価値創造型交渉を積極的に行なおう

交渉と聞くとどんなイメージを持つだろうか。たいていならば、交渉とは駆け引きであり、勝ち負けであり、またタフ・ネゴシエーターといったようにハードボイルドなイメージがあるのではないだろうか。また、例えば、国家間の交渉や労使間交渉などと聞くと、なんとなく血なまぐさいというか、政治的、イデオロギー的というか、闘争的なイメージを持つ場合があるかもしれない。一般的に交渉と聞くとそのようなイメージを持つことはある意味自然かもしれない。しかし、本稿のテーマは、わたしたちも日常生活やビジネスの場面で積極的に交渉しよう、ということなのである。これは、上記で挙げたような勝ち負けを真剣に競うような争いを奨励しようとしているのではない。本稿でいいたいのは、交渉とは実はもっと違ったものであるということだ。

普通であれば、積極的に交渉しよう、交渉を楽しもう、などどいうことを言われると、最初にあげた交渉のハードボイルドなイメージが頭を支配し、なんとなく嫌な気分になる、あるいは「できれば交渉ごとなんてしないに越したことはないのだ」と思うかもしれない。実際、交渉と聞くと、先ほどあげた勝ち負けや駆け引きといった、いわゆる闘争型の交渉を思い浮かべる人の割合が圧倒的に多いということが研究でもわかっている。しかし、もう1つの大切な交渉スタイル、つまりお互いが満足する解決策を発見するような、統合型、あるいは協同方の交渉というのも、思いつく人の割合は少なくても、実際に多くあるわけであるし、こちらのほうがより重要なのである。

本稿で主張するところの交渉とはいったいどんなものなのか。本稿で交渉を定義するならば「交渉とは、複数の人々で行なわれる、価値創造の共同作業である」ということになる。価値創造経営、知的資本経営などといわれるように、現在ではなんらかの新しい価値を創造することこそが、ビジネスで必要なことであるとよくいわれる。この最も重要かつ優先的な課題でもある価値創造というのは、実は交渉と実に深いかかわりがある、というか交渉そのものが、異なる人々が協同して新しい価値を創造していこうとするプロセスであるといえるのである。交渉上手が価値創造上手であるとするならば、まさしくビジネスを成功させるために、あるいは日本を実りある国にしていくためには積極的に交渉することが必要なのである。

交渉と聞くと物怖じする人たちがいる理由は、勝ち負け、駆け引き方交渉を思い浮かべてしまうと、負けたときの嫌な気分、あるいは勝ったときにおいてもそのときに相手に対してなんとなく感じる後ろめたさ、というのが想像されるのであろう。しかし、交渉と聞いて、協力型の価値創造型交渉をイメージするならば、それはお互いがハッピーな結末となる解決案を、お互いが力をあわせて一生懸命さがしだし、実現するやり方なのであるから、うって変わって明るいポジティブな気分になれるはずなのである。また、交渉に先立って、ネガティブなイメージなり思考を持っている場合には、交渉はあまりよい結果が得られず、逆に交渉に先立ってポジティブなイメージなり思考なりを持って臨む場合には、多くの場合好ましい結果が得られるという研究結果もある。

交渉についてもっとポジティブなイメージを持ってもらうために、もう少し価値創造型交渉について説明しよう。まず、交渉とは、そもそも相手がいないと成り立たないものである。ということは、相手がいないと自分の目標が達成できないわけで、言い換えるならば、お互いが、自分ひとりでは実現することのできない目標を実現するために、相手と一緒に話し合うプロセスだということなのである。また、お互いが腹をわって話し合うことにより、駆け引きや闘争をするだけでは思いつかないようなクリエイティブなアイデアや解決策、そしてそれがどちらも満足させるようなものを生み出すことが期待されているということである。それは、ギブ・アンド・テイクという協力関係を繰り返すことによって実現されるものであるから、そのプロセスを通じて、お互いが深く理解しあい、そこには深く長期にわたる信頼関係が築けることになるわけである。そういった信頼関係は、将来のビジネスにも大変役に立つ重要な資産として考えることもできる。

交渉相手は、自分にとって、目標を実現するにはいなくてはならない、かけがえのない相手なのであり、その相手があって自分の目標が実現するのであるから、お互いの目標同士は何らかのかたちでつながっているのである。最初は一見するとお互いが相容れない目標、つまり片方が満たされれば片方が諦めざるをえない目標に見えるかもしれない、しかしそれはまだ表面的であり、その目標の奥に潜む真のニーズについて、お互いが真剣に目を向けるならば、非常に多くの場合、お互いのニーズが満たせるような解決策が生まれてくる可能性が大いにあるのである。例えば、一見するとポジション争いのような勝負型の交渉に見えたとしても、真のニーズをさぐった場合、片方にとっては面子や形式的なことの維持や向上が最も重要な利益であるのに対し、反対側にとっては形式的なことはどうでもよく、実質的利益が最重要であったりすることにお互いが気づくならば、片方は実質的なことについては重要でないので譲歩し、反対側が形式的なことについては重要でないので譲歩することによって、お互いが自分にとって最も重要な利益を得ることができるのである。そしてそれは、自分ひとりだけでは、また交渉が決裂した場合には実現することのない利益であったわけである。そういった利益が、両者が協同で作り上げた新しい価値であるといえるのである。

交渉によって新しい価値を創造することは、交渉でお互いが譲歩しあうことによって妥協点を見つけ出すのとは違う。お互いが妥協をするということは、お互いが、自分の目標を犠牲にすることによって相手の目標を尊重しようという意味ではあるのだろうが、それでは、お互いが何らかの理由付けして納得することはあっても、お互いが満足のいく結果を出したとはいえない。価値創造型交渉で必要なのは、お互いが相手を思いやり、相手を深く理解し、信頼関係を築きながらギブアンドテイクを繰り返すいっぽうで、自分が実現したい利益や目標にはかたくなにまで貪欲になることである。交渉によって実現しようとする利益、言い換えるならば、交渉することによって相手と共同で作り上げようとする新しい価値創造にかんしては、決して妥協を許さないのだ。お互いが妥協して、可もなく不可もなくといった結果をえる、あるいは最初の目標を諦めるのではなく、お互いが幸せになれる道を最後まで諦めずに一緒になって探し出す。だから交渉は面白いのである。

しかし、交渉をする相手によっては、こちらが協同による価値創造を目指す統合型交渉を望んでも、相手がそれを一切無視し、勝ち負け方の駆け引きを仕掛けてくる可能性もある。相手が態度を変化させる余地があるならば、それでも価値創造型交渉に向けた説得も意味をなすであろうが、そうでない場合、とりわけ相手に道徳観が欠けていたりする場合には、交渉を続けていては相手の言い分を一方的に受け入れるだけとなってしまう。それでは、お互いが目標を達成しようとする交渉の基本原理に反することとなるから、残念ではあるが交渉を取りやめにするべきである。共同作業によって価値創造をしていこうとするのであるから、そもそも信用できない相手とそういうことをするのは問題である。交渉も上達するにはやっぱり経験を積んでいくことが必要であろう。経験をつむならば、いったいどんな人と交渉するべきなのか、どんな人とは交渉するべきではないのかについての嗅覚も発達してくることだろう。

交渉というのは、ものの見方考え方が異なる人同士が行なうものである。もしものの見方考え方が同じであるならば、あまり交渉事象について異なった見解がでてくるわけではなく、すぐにお互いが共通する見解や結論につながることになるのだから、交渉にはならないだろう。だから、繰り返しになるが、ものの見方考え方が違う人同士が交わるということは、まさにそこから新しい知識なり価値が創造されるチャンスがあるということなのである。交渉を積極的に行なうことによって、異なる視点を持つ人々の知恵が結集し、これまでにない新しい価値が創造され、それによって、お互いが自分ひとりでは実現できなかったことが実現し、そしてお互いが深い信頼や絆で結ばれることにもなり、そしてそのつながりが招来の新しいビジネスチャンスや価値創造につながっていくという、これ以上ないといえるくらいの恩恵をもたらしてくれるわけである。

このような交渉の本質が理解できたならば、これからは積極的に交渉する以外にわたしたちを豊かにしてくれる手段はないであろう。また、交渉についてのイメージや考え方が刷新されるならば、交渉というのは実に楽しいものであり、なにか新しいものを生み出すクリエイティブな活動だけにわくわくしてくるし、よって、今すぐにでもどこか誰かのところに走っていって交渉をはじめたいと思うようになることであろう。そのようになって、わが国の人々が積極的に価値創造型交渉に取り組んでいけることを望む。