個性を認めた「尊敬」は,人間関係の基本である


 戦後教育の欠陥の一つは,豊かさ,善などは教えはしたが,欠乏や悪の意味を教えなかったことですね.完成を教えはしたが,その途中にあるものはよく教えなかった.平和というかつて見たこともない概念は教えたという自信はもったが,戦争という現実は教えなかった.子どもたちは効率よく答えだけを教わったのです.そこに自立や自律というものが育つでしょうか,疑問です.
 日本はたいへんに贅沢な国です.世界の国々のあらゆる料理や食材がすぐに手に入るという世界でも珍しい国です.しかし,その便利さと引き替えに,「自ら節制する」という禁欲を忘れてしまったように思います.人間が生きるという事は,もっと貧しくてもできるのだということを子どもたちに教えるべきです.例えば,「テレビを見ない日」「お菓子を買わない日」等々,それぞれの家庭に合った「禁欲の日」があってもいいのではないでしょうか.
 次に言いたい事は,先生も親も子どもに対して目先の人気取りにやっきになっていないかということです.昔から先生や親などというものは,おっかなくてけむたい存在でした.先生や親が自分の信念に従っていれば,子どもは「あのがんこオヤジ,けちなオフクロ・・・・・・」と言いつつも,それが何十年かたてば非常に面白い人間として子どもの心に戻ってくるものです.
 私は,人間関係の基本は「尊敬」だと思っています.これは友人においてもそうです.尊厳の中身は人それぞれでしょうが,これは人気とは無関係です.個をきっちり持っている個性的な人です.このような人は概して人気がない.いまの先生や親は人気があることは,子どもに信頼され尊敬されていることだと勘違いしているのではないでしょうか.


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