『祖国と青年』五月号掲載

続・三重の教育正常化運動はいま

                                                    皇學館大學助教授 新田均


同時進行の市民運動

 3月2、6日の県議会は、昨年末から今年のはじめにかけて教育警察常任委員会や行政改革調査特別委員会で積み上げられてきた議論の総決算であった。各委員会で活発な議論が行われている間、私たちのグループはどのような活動をしていたのか。私たちは現場の教師たちから寄せられてくる情報を整理し、問題点を明確にして講演会などで市民に訴えたり、議会で取り上げられた問題を法律に基づいて解説した文章を新聞・雑誌などに投稿したり、関係の公的機関に情報を伝達したり、という活動に忙殺された。
 松浦氏は『正論』3月号に「日教組は『労働組合』か?」を発表して、職員団体に過ぎない日教組には、争議権はもちろん労働協約締結権や団体交渉権も認められていないこと、人事への介入や選挙活動は違法であること、日教組はかつて「破防法すれすれの団体」とさえ言われていたこと、などを指摘した。この論文は日教組のみならず、他の公務員の職員団体にも衝撃を与えたようだ。
 次いで、私が『三重タイムズ』に「三重の公教育を憂うるー教師は「法」を守るべしー」(上)(中)(下)を連載して(2月11、18、25日)、一般教員や在職専従者の兼職問題、有限会社・三重県学校厚生会の営業内容の問題、教師の政治活動の問題などを詳細に掘り下げた。この連載は、ちょうど県議会の議論と同時並行のような形で進んだ。
 さらに、私と松浦氏と浜田県議は、『諸君!』5月号誌上で八木秀次氏の司会による対談を行い、三重県教育界の問題点を総括し、これをあらためて全国に訴えた。
 このような情報は、私たちの仲間の活躍によって、インターネット上で、あるいは手紙やファックスなどで全国の人々や関係公共機関に伝達された。情報を受けた人々の中からは、各地の有力者や関係機関に積極的な働きかけを行う人なども現れた。

教育正常化の兆し

 県政レベルでの大変動にもかかわらず、現場の校長や教員の中には、いま何が起こっているのか正確に認識できていない者がまだまだ多いようだ。だがしかし、変動の波は次第に現場にも及びつつあるらしく、以下のような情報が寄せられている。
 ○小中学校の中には卒業式に備えて「国歌」の練習を行う学校があらわれた。あるベテラン教師は、三十数年勤務したが、音楽室から「国歌」を練習する歌声が流れてきたのを初めて聞いた、と感慨深げに語っていた。
 ○授業を1週間以上も犠牲にして「反日野外劇」を練習し、文化祭で上演していた中学校でも、その中止が決定された。その過程が面白い。その地域の教育関係者によれば、「野外劇を行うかどうかは職員会議の決定に従います」という校長の「暴言」(職員会議は校長の補助機関にすぎない)によって採決が行われ、“民主的”(?)な手続きを経て、野外劇中止という“正しい結論へ”至ったというのである。
 ○勤務評定の誠実な実施が通知されたため、校長の中には「先生たちを評価するなんて、私にはできない」と、泣き言をいう者まではじめたらしい。
 ○『三重県教組新聞』(号外
NO8・3月10日)には「『開かれた学校』をめざす観点から、法令に照らして問題のある事項は外からの指摘・批判をまつことなく、早急に、かつ徹底的に見直す」との記述が登場し、事実、これまで指摘されていない“見直すべき慣行”として、次のような「慣行」を自ら指摘している。「わたしたちは教育界内部でのみ認知されてきた『慣行』をこれからも維持していくべきだとは考えません。『研修』という名のもとに別の活動をしていたり、実態として8時間勤務になっていないところ等については早急に反省をし、『慣行』に甘えてきた意識も改めて行かなければなりません」。
 ○ある三教組支部の資料には「(支部の)諸会議(勤務時間内)は基本的に『年休』で実施する。また、各組織では、積極的に活動の見直しと会議の精選をはかる」「三教組の諸会合は基本的に『年休』で参加する。・・・尚、三教組の諸会議も見直しがはかられる予定である」と記されている。
 ○桑名市議の岡村信子氏から聞いたところによれば、ある真面目で熱心な先生が三教組の不合理に耐えかねて、最近、教組を辞めた、という。
 ○三教組活動の問題点を公表する教師も現れたはじめた。県立学校教員の木戸口良樹氏は『三重タイムズ』(4月7日)に「実名」の記事を寄せ、人事異動の内示直後に校内や支部の職員団体の役員人事が行われている事実を指摘した。職員団体の役員にはクラス担任免除などの特典が与えられるため、校内の人事に先立って職員団体の人事が行われることの弊害は大きく、教員数の少ない学校では定数以下の人数で学校運営をしなければならなくなっているという。
 このような状況の中で日本会議三重が作成していた『教育正常化資料T・三重の公教育が危ない!』が完成し、PTAを中心に多くの県民に配布されはじめた。この冊子は、平成11年8月1日発売の『正論』7月号に掲載された「全国高校教育偏向度マップ」から、同年12月までの雑誌や新聞に掲載された松浦氏、渡邊氏、そして私の論文や、『三重タイムズ』の記事などを集めたものである。大手マスコミのこの問題に対する「および腰」によって情報を遮断されていた県民に、正確な情報が流れはじめたのである。

三教組問題における今後の課題

 ある県教委関係者は「もう改革が後退することはありません。行政慣行を変えることは至難ですが、一旦変わってしまうと、元にもどすことはもっと難しい。それが行政というものです。それにしても三教組がこんなにもろいとは思いませんでした。結局、教員のための組織ではなく、組合貴族のための集金組織、怠慢教師を守るための人事組織だったから、現場から擁護の声があがらなかったのでしょう」と語ったという。
 確かに三教組の不正に対する戦いは圧倒的な優勢の内に推移してきた。松浦氏にいわせれば「まさに奇跡」である。この「奇跡」は、県議会議員の活躍、市民運動団体の行動、そして、現場教師たちからの情報提供に基づく私たちの言論活動とがうまく噛み合った結果、と言えるだろう。しかし、戦闘に勝利しただけでは意味がない、その後の施策の方がはるかに大切、とはGHQが日本に残した最大の教訓である。この教訓に従って、県議会では、改革の実施状況を監視する機関の設置が話題となりはじめた。当面、県教委内では「学校運営改革担当」がその役割を担っていくものと思われるが、自民党では「教育問題プロジェクトチーム」が監視役を務めるようだ。しかし、ブームはいずれ去る。ブームが去った後でも改革を後退させないシステムの構築はやはり必要だろう。それとともに、改革の意義を現場教員に徹底させる情報網の整備も不可欠だ。
 ところで、現在の教育委員会は、大政奉還後の朝廷といった趣きのようで、権限は取り戻したものの、それを的確に運用できる人材が不足しているようだ。教育委員会および校長・教頭らの管理運営能力の向上が喫緊の課題である。そのためには、斬新なアイデアに基づく管理職研修の実施と、人材登用のための大胆な刷新人事が不可欠だろう。
 これらの課題に取り組もうとする北川知事の積極的な姿勢の現れなのだろうか。3月31日に発表された人事異動において、平成11年10月に総務課内に設置された教育行政システム改革室に、教育行政システム改革監が新設され、高杉晴文・廃棄物対策課副参事兼課長補佐が就任した。また、教育行政システム改革を幅広く進めるために、文部省学術国際局研究機関課から上月正博・研究調査官が、県教育次長に割愛採用された。さらに、事務局関係の人事と県立学校の人事を教職員課に一元化し、新課長に知事部局から行政職の安田敏春・金融経営課長を配した。これで県教委の中枢部は、三教組出身者以外の人々によって占められることになった。
 しかし、他にも未解決の問題が残されている。三教組主導の教員研修体制が依然として存在しているのはその最たるものである。特に問題なのは、各地域において市町村や校長会を巻き込んだ排他的な教育研究会組織が存在していることである。これが解体されないと、真に自由な教員研修を行うことは不可能である。公共団体が研修については何の特権もない職員団体を特別扱いすることはやめるべきだ。県教委は「総合教育センター」を中心とした研修体制の再構築を考えているようだが、このセンターの構成メンバーも教員出身者が中心らしい。そのような人員構成では「いつか来た道」をたどることになるのではないかと危惧される。
 昨年末から実施された勤務実態調査では教員の研修は対象外とされた。しかし、すでに述べたように「不正研修」の事実があることは三教組自身が認めている。『三重県教組新聞』には「『研修』という名のもとに別の活動をしていたり」と明記されているのだから、県教委は、その実態を早急に調査し、処罰と給与返還を行い、再び不正が行われないようにすべきである。というのも、地域の教育研究会でおこなわれる「学習会」を利用して、教組活動の時間を確保しようと計画している三教組支部があるらからである。

新たな問題点の浮上

 平成11年12月15日、県立松阪商業高等学校長・永井久男氏が自殺した。『週間新潮』(2月17日号)によれば、この事件の背景には、県教委による二十数回に及ぶ調査、部落解放同盟による糾弾学習会、さらに高校内の教員たちによる生徒の前での報告集会の開催要求などがあったという。
 また、1月17日には勝田吉太郎氏が学長をつとめる鈴鹿国際大学の教授・久保憲一氏が、津市にある県営の「人権センター」の展示内容を批判したことを理由として、教授から事務職員への降格を命じられるという前代未聞の言論弾圧事件が発生した。『三重タイムズ』(2月25日)によれば、学長をはじめとする大学当局が、久保教授の批判が部落解放同盟を刺激することを恐れたためであるらしい(
『正論』4月号も参照)。
 このような事件を通じて、一部の運動団体を異様に恐れる行政当局や教育関係者の主体性のなさ、言論弾圧も辞さない不見識な姿勢が浮かび上がってきた。
 こうした中、浜田県議は、2月10日の教育警察常任委員会で、糾弾学習会が松阪市役所の一室を借りて開かれ、これに永井校長や多数の県教委関係者が出席していた事実を取り上げて、「同和問題の解決は国民的課題であると思う。しかし、差別事件の解決には糾弾会という方法しかないのか。別の方法は無いのか」と質した。これについて県教育長は、昭和62年の地域改善対策協議会の「啓発指針」(室長名で各都道府県知事に通知)の一部を読み上げ、「差別事件の処理を人権擁護機関に委ねる」という方法があることを明らかにした。これは画期的な発言だったが、同時に、民間運動団体が行う糾弾会・確認会を批判した部分と、それへの行政職員の出席を戒めた部分の朗読を、県教育長が省略したことは、如何に行政当局が同和問題に対して「逃げ腰」であるか、「主体性を欠いているか」をも露呈した。
 同和関係の問題についての県の対応の異様さが注目を引きつつある中、同和教育の研究を目的とし、教員を中心とした任意団体・三重県同和教育研究協議会(「三同教」)に対する県教委の不自然な優遇策が議会で問題とされるようになった。3月15日の教育警察常任委員会で浜田県議によって、また、翌日の行政改革調査特別委員会で芝県議によって、「三同教」が任意団体であるにもかかわらず県の施設である「人権センター」に入居し、入居費の補助まで受けている事実、長期研修を名目に9人の現役教員が長年にわたってー最長は9年ー事務局員として「三同教」に派遣されている事実、文部省の方針に従って他の研究団体に対する補助金をカットしたにもかかわらず「三同教」に対する補助金だけは増額されている事実などが明らかにされた。
 このような事実の指摘を前にして、県教委は「三同教」の決算書その他の関係書類を公表することを議会に対して約束した。ところが、県教委は予算の成立を前にして、その公開を引き延ばす行為にでた。行政改革推進のため情報公開を積極的に進めると口では言いながら、肝心な問題になると情報を隠そうとする。この県側の態度に業を煮やした自民党の岩名秀樹幹事長(四日市市)が知事室に怒鳴り込む一幕まであったという。こうしてようやく、その資料は開示されたようだが、その資料の内容はどのようなものであったのか、どうして県教委はそれほどまでに公開をしぶったのか。
 このような疑惑が高まる中、『三重タイムズ』が独自の取材で、人権センターに関する新たな事実を明らかにした(
3月31日)。それによれば、人権センターには「三同教」の他にも人権問題研究所、三重県解放保育研究会、IMADR(反差別国際運動)という同和に関係した3つの任意団体が入居している。県の財政悪化で、県立博物館などいわゆる“箱物”の建設がすべて抑制されている中で人権センターは建てられたが、「三同教」などの4つの任意団体は人権センターのオープンと同時に入居し、図書室を除く2階部分を占拠している。人権センターはこれら4団体以外の任意団体に対しては使用が許可されておらず、3階の会議室もこれら4団体が無料で自由に使用しているという。さらに、これらの団体にはいずれも、教員が長期研修の名目で「事務職員として派遣」されており(給与は公費負担)、このような任意団体に対する教師の派遣も人権センターに入居している4団体以外には例がないという。これについて県教委は「教特法を拡大解釈してきたといえる。是正すべき点は是正していきたい」と語ったそうだが、「“同和”と名がつけば無条件に特別扱いとなるのか」と『三重タイムズ』の追及はきびしい。
 『三重タイムズ』が、人権センターの問題を追及している理由は、「鈴鹿国際大学の久保憲一教授がなぜ教授職を解任されたのか。久保教授が批判した人権センターに、その原因のひとつがあるのではないか」との疑惑があるためだ。久保教授を支援する人々の間では、“人権センターは同和関係諸団体の秘密基地であり、久保教授は、それと知らずに批判してしまった。ここに光を当てられることは関係者にとって非常に都合の悪いことだった。これが久保事件の本質ではないか”との憶測が流れはじめている。
 かつての国旗・国歌の法制化をめぐる議論の中で、当時の野中広務官房長官が、広島における同和問題に言及して「教育者として逃げた姿勢」「そういうものを強要してきた責任や政治のありよう」を指摘にしたことがあった(平成11年8月2日、参議院・国旗国歌特別委員会)。どうも、三重県においても同様の問題があるらしい。3月中旬以降、三重県の教育正常化は、「同和教育に対する行政の主体性・中立性の確立と自由な議論が行われる環境の整備」という新たな課題に直面することになった。

「希望」の光り

 このような流れの中で、私たちも同和教育問題を考えざるを得なくなってきた。三教組が行っていた不正出張や不正研修と同様の不正を「三同教」も行っているとするならば、それを取り上げないのは公平性を欠くからである。また、同和教育関係の資料に目を通してみると、同和教育に名を借りた「反日・反天皇教育」が行われている事実もあるようだ(渡邊毅「今日の教育と神道」『三重の公教育が危ない!』参照)。さらに、そのような問題点の指摘が自由に行えない環境にあるとするならば、思想・言論・学問の自由の観点からも重大な問題である。
 こうした理由で、私たちが同和教育に関連した発言を始めたところ、部落解放同盟三重県連合会から私と松浦氏に会見の申し込みがあった。最初は何事かと私たちも身構えてしまったが、三重県連からの提案は「これからは共生の時代だと考えているので、異なった意見の人たちからも話しをうかがう機会を持ちたい。状況の変化を踏まえて、これまでの運動の在り方についても見直しを行い、改めるべき点があれば改めていくつもりであり、事実、既に改めてきている。講演会のような形で、幹部数名が新田・松浦先生の歴史観・天皇観・神道観などをお聴きする機会がもてれば有り難い」というものだった。もしも、その言葉通りに実現するならば、これは実に画期的なことである。このような企画を通じて、率直な意見交換が行える環境が整うならば、それは同和問題の解決にとっても大きな前進となることだろう。前回、三教組問題解決への前進は、三重県教育界の「パンドラの箱を開けた」に過ぎなかったのかもしれないと書いたが、早くもその底
から「希望」の光が射し始めたようである。
 いま三重県の教育正常化運動は急速に進みつつある。しかし、改革施策の現実化という観点からするならば、“これからが本番”なのだろう。私たちの役割も、もうしばらくは続くであろうが、とりあえず、現時点までの状況報告をこれで終える。さらなるご支援をお願いする次第である。


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