イ人の法意識
― 作業仮説 ―
..................................................
九州大学大学院法学研究科助教授 ピチェート・マオラノン
共著者 ニルボン・チャイイッポンウォン/ポンティプ・アピシットワサナー



― 序  

相手が何を考えているかを把握することは、相手の行動を予測する上で役に立つことが多い。相手が外国人である場合にあてはめて言えば、相手の国民性を把握することが、その相手の行動を予測する上で役に立つということだ。また、相手の法意識について知ることも、特にその相手と何らかの取引関係にあるときに有効である。さらに、学問的視点に立った法意識研究もまた「行動を予測する」という作業において大変に役に立つと思われる。  

西欧人や日本人、中国人の法意識についての文献を探すのは難しいことではない。ところがタイ人となると、英語による国民性に関する調査報告はあるものの、タイ人の法意識に関する文献は皆無に等しい。特定のテーマ、例えば土地所有権といったテーマを対象にした法意識研究の文献は散見される。しかし、タイ人の法意識を網羅した研究となると、筆者の知り得る限り皆無である。  

本論文はこの研究上の空白を埋めることを目的としている。タイトルにあるように、筆者の所見によるタイ人の法意識を概観することに主眼を置いている。また、サブタイトルにあるように、本論文は「作業仮説」として書かれている。  

通常、まったく新しい研究テーマについての論文を書く場合、私たちはその研究テーマに最も関連性のある先行研究を参考にする。筆者は「国民性」に関する先行研究が「法意識」研究に最も関連性が高い先行研究と考える。本論文で扱う先行研究を英語で書かれた文献に限定する。なぜなら世界共通言語である英語はすべての読者にとって最も都合のよい言語であり、また将来、アカデミックな議論及び実務的な論議を深めて行く上でも望ましいと思われるからである。

先行研究を分析した結果、タイの国民性に関する先行研究のほとんどは、経験的検証をあまり重視しない、単なる学問的所見に過ぎないということが明らかになった。筆者の私見では、経験的・実証的検証を欠いたままある国民性を断片的観察に基づいてのみ描こうすることは危険であると考える。その理由は明らかである。第一に、「ナショナル」という概念は極めてあいまいであり経験的検証に堪えうる明確な意味付けを行うのが困難である。この概念を用いるとき、私たちはネーション(国民)は均質な一体の存在であるという前提を立てがちである。しかし、実際にはそうではない場合のほうが多いのだ。

一体この世界中でどれだけのネーションが均質で一体化された存在としての実体を備えているだろうか。たとえそのようなネーションが実在するとしても、タイ・ネーション(国民)はそうした存在ではあり得ない。タイでは方言はそれほど多くはないが、思考様式、あるいは行動様式などの点で、すべてのタイ国民が同じであるわけではない。第二に、私たちが「性格」を論じるとき、果たしてある特定の集団に属する人々の様々な行動様式に、どれだけの共通した性格を探し出すことができるだろうか。

タイは多様な社会である。このタイのような多民族国家においてある特定の国民性を抽出し考察することは可能なのであろうか。  このように、国民性や法意識について意義ある説明を試みることには本質的な困難が付きまとう。そのため、科学的、経験的分析枠組みを除いては、国民性や法意識研究に耐えうる方法論が見当たらないのだ。ところが運良く、これらの条件を満たす英語の文献を手に入れることができた。

スンタレ・コミン著『 Psychology of the Thai People :Values and Behavioural Patterns 』(タイ人の心理学:価値観と行動様式)Bangkok :National Institute of Development Administration (NIDA) 1991.  

この本は1978年と1981年の二回にわたって全国的に行われたインタビュー調査をもとにして書かれている。これがタイの国民性の経験的分析に基づく調査研究をまとめた唯一の文献であると思われる。それゆえに、本論文の執筆にあたっては、この文献を主要な参考文献として用いている。調査方法などに関して多少問題があるといえるが、しかし、ここではそのことには触れず、今後の議論に委ねることにする。

本論文は以下の三つの章を中心に構成されている。

第一章では、タイの国民性に関する三つの有力説を振りかえる。この章はタイの国民性の一般的な解釈にあてられる。三つの有力説とはつまり、@仏教影響説、A個人主義説、Bルーズな社会構造説、のことである。これらの三大有力説は学問的研究成果に基づいて導き出されたものであり、これまでタイの国民性を説明するにあたって非常に大きな役割を果たしてきた。

第二章では、タイ人の「9つの価値観の順位表」について言及する。この章で取り上げるタイ人の価値観の検討は、1978年と1981年のスンタレ・コミンの調査に基づいて分析される。

第三章は、筆者の所見によるタイ人の法意識についての仮説設定にあてられる。この最後の章では、スタンレの「9つの価値観の順位表」の議論を参照して、三大有力説を再検討する。もちろんスンタレの理論に必ずしも賛成しているわけではない。場合によっては異論を唱えるつもりである。

結論部分では6つの調査テーマの提案がなされる。タイ人の法意識についての経験的検証が今後必要とされていることは確実であろう。そうした経験的検証の積み重ねは、タイ人と商取引をしようとする外国人のためだけではなく、タイ人自身のアイデンティティーを確認する上でも役に立つと思われる。  

本題に入る前に、ここで一般的な前提を確認しておく必要がある。 タイは多様な社会であり、タイ人の法意識を画一的に説明することは難しい。私たちは地方とバンコク首都圏のタイ人を区別して考えなければならない。  

タイの国民性を一般化して分析することは、誤解を招きやすい。というのは、地方のタイ人とバンコクのタイ人はさまざまな点において明らかに異なっているからである。地方のタイ人は仏教の影響を比較的強く受けており、またおそらく比較的ルーズに組織されているが、バンコクのタイ人よりも個人主義的側面は小さく、自己中心的な側面も少ない。  

タイ人の法意識を一般化して分析することもまた、誤解を生じやすい。欧米から輸入された法概念による影響の少ない農村地方では、その地方特有の習慣に基づいた人間関係がいまだに残っている一方で、欧米の法律概念の影響を強く受けているバンコクの人々は、権利 - 義務関係を基礎にした人間関係を形成する傾向にあるからである。  

このように地方と都市を区別して考えないことには、タイ人の法意識を巡る現状を正確に把握することは不可能であるということを強調したい。これが私たちの議論の出発点である。  

とはいうものの、ほとんどのタイ人は現在、大きな転換期に生きているということを確認しておかなければならない。それゆえに、単に現在のタイ人の法意識を一般化し、それを概説するだけでは十分ではない。関心のあるそれぞれのテーマについて、経験的検証を行うことが必要なのである。  

   

   第一章 タイ人の国民性についての三大有力説

   第二章 タイ人の価値観  

   第三章 タイ人の法意識に関する仮説  

    結論  
 

(Spring Semester, 2000 )

HOME