中高年のキャリアデザイン

一般的にキャリアデザインというと、若者や転職の盛んな30代から40代までの世代がなんとなく主たるターゲットになるようなイメージがある。しかし、中高年にとっても、キャリアデザインの考え方は必要であり、それが自分の人生やキャリアに決定的な影響を与えるだろう。それでは、中高年のキャリアデザインを考えるさいに考慮するべき点はどのようなものがあるだろうか。それを考えるためには、まず若年から中高年に移行するにしたがって、仕事や職業に従事するうえでどのような能力的、人間的な変容が起こるのかをよく理解し、その理解に立った上で、望ましいキャリアデザインの態度を考察する必要がある。世の中では、中高年になれば、知力・体力ともに衰え、よってよい仕事もできなくなり、かえって邪魔者扱いになってしまうのではないかという不安があり、だからキャリアについても、積極的にデザインするというよりは、半ば諦めに近いかたちで身の振り方を考えるとか、徐々に表舞台から身を引いていくような消極的なキャリア志向をしてしまう人もいると思うが、本当にそれが適切なのであろうか。

まず知的能力について考えてみよう。一般的に、歳をとれば知的能力が落ちると思われがちであるが、必ずしもそうではない。たしかに、記憶力、抽象的思考力、注意力、新しい情報への対応といった、蓄積が活かされない知的能力は、20代中盤をピークに、50〜55歳まで徐々に低下し、55歳以降はさらに急速に衰退すると考えられている。この種の知的能力は「柔軟性知的能力」と呼ぼう。よって、全く新しいことを覚えたり身につけたり、これまでにない問題を解決したり、「柔らか頭」「型にとらわれない柔軟な思考」を要する仕事や職業は、中高年になるほど出来なくなってくる。一方、中高年に有利な知的能力の特徴としては、これまでに蓄積された知識や経験が、さまざまな形で結びついて結晶化することによる知恵が、歳をとるごとに充実してくると考えられている。この種の知的能力を「結晶性知的能力」と呼ぼう。例えば、長年同じ職業を続けてきたことによる特定の職務知識や技術の深耕や、複数の分野を経験することにより、それぞれの知識やスキルが結びついて特異な知識やスキルにつながる、あるいは仕事だけでなく人生全般の蓄積が何らかの形で活きてくるといったことが、歳をとるごとに顕著になってくるということである。よって、若年層よりも知識が豊富になり、特定の技能も熟練の域に達し、経験の幅があれば全体を見渡せるようになり、かつ蓄積された知識をうまく活用して新しいことに取り組んだり解決策を見つけたりすることが上達してくる。

このように、中高年になれば、柔軟性知的能力の衰退と、結晶性知的能力の向上の両方がそれぞれ相殺されるため、平均的に見れば若年層よりも知的能力で劣っているあるいは優れているとはいえないわけであるが、得手不得手の分野が年齢の増加とともに変わってくるということが言えるだろう。よって、中高年のキャリアデザインで考えるべき第一歩は、自分の実力を発揮できる場の特徴が若いときとは異なってくることに気づき、もっとも中高年が得意とする頭の使い方が必要となる仕事を念頭にキャリアを考えることであろう。

パーソナリティについては、一般的には20歳ごろまでに形成され、その後安定すると考えられているが、実は、成人になったあとも、歳をとるにしたがって、少しずつ変容をし続ける。とりわけ、外向性、神経質、経験への開放性は、どれも徐々に低下していく。一方で、誠実性と人当たりのよさについては、年齢とともに増加していく。つまり、歳を取るにしたがって、社交性や元気のよさはだんだんなくなり、かつ新しいものへの関心も低下してくるが、情緒がより安定し、また人当たりもよく誠実性が高まることによって、いわゆる「カドがとれて円熟した性格」になっていくわけである。また、歳をとるにしたがって、感情のコントロールも上手になってくる。とりわけ、ネガティブな感情をうまく抑制することが若いときよりもできるようになってくる。いわゆる、中高年になるほど人間性・人格という意味では成熟してくることを意味している。

さらに重要なこととして、若年から中高年へと移行する過程で、自分の人生を見るさいの時間概念の転換が見られる。それは、若い時代には「自分は生まれてからどれくらいたったか」という視点で自分の年齢および時間を見るのに対し、中高年になってくると「自分は死ぬまであとどれだけ時間があるか」という視点で自分の年齢および時間を見るようになる。つまり、若年時には、無限にあると半ば錯覚的に思う開かれた未来の存在を前提に、つまり自分に与えられた時間の終わりをそれほど意識することもなく、自分自身の人生設計やキャリアを組み立てていこうとする態度につながるのに対し、中高年になってくると、人生の終着点までの残された時間、つまり自分にとって限られた時間をどう有意義に使っていくかという視点で人生なりキャリアを捉えるようになる。時間の有限性の知覚が中高年になるほどはっきりとしてくる。

欲求の変化に関しては何が言えるか。まず、マズローの欲求階層説に照らし合わせるならば、若年時に比べ、歳をとればとるほど、欲求の中心が、いわゆる上位階層である尊厳欲求や自己実現欲求へと変化してくるとも言われている。つまり、自分にとって残された時間が短くなるにしたがって、自分の人生の意義とか使命といった人間の本質的・崇高的なものに近いものを得たいとする欲求が高まってくる。それを得る、あるいは日々の生活で実感することによって、大げさに言うならば「いつ死んでも悔いはない」「毎日が充実している」という境地に達したくなる。そして、何かの最終的な目標を得るための手段への関心(例えばお金とか資格)ではなく、最終的な目標そのものへの関心が中高年になるほど高まってくる。これは自分に残された時間が短くなっているという思いを考えると自然なことである。本当に大切なものを手に入れるために延々と回り道をしている時間はもはやなくなってきたという意識である。

そして、自分自身の活躍なり繁栄といった自分自身の繁栄に関する欲求から、次の世代を担う若者を育てよう、後継者を育てよう、これからの未来がある人たちのためになろう、という、自分の周りや次世代の繁栄を願う欲求が増えてくる。これは、先にあげた自己実現欲求、あるいは終わりの近づいた人生観とも関連してくる。つまり人間として残された時間をいったい何に充てるのかという視点に立った場合、自分の死による全ての終末ではなく、自分の子孫、次世代の繁栄、ひいては人類全体の幸福といったかたちでなんらかの生命や種の連続性を維持する活動に目がいくと解釈できそうである。そのほうが、人間としての自分の存在意義の意味づけがしやすいからである。だから、自分が何かを成し遂げるという視点の仕事よりも、若年層を育成したり、周りをサポートしたり、社会のため、人類のために何かをするといった意味づけが得られやすいような仕事や職業を志向していく傾向が強まってくるというのが、中高年のキャリアデザインの1つの特徴となっていくと考えられる。

これまで指摘してきたような、若年から中高年に移行する過程でおこる様々な変容を理解するならば、効果的なキャリアデザインを考えるうえでは欠かせない、自己アイデンティティについても、何らかの形で再構築させなければならない身体的・能力的・パーソナリティ的な根拠があると言える。つまり、若いころから持ってきたキャリアの志向性、とりわけ自分の得意なことは何か、何をしているときが楽しいか、そして自分の存在意義は何かといった、キャリアアンカー的な要素も、中高年になると自然な形で変容してくるものであることが示唆される。そういった、自己アイデンティティの再構築をうまくできるかできないかが、中高年のキャリアデザインを成功させるうえでは重要な要素ではないだろうかと考える。つまり、中高年になるからといって、老いにともなう体力・知力の衰えといった世間的に言われている特徴を実感し、なんとなく自分の人生やキャリアについて諦めの気持ちを高め、もはや社会の表舞台では活躍できないだろうといった後ろ向きの仕事人生に転換してしまうのか、それとも中高年になるからこそ得意となること、若い時代にはできなかったこと、あるいは新たな価値観や考え方を積極的に自分のアイデンティティの根拠とし、新しい自分像や私生活や仕事での生きがいを見つけていくことができるのかが、中高年のキャリアを充実したものにできるかどうかを左右するのであろう。

参考文献

Kanfer, R., & Ackerman, P. L. (2004). Aging, adult development, and work motivation. Academy of Management Review, 26, 440-458.