新聞不信 根拠なき「国旗・国歌」反対報道


 久しぶりにひどい杜撰(ずさん)な記事を読んだ.朝日の(平成11年7月)2日付朝刊38面の記事である.「元公立校長ら『法制化に反対』国旗・国歌法案」という見出しの二段の記事だ.
 この記事は,公立高校の元校長と現役の私立高校長ら46人が声明を発表したというのだが,まずどこの都道府県の高校長なのかもわからなければ,代表者の氏名もない.声明は記者会見なのか,郵送されてきたのか,も判然としない.
 とにかくなにひとつ具体的な内容がないのだ.法制化は認められないとして,「教師と子どもが心を通わせて学べる学校をつくるためにも」法制化と学校への押しつけはやめさせなければならないと声明はいっている,とだけ書かれている.
 国旗・国歌法案に異議申し立てをしなければとか,性急な法制化は亀裂を生むだけ,という声は確かに多い.たとえ議会で可決されたにしても,釈然としない国民感情は消えるわけではない.そうした声や感情があるからといって,これほど曖昧な記事が堂々と掲載されていいのだろうか.第一,こういう声明をだした高校長が現実に存在するのだろうか.
 こういう問いをつきつめていくと,朝日が書いたのだから信用しろ,ということになる.正直なところ,昨今の各紙の紙面を見ていて,朝日の紙面には他誌と比べて深みのある記事も多い.日本の代表的新聞と呼号するだけの記事も目につく.
 だからといって,これほどひどい記事が掲載されるというのは,読者を愚弄しているといっていい.もしこうした記事が,これからも相次いで紙面にでてくるなら,自ら信用をないがしろにしていくことになる.
 日本が言論統制の国なら,このような記事の意味するところは大きい.まさに新聞記者は“ものいわぬ怒れる国民”に代わって権力と闘っている図が想像できるからだ.しかし,この国には言論の自由が保障されていないといったら,言論統制下で闘っているジャーナリストに張り倒されてしまうだろう.
 46人の高校長,あるいは高校長経験者が名を挙げて声明を発表できない事情があるというなら,少なくとも記事ではそのことにふれるべきだ.その事情こそ,読者にとっては重要な示唆を与えてくれる.
 なかんずく高校長経験者が,現役から身を退いても声明を公然と発表できないというなら,この国は読者の知らないところで言論の自由が侵蝕されているらしい.これは,朝日が自ら信用を放棄していくよりは,さし迫った問題だ.2日付のこの記事の背景を,朝日は読者に説明する義務がある.

九九九より:日教組のデータを鵜呑みにしたり,わけの解らない校長のデータを使ったりと,朝日新聞者には,統計学を知るものがいないらしい.


もどる 

ジオシティーズの入り口へ このコミュニティの入り口へ ご近所を訪問する