専門能力の提供手段としてのプロフェッショナル化

ビジネスというのは、高度な専門知識や専門技術をサービスとして顧客に提供し、その対価を受け取るというような形で成り立つといってよいだろう。そして、プロフェッショナルというのは、まさに専門知識を顧客に提供することで生計を立てる人々を指しているといえる。

プロフェッショナル研究で著名な社会学者のアボットによると、プロ化というのは、社会が専門知識や専門技術を温存し、人々に提供できるようにする機能の1つの形態だと言う。しかし、そのように、専門知識を人々に提供する形態は、プロ化だけでなく、他に2つある。アボットの言う3つの形態とは、次のようなものである。

プロフェッショナル化

プロフェッショナル化とは、専門知識を生み出すスキルや仕組み、仕事などが、個人に内部化すること、つまり属人化することである。職人といえば、手に職がある人、ということになるが、その概念に近い。

専門知識や能力がある人に内部化されているわけであるから、その人が作業をすることでしか、それは実現しない。また、多くの場合、プロフェッショナルの仕事は自己完結型であって、1人で顧客の求めるサービスを最初から最後までやり遂げることができることが多い。プロフェッショナル化による専門知識、専門技術の提供は、その人が去ってしまえば、もはや提供できなくなってしまう。特に、それが高度でかつ余人に代え難いユニークなものである場合には、そのプロフェッショナルを失うことによる損失は多大である。

個人事業者、独立したプロフェッショナルはもとより、プロフェッショナル集団としての企業であるならば、プロとしての人材がすべてであるといってよい。人材の質が、ビジネスの存亡に関わる。もし、労働市場全体として良質なプロフェッショナルが不足してくるならば、高度なサービスを提供できなくなってしまう。また、プロ野球でいえばイチローと並みの選手とでは、実力に雲泥の差があるように、人によって提供できる知識やスキルのクオリティや量にばらつきができてしまうことも問題である。もっとも、プロフェッショナルソサエティなどの確立による長期にわたるトレーニング、徒弟制度、社会化などによって、人々のクオリティのばらつきを押さえようとする機能もプロフェッショナルの特徴の1つでもある。

コモディティー化

コモディティー化とは、専門知識やそれを生み出すスキル、技術を、機械やプログラムといった、非人間的な道具に内部化することである。工場や機械の発達はその典型例であり、人間が時間をかけないとできない高度な作業も、機械が発達することによって社会に提供できるようになる。IT革命も同じようなもので、人々の間だけでは限界であるコミュニケーション手段が、ITの発達によって可能になったし、私たちの頭だけでは限界がある高度な情報処理がコンピュータの発達によって可能になったことも同様である。

専門知識や専門技術がコモディティー化すれば、より安定したサービスの提供が可能になるし、規模の経済も働くため、効率性を追求することができる。プロフェッショナル化と比較しても、プロフェッショナルの場合、自己完結型の仕事が多いため、プロフェッショナルを多く雇えば、乗法的にサービスの量やクオリティが上昇するわけではなく、むしろ加法的であるし、良質な人材も限られているから、規模の経済の追求はしにくい。一方、コモディティー化に成功すれば、大きな工場、プラントや、高速なコンピュータなど、効率性をどんどん高めることができる。

また、非人間的要素に内部化されるため、人材が去っても決定的なダメージを受けるわけではなく、安定的にサービスを提供することができる。

官僚化

官僚化とは、人々の活動を組織化することによって、分業体制を整え、システマチックに高度な知識や技術を提供するようにすることである。組織あるいは官僚制という仕組み自体に、サービスを提供できる機能が内部化されることになる。これは、プロフェッショナルのような属人化とも異なり、官僚制における各人材は、アマチュアでもいい。むしろ、仕組みやルールを徹底して、アマチュアであっても決めれた職務や命令に従うことによって、組織全体として良質なサービスが提供できるわけである。

官僚化が達成されれば、それを担う人々の入れ替えも容易になる。組織としては新陳代謝があって、人の出入りがあっても、官僚制として安定したアウトプットを生み出す仕組みが確立されているため、人が去っていくことによるダメージは小さいのである。また、規模の経済も負うことができよう。人々がプロフェッショナルとして、時間をかけて高度な専門知識や技術を磨くコストも節約できるのである。

このように見ると、人々に、高度な専門知識および技術に基づく良質なサービスを提供できるような社会を築き上げるためには、プロフェッショナル化だけが重要ではないということがわかるだろう。むしろ、プロフェッショナル化のみに注目し、それのみを推し進めるならば、プロフェッショナル化の持つデメリットも深刻となり、良くない影響を与える危険性もあろう。なんでもかんでもプロフェッショナルというのが良くないことがわかる。

文献

Abbott, A. (1991). The future of professions: Occupation and expertise in the age of organization. In In P. S., Tolbert & S. R., Barley (Eds.), Research in the Sociology of Organizations, 8, 17-42. Greenwich, CT: JAI Press.