みに執着していると、自分にあっていないし、価値を提供できない人材がとどまってしまって、そういう場合は両者にとって不幸な結果となる。一般的にいって、流れが滞るということはよくないことである。在庫にしても資金にしても同様である。企業は自社にぴったりの人材を引き寄せるために、どういった人材に働いてもらいたい場所なのかという企業アイデンティティをはっきりさせておく必要がある。これは既存の人材に経営の考えを押し付けるのでは決してない。

フロー重視の人事戦略

これまで見てきたように、今後人材市場が発達してくると、これまでとは別の視点が重要となってくることは明らかである。新しい人事戦略とは、他社と比較していかに優秀な人材を惹き付けるか、そして惹き付けた人材の能力を最大限に活用させ、企業の目的に沿った成果をあげてもらえるような環境を提供できるか、さらには去っていったメンバーに対しても長期的なリレーションを築き上げることによって、後々まで自社に価値をもたらしてもらえるような策を考えるものである。

ただ優秀な人材を集めるだけではいけない。それだったらどこかのプロ野球チームのようになってしまう。ただ集まっても、彼らがチームワークを発揮できるような環境が整備されていなければならない。企業の目的に沿ったかたちで力を出し切ってもらうことこそ、重要なのである。また、企業を去っていった人材が、将来の有力な顧客になったりするなど、自社に価値をもたらしてくれる機会はたくさんある。

ビジョナリー・アイデンティティと広報機能

新しい人事戦略には、まず広報・宣伝機能が必要である。これは、自社はどのような会社で、どのような方向性を目指しているのか、どのような人材に来てもらって活躍してほしいのかといった「思い」を社内外に向けて積極的に情報発信する機能である。

「ビジョナリー・カンパニー」によると、企業はコアとなるイデオロギー(企業のコア・バリューおよび企業の存在目的)は保持し、その他の戦略などの要素はどんどん変化させ、発展させていく経営を唱えている。この考え方に従えば、企業のメンバーをつなぎ合わせるのは、このコア・イデオロギーであり、それ以外は社員の自己管理および自主性に任せるといったスタンスとなる。これは、外に対しても内に対しても行う必要がある。外に対しては言うまでもなく必要な人材像を訴えかけ、自社の魅力を伝える機能となる。内に対してはメンバーの結束力のもととなるコア・イデオロギーをつねに確認させると共に、自分の価値観とあっているのかどうかというマッチングを行わせ、本当に合っていないのであれば、他に移るという選択肢も考えさせる機能を持つ。

キャリア・ガイドライン機能

ここで言うキャリア・ガイドライン機能の特徴は、人材が自社にとどまって昇進していくことを前提としない点である。すなわち、会社の外に移って活躍する選択肢も含めた大きな視点で、人材に夢を与え、キャリア・アップに関してアドバイスを行う機能である。自社のキャリア・パスだけを前提とすれば、当然マネジメントレベルに向けて上昇していく途中で誰かはセレクションに敗れ、敗者のような印象を与えてしまうし、多くの人材が会社を移らずに居残れば、会社の平均年齢を上げるうえに、新たにフレッシュな人材を迎えることができない。

流れを良くするという意味でも、積極的にこのキャリア・ガイドライン機能を充実させることが必要である。具体的には、この企業あるいは同業で活躍するために必要なビジネススキルと、そのスキルアップの方法に関するアドバイス、自分の実力を知るためのチェック(ヘッドハンティング会社との面接など)、高業績を上げている、成功している社内外の人物の紹介などが挙げられる。

社内外人材関連データベース

今後は、プロジェクトという形でチームを組成し、業務を行っていく場合が増えてくると思われる。その場合は、社内の人材だけではく、専門コンサルタントや人材派遣や提携先、外注先などで構成されるベスト・チームを組む必要がある。プロジェクトを率いていく立場にあるものが、チームを組成するのに有用な情報を蓄積しておくべきである。したがって、こういった外部の人材に関する情報も探し出して評価し、常にだれもが参照できるようにしておく。これは、他社に転職しようとする人材に対する斡旋の機能も含む。このようにして人材の流れをよくする。また、現在では転職などをすると、それまでいた会社とは疎遠な関係になってしまう場合があるが、そうではなく、去っていった人材に対しても継続的なフォローを行い、彼らに有用な情報を提供したり、彼らからも何らかの価値を受け取るような仕組みをつくる。これは、ヘッドハンティング会社、人材派遣会社との連携や、同業他社との協力によって、共同のデータベースを構築することも考えられる。

リスク仲介機能としての報酬システム

人材にとって、ホームグラウンドとしてとらえる企業においては、自分の食い扶ちは自分で稼ぐという建て前である。そしてその中からさらに自分達の働く環境を良くしていくための資金を企業に落としていくのである。このような考え方は完全に報酬が業績に連動していることを意味する。しかしそれでは、ある程度生活の安定を必要とする人たちにとってリスクとなる。したがって、そのリスクを回避するための保険料のようなものを差し引いた分を報酬とするのである。その代わり、多少本人が業績を出せない場合があっても、その保険によってある程度の報酬の水準は確保することができるようになる。これによって人材の個別ニーズにあった賃金の仕組みを提供できる。

企業側から見ると、人件費を変動費化することによって、業績変動によるリスクを減らすことができる。したがって、企業側ニーズとしては、業績連動型人件費キャッシュアウトフローが望ましい。それに対して、人材側は、個人のライフスタイルや価値観によって、リスクテイク型の者や、安定した賃金の支払いを望むリスク回避型の者がいる。つまり彼らの望むキャッシュインフローは個人によって異なる。そこで、キャッシュフローの変換を通じてこれらの関係者のニーズを満たすようなエージェント機能が必要になってくるのである。