■ 三重タイムズ4月7日号掲載 「寄稿」

●組合活動の弊害について

   県立学校教員


Sさんより:三重のSです、いつもお世話になっています。このように現場の教師が、三教組の問題点を実名で告発できるほど進展して参りました。
九九九注:Sさんからは,実名入りで投稿いただいたのですが,「このHPを三重県教育委員会関係者,日教組関係者がよく見ている」ので,勝手に自主規制させていただきました.

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 勤務時間内の組合活動に関しての問題が表面化し、広く一般に認識されるようになってきたことは、正常な教育活動を進める上で評価されるものです。しかし問題は決してそれだけにとどまるものではありません。実際に教育現場においては、学校運営上より深刻な問題が存在します。
 例年2月、3月の年度末になると教職員の人事異動があります。打診、内示、辞令という手順を踏むわけですが、3月の内示が発表されたその直後に、間髪をおかずに校内や支部役員の選出が行われます。
 この時期に組合役員の選出が行われることの弊害は大きい。なぜなら、この時点での校内の人事に関しては、何の決定もされていないからです。つまり、まるで白紙のところに組合の手が最初に入ることになるからです。
 組合活動に要する人員は一般的に、各学校では分会長、副分会長、書記、人事対策委員、青年部、さらに年によっては支部の執行委員などが当番として指定されます。現在まで慣行として組合の役職に就くものには、クラス担任、校務分掌の長などを外れることになっています。これには負担の軽減という意味があります。
 実際に年度末に行われる組合役員選出では、立候補するものは皆無に近く、長時間、何日もかけて最終的に根負けするものを選出しているのが実態です。
 このような状態では何らかの特典が絶対に必要になると思います。しかしここに大きな問題があります。特典をつけなければ役員の選出は難しい。けれども実際にその特典を行使されると、自分たちの首をしめることになってしまいます。
 学校には生徒数に対する教員数、つまり定数があります。この規模の学校ではこの数の教員が適当であると県教委が定めます。当然のことですが生徒数が少ないと、教員数も少ない。けれども教員数に関係なく選出すべき組合役員数は、ほぼ一定になっています。
 生徒数の減少が目立ちはじめた現在、この慣行がもたらす弊害は実に大きい。端的にいえば、定数以下の教員数で学校運営をすることになってしまいます。このことは同時に、さまざまな問題の発生を促す要因になります。
 このような実態を毎年経験すると、一体何のための組合なのかということになります。組合員である前に教員であるという、ごく単純な事実が忘れ去られてしまっていると思います。適正な学校運営を行うためには、あくまで任意の団体である教職員組合を離脱することが望ましいと思います。そして一般的で常識的な組合を再構築することが最善の方法だと思います。
 労働組合の意義は決して否定されるものではありません。一部の良識ある組合員の中から、この問題に対する真摯な発言が聞かれるようになってきました。けれども、旧態依然たる教職員組合の一員である限り、また大幅な組織改革が行われない限り、長年続いてきた悪習から逃れることはできないと思います。
 唯一、現時点でできることは、組合活動の行き過ぎ、矛盾、悪習を指摘することで組織の自浄作用に期待することです。


■三重タイムズ4月7日号掲載 「日々想々」

続・三重の公教育を憂う?
県教委は「研修」を精査せよ

   皇學館大學文学部助教授  新田 均


●三教組も認める「不正研修」の存在

 2月21日、県教委は勤務時間中の職員団体(三教組)のための活動に関する実態調査の結果を発表した。その結果、不正な教組活動が3年間で68万時間近くあることが明かとなり、この是正を怠ってきたとして、教育長以下97人が処分され、最終的な処分者の数は8〜9百名、返還金額も16億円近くにのぼると予想されている。
 県教委の努力に敬意を表したいが、今回の勤務実態調査では、何故か、教員の「研修」は調査対象とされなかった。ところが、学校現場において「不正研修」とでも言うべき  「慣行」が行われていることは、三教組自身が認めている。平成12年3月10日の『三重県教組新聞』(号外)には、次のように記されている。
 「わたしたちは教育界内部でのみ認知されてきた『慣行』をこれからも維持していくべきだとは考えません。『研修』という名のもとに別の活動をしていたり、実態として8時間勤務になっていないところ等については早急に反省をし、『慣行』に甘えてきた意識も改めていかなければなりません」。
 また、ある三教組支部の文書によれば、勤務時間中の教組活動を禁じられた結果、不足する活動時間を補うために、各地域の教育研究会の学習会を利用するという計画が進められているようだ。
 このような事実に基づいて、教員研修の実態を調査し、不正なものについては処罰と給与返還を行い、再び不正が行われないように監督することを県教委に要望したい。

●研修体制の改革を

 これまでの教員研修が三教組主導でおこなわれてきた実態は、すでに県議会で明らかにされている。ある三教組支部の議案書には「初任者研修制度の形骸化」をはかるとか、「三重県での官制研は三教組と県教委の確認により、事前協議で基本的合意を得て開催することを定着させています」などと記されている。
 これらの文書によって、県教委の行う研修が全く骨抜きにされていた実態が明らかにされた。
 他方で、三教組は、校内研修、地域研修、全県研修、全国研修という一貫した独自の研修体制を構築し、この中に教員を閉じこめることによって、三教組以外のものの見方、考え方に接する機会を奪ってきた。教員を「三教組サティアン」の思想圏に閉じこめてきたといえるだろう。
 この一貫した研修体制の中で特に問題なのは、各地域の教育研究会である。各市町村や校長会・教頭会は、この組織に加入することによって、研修に関しては本来何の権限もない職員団体が、公的な装いで排他的な研修組織を築き上げる手助けをしてきた。このような下部組織が存在する限り、多様な研修に教員が自由に参加することは事実上不可能である。
 したがって、市町村や校長会は、このような組織から手を引き、多様な研修組織の自由競争が行われるようにすべきだと思う。
 県教委は「総合教育センター」を中心として、研修体制を再構築することを考えているようだが、この組織も今のところ教員出身者が中心のようだ。人員構成の再検討が行われなければ「いつか来た道」になりかねないと危惧される。
 付け加えれば、教員が各種の研修に参加する場合、その研修の内容が「学習指導要領」に沿ったものであるべきことは言うまでもない。教育委員会や校長は、この点に特に留意していただきたい。
 また県教育長が三教組をめぐる不正を反省して、地方公務員法などの関係法規に関する研修を行うと述べたことは評価できるが、さらに、同和問題の解決という観点から昭和61年の地域改善対策協議会の意見具申や62年の地域改善対策啓発指針などの公文書に関する研修を、教育関係者はもちろん、県職員全体に対して実施することを要望しておきたい。

●公教育についての「観」の転換を

 3月2日の県議会において櫻井義之県議(県政会)は「公教育の役割とは何か」と、中林県教育長に質した。これに対して、教育長は「教育の機会均等、多様なニーズへの対応、地域格差の是正」などと答えた。一応もっともな回答に聞こえるが果たしてそうだろうか。
 教育長の答え通りであるとすれば、公教育は単なる行政サービスの一つにすぎない。単なる行政サービスなら、「費用対効果」の観点から見て、県費持ち出しの少ない私学を主体とし、公立は補完的な立場におく体制に転換すべきである。
 私学には期待できない本質的な役割が公教育にはないのか。もちろん、ある。それは「国民(公民と言い換えてもいい)を育てること」である。そもそも、何故、「義務教育」制度があるのか、何故、国家が教育を強制するのか。それは、民主主義国家は国家を担う自覚をもった「国民」を必要とするからである。「知らしむべからず、頼らしむべし」の独裁国家や植民地は人民を教育したりなどしない。(共産主義国家における人民に対する「洗脳」は国民教育の名に値しない)。
 こういうと「国家主義」などと言われそうだが、「思想の左右が分かれるのは政府の運営方針についてであって、国を愛する信条や国民の自覚などは思想以前の問題である」というのが世界の常識である。県教委がこのような常識に立ち戻らないかぎり、如何なる研修も「的外れ」のものとなるだろう。
 最後に一言。私たちが三教組の解体を画策しているなどと宣伝している人々がいるようだが、とんでもないデマである。私たちは福利厚生に努める職員団体の解体など考えてはいない。それどころか、会員の福利厚生のために全力をつくす団体になってほしいと心から願っている。私たちが批判してるのは、思想運動や政治運動を行う集団としての三教組である。
 理由は簡単。政治的中立性を強く求められる教育公務員がそのような団体を組織することは「違法」だからである。三教組が正真正銘の「職員団体」になることこそ、私たちの切望なのである。態然たる教職員組合の一員である限り、また大幅な組織改革が行われない限り、長年続いてきた悪習から逃れることは出来ないと思います。
 唯一、現時点でできることは、組合活動の行き過ぎ、矛盾、悪習を指摘することで組織の自浄作用に期待することです。


■三重タイムズ4月7日号掲載「読者の声」

●教え子に対する不当処遇に怒り

 雑誌「正論」4月号を読んでいたところ、三重県教育界についての報道の中に、私の教え子である久保君が大学で不当なる処遇を受けておられるとの記述があり、初めて貴君の現状を知り驚きました。
 同誌によりますと、三重県人権センター展示の件や映画「プライド」の件が書かれていましたが、三重県人権センター展示への貴君のご意見は極めて適切な助言であり、また映画「プライド」について学生に話されたことは、東京裁判を国際法の上で考える一助として、貴君の立場からは当然のことと思います。
 しかるに三教組を恐れ生徒募集に差し支えるとの思惑から、正当な言論を圧迫するという不当な態度に出た享栄学園経営者の卑劣卑屈な態度に怒りを感じます。不当な処遇を受けられた貴君の胸中お察し申し上げます。困難な状況の中におられると推察致しますが、どうか屈することなく頑張って下さい。−匿名希望

● 思想・信条の自由が危機に

 最近「思想・信条の自由」が危機的な状況になっているように思う。鈴鹿国際大学の久保教授しかり、筑波大学の中川八洋教授の講演発言しかり。共通していることは2人とも政治学者だということ。政治学者が発言する場合には、学者としての研究成果を踏まえて発言することは当然のことといえる。これまでの常識を覆す発言になっても何ら不思議ではない。
 問題は「人権を守れ」とか「自由を守れ」という人たちに限って、自分たちと違う主張をする人に対して、言論や表現の自由を認めがらないことだ。今回の久保教授の事件などは、まさに典型的なケースだといえる。私はこれまでタブー視されてきた問題について、考えるきっかけを与えてくれた久保教授の発言を支持したいと思う。−東京都

九九九より:私はクラス担任で,組合の執行委員(しかも役員)です.会議は,夜6時30分〜.私は,部活動を行っているので,いつも夜7時くらいに顔を出します.授業時数,校務分掌は他の教員と同じか,それより多くやっています.
 組合のために,校務分掌が軽減されるとは,ものすごい悪習です.疑問を感じた先生方は,早く三教組から脱退すべきです.そして,新しい組織を立ち上げてください.


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