根深い県教委と三教組癒着の構造


 新田均皇学館大学助教授は本誌(正論平成12年)2月号の論文で,「教育長の対応の早さは,三教組ばかりでなく,私たちをも驚かせた.そして,かえって,『教育長はこの問題をさらに追求する覚悟があるのか,それとも,これで一件落着(記者注・[平成11年]11月24日付に教育長名で出された「勤務評定の適正化と教職員の服務規律の確保について」という通知)にするつもりなのか』との疑念が生じた」と記している.
 確かに中林教育長はその後,教職員の勤務時間に関する実態調査を過去3年に遡って行うことを指示,学校管理運営改革のため「学校運営改革担当」を県教委事務局内に設置することを決めたほか,1月24日の行革調査特別委で,“是正すべき慣行”として,先に述べた人事異動における内示後の組合との話し合いの廃止▽勤務評定の適正化と非開示の徹底▽勤務時間内の組合活動の是正と管理の徹底▽これまで職場の選挙・推薦で選出されてきた主任を校長の判断で任命するよう徹底▽職員会議を学校の最高意志決定機関ではなく,校長の補助機関として位置づける,の4点をあげ,教育改革に強い決意で臨むことを表明している.
 しかし,県教委が一枚岩となって教育改革を進めるかどうかは,現状では不確かと言わざるを得ない.三重県で日教組が王国を築くことができたのは,「他の都道府県には見られない非常に柔軟な教育委員会・校長会・組合の三位一体となった教育行政,管理職対応,組織運営があったから」である(正論10月号渡邊論文).
 昭和47年から平成7年まで6期23年という長期にわたって知事をつとめた故田川亮三氏が社会党推薦で当選した革新知事として,社会党や三教組の要求を色濃く県政に反映させたことが禍根となったという声は根強い.三教組が田川県政の屋台骨だったことは紛れもない事実で,三教組自身,かつては県議会に独自会派を持ち,現在も組織内議員9人,推薦議員3人(会派は県民連合)を抱えるなど,三重県政界,行政への強い発言力は依然として保持したままだ.その影響力は県教委にも及び,県教委職員の4割以上が三教組の組合員であるという.
 1月11日に津市の教育文化会館で三教組の「新春旗びらき」が開かれた.北川正恭知事,中林正彦教育長,平成8年の衆院選で三教組の推薦を受けて当選した川崎二郎,田村憲久両衆院議員(ともに自民党)らが出席した.挨拶に立った鈴木逸郎中央執行委員長は,「昨年来,三教組に対するさまざまな攻撃や批判があるが,一つには率直に,率直に聞かなければならない指摘もあり,是正すべきものは是正していきたい」と余裕を示しつつも,「三教組の進めている教育運動を偏向教育だとする組織攻撃や,自由主義史観,新しいナショナリズム攻撃には毅然とした態度で対決していかなければならない」と強気の姿勢を崩していない.
 また,かつて田川亮三氏とともに県教委と三教組の“友好関係”を担ったとされる山本正和参院議員(もと三教組委員長,社民党=比例代表)はいみじくも,「勤務時間内の組合活動は法律違反だという一部の人や,支払った賃金を返せという人が現れ,三教組結成以来の危機(が訪れている).先生が(1週間に)44時間しか働かなかったらどうなるのか.教育を守ろうとした先生たちがいたから圧倒的な田川(亮三前知事)政権が生まれた.配慮も必要だが,堂々と自己主張すべきはせねばならない」と発言した.
 同じ席で挨拶に立った北川知事(無所属,平成7年選挙当時は新進党や新党さきがけなど推薦)は,「三教組さんも昨年来,大激動の時代に入っているが,それは時代がそうさせている.中途半端な改革ではなく,どうか100回も200回も300回も400回も議論を重ね,プラスの遺産は引き継ぎ,マイナスの遺産は改めるよう教育改革に取り組んでください」と語った.ある自民党県議は田川県政時代とは大きな違いだと指摘し,「北川さんは田川時代の弊害を知っている.その教育改革の意向を受けて知事部局から教育委員会に舞い降りたのが中林さんだ.中林さんは“捨て石”になる覚悟をすでに固めているのではないか」という.北川知事の発言を受けた中林教育長は,「(三教組に対する批判は)一部の声との発言があったが,そうではなく県民(全体)の方々からの批判と考えたい.(改革は)痛みを伴うが,是々非々でオン・ザ・テーブルで話し合っていきたい」とここでも決意を表明している.


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