「節度ある潤沢」と「健全な不足」


 いま子どもたちが「キレる」とよく言われますが,突然キレるわけではなく,それに至る積み重ねがあるわけです.その中身は子どもによって違うでしょうが,共通していることは「耐性」の欠如です.これは親にも責任があると思います.
 昭和30年以後に生まれた人たちは物質に満たされた中で育ってきています.現在高校生を持つ親はこのような中で育ち,自らも子どもを育ててきました.その価値観も金銭や物質で決まっている.このような金銭,物質至上主義できた結果,少女売春を平気でやり,荒れる子どもたちをつくってきたのです.
 私は,一昨年から日本財団の費用で中央官庁の若手とマスコミの希望者を十数人お連れして,世界の「最貧国」を訪れる旅を行っています.この旅で感じてほしいことは「貧しいということはどういうことか」です.マダガスカルから500キロも離れた荒れた道の先にある修道院に宿泊した時,参加者の1人が「トイレはどこですか」と尋ねました.シスターは「その辺でご自由に」と答えました.野っ原がトイレです.もちろんお風呂もシャワーもない,すべてが自然と一体なんですね.
 「最貧国」を旅するとき,飲み水に注意しなければなりません.ペットボトルの飲料が買えない時には,少し汚い水でも沈殿させ,その上澄みの部分を煮沸すれば何とか飲める.この「方策」を知って,いわゆる一流大学を出た秀才たちが驚くのです.
 私は「節度ある潤沢」と「健全な不足」というものがこの世にありそうに思えるのです.バブルが弾けた時代を生きて,そのことにまだ気づかないとしたら,そしてその体験を以後長く自分の知恵として生かさないとしたら,そのとき,私たちは「大馬鹿者」と言われるでしょう.そうしたら自発的な「ささやかな節制」が,むしろ魂の柔軟さを保つのだろうと本能的に感じ始めました.
 旅行に参加した人たちが旅行後に「物はないが心が熱くなった」と感想を言っています.やはり子どもに耐えるということを教えるのは,親が意識的にそのような場面を作ることが必要でしょうね.


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