パーセプション・マップと人事制度改革

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人事制度の役割

人事制度は、企業における人的資源管理のあり方を制度として具現化したものであって、社員に経営の意思を伝えるものである。つまり経営側と従業員側のコミュニケーションの媒体の一つである。この点を軽視すると運用の時点で人事制度が形骸化してしまう。戦略やビジョンは大切だが、それを従業員に明確に伝えられなければ意味をなさない。

近年における日本的人事制度のエッセンス

経営者は、戦略・ミッションに基づき従業員に果たしてもらうべき役割と、その役割にふさわしい人材像を従業員に示し、彼らにそうなってもらうことを期待する。役割のセグメントは複数用意され、役割と従業員の資質や価値観とのマッチングを通じて適切な役割群に適切な人材が当てはまるようにする。それぞれの役割群に属する従業員は、期待される役割行動やその役割を担うための能力の獲得に対し報酬が得られると解釈し、それに沿うように行動する。ここで役割という言葉を用いるのには理由がある。米国等のように比較的オープンな労働市場のもとでは、先に職務やポジションを明確化し、それを果たす能力のある人材を市場から調達するという形態をとれるが、日本ように雇用の流動性に欠ける場合は、あらかじめ人材を確保し育てていく必要があるため、共同体的意識の中での処遇面も考えて「先に人ありき」という管理を行わざるを得ないためである。その弊害がクローズアップされていることは明らかだが、日本企業はそのような集団主義的経営の良い点を温存しながら米国流の能力・職務中心的経営の良い点を取り入れていこうと努力してきた。日本企業の人事制度の多くは、このように特異な人的資源管理のあり方を表した制度であるだけに独特な問題点が存在する。以下に人事制度構築上の問題点を列挙する。

(1)典型的な日本的企業ほど、ドラスティックな人事制度改革はできない

能力主義・成果主義が叫ばれて久しいが、結局のところ典型的な日本的経営を行っている企業は人事制度のみを変えてもそのような改革はできない。流行を取り入れて成果主義的な人事制度を構築しても、運用の時点で元に戻ってしまい、制度は形骸化する。企業文化などを含め経営そのものが変化しない限り人事制度の改革は成功しない。経営そのものと制度の両方を同時に変えるためには、変革モニタリングが可能なツールが必要となる。

(2) 明文化された役割が抽象的で形骸化してしまう

企業は期待する役割や人材像を制度において文章の形で表現する。例えば資格制度における職能要件や人事考課における考課項目がそうだ。しかしこれらの表現は抽象的であって形骸化する場合が多い。その結果、従業員はそれらが書かれた冊子などは普段は全く見ることがないということになってしまう。実はそういった期待する役割や求める人材像が実際にあっても、それがきちんと明文化されず、組織文化や不文律などに隠れてしまっているのである。これは経営側の意思を伝える媒体としての人事制度が失敗に終わった形である。このように形骸化した役割・人材像にもとづく制度運用、例えば誰を価値の高い人材とみなして評価・処遇するかといった人事考課制度の運用がうまくいかないのは当然であり、これらの役割や人材像を明確にするツールが必要となる。

(3)個と組織の調和をとるのが困難

近年の人事管理のテーマは「多様化の中での個と組織の調和」である。これはオープンな労働市場であれば従業員の移動が容易であるので、企業目標と個人の目標との均衡が達成しやすいが、労働移動が困難な日本においてはそれが困難であるため、工夫が必要となる。米国のような市場であれば、経営側が自らの経営理念・企業目標を明確に示せば、それに同調する人材が残り、同調しない人間は去る。しかし日本においては同調しないのなら去れとは言えず、そのような人もなんとか動機づけて高パフォーマンスを出してもらわなければならない。さもなければ一部のやる気のでない人間が企業全体の活力をそぐ原因となる。従来は共同体的・集団主義的経営で帰属意識と活力を維持できたが、この方法は時代の流れにそぐわない。そこで、経営者からの一方的な意思ではなく、個人の価値観や目標と経営側の経営理念・価値観との調和をとるための人事制度づくりが求められる。

(4)人事部主導型の人事制度構築

人事制度の構築は、人事部が密室で行うといったイメージが強い。これでは参画型の人事制度構築にならず、経営側や従業員を含めた意見が反映されない。(3)の個と組織の調和にも関連するが、日本の人事制度構築の場合はなおさら従業員の意見やニーズをよく聞いた上でそれらと経営の意思との調和を図りながら、従業員側の要素をできるだけ反映するような制度構築をするべきなのである。これは口でいうのはたやすいことであるが、実行するのはなかなか難しい。そこでこれを実現するためのツールが必要である。

パーセプション・マップとは

パーセプション・マップとは、個々人が知覚している内容を少数の次元で視覚的に表したものである。基本的にはアンケート等を用いて個々人の知覚に関する多数のデータを収集し、それを因子分析法などの多変量解析によって分析する。

個々人は、いろいろな人材をある価値観の次元で評価し、人材を複数次元の軸において位置づけている。これを図式化したものがパーセプションマップである。パーセプションマップにおいて、知覚主体はあるベクトルの方向に人材評価の重きを置いている。これを選好ベクトルと呼ぶ。パーセプション・マップで重要なのは、選好ベクトルがどの方向を向いているかということであり、その方向性が人材を評価する上での軸となる。パーセプション・マップは、100人いれば100通りのものが作成できる。しかしながら、同じような価値観を持った人物は似通ったパーセプション・マップを持つはずなので、全社的にはカテゴリー別にいつくかのグループに分類できる。これをアンケート手法によって作成し、人事制度構築に用いる。

人事制度構築用のパーセプション・マップの種類

人事制度構築で作成するべきパーセプション・マップは、役割セグメント別に人材像に関する多次元空間の中で選好ベクトルはどちらを向いているのかというものを表すものである。

知覚対象:管理職群、企画職群、技能職群・・・
知覚主体:経営者層、管理者層、一般社員層・・・
知覚主体のその他の切り口:若手、中高年、女性、・・・

アンケートの手続き

@質問に該当する具体的人物を思い浮かべる(例:管理職で評価が高い人物は誰か)。
Aその人物の行動を思い起こしてみる。
B行動見本とその人物との行動を比較して当てはまるかそうでないかチェックする。

@については、パーセプション・マップで測定しようとする内容によっていくつかの質問のパターンが描ける。例えば、現在の人事管理の実状を知りたい場合には、「○○職群に属する人について、実際に評価されている人は誰か」という質問になるし、理想とする人事管理を把握したい場合は、「○○職群に属する人について、本来評価されるべき人は誰か」という質問になる。Aについては、会社に現存する人物を具体的に思い起こし、その人が通常の業務でどのような行動をとっているのかを振り返ってみる。彼らが知覚主体にとって模倣したい(将来こうなりたい)対象であれば、社内に実在する英雄であると言える。ただし、現状の人事制度がうまくいっていない場合には「イエスマン」や「単に政治力のみある人物」であるかもしれない。Bについては、行動見本という形でチェックリストを提示し、本人の行動と合致している度合いを評価してもらう。

パーセプション・マップの作成

回収されたアンケート・データは、多変量解析を通じてマップ化される。まず因子分析法によって多くの行動見本がいくつかの因子に集約され、それぞれの因子(次元)における選好ベクトルの因子得点が算出される。

パーセプション・マップの優位性

パーセプション・マップと普通のアンケート調査の違いは、パーセプション・マップが、個々人の人材像に関する全体的な知覚イメージのインプットを通じて個々の要素に還元する作業を通じて、人材像等に関する明文化されていない企業文化や不文律的な要素を抽出することができる点である。これは単なる文章によるアンケート調査では把握できない要素が把握でき、本人自身が気づいていなかった本音の部分の「気づき」にもつながる。もし、評価軸を普通のアンケート方式で抽出しようとすると、全ての次元においてレベルの高さを要求する「スーパーマン」のような人材像ができあがってしまう。

人事制度構築におけるパーセプション・マップの利用例

(1)現行制度でのパーセプション・マップの作成
(2)パーセプション・ギャップの把握
(3)ギャップを考慮した制度構築
(4)新制度移行後のパーセプション・マップによる確認

(1)現行制度でのパーセプション・マップの作成

(2)パーセプション・ギャップの把握

パーセプション・マップを作成した後に行うことは、これを用いて企業が有する様々なギャップを把握することである。このギャップをパーセプション・ギャップと呼ぶことにする。ギャップには様々な種類のものが含まれるが、すべて人事制度構築あるいは経営そのものに悪影響を与えるものである。これを視覚的・数量的に把握することは経営を改善する前提となる作業である。以下に代表的なパーセプション・ギャップを説明する。

A.経営の本音とたてまえのギャップ(自己知覚)

これは、本来経営側が表面的に発信している人的資源管理の方針(制度によって明文化している方針)と、実態として考えている本音の部分の人的資源管理(制度には現れていないが暗黙的に行っている人的資源管理)とのズレである。つまり「言っていることとやっていることが違う」という経営実態を自己知覚することである。これは経営陣のパーセプション・マップを分析することによって明らかになる。例えばたてまえでは「市場価値の高い人材(どこに行っても通用する人材)」を大事にすると言っていても、本音的には「社内価値の高い人材(会社内で影響力がある)」を大事にしている、という事実が判明するかもしれない。 経営側が、表向きに考えていることと実際の自分の姿とのギャップを正確に自己知覚することは重要であり、その「気づき」がなければ修正は有り得ない。

B.経営側の期待する人材像と、従業員のその知覚とのギャップ

これは、経営側が役割区分ごとにその役割を果たしてもらうにふさわしい人材像を従業員側に伝えるにあたって、従業員側が本来の意図とは違ったように受け取ってしまっているギャップである。すなわち望ましい人材像に関する経営側の意図が正しく伝わっていないということである。これは経営側のパーセプション・マップと従業員側のパーセプション・マップを比較対照的に分析することによって明らかになる。このギャップの存在は経営に直接悪影響を与える。何故なら、従業員は自分が期待されている人材像に向かって努力し、経営側が期待する役割を果たしていると思っていても、それは経営側の意図をあやまって知覚しているために、経営側の意図に反している可能性が高いからである。こうなると思い通りの経営および人的資源管理は不可能である。

C.グループ別のパーセプション・ギャップ

異なる資質や価値観をもつグループが異なる知覚をしているというギャップである。これは現行の人事管理の知覚においても分析できるし、望ましい人事管理のあり方の知覚においても分析できる。さらには今まで気づかなかったような人材のグルーピングの方法が発見される可能性もある。そして新たに発見されたグループごとに人材をセグメントしなおし、グループによっては異なる人事制度を適用したり、あるいは異なる方法によって経営側の意図を伝えるなどの施策の必要性を明らかにする。例えば、ハイリスク・ハイリターン型の人材を一つのグループにまとめ、彼らに関しては思い切った業績連動型年俸制を導入したり、市場価値志向で自律性が高く自己啓発意識の高い人材群に対しては、フリンジベネフィットに占める教育支援制度の割合を高めるといった諸施策が用いられるであろう(企業内労働市場における複数人事制度の共存)。

(3)ギャップを認識した上での制度構築

パーセプション・マップの分析によって様々なパーセプション・ギャップが認識できたところで、悪影響を与えるギャップを解消するような施策、あるいは個と組織の調和を実現できるための制度を構築していくことになる。このような方法において、「参画型人事制度構築」が実現できる。というのは、人事部主導の「密室型制度構築」においては、例えば人事考課制度設計のおける考課要素や考課ウェイト等に関して、その場の発言力のある人間の意向で決まってしまったりして、極端に言えば経営の意思でも従業員の意思でもない「人事部の意見としての人事制度」ができあがってしまうことにもなりかねない。それに対して、統計学的処理を施したパーセプション・マップは企業組織のあらゆる層からの価値観の抽出であり、この結果を十分応用することによって、参画型の制度構築を科学的に行うことが可能となる。

(4)新制度移行後のパーセプション・マップによる確認

さらには、新制度を構築し、それを実際に運用した成果を確認するためにもパーセプション・マップを利用することができる。このような時系列的な分析によって、本当に企業が意図したような人事制度が作られたのか。実態は何も変わっていないのではないのか、といった疑問を検証することができる。問題点が見つかれば再度制度の見直しを必要とするわけである。このように、ここではパーセプション・マップを企業変革のためのモニタリング・ツールとして活用する。

最後に

パーセプション・マップの作成は、従業員意識調査のようなアンケート調査に折り込んだ形で実施するのが適当である。その際には従業員に「面倒くさい」と思わせないような工夫が必要である。最近ではパソコンや電子メールが普及し、必ずしも紙ベースではなくても簡単なプログラミングによって従業員が各自画面に入力するようなかたちでデータを収集できるなど、工夫次第で従業員に大きな負担をかけることなくデータの収集が可能となろう。これまでは人事の分野に数量化はなじまないとして、議論や概念論に終始しがちであったが、これからは人事の分野でも科学的・数量的ツールを積極的に用いていかなければならない。ファイナンスなど他の分野は高度なテクノロジー化が進んでおり、そのような技術を活用したストック・オプションなども進展している。このように周辺のテクノロジーを活用し、今回のパーセプション・マップをはじめとする数量化ツールを多用することによって日本の人的資源管理にブレイクスルーが生まれることを期待する。