社内恋愛の人事組織論−序説

社内恋愛というのは通常の経営学では相手にされないトピックである。社内恋愛が重要な組織人事トピックなのだと言うならば、白い目で見られるかもしれない。しかし、人々の経済的生活に余裕の出てきた近年においては、働きバチという暗黙の前提を取り去り、ワークライフバランス(仕事と家庭の関係)といった視点が注目されつつあることを考えるならば、社内恋愛について、経営の視点から一考することはそんなに時間の無駄でもないだろう。もっとも、ある人は言うだろう。社内恋愛なんて、たしかに一部の現象ではあるが、それが経営に決定的なインパクトを与えるわけではないと。しかし、人事組織のテーマを含めめて、経営に決定的なインパクトを与えるテーマというのはそれほど多くはない。むしろ、そればっかりに目を奪われて、周縁ではあるが間接的に経営に影響を与える多くのファクターを忘れてしまってはいけない。さて、前置きが長くなったが、今回は、社内恋愛という現象が企業経営、特に企業の人事組織とどう関わっているのかについて、少し序説的な考察を試みたい。

上記に述べたように、社内恋愛は通常は人事組織のテーマとしては扱われていなかったわけであるが、社内恋愛は組織の効果的な機能との関係、ひいては企業の生産性との関係といった点で考察する価値のあるトピックである。

まず、日本企業で長くの間にわたって取り入れられてきた、女性一般職という制度と社内恋愛の関係について考えてみよう。一般職というのは、それなりに必要な職務であるには違いないのであろうが、そこには、女性だからという暗黙の了解がある。お茶くみ中心の男性一般職はめたにいなかったのであるから。また、今では多くの一般職が企業派遣にとって変わられているということも言えるが、ではなぜ、多くの企業が、低コストの企業派遣にスイッチすることのなく、比較的高コストの正社員として女性一般職を採用しつづけてきたのであろうか。その理由としては、供給側つまり派遣業者の未発達という要因もあろう。

さて、これを社内恋愛の見地から考えてみよう。この一般職という制度が、女性にとっては、キャリアウーマンを目指すのではなく、よい旦那を見つけるための会社選び、および就職活動につながっていったのではないかと思われる。一般職という仕事、つまり、特殊な専門能力を必要とせず、また教育もされない、お茶くみ、単純作業といったものであっても、最終的に良い旦那を見つければ大きなリターンであると考えられる。その証拠に、結婚して寿退社というのが、ひとつの理想形として考えられてきた。一方、社内外を問わず、なかなか結婚相手が見つからずに居残ってしまう場合は、お局さんと言われてしまうのである。企業としては、こんな正社員、つまり単純作業に甘んじ、かつ昇進昇格も制限され、挙げ句の果てには結婚退社と言う人材を採用しつづけて、本当に不効率な経営をしてきたといえるのであろうか。いや、必ずしもそうとは言えまい。

まず、企業にとっては、高コストな正社員であるとは言え、年功序列制度のもとでは、若い一般職が、比較的低コストで使える労働力を確保できるという事情がある。そして、社内恋愛を含めた恋愛ー結婚パターンによって結婚寿退社を促すことで、年功制度が持つネガティブな側面、つまり職能の向上の成否に関わらず、年齢と共に人件費がアップするという人件費上昇要因を未然に防ぐことができたのである。業務は、専門知識を必要としないものであるから、引継ぎは難しくない。寿退社と同時に若い一般職を採用するというサイクルを持続させれば、低人件費という構造は変わらない。つまり、一般職制度(=単純作業)と寿退社という手を使って低コストの人材を転がすことができたわけである。

同様の視点から、一般職と対比される、男性を中心とする総合職についてみてみよう。たとえば、一流企業、大企業の総合職のイメージとしては、忙しくて遊ぶ暇があまりない、というのがあろう。そうなると、もっとも身近にいる存在として、職場の女性が恋愛の対象となるわけである。会社としても、期待される総合職社員については、ふらふら遊んでいないで、早めに身を固め、つまり早く結婚してもらって仕事に専念してほしいと思うであろう。こういった願いが、見事に一般職制度とのハーモニーを奏でるのである。つまり、若い一般職を抱え込み、社内恋愛を会社ぐるみで(暗黙に)サポートし、そして結婚させるのである。そうなれば、総合職は仕事に専念できるし、一般職は寿退社してくれるという一石二鳥なわけである。会社ぐるみの暗黙のサポートというのは、同期生でグループ交際(休日など)するのを促したり(あるいは研修などを通じて勝手にそうなっていくというのもあるが)、各種社内行事(支店旅行、運動会など)も社内恋愛の後押しとしての役割を担っていよう。社内恋愛ー結婚というパターンは、さらに、社内で自己完結する円滑な人間関係(夫婦ともに会社と深い関係)という大きな副産物も会社に与えてくれるのである。こうなれば、会社が、少々高い正社員として、正規の採用プロセスを踏んで注意深く一般職を選別し採用していくには訳があることが見えてくる。逆に、近年の不景気で、一般職がどんどん派遣に置き換わっていくことは、社員のモラール(恋愛に関わる動機付けが仕事に転嫁するプロセス)を阻害してしまうのではないかという危惧もあるのである。派遣会社の場合は、基本的に派遣人材を受け入れ企業が真剣に採用するということはないが、一般職の採用をきちんとやるということは、本当のところはよくわからないのであるが、以上見てきた社内恋愛が経営に与える影響という見地からすると、家柄や容姿なども選考基準に関わっているのだろうかと思われるのである。もちろん、こういったことは法的にも倫理的にもタブーなはずなので実態はわからない。

さて、今回は序説ということで、社内恋愛と人事組織論という視点からほんの少しだけ例を挙げて考察してみたが、これ以外にも考えるべきテーマはたくさんあろう。例えば、先ほど少し上げたように、モチベーションという人事組織の重要トピックから見ると、職場に魅力的な異性が多くいるということは、少なからず社員のモチベーション、明るさ、エネルギー、そして業績に影響するのではないかと思われるのである。それだけで毎日職場にいきたくなり、仕事のできる格好よい自分を見せたくなるものであろう。

その他には、社内恋愛ー結婚という黄金パタンではなく、社内不倫や、社内恋愛の破局といったネガティブな出来事が、企業の経営や業績にどう関わってくるのかについても興味深い考察ができそうである。さらには、企業によって、社内恋愛に対する風土が異なっていることも指摘できよう。ある企業は非常にオープンで、社内で平気でそういう話題が飛び交う場合もあれば、そんなことはタブーでいっさいないという企業もあろう。また、オープンといっても自由奔放にさせる場合と、社内で監視したり、誰と誰をくっつけようといったように斡旋をしたがるといった具合に、社内恋愛をコントロールしたがる風土もあるかもしれない。そういった違いが、業績や人事組織の機能とどんな関係にあるのであろうか。いずれにせよ、テーマは尽きない。