カール・ワイクの「センスメーキング」

センスメーキングとは

私たちの身の回りでいま何が起こっているのかを感じ取ること。いわゆる何が起こっているのかの認識プロセスであると考えてもよいが、単に外部の情報を受動的に処理するというのではなく、私たちが積極的に環境や自分自身に関わっていく能動的なプロセスを通じて、いったい何が起こっているのかという感覚を能動的に形成していくプロセスであるとも言える。

信念が主導するセンスメーキング

議論としてのセンスメーキング

自分が思ったこと感じたことを議論し、他者からの確認を得ることで、自分が何を見て感じているのかを確認する。私たちは常に何を見て何を感じ取っているのかを議論しているとも言える。議論とは、個人的視点としては理由付け的な話法であり、社会的視点としてはお互いに討議することを意味する。常に個人の思考や意見は論議を呼ぶものである。議論することは、センスメーキングの道具でもある。また、議論においては人々がお互いに影響を及ぼしあう。会議は、こういった議論としてのセンスメーキングが起こりやすい場である。

期待としてのセンスメーキング

信念が期待を形成し、それが何を見てどう感じるかを規定する。期待は、見て感じたことをもとに、自動修正する機能も持っている。一種の自己暗示的な予想が、見て感じ取る対象を規定するので、それによってさらに自己暗示的な信念が強まる。期待に基づく予想が、何を見て何を感じるかに影響を与え、それをもとにした議論がなされることによって、期待や予測の正確性が確認されることにより、さらに信念の妥当性を深めるという形で、期待はセンスメーキングを主導する。

行為が主導するセンスメーキング

コミットとしてのセンスメーキング

自分自身が、何らかの信念や期待に基づいて行動を行ない、その結果何が起こるかを見たり感じたりすることになる。行動して、振り返る過程で、今何が起こっているのかを感じ取るわけである。信念とそれに沿った行動によって、物事の動きが信念や期待と一致するようであれば、より信念や期待の妥当性を強めることになる。そして今何が起こっているのかについての自分の感触の自信を高めることにもつながる。

操作としてのセンスメーキング

私たちは、みずからの行為によって、環境自身を作りあげていきながら、その流れを感じ取るということもしている。環境は行為主体によって発明されるものでもある。これは、環境の知覚を選択的にスクリーニングするだけでなく、環境自体に積極的に働きかけることにより、環境を変えてしまうことも指す。そういった行為をする一方で、今何が起こっているのかを同時に感じ取っている。

文献

Weick, K. E. (1995). Sensemaking in organizations. Thousand Oaks, CA: Sage