「国旗・国歌」反対強制一問一答集1
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 はじめに

 平成11年8月,やっと「国旗・国歌法」が可決,成立しました.しかし,日教組は,「闘いはこれからが本番です.すでに全国各地で,従来の教員の枠を越えて,『日の丸・君が代』強制反対の運動が,生徒・親・一般市民などの手によって広がりつつあります.」などと言って,学校教育現場に,他の左翼市民団体を乗り込ませてまでして,「国旗・国歌」反対を強制するつもりです.これからの卒業式・入学式に向けて,「国旗・国歌」反対の強制を跳ね返すために役立つ資料として,この「一問一答集」を編集しました.
 この資料は,「千葉県高等学校教職員組合『日の丸・君が代』対策委員会」による,ほとんどギャグとも読める,一問一答集にならって作成したものです.相互矛盾があれば,ご指摘いただければ幸いです.
 この資料の中の役に立ちそうな部分を抜き出して,勝手に引用するというようなやりかたで,この資料を活用していただければと思います.また,みなさんのアイデアで,こんな“Q&A”もあるという例があれば,ご投稿ください.そんな声を集めて、今後より充実したものに改訂してゆきたいと思っています.


Q1 「君が代」の「君」は「あなた」という意味という説もあるようですが,「君が代」の歌詞の意味は
 「我が天皇のお治めになる此の御代は千年も万年も,小石が大きな巌となって苔の生えるまで,いつまでも続いてお栄えになるように.」というのが、「君が代」の意味です.
 「君が代」については,様々な意味が掲げられています.やはり国歌として法制化された以上,日本国憲法第一条にある日本国民の象徴が「いつまでも続いてお栄えになるように」と解釈するのが,自然だと思われます.
 戦前戦後を問わず,愛国心を育てる,天皇の歴史的意義を教えることは大変重要で,民主主義と何ら矛盾するものではありません.
 しかし,「天皇制国家を讃える歌」と曲解して憲法違反という人もいます.「象徴天皇を讃える歌」を「天皇制国家を讃える歌」と,すり替えているのです.これは,明白な偏向教育です.
 KOさんのご指摘により追加
 そもそも,日教組先生は,「天皇制国家」という言葉を,天皇独裁国家という意味で用いています.
 我々自身の考え方の無意識のパターンの中に“天皇制国家”は悪だとする常識が組み込まれているように私には感じられます。憲法には“象徴天皇制”が謳われていますが、過去の日本の歴史のなかでは天皇は、ほとんどの期間を“象徴”として存在したと言っても良いのです。ですから、天皇制国家は日本の古来からのあり方となにも変わってはいないものなのです。私は、日本国憲法の象徴天皇制には共感するものです。マッカサー憲法のなかで、唯一良かったもの、それは象徴天皇規定です。
 “天皇制国家を讃える”事は、象徴として、規定された天皇に対する態度として、むしろ憲法を遵守する立場ではないか、そのように思えるのです。“天皇制”という言葉に対してはいくつもの解釈が成り立ちましょうが、天皇が独裁者であったことなど、長い歴史のなかでもほんの短い期間であった事は事実です。明治憲法においてすら、天皇の命令書には大臣の副署名が必要と憲法に定められていた事実を忘れるべきではありません。そんな規定のもとで、どうして天皇が独裁者たり得たでしょうか。“天皇制”のもとにおいては、“神聖にして侵すべからず”と“大臣の副署”これは何の矛盾もななかったのです。
 翻って考えれば、“神聖にして侵すべからず”とは、“天皇は全能の神である”との規定では無く、象徴天皇の“無答責”の定めであり、現代でも多くの王国で同様の規定を掲げている、常識なのです。
 以上のように、「天皇制国家を讃える歌」は民主主義となんら矛盾するものではない事を私は申し上げたかったわけです。天皇制国家を讃える事ができなくなった我々の迷いが現代日本の道徳の崩壊を生んでいるのです。


Q2. 「日の丸・君が代」に戦争責任はないのでは
 まったくその通りです.「戦争責任がある」なんて言い出したら,星条旗だってユニオンジャックだって戦争責任のかたまりになってしまいます.
 日教組を中心とする偏向教育や,中国や韓国の反日教育のかいがあって,現在でも戦争の加害者として良心の呵責に苦しむ日本人や,被害者として「日の丸・君が代」を見ただけで,戦争の悲惨な状況を思い出し,かつて覚えた恐怖心や嫌悪感に身震いする人々もいるようです.しかしそのような,一部の方々を引き合いに出し,学校教育の場を混乱させるのは,筋違いです.


Q3. 戦争を知らない世代として「日の丸・君が代」がなぜ戦争と結びついて議論されるのかわからない
 実は,戦争を知っている世代よりも,戦争を知らない世代の方が「国旗・国歌」に反対しているのです.特に,共産党に踊らされて「安保反対闘争」や「成田空港反対闘争」などに参加した50代の先生方は,特に「国旗・国歌」を嫌っています.「日の丸・君が代」を戦争と結びつけて議論するというのは,共産党などの左翼による反国家集団の思想なのです.
 戦前・戦中の教育は,日本国民(植民地の人々も)を天皇の赤子・臣民であるといった教育がなされてきました.小学校の低学年のときから、神武天皇から始まって昭和天皇までの歴代天皇の名を,九九の暗記のように覚え込ませる,といった教育が行われてきました.
 日本の歴史を神話にまでさかのぼって教えると言うことは,たいへん意義のあることで,現在の教育からは,神話の部分がすべて省略されてしまいました.神話から得る道徳的意義はたいへん大きく,現在の子どもの非行はきちんと神話を教えない事からきている部分もあるのです.


Q4. 先進国といわれる国では学校で国旗・国歌はどう扱われているか
 民主的な考えが政治に採用されている国では,憲法などで学問・思想・言論などの自由が保障され,教育内容は,国家や宗教から独立しています.そして学問的な真理に基づいた自由・中立なものでなければならないという考えが一般的です.そのような国では,国旗に対して敬意を払う,国歌斉唱の時は起立脱帽が常識とされているのです.日教組では,ごく一部の事件をことさら大きく取り上げ,アメリカがどうだのフランスがどうだのといいますが,実際はどうでしょうか.(以下SAPIO1998年8月26日号・9月2日号より引用)
 アメリカでは,小学校に入ったその日から,各教室に掲げられている国旗に対して,毎朝『プレッジ・アレージエンス』と呼ばれる忠誠の誓いの言葉を朗誦させられる.アメリカの小学校入学者のための「ガイド・ブック」にも,次のような説明が必ずといっていいくらい載っている.「我々の学校における国旗:アメリカの学校は,星条旗と同様にナショナルであることを忘れてはなりません.全米の学校に国旗がひるがえり,すべての教室に国旗が掲げられています.学校は国家と共にあり,国家は学校と共にあるのです.毎朝,始業の際に,全生徒が右手を左胸にあてて,厳かに“我は誓うアメリカ合衆国の旗に忠誠を尽くすことを・・・・・・”と声高らかに異口同音に朗唱することは,国民として最低限度の義務なのです」(p33より)
 ドイツでは,「黒・赤・金」の三色に染め抜かれた国旗に対する強い執着を持っている.事実上の『憲法』である『基本法』の第22条にハッキリと国旗についての法的根拠を示し,これに反するいかなる冒涜行為も許さない厳しい空気が統一後のドイツにシッカリとタガをはめている.(p38より)
 フランス国民が自己のアイデンティティーを重要視することは,フランス語保護政策ひとつを見ても容易に理解できる.幼児期からの徹底的な国旗・国歌教育も有名で,アルフォンス・ドーデの『最後の授業』(ドイツの侵略を前にした命がけのアイデンティティー保持授業)という小説などその典型的なものとして,今でも広く小学校の教材として使われている.(p33)
 フランスばかりでなく,ドイツも,イタリアも,オランダも,ベルギーも,アイルランドも,ハンガリーも・・・・・,ヨーロッパのほとんどの国々が,それぞれの思いを込めて“三色旗”を国旗として崇敬するようになったのです.(p33)
 また,多くの国では「国旗は国民統合のシンボルであり,魂である」という認識が強い.従って,各国国民は自国の旗を守ろうとし,物心両面からそれを傷つけようとするものに対しては集団的な制裁を加えようとする傾向が見られる.だから「行き過ぎてリンチ(私刑)など不測の事態を招いてはいけない」という,どちらかといえば侮辱する側を守る意味から,敢えて「法による規制」の網をかけている国も少なくはない.
 ちなみに世界で100か国以上が憲法で国旗に関する規定を明記している.日本はこの規定がない例外的な先進国である.ところが外国国章損壊罪(刑法92条)はある.
「外国に対し侮辱を加うる目的を以て其国の国旗其の他の国章を損壊,除去又は汚穢したる者は2年以下の懲役又は20万円以下の罰金に処す但外国政府の請求を待て其罪を論す」
 つまり,日本は外国旗を燃やせば罰することができるが,日の丸を燃やしても罰せられない,という奇妙な国だといえる.(p38)
 Rickさんの指摘
 カナダでは「国家」に権限がなくても「州」に権限があります。こちらでは、行政が州ごとに独立しているので、当たり前といえば、当たり前の話です。それにこちらでは、普通の学生とかが、国旗をバック・パックに縫い付けたり、車のアンテナの部分に国旗つけたりと、かなり国旗を愛しています(笑)。(たまに見かける、ではなく、しょっちゅう見かけます。)日教組のセンセイ方はその様子を見たらどうするのでしょう???


Q5. 今何故法制化が急がれたのですか
 誰の目にも明らかなように,平成11年2月28日,広島県立世羅高等学校石川敏浩校長の自殺に端を発します.私のHPでも取り上げてあるように,石川校長が卒業式では学習指導要領に基づいて国旗を掲揚し,国歌を斉唱するとしたのに対し,日教組系の広島県高等学校教職員組合に属する教職員たちが「国歌斉唱を実施するなら,これまで続けてきた国旗掲揚は今年は行わない」と強く主張.文字通りの殺人的な会議が延べ10時間以上にわたったのです.
 石川校長の自殺は,各界に大きな衝撃を与え,その波紋は政界にもおよんだのです.内閣はこの自殺をきっかけに,国旗国歌法の成立へと動き出したのです.
 ところが日教組は,校長の自殺を引き起こしたにもかかわらず,まったく反省の色が見えません.自分の主義主張を押し通すためなら,反対意見を持つ人が心労により自殺してもかまわないと思っているのでしょう.これこそ言論封じ.民主主義国家にあるまじき思想弾圧といえます.
 つまり法制化が急がれた最大の理由は,日教組による思想弾圧により,石川校長先生のような貴い犠牲を二度と出してはいけないという事にあるのです.日教組から,学校を守れという強い意志が込められているのです.


Q6. 法制化イコール強制となるか
 こちらにも書いてあるますように,「法的根拠を持ったということは,日の丸・君が代を職務命令として扱うことができるようになったということです.国旗・国歌法自体には罰則規定はありません.けれども地方公務員法32条や地方教育行政法43条2は教職員について,<教育委員会その他上司の職務上の命令に忠実に従う義務を負う>と定めています.この職務命令に従わない場合には,地方公務員法29条に基き任命権者である教育委員会による懲戒処分の対象となります.ですから日の丸・君が代が法制化されたことによって,学習指導要領に記されているよう,式典では学校として日の丸を掲揚するとともに,教員は生徒が君が代を斉唱するよう指導することが事実上“義務”づけられたということです.」
 このことは,「教員が指導する事」を義務づけたのであって,「生徒の思想および良心の自由を犯す」事にはなりません.


 Q7. 法制化されたので、反対できないのでは
 当然ながら,反対する権利はあります.自衛隊だろうが,安保条約だろうがどんどん反対したらいい.しかしながら,学校の職員会議は,法的判断をする場ではなく,校長の補助機関なのです.校長に,憲法判断を求めること自体に,無理があるのです.
 反対したい人は,日教組という組織があるのだから,国会議事堂前に行ってやるなり,デモ行進するなりすればよい.日本には,言論の自由も,思想信条の自由もありますが,職員会議の席上で一般論を振りかざし,学校運営に支障をきたすようなことまでは認めていません.公立学校であれば,そこの職員は公務員であり,大きな組織の一員であることを忘れてはなりません.組織をつぶすような行為は,厳に慎まなければなりません.


Q8. ピアノ演奏・起立・斉唱などの職務命令が出たらどうしたらよいか
 卒業式・入学式は学習指導要領では学校行事として位置づけられています.その中で「指導するものとする」と明文化されていますので,当然ながら職務命令があってもなくても,「指導しなければならない」のです.学習指導要領には,それ以外にも,「かけ算九九」,「漢字の書き取り」,「英語の単語等」具体的に指導内容が示されています.個々の勝手な判断で,学習指導要領を悦脱しても良いということになると,学校教育そのものが崩壊してしまいます.教員を続けるか否かをまず考えた方がよいでしょう.


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