
交通事故の工学鑑定とは
交通事故で大きな被害を被ったにも関わらず、いつの間にか自分が悪者にされて十分な損害賠償がなされない、或いは過失が一方的に自分側に有るとして、損害賠償を請求されると言ったトラブルが多く発生しています。
特に事故で片側の当事者が、死亡(又は瀕死の重傷)と言った場合に生存者側の一方的な証言で、死者の側に過失押しつけられて、強制保険の保険金すら全く出ないと言う事態も少なからず起きています。
(この事実は、最近週刊誌や新聞で取り上げられて国会でも問題になりました)
警察の調書等で一度自分に不利な物が出来てしまうと、保険会社はそれを盾に保険金を減額或いは、不払いしようとします。
それを覆す為には、被害者側が証拠を揃えて、相手の過失を証明しなければなりません。
これをお手伝いするのが交通事故の工学鑑定人です。
工学鑑定を行えば、事故の痕跡、車の変形、現場の状況等から工学的に事故直前の車の運動状態を推定し事故原因をかなりな部分解明する事が可能です。
訴訟社会のアメリカでは交通事故の工学鑑定人は公的な資格を必要とする職業となっていますが、残念ながら日本では、この必要性が知られておらず、資格制度も確立していません。
日本で一般向けに鑑定を行っている人は数える程しか居ないのが現状です。
工学鑑定の基礎知識
工学鑑定を行う上で主に必要になるのは、物理学(ニュートン力学等)、自動車工学、人間工学などの知識です。
ここでは事故の検証に良く使われる、ブレーキ痕の長さからブレーキをかける前の速度を割り出する計算方法を紹介しましょう。
ここで気を付け無ければならないのは、ロック開始地点が、ブレーキの効き始めた地点では無いと言う事です、どんなに強くブレーキペダルを踏んでも、ブレーキが効き始めてからロックするまでは遅れが発生します、またこの間もブレーキは効いているので、実際には実験から求めた係数を使って補正する必要が有ります。
また近年普及しているABS付車の場合完全なロック状態とはならず、明確なブレーキ痕が残らない為、この手法での速度の推定はしにくくなっています。
Aさんの場合
Aさん(30歳代のベテランライダー)は二輪車での通勤途中B氏が運転する2tトラックとの衝突事故を起こし、意識不明の重傷を負い、数カ月間入院していました。
退院した時には事故の調書は相手の運転手B氏の証言を元に既に作成されており、B氏の処分も終わっていました。
それによると、B氏のトラックは上下2車線の道路から細い脇道に右折しようとして曲がりきれず、切り返しのため停止して後ろを見ている時に、路地の奥から走って来たAさんの二輪車がトラックに衝突したとなっていました。
(この路地はAさんの通勤経路としては全く不合理な方向です)
Aさんの負った怪我の状況から衝突した速度は40km/h前後と推測されています。
この結果 、B氏に行政処分等は無くまた、この調書を盾にAさんに対する保険金の支払いも減額するとの通知が来ました。

保険会社の通知に異議申し立てをする為下記の鑑定を行いました。
鑑定の観点(下記の2点について鑑定を行った)
(1)現場見取り図からB氏証言に矛盾は無いか?
(2)現場見取り図から推定される事故の形態。
(1)B氏証言の矛盾
衝突地点からAさんが倒れていた地点まで4.8mの距離が有った、またAさんの二輪車は別な方向に5m離れて倒れていた。
停止しているトラックBに二輪車Aが衝突して二輪車及び乗員が進路の逆方向に跳ね返される事があり得るか?
この場合二輪車とトラックの重量差が大きいので、トラック側を固定壁と考えても、衝突した乗員及び、二輪車が4m以上跳ね返される事は考えられません。
人間の体はゴムのボールでは無く、反発係数は0に限りなく近い。
(ボールを壁に向かって10km/hの速度で投げて10km/hの速度で跳ね返って来た場合反発係数は1と言う)
反発係数0とはスイカを地面に向かって落とした時の様な状態です、弾む事はありません。
オートバイがトラックと正面衝突に近い形で衝突した場合も、双方の車体が変形する事で衝撃が吸収される為、反発係数は0に近く、大きく跳ね返される事はあり得ません。
B氏の言うように衝突時、トラックは停止していたと言うのは明らかに嘘です。
(2)現場見取り図から推定される事故の形態
衝突地点からAさんが倒れていた地点まで飛ばされれる為には、トラックはある速度を持って走行していたと考えられます。
また衝突後の位置関係から下図の様な形態で衝突したと考えるのが、最も合理的です。

Aさんのバイクは右折してきたトラックの前面右角付近をかすめる様に衝突、バイクは右側面をトラックにこすり、左側へ倒れながら前方にすり抜けたが、Aさんは、進行しているトラックに押されて、トラックの前方へ飛ばされたものです。
この事はバイクの損傷が明らかに、正面衝突による物では無くまた右側に大きな傷が集中している事、Aさんの体の怪我が右側に集中している事からも裏付けられます。
またAさんが倒れていた地点から衝突地点までの距離から衝突時のトラックの速度は20km/h前後である事が、計算できます。
00年1月13日追記この事故ではその後、検察が動き時効直前なってトラックの運転手が起訴され、裁判で有罪判決が出されました。(禁固8月、執行猶予3年)
但し民事ではまだ裁判が進行中です。
00年3月25日追記
民事裁判の判決がようやく出ました。
Aさんの主張が認められて過失割合9:1(トラックが9)Aさんの全面勝利と言っても良い判決となりました。
B運転手も初めから非を認めていれば双方長い裁判で苦しまなく良く、保険金も早く下りたのに・・・
koja.matsumoto@nifty.com
1958年生まれ 北関東在住
略歴
1981年 四年制大学の機械工学科卒業
同年 建設機械メーカーに入社、機械設計に従事
1985年 自動車関係の研究開発部門で設計、開発に従事
1997年〜 自動車事故の工学鑑定業務を開始、現在に至る2001年 交通事故鑑定機構 副会長に就任
自動車技術会会員