日本海軍の光と影、血と涙と誇りに満たされた物語を連載しています。3ヶ月程度で更新の予定です。

《世界を震撼させた技術力と戦闘能力》

我が海軍の栄光にはいくつかのキーワードがあります。 まず第一に【建艦技術】、第二に【夜戦能力】、第三に【酸素魚雷】で
す。日本海軍はほぼ開国と同時にその基礎を築き、その後驚異的なスピードで発展を続け、日露戦争でのバルチック艦隊撃滅がそ
の絶頂であったという意見が比較的多数です。では、その後の大東亜戦争敗戦による消滅までの間は下り坂一辺倒であったのかと
言えば決してそうではありません。外国に頼っていた建艦を「国産でなければ生残れぬ」と、国家と国民が一体となって“海軍備
増強”につとめた結果、我が国は数十年を得ずに世界でも“超”一流の技術を開発・習得するに至りました。そしてそんな一流の
軍艦を操る将兵達もまた一流であらんとしました。“月月火水木金金”とうたわれた猛烈な訓練と、“専門家”達による一級の技
術が驚異的なマンパワーとなって海軍を底から支えていました。特に“夜戦能力”は高く、敵を恐怖に陥れるに十分な破壊力を秘
めていました。そして、そんな夜戦に大きく貢献したものが【九三式酸素魚雷】でした。これは正に“秘密兵器”そのもので、終
戦までその存在は敵側に秘匿され続けました。海軍先進国イギリスですらその開発を断念した“酸素魚雷”は当時の技術レベルか
ら遥かに20年先を行っていたと、英米にいわしめたのです。
3年9ヶ月に渡る国家とアジアの存亡を賭けた熾烈な戦いの末、我が帝国海軍は歴史上よりその姿を消しました。しかし、敗れは
したものの日本海軍は世界最強レベルの海軍であったことは疑問の余地はありません。

歴史ある常勝帝国ロシアを敗り、栄光のロイヤルネイビーをアジアから追放し、底なしの工業大国アメリカと雌雄を決せんとした
大日本帝国海軍。大平洋、インド洋を合わせた広大な戦闘域で、数百隻という艦船と数千機という航空機を縦横に展開し、休むこ
となく3年以上も戦った国は、地球上ではアメリカと日本だけなのです。

なぜ日本にそこまで出来たのか。それを冷静に考える時、「戦争」という悲惨で不幸な出来事を超越した
「力」と「感動」を感じずにはいられません。戦うことが悲惨であるだけならば、決してそこまではできな
い。目をそらさずに「戦う事の栄光と幸福」を見つめることも大切なことなのです。


第一章
平成11年7月8日公開分
第二章
第三章
エピローグ

第一章
平成11年9月9日公開分
第二章
エピローグ

第一章
平成12年3月28日公開分
第二章
第三章
終 章

平成12年8月15日更新
平成十二年の終戦の日を記念して、昭和二十年八月十五日前後の聯合艦隊の姿と、沈没することなく残存した各艦艇のその後の運命を紹介しています。多くの将兵同様、命を賭けて広大な海を駆け回った日本の船がどんな最期を迎えたのか。

五十五年後の我々現代人こそ、その魂と誇り高き姿を直視せねばなりません。
大日本帝国海軍を支えたすべての艦艇に感謝を。