物語的人事組織論の必要性

哲学者の木田元氏あたりがコメントしていたなかに、哲学というのは、たいていは小説などから入るものだという話があった。つまり、子供のころに聞かせられるのは童話であり、小学生や中学生になればドラマや小説をたしなむようになり、そしてそこからだんだん深い思考をもとめて哲学の世界に関心を持つようになるという話である。つまり、物語とか童話とかは、わたしたちにとってすんなりと入っていける世界であるわけである。

哲学のように、概念と論理を重視する抽象的な思考というのは、元来は人間にとって得意とするものではないはずである。一番入りやすいのは、やはり、物語であったり神話であったりするわけだ。思想の歴史を見てみても、神話から形而上学的議論へとの発展が見られるが、その逆ではない。これは、日常の世界で見ても同じことで、かりに実践家が人事組織について理解するにしても、概念間の因果関係によって成り立つシステムとして組織や人事を捉えるというよりは、なんらかの物語、出来事の時間的推移をもって、組織を理解することのほうが自然である。

ここで、組織とは何かという問題に簡単に踏み込むとすると、簡略化しすぎではあるが、組織とはそもそも人々の頭の中にのみ存在するものであり、人々の共通了解によってその存在や特徴があたかも客観的な実在のようにあらわになっていると考えることとしよう。もし組織の実態がそのようであるとするならば、人々の頭の中にある組織観がどのようなものであるのかということが、実際の組織のあり方に決定的な影響を与えているといってもよい。もっと極端に議論を展開して、世界自体が言葉によって編み込まれたものとしての実在であると考えたとしよう。そこにあるのは、確かに言葉が元来もつ論理的な機能が影響を与えているはずであるが、同時に、ものごとを時間的推移とともに表現する方法や、論理でなく感情や事実を表現する方法もあり、そういったものが世界の様相に影響を与えているといえる。

哲学書を読みふけったことのある人とか、専門的に思想を学んだ人でない限り、厳密に組織を因果関係の鎖からなるシステムとして認識している実践者はあまりいないだろう。ただ、科学至上主義といっても過言ではないくらいの現代社会の特質からするならば、論理的思考がのぞましいと考える人々が多数派であることには間違いはない。しかしながら、そういった人々が論理的な体系として組織を捉えるにも限界があり、できたとしても、それはかなり単純なモデルとしてしか認識できないはずである。非常に複雑な組織という代物を、それを構成する細かな因果関係の鎖をほとんどマスターした上で、組織とは何かを把握している人はほとんどいないといえるのである。

上記の妥当性を示す例としては、「頭が方程式系の人々」が実践者には多いということがあげられる。特に経営者や経営企画、あるいは事業を行なっている人が求めるのは、方程式のように、独立変数の何かを変化させれば、従属変数が変わるというモデルをもとめており、もっともわかりやすい例でいえば企業利益としての従属変数に影響を与えることができる独立変数としてのネタを求めているといえる。人々がコンサルタントに求めるのも、この独立変数の組合せとしての解である。しかし、元来、複雑な因果関係の鎖として捉えられる組織というものは、当然、こういった方程式のようなものであるはずがない。それにも関わらず、多くの人々は方程式のようなわかりやすい論理をもとめており、そういった論理で持って経営上の課題を解決すると提案してくる人を歓迎し、そういったアプローチを採用するコンサルティング会社を喜んで雇うのである。これは、一般の人々がもつ論理能力には限界があることを如実に示している。

一方で、数量的に把握できないような、組織文化を対象に扱う人々や、組織論といったように、ともすれば哲学的な議論ばかりしているような人達に対しては、実践家は、それは実務的ではないという冷たい視線を向け、研究者のほうも、それならそれでよいと開き直って自分達の世界に閉じこもってしまうという事態が現状で起こっていることも否定できないだろう。この原因の一つが、論理的、理論的に組織を捉え、因果法則や理論によって組織を捉えようとするアプローチにある。このアプローチをとる限り、研究者の世界では美しい因果関係の鎖からなる組織モデルが構築されるにせよ、「頭の中が方程式」的な論理能力の域を出ることができない人々にとっては無用の長物となってしまうのである。それは、そういった実践者に罪があるのではない。実践者は経営の実践をすることが最重要課題なのであり、高度な思想や理論をマスターすることが仕事ではないからである。問題なのは、実践者と研究者および研究成果とのギャップなのである。

こういった問題から脱出するためには、物語的人事組織論の発展が必要不可欠である。人々がもっともはいっていきやすいのが、物語であり、組織というのはそういった人々が見聞きしたことによってもっている物語の束として存在しているのである。また、物語は、わたしのいうところのタテ系の法則や原理といったものに発展させる大きなポテンシャルを持っている。タテ系の原理とは、元来の多くの理論が、異なる変数間の関係性を解明するというヨコ系、すなわち、変数をヨコにならべて、片方を動かせば、片方がそれに応じて動くといったような相関を見ていくようなアプローチであるのにたいし、現在過去未来を含む時間軸という視点から物事がどのように生成発展していうのかを把握しようとするアプローチである。物語というのは、基本的に出来事が時間的にどう流れているかを記述することにほかならないから、この人事組織論におけるタテ系のアプローチを発展させるうえで重要な役割を担うと思われるのである。

講演会などを見ても、たいてい人気のある人は、物語を語ることが上手な人々なのである。いくら高度な思考能力を持っている人であっても、講演において、抽象的な概念からなる理論構造ばかり話していては、聴衆者にとっては眠くなるだけだろう。それだけ、物語とか逸話が、一般の人々に与える影響は大であり、そういった物語を中心に添えて作られる人事組織論の将来性は非常に大きいのである。