日大全共闘(共通)掲示板

日大全共闘共通掲示板   日大全共闘総合HP   けいとういHP   日大930同窓会HP

2003-12-20〜2004-4-7>


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理工学部バリスト 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 4月 7日(水)00時53分46秒

元愛大生さま
「理工学部は確か1977年ごろまでバリストしてたときいてますが
そこらへんを教えてください。」
理工学部は、日大の中では、もっともリベラル派の教授の多い学部ですが、
それでも、バリストは、2月X日、機動隊導入情報を受けて、篭城を放棄し、
その後、バリケードは学部当局の手で、解除されております。
特に、2月には活動家も少なく、最後は1号館だけの死守でしたが、
理工闘争委員会の方針として、篭城しない、犠牲者を出さないという
申し合わせを行っています。
その後は、校舎全体(1号館〜8号館)がロックアウト状態で、
高い鉄の塀、守衛検問を受けて、全共闘学生は入れない状態が続きました。
それでも、このロックアウト攻勢に対して、1年以上は抗議活動を
続けましたが、逮捕者は続出しています。
その後、1969年春には、学部側も、授業再開をし、
全共闘学生は7号館を開放し、サークル室として、開放しましたが、
そこが、バリスト状態であったことも事実です。
また、ここは、授業粉砕の行動拠点でもありました。
その後、全共闘派活動家も減り、サークル活動が中心となり、
サークル室らしい状況の中、
時たま、授業粉砕、革マル粉砕、民青粉砕などのイベント行事以外は
静かだったと記憶します。
そして、9号館が新築されるに及んで、7号館から9号館地下へ
サークル室が移動させられて、現在の状況に至ったと思います。
これが、1977年だと考えれば、よい訳です。
ただ、1号館陥落後の理工学部は、他の大学に見られるサークル室が
ないもので、占拠闘争を繰り返してきた7号館が
他大学でのサークル室になったことを、世間ではバリストと読んだのかも
しれません。

編集済


元愛大生さん 投稿者:全共闘OB(A)  投稿日: 4月 7日(水)00時46分24秒

個人名は,お控えください.
また、「加藤派から 全共斗に金が流れていた」などという事を書いた本などありませんよ。
日大闘争の当時、付属校のスパイが入り込んだとき,記者と名乗ったその男は,やはり,金の出所は???などとしきりに聞いてきました.
右翼はみんな金で動きます.
だから全共闘も裏で糸をひく者や、特定の資金提供者があるなどと思うらしいのですが、日大全共闘には,潤沢な闘争資金がありました。
一つには、学生会や学文連などの保有する潤沢な学生会予算を持っていました。
この学生会や学文連が決起後,そのまま全共闘となったからです.
二つには,連続する闘争ごとに,集められ,また寄せられるカンパ金です。
これは本文にも書いてありますが,信じられないくらいの莫大なものでした.
何しろ両替の為に立ち寄った銀行の行員が,絶句するほどの大金だったからです。
それらを,大切に,大切に使っていったのです.
ですから,あの大闘争が相当な長期間、維持できたのです.
日大全共闘は,財務の面でも,闘争を保証するよう気を配りました.
後の他大学の決起の際のバリケード闘争支援要請があった時にも日大全共闘は,大部隊を繰り出し,全面的に応援しましたが,その時に,財務面で充分それを全共闘で支えることができたのです.
他大学のバリ封鎖支援のときのバリケード構築の資材の一部も日大全共闘が負担した事もありました。
「昔から戦争には金がかかると言われています.特に大部隊を展開するときには,莫大な金が必要です.」日大闘争のときも同様でした。
日大全共闘は,その財務を,学生会や学文連の予算、また決起後は,デモ参加者、一般学生や,市民,労働者、付近の商店街の応援者、また遠方の応援者などからの広範なカンパによって支えられていました。
そのため特定団体からの寄付等は一切必要とせず,またそのような事をしているヒマなど無かったのです.
仮に、そのような申し入れがあったとしても断固、断ったと思います.
日大全共闘の実力は,人数の多さや、圧倒的な強さ,また戦術の新奇さばかりでなく、緻密な財務管理にもその秘密があったことがお分かりになったでしょうか?

編集済


(無題) 投稿者:元愛大生  投稿日: 4月 6日(火)13時06分54秒

芸闘委委員長は10数年前の「全共闘ブーム」のときに中核派の現役でしたね。


(無題) 投稿者:元愛大生  投稿日: 4月 6日(火)13時04分53秒

ほかに鳥越さんでしたか??
名前を聞いたことがあります。
その加藤派から、お金が全共闘に流れていたとか本にかいてありましたが本当ですか??


(無題) 投稿者:元愛大生  投稿日: 4月 6日(火)13時02分29秒

造反潜行記も明日への葬列も獄中記も読みました。
酒井さんや橋本さんは人望もあったと聞いています。
20何年前のNHKで「日大全共闘は今??」というような番組を見ました。
秋田さんや芸当委の行動隊長だった人(当時生協関係に勤めて見えたとか)が出てました。
秋田さんの大衆団交での「僕たちはね。日大生だから立ちあがったんじゃない。人間として許せないから立ち上がったんだ」は名文句です。
後「日大を去らないで欲しい〜〜〜」も。

それから中村さんを襲撃した一人に「早乙女??」とかいうやさしい名前がいたと思います。
それから「日大を許さない」の中で日大の横柄な事務員の中に同じ名前を見つけたのですが同一人物ですか??

日大闘争の記録という映画をぜひ見てみたい。

郡山なんか大変だったみたいですね。


初老の日大全共闘 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 4月 6日(火)11時52分59秒

 愛大生さん、「今は何をやってるの」の質問に
 
 当時の書籍に実名が載った者、執行部だった者、バリ泊行動隊で跳ね上がっていた者などに範囲を絞れば、以下のパターンになるかと思う。
 
 1.大企業への就業者は、まずいない。国家公務員も稀有だろう。
 2.当時の日大生の親には中小企業経営者が多かったと言われていた通り、家業を継いでいる者は多い。組織的な制約を受けない点は良いが、この時代、皆、資金繰りに遁走中。
 3.自由業、出版関係。これも気楽なのだが、収入が一定しないケース多々あり。
 4.活動家人生を覚悟した者は、政治党派幹部や市民運動家として今もがんばっている。確実に貧乏生活を送っているらしいが血気は盛ん。最近は知らないが
 5.ヤクザになった者? 経済バリ仲間に、親が静岡のやくざの親分だと言う者がいたが、家業を継いだかどうかは知らない。もし継いでいたら立派な任侠やくざになっていることだろう。間違っても暴力団ヤクザの山口さんちには入っていないと思う。

 しかし、上記の人生を一言で語れば皆『やくざな人生』なのかもね。
 
 世の不正を許さず、自らの正義に則り、組織や他人の言うがままの人生を送らず。
 まだやってるよ。日大全共闘、直接民主主義。下は萎えても気は萎えず。
 
 苦しいけどね。大樹の陰に入らず、河に竿をさし続けるのは。ウソもたまにつくしねー。

 おまけに一言。
 日大初の街頭デモ、200メートルデモの脇には応援団が付いていた。
 なぜって。他の体育会連中からの襲撃を防ぐため。
 どうして。応援団の指導トップは「反古田派の加藤氏」だったから。

編集済


(無題) 投稿者:愛大生  投稿日: 4月 6日(火)09時21分7秒

日大アウシュビッツという本を読みました。
後、芸闘委の橋本さんが書いた本も。
行動隊長だったひとや全共闘副議長の酒井さんやほかのかたは今、なにしてるんですか?
ヤクザになった人もいると聞きましたが。


(無題) 投稿者:愛大生  投稿日: 4月 6日(火)09時13分47秒

理学部は確か1977年ごろまでバリストしてたときいてますが
そこらへんを教えてください。


全共闘OBさんありがとう 投稿者:愛大生  投稿日: 4月 6日(火)08時53分38秒

それを描いた本を読んだ事があります。
新書本で聞いた事もない出版社でした。
古本屋で購入。どっかへいってしまいました


愛知さん 投稿者:全共闘OB(A)  投稿日: 4月 5日(月)02時07分6秒

一方通行投稿欄に投稿の質問=
<日大闘争の背景には、大学の権力闘争があったと聴いたことがありますが本当っすか??>>
との質問ですが,それは本当です.
下記のURLページの1968年5月でも触れましたが、当時日大側は,主流=古田派と反対派=加藤派に分裂していました.
「学生側の騒ぎに乗じて,古田追い落としと主導権の一気挽回を狙った反対派がマスコミ国税側に大学の不正経理の情報を密告した」ということが一部の関係者から当時すでに,噂として,流布されていました。
それというのも学生側の力あってのことでした.学生が騒がなければ,反対派も動きがとれず,20億使途不明金の問題も発生していなかったかもしれません.
確証はありませんが,当時の当局側の両派の犬猿の仲といった事から考えて、大いにありうる事です。
この辺は歴史の皮肉です.
今後,本文の記述を注意深く読んでいただければ,だんだんに触れることになると思いますので,いずれこの事も明らかになっていくかもしれません.
ご期待ください.

編集済

http://www.geocities.co.jp/WallStreet/5328/nichidaitousou1968-1.htm


以上は、新着順1番目から10番目までの記事です。


テレビ朝日のメルアド 投稿者:朝までテレビの抗議先紹介  投稿日: 4月 1日(木)04時55分23秒

体制翼賛政治評論家;田原総一郎への、抗議先。
とりあえず、テレビ朝日のメルアドです。
wmaster@tv-asahi.co.jp

編集済


憂国(5) 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月28日(日)13時29分4秒

Litaさん、続きです。
「自分はコンピュータ技術者ではありますが、コミュニケーションの基本は、
顔だと思っています。顔見て、声聞いて、相手の所作を感じてこそ、どうに
かこうにか人間関係は維持できるもんだと。」
私もまた、コンピューター技術者の端くれです。実は、そういいながらも、
能力の限界を感じて、今は、プログラムは組みませんが。
「計り知れないインターネット時代に生きていくからには、その方向性は
曖昧ですが自分自身を進化させ続けると信じなければならないのではない
でしょうか。」と私も信じております。その1は双方です。その2はフェース
です。その3は、自在です。この時代に向けて、時代は動いております。
こうした掲示板も、日大全共闘では、やるべきややらざるべきかを何年も
悩んだ末の結果です。
それにしては、急速に日大全共闘のメディアとして、形成されつつあります。
もちろん、マスメディアとインターネットとは違った意味を持ちます。
インターネットは、まだまだ、権力の暴力装置となるには、発展が早く、
権力が、マスターするには、まだまだ時間がかかると思っていますし、
これは、1つの権力崩壊の契機となるやも知れません。
9.11はその象徴です。
「イラク問題も、あまりにも派兵ということより自分の世界観が矮小化されて
リアリティがなくなってきている。それはマスメディアが撒き散らす映像や音
声でだけでなく、年長者の情熱的な語りが無いからだと思います。」
イラク、アフガンの本当の姿はスポイルされたのでしょう。ここの世界では、
日本人以上の語り部がいて、礼儀があって、義理人情があって、こうした当初の
報道もマスメディアからは消えました。
これは、マスメディアの軍隊以上の暴力性を示す例ではありますが、日大全共闘
が、メディアと対決するために、メディアと会うメンバーをテロり、独自の
メディアの形成に努力したことは事実です。
「世代の方々の次なるアクションの展望は、どのようなものでしょうか。」
もっとも、難しい展望を語られますが、人々には、権力が安泰な以上、
毎日が、仕事で手一杯ア、権力について語る余裕はありません。
彼等が、失敗するのを待ちながら、
そのときを待つしかないのだろうと展望します。
そのときには、以前よりは、強固なスクラムを組みましょう。


憂国(4) 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月28日(日)13時27分40秒

Litaさん、続きです。
「セクトによる自治会費収奪疑惑は、いろいろな大学で取りざたされて
います。」という事実は、戦後、一貫して続けられた、民主主義の成果です。
革新政治家の体たらくに始まり、組合官僚、組織官僚、官僚の腐敗、
それは、戦後民主主義が作りだした退廃の数々、日大全共闘の結成は、まずは、
この戦後民主主義との決別から始まった事実を知っておいて欲しい。
「体制にスポイル《古くさ!》された自分や、それに対抗する自分などというイ
メージ(想念)は、爪の垢ほども自覚させようとしない教育システムが完成され
ました。」というには、余りに他力本願ではありませんか。
お上上位の日本人気質ではありますが、少なくとも、日大全共闘は、教育システム
そのものを批判した。教育システムは、マスメディアに次ぐ、権力の武装装置であり、
余り簡単には、改造できません。
むしろ、このロボット生産工場は、いずれ、ロボットの腐敗や消耗のために、
国家機能が滞りを見せて、1割のエリート(退廃)で維持せざるを得なくなり、
現在の連合、官僚、サラリーマンのように、「仕事は出来ない」集団で、
頼みは、警察、軍隊という時代が来るでしょう。
「それを支え切り開いたのも世代の方々だともいます。」
まさに、そのように受け止めるべきです。本来は、全共闘に参加したならば、
そのようには発想しないだろうと思う仲間たちが、実はこの腐敗した時代を
形成しているのです。
「そのような中でも隊列に加わった一群の人々が迎えた悲劇を横目で見ながら
生きてきた自分もここにいます。」ならば、私もその一人です。
生きている以上、死者を見過ごします。
その苦しみは、生きる糧とするように努力をします。
自分の存在の弱さは、死者たらしめた権力への報復を今すぐには実現できませんが。
「少なくともメディア・リテラシーの訓練は少なからず自力で鍛えています。」
メディアリテラシーは、我々の内部の問題です。
人々、その多くは表現できない世界にいます。
極限られた人々のみが、表現できます。
「オウムシンリキョウ事件の時も妻を失ってしまった被害者を犯人と
報道した過失からも。」これもマスメディアの暴力性の1つですが、
マスメディアが警察と一体化した姿を見せたに過ぎません。
「よって、マスメディアをにぎわす意見が、本当に現実性を帯びるなどとは
考えられる訳がないことは自明です。」であるが故に、彼等は、権力に媚びて
いるのです。「田原なる司会者が、間違った認識で番組を進行していたなら、
それを指摘するのも世代の役目だと思います。」もおっしゃるとおりです。
しかし、あくまでも、マスメディアは権力の暴力装置です。田原がどのように
権力との根回しをしているかは、知る由もありませんが、
それをマスメディアの上での論争に漏っていくには、述べているように、
人々は、余りに表現手段を切り取られているのです。
時間的余裕、経済的余裕、こうしたものが、人々には高値の花です。
人々は、権力の崩壊のときに、初めて、そうした余裕が確保できます。
そのときに、自らを表現できます。
日大全共闘は、古田体制を打ち砕き、そのつかの間の自由を得たもので、
そのときに、自らの想像力あふれる言葉を得たのです。
「私は、生で意見をやり取りする番組の価値を否定することはできません。」
私もそう思います。
私たちは、そこからしか、権力構造を見て取ることは出来ません。
しかし、我々には、時間的、経済的余裕はないのです。
全てを知ることは出来ないのです。
限られた時間、限られた資金、最新の注意力で、敵権力を
認識しなければならない。
「如何に論理矛盾の塊である司会者がいても、いろいろな分野の方の信念や
言説を聞きたい。自分とは何が違うかを知りたい。問題の本質を考えたい。」
ということも、ありましょうが、そのための訓練は必要です。
それは、全共闘運動に参加していれば、お分かりといえますが、
自らが、どの視点にいるかの明確な回答なしには、マスメディアの暴力は
明らかに、ファッショ時代ではないですが、人々を洗脳することが出来ます。
牢屋にいての洗脳と同じ効果はマスメディアはもっています。
誤解して欲しくないですが、ほとんどの人々は、権力の崩壊時以外には、
自ら、聞き、語りする余裕はないのです。
「パネラーも予定調和的ですが、鮮やかに切り取られた論陣は、聞くもの
を揺さぶります〉」と、私の立場は違いますが、私はたまたま、見ると、
ストレスがたまりすぎて、スイッチを切らざるを得ない。もちろん、大人です
ので、一生懸命見る努力はしますが。


憂国(3) 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月28日(日)13時21分47秒

Litaさん、続きです。
それは、今、イラク、アフガンにおいて、
アメリカ兵の被害を最小限にとどめようとする意図と何ら変わらないでしょう。
「ここに黙して語らない世代の方々との決定的な違いがあるのではないだろうか。
まさに、決定的な違いがあるのです。
彼等は、「かれこれ25年と9年経過し、商業主義的な傾向に流れる人々の平衡感覚は、
年間1000万人もの海外旅行に駆り立てる現実を前にして、もはや政治問題としての
学園紛争は、その過去の行者の行いにより、3.26と同じように風化しているものと
判断しているのでは。」
確かに、商業主義はおっしゃるとおりです。
そうでないと、現在の国家権力は持ちこたえられない。
現在の国家権力は彼等が支えています。
だから、この1000万人のために、一億人の人々の悲劇があるのです。
この1割のための、戦争が仕組まれているのです。
トヨタや新日鉄の、景気は中東戦争とは無関係ではありません。
戦前ですら、こうした儲けは、国力増強に費やしたものですが、
現在の政治家、経営者、サラリーマンは、私利私欲のためだけに
この財を消費します。
連合が、国民平均の3倍の給与をもらう、エリートサラリーマン、
役人のために、年金、ベースアップに奔走する姿ほど、醜いものはありません。
彼等には、少なくともアフガンやイラク戦争に反対する立場がないのです。
「全国的に見ても産学協同路線は、ベンチャーブームの掛け声で大学に飛び火、
経営者たらんとする若者が増えているのも事実です。」
まったくそのとおりです。だから、悪いのではなく、この動力源を若者は利用
しているし、競輪競馬ではないが、そこからスポイルされる若者がどんどん
落ちこぼれてくる。成功率は1割です。
もちろん、この競争で、若者に、負けよとは言いません。
むしろ、若者は、この競争に勝利すべきです。
そして、最後には、スポイルされる現実を知るべきです。
このギャップが大きければ大きいほど、全共闘への理解が生まれます。
日大全共闘は、まさに、地獄から天国、天国からから地獄への
プロセスを、1年足らずで、経験したのです。


憂国(2) 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月28日(日)13時17分51秒

Litaさん、続きです。
問題は、マスメディアが、動力源とする、時代の権力構造です。
権力動力源を、自らが担わない限り、マスメディアを動かすことは出来ない。
余りに巨大化したマスメディアでは、表現の自由という時代は終わっています。
マスメディア自身が、核兵器よりも強力な、国家の暴力装置です。
それを巡る、争いは、その動力を断つ戦いでしか勝てないと考えます。
しかし、幸いに、マスメディアは、中央集権の権力構造です。
そこで、表現されるのは、また、表現している面々も、歴史の一部です。
彼等が、歴史を代表できるとは思いません。
歴史を代表できるのは、真に伝承を誓い、登場しては消えつつも、
それを継承しようとした人々であると考えます。
マスメディアが、いかに歴史を表現しようとしても、その継承が、
単に、現権力に依拠するものである限り、断章の世界です。
マスメディアが歴史的な動力に依拠せぬものと考える以上、
真の歴史を育てる芽はいくらでも他にあると思います。
実に、全共闘の活動家が、仲間を育み、子供にそれを伝え、
そうした、日常性の中に、歴史は伝えられます。
もし、彼の人生が、マスメディアにおいて、左右されているのであれば、
また、時の権力によって、牛耳られているのであれば、
彼の輝かしい人生は、断片で終わり、真の歴史参加を遂げないでしょう。
悲しいかな、エイリーとサラリーマンではないが、彼は権力のロボットで終わる。
彼が、人生を有意義に示すならば、自らの輝きを忘れない。
輝きを忘れない以上、
それは、自らをスポイルしつづける権力や、その武装のカモフラージュを施す、
マスメディアとの対決になるでしょう。
遅れてきた世代、というよりは、反権力の経験をもたない世代、
しかも、そのエリートは、権力構造にあこがれて出来てきた人たちです。
もちろん、これこそが、権力の動力源ですから、
「昨日の朝まで生テレビのプロデューサーはおそらく、遅れてきた世代に属する人」です。
「忘れ去られようとする、数少ない勝利体験をレンゴウセキグン、ゼンキョウトウ、
オウムシンリキョウの語感に重ね合わせて歴史を娯楽パッケージにしようと奮闘した
ものである」とは思いません。
恐らく、「レンゴウセキグン、ゼンキョウトウ、オウムシンリキョウ」を敗北体験として
権力側が醸成していると考えます。
権力側との共同性こそが、ビジネスの基本です。
だから、同じレベル、同じトーンでの表現が出来るのです。
逆に、これを勝利体験として、並べようとすると、違った編集になります。
そこには、あの悲惨な敗北の行軍をたどるレンセキは存在しなし。
あの、一般人を傷つけるオウムシンリキョウは存在できない。
そして、日大全共闘の勝利の一瞬を除いて、全共闘一般を語ることは出来ない。
並べて、マスメディアの表現は権力側が仕組んだドラマです。
そうでない限り、日大全共闘が勝利を収め、権力の土台を揺さぶった事実を
ドラマとして描る筈がない。


憂国(1) 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月28日(日)13時13分29秒

Litaさん、
心に突き刺さるようなご意見を頂き、ありがとうございます。
少し、長くなりますが、ご容赦ください。
大きな歯車が、急速に動き出しておりますが、
この動力は、どこから生まれているのでしょうか。
下記、山谷や釜の人々が、かっては、ルンペンプロレタリアートとして、
将来の世界を担うように説明されながら、今は、その数たるや、
そして、その意識たるや、決して、将来を担えるとは思えません。
こうした、時代の流れは、おっしゃるように、我々の焦りを伴いこそすれ、
そこに足をつけて、将来を語れるとは思えません。
ただ、かっての学生であった人々も、それぞれの人生の中で、
精一杯生きてきたというだけで、
それだけでは、将来についての意見を求めることなどは出来ません。
それにしても、マスメディアは、果敢に我々に挑戦してきます。
我々は、テレビの前で、誰にも見れない唇を噛むことが精一杯です。
このマスメディアの暴力は、どこに、その動力源を求めているのでしょうか。
日大全共闘闘争の華やかなころ、それまで学園闘争に見向きもしなかった
マスメディアはそれへの賛辞を書き立てました。
そして、その敗北を見て取るや、日大全共闘は犯罪者扱いです。
それでも、このマスメディアの反転、権力の逆襲にも関わらず、
日大全共闘を支えてくれた、少なからずの人々を、知っています。
それよりも、仲間の絆を食いちぎられて、
泣く泣く、全国に散っていった当時の同士は、今も仲間です。
日大全共闘の敗北に輪をかけて、レンセキを含む極左暴力集団の無鉄砲さは、
全共闘運動に、最後の楔を打ち込み、全共闘運動を別のものに置き換えました。
新左翼から、極左暴力集団への繋がりが正当化され、
歴史的には突如、登場したとしてしか見えない日大全共闘運動は、
時代からスポイルされたわけです。
全共闘運動といえども、精々、全国学生100万人です。
この運動を歴史に登場させるには、さらに長い年月が必要であると考えます。
それでは、歴史からスポイルされた人々は、
いままで、どうであったのでしょうか。
歴史は、マスメディアを含めてそうですが、決して編纂したものの歴史ではなく、
人々が、日常的につないできたものと信じています。
確かに、歴史上、スポイルされつづけたという表現は、
正確には、歴史の表現からスポイルされたという言うべきでしょう。
それは、3.26,9.11の実行犯は歴史の表現からスポイルされないかもしれない。
しかし、3,26,9,11に出くわした、
その被害者こそ、庶民ではなく、時代の動力源となった人々です。
この人々は、明らかに、当時の権力の動力源として、
歴史表現からスポイルされるでしょう。
だから、マスメディアは、名もなく、死んでいく人々ではなく、
永遠に、この事実を追いかけるでしょう。
それは、南関西地震とは違った性格のものです。
既に、ブッシュは、9.11の利用し過ぎから、遺族の反感を買いました。
確か、ブッシュにとって、犠牲者は権力の一部として見ていない。
3.26においても、その事態は来るかもしれない。
ただ、日本人のお上思考は、まだまだ、小泉を浮かばせる土壌でもありますが。


3.26と9.11 投稿者:lita  投稿日: 3月28日(日)04時40分3秒

 昨日の朝まで生テレビのプロデューサーはおそらく、遅れてきた世代に属する人ではなかろうかと勝手に想像しています。
忘れ去られようとする、数少ない勝利体験をレンゴウセキグン、ゼンキョウトウ、オウムシンリキョウの語感に重ね合わせて歴史を娯楽パッケージにしようと奮闘したものであると。
ここに黙して語らない世代の方々との決定的な違いがあるのではないだろうか。(関西に住む人々にとっては、オウムよりシンサイのほうがインパクトがありましたが)

 かれこれ25年と9年経過し、商業主義的な傾向に流れる人々の平衡感覚は、年間1000万人もの海外旅行に駆り立てる現実を前にして、もはや政治問題としての学園紛争は、その過去の行者の行いにより、3.26と同じように風化しているものと判断しているのでは。ゆえに自分の苛立ちもあるわけで、全国的に見ても産学協同路線は、ベンチャーブームの掛け声で大学に飛び火、経営者たらんとする若者が増えているのも事実です。またセクトによる自治会費収奪疑惑は、いろいろな大学で取りざたされています。結局、体制にスポイル《古くさ!》された自分や、それに対抗する自分などというイメージ(想念)は、爪の垢ほども自覚させようとしない教育システムが完成されました。それを支え切り開いたのも世代の方々だともいます。(否定的に受け取らないでいただきたいのですが)また、そのような中でも隊列に加わった一群の人々が迎えた悲劇を横目で見ながら生きてきた自分もここにいます。

 そして、少なくともメディア・リテラシーの訓練は少なからず自力で鍛えています。それは、オウムシンリキョウ事件の時も妻を失ってしまった被害者を犯人と報道した過失からも。(ほかにもいろいろありますが)
よって、マスメディアをにぎわす意見が、本当に現実性を帯びるなどとは考えられる訳がないことは自明です。しかし、田原なる司会者が、間違った認識で番組を進行していたなら、それを指摘するのも世代の役目だと思います。私は、生で意見をやり取りする番組の価値を否定することはできません。如何に論理矛盾の塊である司会者がいても、いろいろな分野の方の信念や言説を聞きたい。自分とは何が違うかを知りたい。問題の本質を考えたい。そう思うだけです。(例の番組は、会場質問者も仕込〈あらかじめ設定されている〉で、パネラーも予定調和的ですが、鮮やかに切り取られた論陣は、聞くものを揺さぶります〉

 自分はコンピュータ技術者ではありますが、コミュニケーションの基本は、顔だと思っています。顔見て、声聞いて、相手の所作を感じてこそ、どうにかこうにか人間関係は維持できるもんだと。でも、計り知れないインターネット時代に生きていくからには、その方向性は曖昧ですが自分自身を進化させ続けると信じなければならないのではないでしょうか。
 イラク問題も、あまりにも派兵ということより自分の世界観が矮小化されてリアリティがなくなってきている。それはマスメディアが撒き散らす映像や音声でだけでなく、年長者の情熱的な語りが無いからだと思います。(昔は、共同体・地域・ご近所さんにその語り部はいた、うるさいジジィが。個を優先するあまり、渡世の義理も、中元歳暮も少なくなりました。)

世代の方々の次なるアクションの展望は、どのようなものでしょうか。

http://page.freett.com/kamapat/


Litaさん 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月27日(土)11時13分11秒

昔、テレビを見る人、映る人を思い出します。
全共闘は、テレビを見る立場にはなりえなかった。
今は、平和、当時の人々もテレビに出る機会があるらしい。
昔、全共闘の集会が、法政大全共闘で、江川の登板日で、延期されたことを思い出す。
法大全共闘も所詮はミーハーかと疑ったものだ。
それでも、日大全共闘の集会は、競馬日を選んだ。
すると、大衆が、白山道理に繰り出す。
これも、不思議と同じ問題提起である。
その雰囲気は、時々見るテレビでも思い出す。
登場する人々は何を考えているのであろうか。
日大生も、実は、有名人に弱かった。
東大では、攻め立てられたであろう、羽仁五郎、岩田浩、柴田進吾
彼等を読んでの集会は、闘争を守り立てた。
しかし、このメンバーすら、日大当局は講演を許さなかった。
これも闘争の契機といえば言える。
「連合赤軍(=全共闘)とオウム真理教の精神性やアクティビティを
時代を照射するものと仮説規定し」というマスメディア向けの論戦に参加する
ことは出来ないが、ターゲットとなった、若者たちには、
哀歓の意を示すしかないし、ターゲットとして、ビジネスをする人たちに、
実は、田原総一郎など、その論理矛盾もさりながら、
彼等が、全共闘を語る精神性、立場性も持ち合わせていないことは明らかだ。
そのときには、彼等は、真っ先に、血祭りに上がるであろう。
「学園問題と国内政治問題を同じ地平で語る娯楽番組の安易さ」
については、私は意を事にしますが、
学園問題は、政治問題です。
学園問題を政治問題化し得ないのは、闘争の未熟さです。
それは、政治は外、学園は内とした教条主義の賜物でしょう。
あくまでも、テレビの話は知りませんので、「非難すること」
は出来ませんが、彼等が、「当事者として出席している方々」
とも思いませんが、
「それにかかわることで死んでいった同士への弔いがなされぬままに
生きている無様さと品位の無さを感じ」るのは、同じです。
当時の学園闘争総体で、犠牲になった多くのメンバーを悼む心は今も同じです。
というよりは、日本の大義で、多くの人々が戦場に赴いて死に、
命令とはいえ、それに10倍する人々を殺戮していったこと、
この戦争という悪しき道具を未だに、
正義として翳す現在の活動家、政治家には、断固アンチを表します。
9.11を悼んで、選挙に利用するブッシュと、
戦争犠牲者を悼んで、靖国参拝を政治の道具に使わんとする、
小泉は同じ、精神構造、同じ穴の貉です。
彼等には、戦争によって、死んでいくもの、犠牲となるものの
魂が見えないのです。
「公安のスパイとされたキツネ親父」、
全共闘のよき敵対者でもありましたが、
「あのような番組がライブでなされたとき世代の方々」は、
何の反応も必要ないのです。
反応すれば、マスメディアビジネスを喜ばすだけでしょう。
彼等は、世の中の屑です。
そのときには、駆逐されるでしょう。
今反応するとしても、9.11のあの犠牲者と同じ運命でしょう。
時代は、大多数の貧しい人々を置き去りにして、
豊かな人々に、さらに豊かさを求める戦争経済へと突入を
繰り返しています。
「自分の過去のあの断面はイニシエーションであったと思いたくはありませんが」
やはり、同世代の人々が、政治の表、ビジネスの表にいて、
当時の検証をはじめているのは事実、
我々は、明らかに、彼等と違うフェーズを歩んでいます。
日大全共闘の歴史は、マスメディアにすっぱ抜かれて、終わりました。
今、全共闘を語るべきは、あのにぎにぎしきよりも、
それを育ててきた、古田反動体制であり、
それは、現在のマスメディアが報道する世界とは違った、世界です。
「キツネ目でない方の宮崎や、ゴーマン先生のほうが、
論理的な強靭さをもって未来を語ってるように思えてなりません。」
という意見には納得はいきませんが、
マスメディアをにぎわす意見が、本当に現実性を帯びるとお考えでしょうか。


朝までテレビをみて 投稿者:lita  投稿日: 3月27日(土)06時04分17秒

 連合赤軍(=全共闘)とオウム真理教の精神性やアクティビティを時代を照射するものと仮説規定し、論戦を交わしていました。
少しセクトの運動にかかわったものとして、学園問題と国内政治問題を同じ地平で語る娯楽番組の安易さを非難することはたやすいのですが、当事者として出席している方々の意見を聞いて、彼らの、それにかかわることで死んでいった同士への弔いがなされぬままに生きている無様さと品位の無さを感じたのは私だけでしょうか?
 公安のスパイとされたキツネ親父も出演していましたが、あのような番組がライブでなされたとき世代の方々は、何も反応されないのでしょうか?
何か、自分の過去のあの断面はイニシエーションであったと思いたくはありませんが、キツネ目でない方の宮崎や、ゴーマン先生のほうが、論理的な強靭さをもって未来を語ってるように思えてなりません。


かつてあった事,再び・・・・ 投稿者:歴史展望A  投稿日: 3月27日(土)02時28分1秒

JAP-ARMYによる自国防衛の要無きにあらざるや.
日米安保による核の傘における,米国への恩返しにあらざるものなり.
これすなわち,平和ボケと称すなり.
KOIZUMI氏,かくして、内患を外患に転化せざるものなり、と・・・・
「改革」なる空虚な幻想のみ振りまいた=内政失政の転化,これに極まれり.
これすなわち、明治期における(西郷によるとされた)朝鮮征伐の遺訓を総括せざるものなり。
かくして西郷は失脚せり.
現代の西郷とは,何者か?
小泉すなわち,大久保となりうるや否や、それ,焦眉の課題なり.

警告:消費税法=税額表示法による次の狙いを警戒せよ.
これすなわち大増税の前段なり.

日大全共闘風の薄青ベレーと迷彩服,オリーブドラブ色の軍用車両に惑わされること無かれ.
そは、まさに,内政(改革なるものの失敗による大増税)の次の段階への大いなるステップにあらざるや.

気をつけなさい.目をさましていなさい.
疫災は,突然やってくる.・・・・(旧約聖書)

編集済


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自国領土防衛より、イラクが大事か? 投稿者:帰ってきた酔っ払い全共斗  投稿日: 3月27日(土)01時57分49秒

米追従、売国奴小泉純一郎殿
貴君は、我が日本国の固有の領土防衛/奪還より、対米帝国主義追従の道を選ぶのか?
三笠海上自衛官殺人事件を、闇に葬ろうとしている裏には何があるのか?
北方領土しかり、今回の魚釣島しかり、軟弱外交極まりない。
なぜ、イラクと言う外国に自衛隊がいて、魚釣島には警察すら駐在しないのか?
不審船に領海侵犯された時点で、なぜ阻止できなかったのか?
海上保安庁は、よくやっていると考える。
魚釣島侵略者は、警察が捕まえた。
北朝鮮の工作船に、海上保安庁の巡視船がロケット砲で攻撃された時、海上自衛隊はいなかった。
しかし、イラクには、自衛隊が派遣されている。なぜ日本が侵略されている時、自衛隊がイラクにいるのか?
どうせ何時かは、体制翼賛会。全学連も、日大全共斗も見分けが付かない『あほ』な,田原そういちろう氏。インチキ全共闘XXX氏のインタビュー。チャンチャラおかしいよ。小泉ともども、売国奴のばい菌。鶏インフルエンザより、もっと性質が悪い。おかげでコチトラ、毎日10時過ぎまで残業だ。馬鹿野郎!
酔っ払いより。


叛バリ 投稿者:経済OB(年長者の部)  投稿日: 3月26日(金)04時19分34秒

叛バリは,言葉が古いからね。
現代的共感は難しいかもね.
もはや古典というところだ.
生活のハザマで,今,居直ってるのは,当方もおんなじ.
比較的若い世代との隔たりも,いまは昔,日大全共闘は一体である,というところか.
貴殿の「闖入」も何ら奇異とは感じられません.
ともに語りましょう.


Litaさん 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月24日(水)09時50分44秒

Litaさん
感性を持ってしか、「叛逆のバリケード」の感性は理解できないだろう
と勝手に思い込みます。
そこに「情熱の奔流」が見えたのも、真にもっともです。
「そのなんとなくの先生は長野県でえらい奮闘している」のも、
時代への反逆といえば、いえます。
当初、私などが、あるサイトのメーリングリストで、
「脱ダム宣言」を評価すると、怒涛のごとく、批判が集中しました。
彼の姿勢は、一見小泉風で、全県下の市町村長が反対する中で、
それでも、長野県を引っ張っています。
それが、民主主義権力の恐ろしさでありますが。
「強烈にシンパシーを感じながら、サイトを拝見」、真にありがとうございます。
「通常的なノスタルジア」や「カタルシス」では、
この種のサイトの立ち上げですら難しいでしょう。
それぞれが、生活を賭けての動きとなりつつあります。
それに、このサイトでは、「おお、いきなりの闖入者」とは、
全然、感じませんので、是非に、長いお付き合いのほどをお願い申します。
すると、昔の感性も、まだまだと、お感じになられるかとは思いますので、
「素直な感想と思ったこと」を聞くこと、いうことこそが、
明日の反逆を支えます。


叛逆のバリケードを読ませていただきました 投稿者:lita  投稿日: 3月24日(水)01時54分1秒

 叛逆のバリケードをご郵送いただきありがとうございました。
早速、読んで、
・・・・・情熱の奔流に感動しましたが、反面現在の状況を見て?????
疑問も感じました。
 私は、遅れてきた世代の最後のほうです。一部では、しらけ世代とも言われましたし、通称「ナンクリ」なんとなくクリスタル世代であります。
私が叛逆のバリケードを精読させてもらい、感じたことは、今この至極まっとうな感性は、どこにあるのだろうかということです。私も含めて、これらの世代の方々も。

 最初は4から始まり、中に参加もしました。下記の東山さんも中です。
しかし組織優先のセクトの限界を感じました。結局今、当時から持続させることは何もしていません。京都という街で育ったおかげで、街からも逃亡し、なんとなく生きているような感じです。
 しかし、そのなんとなくの先生は長野県でえらい奮闘しているようです。

強烈にシンパシーを感じながら、サイトを拝見しておりますが通常的なノスタルジアなのでしょうか、カタルシスでしょうか、よくわかりません。

たぶん皆様には、おお、いきなりの闖入者とお感じになられるかとは思いますが、素直な感想と思ったことです。

以上


催氏系 投稿者:  投稿日: 3月22日(月)22時47分41秒

催氏 を名乗る方々は白土三平さんの影一族のような??

失礼のないように参加いたします。


催さんへ 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月22日(月)19時08分32秒

そう謙遜なさらなくても、
日大理工学部にはには催(実は蔡?)さんという、
東大DR出の物理学者の秀才がいました。
彼は、中国人ながら、心のやさしい人で、
研究一筋。
日大闘争に巻き込むには、心苦しい先生でありました。


ついでに 投稿者:催 涙太郎  投稿日: 3月22日(月)04時57分20秒

 ついでのことですが、私も「催涙 三郎さん」や「催涙 四郎さん」とは血縁関係ではありません。

 私「催」と申します。当家は古くは百済(くだら)に遡り、環太平洋、東部アジアの歴史変遷に涙するものです。
 経闘委では、いつも「クダラ無ーい」と後ろ指を指されていました。

 「催涙」姓を名乗る一族は大体、秀才です。催涙家の血縁関係なら日大ぐらい卒業できたんですが、私めの場合は除籍・中退なのかも不確か。
 なんせ私は「催さん」。採算(さいさん)に合わない人生しか歩んでいないのです。

 百済ねー。くだらねー書き込み、草々。

編集済


薮さん 投稿者:久坂玄瑞(管理人のうちの、その2)  投稿日: 3月19日(金)01時34分44秒

催涙さんと久坂は、別人です。
今後ともよろしくお願いします。


とんでもありません 投稿者:  投稿日: 3月18日(木)21時38分53秒

返って、私など及びもつかない闘いを担った敬意を表すべき先達である催涙さんへ
無礼極まりない物言いに反省しております。ごめんなさい。

>三里塚の一連の闘いでの同士
過分なレスを、ありがとうございます。里塚には高校の頃から参加(?)してます。
現地には分裂間際まで、です。学生、勤め人と無党派である団体の隊列で。
開港阻止決戦では、現場で行動に参加し歓喜を味わってます。

催涙さんのおっしゃる「無賃労働として、歓迎された学生達は何を得たのか。」
複雑です(^^ゞ


藪さんへ 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 3月17日(水)12時34分32秒

これは、私のミスが原因かと思いますが、
東アジア武装戦線等が参加した、比較的過激な闘いのなかでの出来事で、
身近でありながら、情報が錯綜してしまいました。
すでに、三里塚の闘いが次のステップに移ろうとする矢先でしたので、
詳しく、精査すべきでした。反省します。
膨大な大地での、気の遠くなるような戦い、
無賃労働として、歓迎された学生達は何を得たのか。
日大闘争以上に、難しい総括が問われております。


以上は、新着順21番目から30番目までの記事です。


薮 さん 投稿者:久坂玄瑞(管理人のうちの、その2)  投稿日: 3月17日(水)03時31分9秒

東山さんは男性でした.
HP記載、見過ごしました.
訂正いたします.
この闘争には,私も参加しておりました.
薮さん,あなたとは、三里塚の一連の闘いでの同士のようですね.
いつかお会いできるといいですね


東山さん 投稿者:  投稿日: 3月16日(火)18時05分41秒

一九七七年》・・・ グローカル・サイトより転載

@三里塚、五・八闘争
 福田首相の年内開港宣言にたいして、三里塚岩山大鉄塔防衛の闘いが全人民的焦点に。二月、三月、四月と連続的に現地で集会。五月六日未明、権力は抜き打ち的に鉄塔を破壊。五月八日、大衆的実力闘争が爆発。権力機動隊はガス弾の水平発射で東山薫さんを虐殺。A一連の実力闘争とゲリラ戦
 五・八の大衆的実力闘争を契機に、さまざまな実力闘争を展開。五・二九東山虐殺弾劾の岩山戦闘、七・二四と八・七〜一〇のジャンボ試験飛行阻止闘争、十二・二一の慣熟飛行阻止の空港突入戦などが展開される。

以上抜書きです。

私も当日、周辺で行動に参加してます。東山さんの死が明らかにされたのは総括集会
の時だったか、翌朝だったかは記憶があいまいになってます。

千代田農協では集会中に集中して撃ちこまれ多数の負傷者が続出し、友は直撃を受け
腕を骨折してます。

失礼しました。


薮さまへ 投稿者:催 涙太郎  投稿日: 3月16日(火)02時04分2秒

 貴兄の訂正ご指摘意見、「成田闘争では救急斑の女性の顔面を撃ちと書いておりますが、殺されたのは男性です。東山薫さん。」
 以上が実録にあれば、貴兄のご指摘の方が正確なはずです。

 小生、セクト主体関与の闘争には徹底不参加でありましたが、なぜかシンパ信条があり関心は持っていました。マスコミと友人情報とが重なり合い、被害者は女性と思い込んでいました。間違いでしたら訂正します。ごめん。

 でも今だからこそ、当時、至近距離で撃った機動隊員当事者に聞いてみたい。殺意があったのでしょ、と。

 小生の原稿発表後、77年にまで至らずも、69年頃から、新型P型催涙弾で至近距離から顔面を狙われた体験者が幾人か名乗りを上げています。
 一体なんだったのでしょうか。当時は。
 お上に逆らう奴は合法的に殺傷した時代だったのでしょうか。
 これを復活させない方法は、ガンジー主義が最善なのか。


すみません 投稿者:  投稿日: 3月15日(月)23時16分30秒

日大斗争ドキュメントの1968年後半で、催涙太郎さんが「思い出の催涙弾3」、「後の成田闘争では救急斑の女性の顔面を撃ち」と書いておりますが、殺されたのは男性です。東山薫さん。
プリントして読みましたら、少し。77年5月8日。里塚の鉄塔が倒された報復戦の日です。

これは違ってますよ(^^ゞ


930世話人会報告受領しました. 投稿者:日大全共闘経闘委OB会  投稿日: 3月14日(日)02時17分10秒

再出発を祝して,連帯の挨拶をお送りします,
日大全共斗は,一体です。
今後は,930同窓会への協力を惜しみません.
何なりとお申し付けください.
全面的にご協力いたします.

編集済


N大OBさん 投稿者:理工OB  投稿日: 3月 2日(火)08時37分55秒

早速の反応ありがとうございます。
同志として、感謝の気持ちで一杯です。


レイモンドさん 投稿者:経済OB  投稿日: 3月 1日(月)03時30分33秒

投稿お待ちしていました。
日大文理黒ヘルの件、詳しく知りたいのです。
上記メールにご連絡いただければ幸いです。
HP70年以降のページを見ていただくとわかるのですが、日大全共闘を継承するものと当時宣言した貴殿たちの軌跡を追うことができません。
それを知りたいのです。
どうぞお知らせください。


不当逮捕に緊急に抗議を 投稿者:理工OB  投稿日: 2月29日(日)21時10分23秒

私の友人から緊急の訴えが先程ありました。
下記の内容で、彼は逮捕された3名のうちの一人の方の友人ということです。
逮捕された方の為に何が出来るか私に助言を求めてきています。
また少しでも多くの方にこの事実を知らせて欲しいと願っています。
緊急に皆さんにお知らせします。

かけこみ亭BBSより転載
http://8503.teacup.com/koichi/bbs

************************************************

自衛隊イラク派兵に反対する全てのみなさんへ。
立川自衛隊監視テント村の森です。長文失礼します。転載大大大歓迎です。パソコンが押収されてますので何かありましたらtachikawa227q@yahoo.co.jpまで連絡ください。

すでに幾つかの投稿がなされていますが、昨日27日、テント村に対して逮捕者3名/家宅捜索6件という大きな弾圧がありました。3名の仲間は立川署と警視庁多摩庁舎に留置されています。1月以上前の自衛官/家族向けの官舎(これは普通の集合住宅と一見何も変わらないところです)に対してのビラ入れを「住居侵入」とした、令状をとっての弾圧です。あたりまえの営みが「犯罪」とされていく銃後の社会を私たちは生きているのだと思います。そして今権力は何よりも、自衛官と反戦運動の接触を恐れているのだと思います。

すでに反撃は開始されています。昨日の緊急抗議行動には、40名近い仲間が結集してくれました。一夜明けた今朝も、元気にいつもどおりの自衛官に向けたマイクでの放送を立川基地前で行いました。こんな不当な弾圧を、暴力を、大きな力で跳ね返していきたいと考えています。

そこでみなさんへお願いです。
(1) 弾圧の事実を多くの人に知らせてください。テント村の弾圧抗議声明を以下に載せておきます。転載等大歓迎です。
(2) 救援カンパを寄せてください。振込先は郵便振替で、00190−2−560928「立川自衛隊監視テント村」
(3) 抗議の声を届けてください。
  ・拘留延長の決定をする「東京地裁八王子支部」へ(0426-42-5195)
  ・「立川警察署」へ(042-527-0110代表)
  ・「警視庁多摩総合庁舎」へ(042-522-3161代表)
(4) 何よりも反戦・反派兵、反弾圧の声をあげて下さい。テント村で当面予定している行動は以下の通りです。
  ・2/29(日)立川駅頭情宣 11:00〜12:00 @JR立川駅北口コンコース上
  ・3/1(月)C1ジェット飛来抗議デモ 14:30 @立川中央公民館集合(南口7分)

なお、立川市議会議員の大沢豊さんのHPで今次の弾圧のことが報告されています。ご参照を。
http://homepage2.nifty.com/osawa-yutaka/heiwa-iraku-dannatu1.htm


遠州灘の仙人へ 投稿者:レイモンド  投稿日: 2月29日(日)16時12分33秒

遠州灘の仙人さん、おれは元気だぜ!
先日、初めてこのサイトを見ておれの名前が出ていたのでびっくり! 「遠州灘の仙人」(12月2日投稿)とはいったい誰ぞ? でも覚えていてくれて嬉しい。「芸術的なアジ演説。しびれた」なんて言われたら嬉し涙が出てくるぜ。ちなみにおれたちの「黒ヘル」というのは全共闘亡き後の混乱期に登場した「日大文理戦線」のこと。おれは「お家断絶」の世代だった。分裂につぐ分裂で最後は3人くらいしか残らなかった。
遠州灘の仙人さん、どうやったらコンタクトをとれるかね? 

72年から数年間、中村君虐殺糾弾・裁判闘争支援に関わった者として、今後機会があれば中村君の墓参に参加したいと思う。
それからこの闘争にいつも多大な支援をしてくれた映画監督の山際栄三さんはまだご健在なのだろうか? ネットでは彼が関わった映画作品しか出てこない。誰か教えてください。  

このHPを作成している方々にお礼を言いたい。


世代間の・・・ 投稿者:検査員  投稿日: 2月28日(土)22時33分46秒

mm様、お返事ありがとうございます。
私はしがない会社員で、工場勤務の検査員をやってます。
後頭部が薄くなってきたので、もう若年寄りの範疇です。

会社という場所には、様々な年齢の人がいたりしますが、
どうもその、学生運動世代の人達が好きではありません。

入社したての頃は、あーでもない、こーでもないとよく
怒鳴られました。そして一番嫌だったのが、とっても
ずるくて、自分勝手なオジサン達が非常に多いことでした。
ちょうど学生運動世代のオジサン達です。

その世代の人達なら若者の心を汲み取って、もっとリベラルな
運営(部門運営)をして当然と思っていたら、それがぜんぜん。
口うるさくて、自分勝手で、型式や形式にこだわり、仕舞には
若い社員を八つ当たりの的にしているオジサンが多いこと・・・。

昔の学生運動の話とはまるっきり想像もできないような変な
オジサン達が多くてとっても苦労しました。

今でこそ、年齢の近い上司に換わってきているので、
だんだん世代間のギャップは小さくなってきましたが、
入社したての13年前は大変なものでした。

しかし、ここで「そのオジサン達の方がまともである」と
視点を変えてみれば、若者の方がぜんぜんなってないかも
しれません。

考えてみると、近年は(昔より)不思議な事が多いです。
ストーカー、出会い系サイト、カルト教団、オレオレ詐欺、
若者の方も歪んでいるかもしれません。

昔々、正義を貫こうと闘った若者達は、中年になって、
とってもおかしなオジサンに変身しました。
しかし、礼儀や道徳のなっていない若者の方も、中年族の
悪口をいう資格は無いかもしれません。


以上は、新着順31番目から40番目までの記事です。


検査員殿 投稿者:mm  投稿日: 2月28日(土)10時54分24秒

検査員殿
不思議と、貴殿の論調に答えてみたくなりました。
「はじめまして。私が生まれたのは1970年6月です。」
今は何をされていますか。
「学生の団結力(学生運動)というのを良く知りませんし、
低学歴なので大学という場所の良さも知りません。」
憲法で団結権は保障されていますが、あまり団結した気持ちはないでしょう。
学歴は関係ないですね。
4年間、通わなくても、授業で寝ていても、学士になったりで。
「昔はたくさんの学生運動があったと聞きます。
当時の学生は、正義感が強くて情熱的だったんだなと
思います。」
沢山の学生運動があったり、特別正義感が強かったわけではなく、
普通の人間が、普通の考えで、ああなった。
今は、皆様普通に生きるのが辛いのでは。
私たちも辛い。
「当時の方々は、現在、40代後半か50代前半と想像
しますが、今の若者(20代、30代)はどのように
見えますか?」
今も昔も同じです。
若者はアブノーマルで抵抗しているのですが、
そのはけ口が、うまくコントロールされて、
少年犯罪、フリーター、海外旅行、
でも、このアブノーマルさは、時代の抵抗にあって、
若者は、また、暴れますよ。
「何か、昔の学生の方が真面目で純粋に見えるんですが・・・。」
昔と今と比べて、どちらということはないですね。
若者は適応能力があるし、
時代にあった生き方ができる。
むしろ、時代が、若者をリードするので、
現在の政治家や企業家、私利私欲が続けば、時代から取り残されて、
若者の抵抗をうけますよ。
「昔より今の方が遊びや娯楽が多いので、政治的なことに
目を向ける若い人が少なくなったような気がしますね。」
政治に目を向けることが、よい訳ではない。
若者は、しっかりと時代を感じている。
大人は、この感覚が薄れて、若者を別扱いにしますが、
若者の、正常な感性を信じましょう。
ただ、政治家や企業化の独走、これを許しているのは、
大人たち。
この大人たちの間での、我々は敗北者。
勝利者は、イラク戦争を仕掛け、
中小企業を潰し、貧富の差を拡大し、
最終的には、日本を破滅に追いやる。
この勝負には、若者だけが抵抗しても勝ち目はない。
大人の力が必要。


昔の方々 投稿者:検査員  投稿日: 2月27日(金)23時38分27秒

はじめまして。私が生まれたのは1970年6月です。
学生の団結力(学生運動)というのを良く知りませんし、
低学歴なので大学という場所の良さも知りません。

昔はたくさんの学生運動があったと聞きます。
当時の学生は、正義感が強くて情熱的だったんだなと
思います。

当時の方々は、現在、40代後半か50代前半と想像
しますが、今の若者(20代、30代)はどのように
見えますか?

何か、昔の学生の方が真面目で純粋に見えるんですが・・・。
昔より今の方が遊びや娯楽が多いので、政治的なことに
目を向ける若い人が少なくなったような気がしますね。


皆さんへ、お知らせです。 投稿者:経済OB  投稿日: 2月24日(火)02時46分28秒

みなさま、下記URlご参照ください。

930の会「代表世話人」なる方へ
今、貴殿の進退のご返事を待っています。
ご返事なき時は、その次第を明らかにしていきます。
読者の方々には唐突かもしれませんが、ご容赦ください。
やがてことの次第が徐々に、お分かりになっていくでしょう。

それは、貴殿次第です。=930代表世話人なる方、あなたです。
あなたが「全共闘マニア」として、内輪で趣味にやっているうちは、私どもは、放置しておりましたが、あなたが,社会に、マスコミに、日大全共闘を勝手に名のって、日大闘争の姿を私ども闘争の当事者が最も忌み嫌う、世間の誤解と偏見の論調そのままのものを、月刊誌に発表したことで、私どもは、あなたの「ご自分の趣味の領域」を越えた、インチキな活動を、看過できなくなりました。
得意になって単独取材を受けたことを、またその誤解に満ちた記事そのものを、仲間に吹聴し、小生に会見を申し込み、その席で、あろうことか小生にまでそのコピーを示しました。
一読して、その記事がかつて貴殿に注意した、誤解に満ちた当の記事であるのがわかりました。
以前に、私は、貴殿に注意したはずです。
デマゴーグのマスコミ人にボス交的に会って、ある事ないこと、単独で喋らないでほしい、と・・・・今日の記述は、ここまでです。
このあとは貴殿のご返事次第ですので、よろしくご返答の程、お待ち申し上げております。
なお、ご返答については、930管理者宛てにお送りしたメールにてお願い申し上げます。

http://test.total.co.jp/kamijima/test/nichidai930/scripts/board.pl?EX_CMD=dsp_msg


故中村君墓参報告 投稿者:mm  投稿日: 2月18日(水)10時18分50秒

という経済OBさんの要請ですが、本当は、実に複雑な心境になる。
今回は、2月15日、晴天、春一番、風の舞も激しく、
お供え線香になかなか火がつかない。
何人ものメンバーを火をつける動作を見ていると、
いかにも不器用だ。
確か普段は墓参りなど、していないのだろうけれど、
故中村君墓参だけはくるのではと思ってしまう。
それにしても、懐かしいメンバーが多くみえた。
今までは、私は部外者という感じの参加であったが、
今回はメンバーも少なく、馴染みの顔が見えてきた。
昨年、彼のお母さんが亡くなったので、
1つの輪廻が終わったとはいえるものの。
このときに、しみじみと、中村君がというよりは、
日大生の一人が、全共闘の一人が、
当時右翼体育会メンバーに、虐殺されて、
どうして、我々はそれを防げなかったのかと深く悔やまれる。
事実の追求も、警察と当局とに隠蔽されて、うやむやになり、
家族の方も、事件後まもなく、お父さんがなくなり、
昨年はお母さんがなくなり、
お姉さんからの伝言があったように、
「あの事件は忘れたいので、墓参にいけないが、」
と表向き風化が進んでいます。
しかし、同じ、彼女の伝言で、
「毎年続けられている墓参には、感謝している」というように、
誰かが日大闘争を引きずっていくと、それに感謝する、感動する人々が
無尽蔵に控えているのも事実です。
この30数年間、続けられる気の遠くなるような墓参活動の幹事さんには
感謝する次第ですし、
これこそ、当時の言葉で、永続的日大闘争であると。
それは、事件後、故中村君のお父さんの一言だったと記憶します。
「誤ることはできるが、何を行動でしめせるのか」と。
それを受けての墓参活動ではあったとおぼろげに聞いておりましたが、
できれば、それ以上に事実を証したいというのが私の本音です。
その上で、2つのことが気になります。
その1は、故中村君の幼いときを含む写真を、
当時の全共闘メンバーにお母さんが預けたが、
数年前に、お母さんが戻して欲しいといっているが、
未だに戻っていない。
お母さんがなくなった、今、生きているメンバーが責任を感じなくては。
その2は、虐殺当時の状況認識は極めて神秘に包まれている。
これも恥ずかしいの一言だ。
警察、当局の隠蔽工作も去りながら、
こうした事実を忘れたい気持ちも手伝って、
この事件が闇から闇へ葬り去られるのはよくない。
その結果、この事件をめぐる誤報道があって、
全共闘メンバーでさえ、状況認識をめぐる食違いがある。
私の友人Kは、その裏の話をほのめかすが、
私に、具体的な話をしたことはない。

編集済


mmさん 投稿者:経済OB  投稿日: 2月18日(水)02時28分56秒

先日の、中村君墓参報告書いてください。
よろしくお願いします。


渋谷反戦サウンドデモ やります 投稿者:ひっぷほっぷ  投稿日: 2月16日(月)12時04分45秒

落書きを巡るシンポジウムも行います。
みなさんおいでくださいませ。
出店も出してます

BLOCK KOIZUMI NOT STREETS!
PARTY+PROTEST
■■派兵反対+路上解放■■
AGAINST SDF (Self Defence Force = Japanese Army)DISPATCH TO IRAQ!

SUN.2.22.2004
@渋谷宮下公園
START:14:00

MIYASHITA PARK DISCO SIDE
DJ:FUMIX ( Computer blue/deceptacon from LONDON ) 
  SKATE THING

SIMPOSIUM :井土紀州、渋谷望、松沢呉一、矢部史郎 他

ON THE STREET SIDE
DJ:小西康陽
  瀧見憲司
SoundSystem by TAXI Hi-Fi
【宮下公園青山通り表参道ファイアー通り公園通り明治通り宮下公園】
_______________________________________________________________
戦争はたしかに遠い国で起きている。けれども同時に、いま、ここでも、それは起き
ている。
遠い国の戦場に日本国の兵士が行かされることでこの街が奪われるものは、誰もが
言いたいことを言い、知りたいことを知り、デモンストレーションをする自由だ。
報道するな、兵隊さんに感謝しろと、戦時下の例のリクツが見る見るうちに街を占
領していく。
秩序と監視が戦時下モードにヴァージョンアップした瀕死の街に、極上の混沌と猥雑
と音楽を! そしてバカでかいジョークを!
_______________________________________________________________
*待ち伏せ・横入り・追いぬき・割りこみ・歩道デモ 熱烈歓迎+絶対合法!!
(コースは予定・雨天中止HPで確認してください)
_______________________________________________________________
more important info http://asc.shacknet.nu/
contact streetrave@fastmail.gr
ADMISSION FREE! SHARE THE PARTY! FUCK I.D. CHECK!!
PARTY+PROTESTはコストをシェアすることで開催しています。ご協力、お願いします。

_______________________________________________________________
*このデモはイラク派兵反対とともに路上解放を主張します。デモを不当に規制する公
安条例の撤廃も必須です。残念ながらばかげた公安条例は健在ですが、警察官はせめて
法律くらい守るよーに!
_______________________________________________________________


催涙 三郎様 投稿者:68年生まれ  投稿日: 2月16日(月)05時35分28秒

ありがとうございます。
被告人は控訴すると言っております。
引き続き法廷闘争を支援して行きます。


68年生まれ殿 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 2月14日(土)12時12分30秒

反戦落書きは、明らかに勇気ある行動です。
反イラク行動の中で、デモよりの、宣言の何よりも、
これほどの効果はないと考えます。
日大闘争でも、現に、イラク、パレスチナでも、落書きは戦いの象徴です。
それでは、なぜ、彼は、一人で戦わざるを得ないのか。
それは、余りに突出した戦いで、現在、誰もついていけないからです。
彼の落書きに続く、人々がどんどん出れば、よい。
でも、そのようには、動けない現実があるからです。
でも、彼の行動は象徴的です。
それゆえに、権力は執拗に問題提起した。
我々も、彼の行動を決して無駄にはしない執拗さが必要です。


反戦落書き一審判決 投稿者:68年生まれ  投稿日: 2月13日(金)21時42分54秒

懲役1年2月、執行猶予3年の判決が下されました。
http://133.43.163.163/bbs/bbs.php?id=otto&nr=233-235


理工OB(2) 投稿者:mmm  投稿日: 2月 7日(土)14時49分25秒

このときの正義は、「自由、平等、博愛」という高尚な言葉を
持ち得なかったが、戦う中で、「自由、平等、博愛」が何であるかの実感を
得たのではないでしょうか。
「自由、平等、博愛」を戦うことなしに、評論する輩は信用できなかった。
これは、赤軍などが述べた「世界同時革命」という、とってつけてきた
表現も同じで、日大全共闘が、古田体制への接近なしに、
こうした美辞麗句が他人事に思えたのではないでしょうか。
右翼とて、同じではないですか。
愛国心といいながら、腐敗の限りを尽くす古田体制には我慢できない人々がいた。
ここでは右翼、左翼は関係ない。
愛国心とは何かなのだと思います。
少なくとも古田体制が示す愛国心は、真の愛国心とは違うのではないか。
「ソビエト信奉者が革新であり左翼的で、アメリカ支持者が保守で右翼的だったら、
アイゼンハワーを歓迎するため動員された日大応援団は右翼だよな。」
というのもおかしな話である。
日大古田体制は、日本での体制維持のために、日大生を動員した。
敵対国ソビエト、同盟国アメリカへの対応は当然決まっている。
決して、古田の主義主張と矛盾するものではない。
問題は、日本の道が、アメリカ同盟でよかったのか、
ソビエト敵対でよかったのか。今なお、その選択は、ずっしりと重い。
もし、日大闘争が勝利していたら、この問題を引き受けねばならない。
論客の西部邁が「アメリカは左翼国家であると言っている」ことと、
「右翼が攻撃して止まない日教組の教育方針は、教育基本法が根本になっており、
それはアメリカの肝いりで作られている事実」こととは根本的に違う問題だ。
左翼・右翼の話は、日大闘争は超越できた。
日本の国の将来を考えれば、憲法、教育基本法は、西部等論客から、
いじめ尽くされているが、それは、かってない大量虐殺を伴う戦争体験で
獲得された時代精神である。
この精神をちょっとした形而上学で否定するは、党派、マスメディアが日大闘争を
ないがしろにする行為と同じに見える。
日大闘争は、日大の100年以上の歴史、その中での戦争体験を
背負っての、腐敗古田体制への正義の戦いである。
「右翼は本当に愛国的なのかなあ」ではなくて、右翼であろうが左翼であろうが
愛国者である。むしろ、右翼・左翼の形式を乗り越えて愛国者が存在する。
日大愛国戦線が日大での愛国精神を発揮してくれれば、素晴らしい。
それは決して、現在の日大のあり方、大学のあり方を許さないだろう。
「日大反米愛国戦線」と名を変えたとしたら、
日本共産党のような反米主義の間違いを起こしかねないし、
現在のアメリカ覇権主義への世界中での戦いに水を差すかもしれない。
現状での「反米」への「グ〜ット心情的に親近感が出てくるのに」ことは理解できるが、
我々の政府の、売国行為、国民への利敵行為、
それはアメリカ覇権主義を利用した、利己主義に基づくゆえに、
かって、古田を許さなかった気持ちで、今も小泉を許すことはできない。


以上は、新着順41番目から50番目までの記事です。


理工OB殿(1) 投稿者:mmm  投稿日: 2月 7日(土)14時48分49秒

理工OB殿、ちょっと長いですが。
日大愛国戦線の小俣さん、愛国者西部邁さんの
難しい難問を引き受けての解説、ありがとうございます。
日大全共闘の流れで考えると、
当時、古田体制は磐石であり、それに味方するは右翼であり、
それに歯向かうは左翼と錯覚されたようです。
ここところが、誤解されて、
国家体制に歯向かうは、左翼であり、赤軍であり、日大全共闘も同じ穴の貉と
思われる不幸になったようです。
もともと、左翼右翼などは、赤尾敏の振る舞いのように自ら名乗る必要はなく、
体制側の論理に基づくもので、西部邁もまた、その一人です。
今のアメリカが覇権主義を唱え、磐石な支配を築こうとし、
世界中を戦争の恐怖に陥れている事実は決して許すことはできません。
それを「急進的な左翼国家」であると表現しても、
「自由と平等という価値を個人的・競争的に実現しようと追い求めている国」としても、
人々は、決してアメリカそしてアメリカ人を許すことはできないでしょう。
それが日大闘争の原点です。
それは同じく、共産主義社会についてもいえることで、ソビエト国家が、
磐石の体制で世界覇権を狙い、世界の人々を恐怖に落とし込んでいた事実は、
「ソ連型の社会主義は集団的・計画的に自由と平等を実現しようとした」としても、
「米ソ冷戦は左翼同士の内ゲバであった」と論じたとしても、何らの説明力にはならない。
だから、「単ゲバの元全共闘は頭がこんがらがって来る」のではなくて、
日大全共闘は、こうした形而上学を実践的に破壊したのではないでしょうか。
すなわち、日大闘争は古田体制への反逆であり、右翼、左翼の言辞に
迷わされず、戦い抜いて、一時の勝利を得た。
ましてや、右翼左翼の形而上学を知らずに、負けたという党派やマスメディアの
論調に乗る必要はないと考えます。
「アメリカの新保守主義・ネオコンの思想的ルーツはトロキズムといわれている。」
ここでトロツキーがレーニン・スターリンに対抗してののユダヤ主義、世界主義、
赤軍主義を引き合いに出すのはおかしいと思います。
当時のトロツキーは圧倒的貧しい南部農民からなる赤軍を、
当時のロシアの主人公にするための、ドイツ派遣を企てたのであり、
既に、当時のロシアにおいてすら、反体制派であり、
事実は、南部農民へのスターリンによる虐殺、トロツキー自身の
悲劇を見れば明らかです。
これを極左主義と呼んだのは、当時体制派のレーニン、スターリンではなかったかと思います。
このことは、「自らの理想とする自由と平等、博愛を武力を持ってでも押し付け実現しよう
とするアメリカ」、「ラジカルな(左翼?)思想」と同じにするには、
状況認識としてもおかしいのではと思います。
現在のアメリカは覇権を維持しています。
当時のロシアはドイツ帝国の占領から開放されたばかりです。
ましてや、ロシア内の体制は、レーニン・スターリンに牛耳られていました。
日大闘争が、右翼・左翼のレッテルにめげずにスクラムを組めたのは、
磐石の古田体制維持派とその体制に疑問を投げかける反体制派の激突、
正義を争う戦いであったと思います。


おじさん日大闘争しりとり合戦12  投稿者:  投稿日: 2月 6日(金)23時11分21秒

どんどんやりましょう。
武闘:蠢く右翼
苦学生:マスプロ教育、金返せ
精神を堕胎換骨金儲け:経済第一会頭古田
魂ぎるシュプレ日大東大爆発:月夜の晩だけじゃねぇぞ、秩序
他所に遠征、路をあける権力:滝田さんの感想を聞きたかった。

では


おじさん日大闘争しりとり合戦11 投稿者:mmm  投稿日: 2月 6日(金)22時06分19秒

薮さん、やを取ります。
夜間学生:日大2部闘争委員会は、日大闘争影の力持ち
インテリジェンス:日大のゲバ、東大の知性とはうそ。知性とは知識ではなくて
         知性、創造性豊かな戦いは、東大闘争では高嶺の花
駿河台校舎:日大理工学部、歯学部、日大病院などなどが密集
野郎:この野郎などというが、この言葉、XXさんしかあまり使わない。
運動部:実は体育会。日大には本部体育会と学部体育会とがあって、本部所属は
    権威があった。とにかく、本部体育界には日本を代表する選手を集めた。
それでは。


右翼は 投稿者:ケロちゃん  投稿日: 2月 3日(火)05時53分45秒

の書き込み直後、理工OBの掲示板に、右翼からの挑発的書き込みが入った.
こちらに書き込んでくれれば、反論してやれたのに、
これを教訓に右翼的言動を慎むことにしました.
類は類を呼ぶようだな.
言っとくけど、ケロは、右翼ではないからね.
左翼でもないがね.
敵味方、入り乱れて、大論争といったところか
元を正せば、みんな日大闘争をやった仲間だからね.
敵も味方も、今となっては、みな同じ穴のムジナというところか.

はるか、はるかかなたに敵の影・
今となっては、影絵の如き幻影なり・・・・・
右と左で、ケンカするような様子だが、結構みんな昔を懐かしがっているんだね。
ここいらで、左右ともお手うちというのは、いかがかね.
右も突っ張っていないで、全共斗といっしょに昔話のクラス会というのは、どうかね.
その気があったら、ホームページへ、メールでもしたらいいと思うよ.
お互いお迎えも近いからね.
敵対心は、あの世には持ち込めないからな.
お互い生きてるうちが花だ--ね。


れたすさん 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月31日(土)21時02分9秒

 現役日大生さん、大歓迎。現在の情報を教えてください。
 しかし、小生の子供より随分年下。きっと良いセンスをしてるのでしょうね。

 お尋ねの件、68年の経済では「クラス委員」がありました。
 小生は、当時クラス委員の故横浜君に誘われて、秋田執行部の先輩達との討論にお仲間入りしました。
 確か次の日が日大初の200メートルデモ。歩いていて恥かしかった。
 日大全共闘の名前も無かった頃。
 

編集済


はじめまして 投稿者:れたす  投稿日: 1月31日(土)16時16分32秒

はじめまして、「れたす」と申します。
っていうか、実は現役日大生です。一応理工学部物質応用科学科
(最近できた学科らしいです)に在籍してます。
日大には申し訳ないけど、滑り止めとして受けたが為、
「日大っていっぱいあるんだな」程度の認識しか持たないで
入学してしまったけど、このページにきて、
こういった歴史があったんだとすごく感心、感激してます。
昔からこういう話には興味があって・・・って書くと、
皆さんからすれば何も知らないバカなガキがバカなこと言ってる
と思われるかもしれませんが、バカなりに、いま自分が通っている
学校で起こった出来事を学んで見たいなと思っている次第です。

ほんとバカなんでいつまで学校に在籍できるかわからないんですけど、
いろいろこのページや、このページのリンク先等々から
学ばせてもらおうと思います。今後、質問とかあったらまた
お邪魔するかもしれませんので、ひまがあったら相手してもらえると
うれしいです。

最後に、話し変わってしまうんですけど、昔から日大のクラス委員は、
幹事だったんですね・・・。


おじさん日大闘争しりとり合戦 ] 投稿者:薮@年下  投稿日: 1月30日(金)21時55分43秒

お竜さん:娘盛りを、、、。緋牡丹・・
左翼:の向坂からテロ宣言を受けた私共。しばらく護衛(?)してくれたのは神社系の友でした。
九機:経験ないです(機動隊)
岸:言うまでもないです。
指揮者:サブ指揮が不当にパクラレル傾向が

どもども


右翼は 投稿者:ケロちゃん  投稿日: 1月30日(金)02時32分48秒

文理の山口が有名だ.彼は日大BUZANNでオレと同級生だった.
その後付属校の教師となったが,今も活躍中との事.
右翼とは友人が多い.
応援団の中川も、またそうだった.
三橋ともクラスメートだった.
何でオレだけが,全共闘派となってしまったか?
右翼=広研、佐々木も然りである.(BUZANN同級生)
人生不思議は多いが,それが最大の不可思議だ.
どこが彼らとの分かれ目だったのか,それがわからぬ。
オレは,1年のときは,空手少年であったのだから・・・・・
何で全共闘など走ったか?
それが今だにわからぬ.
クラブは,4年の最後まで「団」だった.


しりとり、ならぬ、あらとり 投稿者:先鋒隊  投稿日: 1月29日(木)23時58分35秒

三郎さん、粗をとります。
>共青同(共産主義者青年同)
正確には。
通称   ;共青(共産主義青年同盟)
上部組織 ;日本共産党(左派)山口県委員会
行動隊呼称;先鋒隊
ヘルメット;白地に赤く、《先鋒》又は《反帝反修》
イデオロギー;マルクス.レーニン主義、毛沢東思想
学内勢力  ;同盟員4名(経済2、理工U1、農獣1)
       最大動員、50め名(全て農林水)
69年当時の話です。
変なHPを発見しました。

編集済

http://marukyo.cosm.co.jp/KANAGAWA/index.html


ついうっかり 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月29日(木)21時17分1秒

「き」はうらやましい。
救援会、救援連絡会、救対、930、930団交、930日大同窓会、九死に一生、
旧態然、旧体制、急進派、教員協(助手、助教授、講師、リベラ教員組織)、
教授会(古田後援会、リベラル派は1割もいない)、共産党(日大闘争に参加したくて
挫折した。当初はそれなりの学生、教員、事務員に影響はあった)、共産主義、
共産同(安保時代の党派の原型、共産主義者同盟)、共青同(共産主義者青年同)、
共労党、協会派(当時社会党の一派)、京大全共闘(日大全共闘のよきパートナーの1つ)、
教育改革(古田はその先頭にいた)、教育三法、狂気の沙汰(日大闘争、当初の世間の評価)、
杏朗(全共闘法学部委員長)、君死にたもうなかれ(与謝野晶子)、京学同(京都学生
同盟)
ということで失礼、やはり規則どおり続けてください。


以上は、新着順51番目から60番目までの記事です。

 


おじさん日大闘争しりとり合戦 \ 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月29日(木)06時36分42秒

−き・教員共闘(教員も立ち上がったが、経闘委では過去の沈黙を恨みバリに入れなかった)

−う・上田(68年5.21、経済学部地下ホールでの学生会による討論会に殴り込みをかけた体育会学生の現場リーダー。当時、日大附属鶴ヶ丘高校の現役職員。全学連・あか排除のつもりだったのかな) 

−だ・団体交渉(当時の左翼、労組が最も得意としていたが所詮はボス交)

−う・右翼黒竜会(国士舘大学の学生思想右翼組織。実態は応援団OBを主力とする只の暴力団もどき集団だが自民党大物に金をせびっていた。小学校の同級生がここのチンピラをやっていたのが何とも情けない)

−い・飯島連合(当時、新宿歌舞伎町やゴールデン街で飲み歩いた方なら一度や二度脅かされたことがあるだろう。正統派の博徒と称していたが、池袋の国粋会と頻繁に縄張り争いをしていた。芸術学部を襲った関東軍の構成員の一部との噂があった)

−次、10人目は、「う」か「お」か

編集済


ノンポリ青年参上 投稿者:l  投稿日: 1月29日(木)01時52分39秒

なんちゃって


(無題) 投稿者:ケロちゃん  投稿日: 1月27日(火)03時43分32秒

う 右翼体連
れ 連合戦線
せ 戦旗派
は 反動理事会
い 一機(機動隊)
は、だれ?


おじさん日大闘争しりとり合戦[ 投稿者:薮@年下  投稿日: 1月25日(日)23時39分19秒

た:体育会(こんな部にはしたくない。といいつつ空手部主将は芸術学部へ)
へ:兵隊といった関東軍
ぐ;ぐへ、これがバリかよ(伝説)
よ:よりよい大学(中とう審)
く:苦肉の策の佐藤某
う:次をどうぞ


おじさん日大闘争しりとり合戦Z 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月25日(日)19時21分4秒

く:苦学生は日大生のシンボル
い:医学部闘争委員会
ぶ:物理学科闘争委員会は最初、理工学部の闘争主体
か:火炎瓶は誰の性能一番か
び:ぴんた、右翼学生にいるしばきはまず、
た:誰か


おじさん日大闘争しりとり合戦Y 投稿者:アイスランドのミズスマシ  投稿日: 1月25日(日)07時40分51秒

れ;レストラン火の車(バリスト直後の、農獣医食対)
ま;毎日新聞(右寄り新聞、デモ、毎日、日大闘争は新聞を賑わした。)
ぶ;文闘委
い;イラク(1月25日。日曜日。
私たちは自衛隊のイラク派兵中止を求めます。
私たちの考える21世紀を、創りはじめよう。(or 取り戻そう)


2004年1月25日(日) 開場12:30
日比谷公園野外大音楽堂
〈交通〉営団地下鉄丸ノ内線・千代田線「霞ヶ関」下車1分、営団地下鉄
 日比谷線「日比谷」下車2分/JR「有楽町」下車8分

く;どなたかお願いいたします。


おじさん日大闘争しりとり合戦X 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月25日(日)04時47分8秒

「しりとり」のルール 
 最後が「ん」なら「ん」の前の字でつなぐ。「濁点」は省略可。
 日大闘争及び全共闘、学生運動を連想するもの、並びに当時の流行語、俗語に限る。こじつけた時は(理由)を添付する。
 なお、全共闘側の人名はマスコミ等に載った人のみ採用。国家、学校側は公職者のため誰の人名でも可。


 薮さん、頼むから「る」で終わらせないでちょうだい。
「る」で始まる用語も言葉も殆ど無し。
 以下のこじつけでつなぎます。

−る・累々(屍骸累々でなく、夜間に光る道路一杯の機動隊の楯の列。累々と迫力がありました)
−い・一蓮托生(9.30大衆団交での佐々木良吉理事発言の一部にあり)
−う・ウソ(日大当局の全共闘に対する返答) 
−そ・騒然(9.30に古田会頭が出席した際の参加学友の反応)
−ぜ・全文連(68年10月までの民青執行部が消滅して「全共闘委員会を結成」
 
−れ・、後は、どなたかつなげてちょ。

編集済


しりとりに参加します!おじさん日大闘争しりとり合戦W 投稿者:薮@年下  投稿日: 1月23日(金)20時38分6秒

せ:戦術
つ:津田沼
ま:マッセン・ストライキ
き:機動隊>まんまm(_ _)m
い:インターナショナル
る:次をどうぞ

編集済


おじさん日大闘争しりとり合戦V 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月23日(金)11時11分37秒

さ:佐藤栄作、930団交結果の廃棄を政府見解を出した歴史上の超極悪人
く:苦悶苦闘:930団交以降の戦いは苦悶苦闘の連続
う:宇野重吉:彼の一人芝居は、自立全共闘の姿だ
ち:千葉県習志野校舎、津田沼校舎:バリケードを貫徹できなかった屈辱の校舎
や:野戦:日大全共闘は車を使い、電車を使い、徒歩で、全国を野戦さながらに戦った・
せ:次をどうぞ

「しりとり」のルール 
 最後が「ん」なら「ん」の前の字でつなぐ。「濁点」は省略可。
 日大闘争及び全共闘、学生運動を連想するもの、並びに当時の流行語、
 俗語に限る。こじつけた時は(理由)を添付する。
 なお、全共闘側の人名はマスコミ等に載った人のみ採用。国家、学校側
 は公職者のため誰の人名でも可。


おじさん日大闘争しりとり合戦U 投稿者:早まった全共闘世代  投稿日: 1月23日(金)03時43分46秒

と・党派
は・反代々木
ぎ・銀ヘル部隊
い・医学部
ぶ・文団連
さー.お次は誰?

編集済


以上は、新着順61番目から70番目までの記事です。


おじさん日大闘争しりとり合戦 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月23日(金)02時12分33秒

「しりとり」のルール 
 最後が「ん」なら「ん」の前の字でつなぐ。「濁点」は省略可。
 日大闘争及び全共闘、学生運動を連想するもの、並びに当時の流行語、俗語に限る。こじつけた時は(理由)を添付する。
 なお、全共闘側の人名はマスコミ等に載った人のみ採用。国家、学校側は公職者のため誰の人名でも可。

スタート『古田』
 −「た・田村(敬意を評し合掌)」
 −「ら・ラジカル」
 −「る・累犯(何べんもデモでぱくられる奴)」
 −「は・反戦闘争」
 −「う・内ゲバ」
 −「は・橋本(日大芸闘委、直木賞作家)」
 −「と・・・・・・

 同好の志よ、五つずつ我に続け。ちっと馬鹿らしいけど、いいんじゃん。気晴らしで。
 (ケロちゃん発想の頂きですが)
 おばさん尚歓迎。

編集済


ケロちゃん 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月20日(火)10時09分18秒

やはり、うがちすぎと私は思います。
この連想ゲームは、余りにローカルで、感じはわかりますが、
事実とはかけ離れていると思いますが。


連想します 投稿者:ケロちゃん  投稿日: 1月20日(火)03時08分29秒

古田研究を読んで、連想しました.
古田ー秋田出身ー秋田明大ー明治大学学苑会ー三戸部貴志ーML派ー田村正敏ー全共闘ーその敵、古田
宿命的連鎖を感じるのは、僕だけでしょうか?
うがちすぎかな?
           日大経済卒、ケロちゃん


古田とは・・・・古田研究 NO.1 投稿者:経済OB  投稿日: 1月14日(水)04時08分6秒

「ともかく、わたしゃ生涯かけて、この学校に生まれ育ってきたんですからね。
余生がそんなにあるわけじゃあないし、ともかく、この学園の紛争の解決とね、発展に余生をつくしていきたいと、、どんな形でもいいと、たえず考えているわけですよ」
古田重二良・日大会長の、10月26日の死に、まず思い浮かべたのは、昨年対談した際に聞いたこの言葉だった。-----1970年10月、高木正幸


ネーム変更 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日: 1月12日(月)14時43分15秒

全共斗BBS・俺にも言わせろ!討論、反論の場 参加は誰でもOK】で、昨年11月から書き込んできた「遅れてきた全共闘世代」は、ほかのBBSで、似た名前のネームの方がいたことが分かり、紛らわしいため、1月12日以後、ネームを変えます。

今後は、私は、「遅れてきた全共闘世代」名を使用しません。何と変えるかは、これから考えます(笑)


=古田会頭は、いわば金丸信のような人物ですね。 


古田重二郎 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月10日(土)11時52分27秒

源氏史郎殿
連載物読ましていただきます。
現状の日本大学、小島副学長は当時理工学部建築家助手、改革派の先方にいました。
彼は、「自分が緩衝帯」といってはばからないです。
それほど、日大本部はガタが来ていると見ておりますが、
現象として、そのガタを一生懸命に繕っているのが現状です。
それでは、期待します。

遅れてきた全共闘世代さん
古田重二郎の調査、よろしくお願いします。
理工学部物理教室の当時教室主任原教授は、古田の傘差しと言われた人ですが、
それはそれは、古田会頭は理工学部物理教室兼原子力研究所を大切にして、
原教授を含めて、ノーベル賞湯川門下の逸材を多く集めました。
なお、日大の歴史が公式サイトで語られています。
参考までに、
http://www.nihon-u.ac.jp/history/index_n-sj.html 


読んでね 投稿者:源氏史郎  投稿日: 1月10日(土)03時05分44秒

連続ものです
読んでね
恥ずかしながら、出てますです。

http://test.total.co.jp/kamijima/test/nichidai930/scripts/board.pl?EX_CMD=dsp_dtl&msg_id=940


古田とは 投稿者:源氏史郎  投稿日: 1月10日(土)02時58分37秒

衆交の予備折衝で会いました。
本部で   [ふざけるな!]と怒鳴ったら、ギロリとこちらを向いて、「今、ふざけるなといったのは誰だ」と怒鳴られた。
まさかオレだとは白状できぬ。
あの迫力はやっぱり尋常ならざる物があった。
なんといってもマンモス日大の最高責任者だからな。
あの迫力には、負けたね。


明け方便 長文ごめんちゃい 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月 9日(金)04時19分8秒

かささぎ史郎殿へ

 『水面に 出るに出られぬ 薄氷』 水中のみずすまし

 小生、まだ死んでいませんし、行方不明(夜逃げ決行)でもありません。まだ、今はまだ。これから先は分かりませんけど。
 猪掲示板に川柳らしき句(苦)も載せました。参照くだされ。


理工OB殿へ

 小生、経闘2闘委、貴殿と同期です。あの頃ご一緒だったのでしょうね。のっぽで、最先頭の機動隊員と背比べをしても負けず、跳ね上がり(当管理人はそう決め付けます)・逃げ足一番でしたので覚えているかもしれません。

 左翼から「右翼」と呼ばれるのが嬉しかった小生が「あか」と呼ばれる屈辱に耐え偲ぶことになったのが日大全共闘。当時は現体制に反対どころか疑問を呈しただけでも「あか」呼ばわりされました。
 しかし日大闘争によって人生観、社会観が一転。それは我がバリ内で直接民主主義が実践されていたからです。経済バリの中では毎日夕方になると議論しました。秋田さんも平等に。全員で。

 右だろうが左だろうが、行動はおろか信条さえも上からの命令で左右される組織・セクト構成員ではなく、個人に立脚した信条で参加・発言・行動する古典的原理的民主主義に出くわしたのです。義務も責任も個々人が負いました。「悪いものは悪い」「無言は肯定となる」
 
 機動隊との戦闘(勝ち戦)で最も威力を発揮した投石ゲリラは、我等バリ泊・メット部隊でなくノンヘル一般学生であったことは忘れてはならないと思う。

 貴殿の意見『インターネットは個と個をつなぐ新しい実験的コミュニティーです』に潜むであろう、個に立脚した直接民主主義の進展に期待。
 

遅れてきた全共闘世代殿へ

 古田は、偉大な男です。
 まずは、国公立・私学を問わず現在の大学経営(教育の産業化)のバイブル的システムを構築した功績を上げておきたい。
 次いで、当時68年の特筆すべき功績例としては、9・30大衆団交に出てきたばかりか、他のたぬき理事連中を壇上で叱り飛ばしながら日大全共闘の要求書に署名した件。
 その約束実現を即日阻止したのは「佐藤総理大臣」。

 日大不正経理事件の発端は、理工学部教授による裏口入学ワイロ金の所得税法違反(所得隠し)です。一方、日大本体の34億円使途不明金事件は、税法上の使途不明経費の処理の問題(使途を明らかにしない経費勘定は経費と認めず、利益勘定に訂正させる。現在のゼネコンでも毎度やっている)であったのかもしれません。今考えると。

 きっと、自民党や日本会、国防右翼団体への寄付だったのでしょう。でも最高学府がやることではないですね。彼は、その最高責任者だった。

編集済


遅れてきた全共闘世代さん 投稿者:管理人@なんちゃって  投稿日: 1月 7日(水)01時28分44秒

古田調査の件よろしくお願いします。
結果お待ちしています。
これは、新年から面白いことになりそうですね。
大いに期待するものです。


以上は、新着順71番目から80番目までの記事です。


2004年が明けた 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日: 1月 4日(日)21時30分34秒

皆さん、今年も宜しくお願い致します。昨年、もぐらのように突然、現れて、最近は、よく見ています。理工OBさん、HPも見ています。

>HP、命がけでやります
何せ、死んでもこの斗争の記憶と記録は、あの世には持っていけないみたいだからね・・・・
古典的日大斗争が、私共の中で、次第に現代性を持ってきたようです。
当事者=日大現役学生、および抑圧されている教職員に向けて、今後は発信していきます。
「血みどろの三年間」は、現在の日大体制にダブっています。
相も変らぬ、日大体制を、当HPは、告発し続けます。


告発し続けてください。私は古田のことを今後、調べようと思います。疑問点は、質問しますので、ご回答、宜しくお願い致します。


2004年、門松に替えて 投稿者:かささぎ史郎  投稿日: 1月 4日(日)20時11分32秒

やっと現れたか水すまし殿、世上の噂では貴君は年末年始にかけて行方不明との事
海外か、何ものかに追われて・か・・・・
議論は尽きなかったが、生きていたのね---


連帯 投稿者:理工OB  投稿日: 1月 4日(日)08時17分1秒

かつて全共闘運動を担った仲間達が、今かすかだが胎動を始めようとしている気がします。
元理工学部闘争委員会の理工OBです。
仕事のため50を過ぎてWeb作成を習得させられました。
習得すると「これは使える!」とホームページを始めました。
ネットを巡回しても全共闘仲間のサイトは皆無に近いなか、かろうじて「・・・大全共闘」と開設していたのはこのサイトだけでした。
多くない有志だと思うけど「組織だって」運営されているサイトはここだけでした。
勇気付けられ今まで作り続けてきました。
このサイトよりメールで何度も連帯の励ましを頂いております。

かつてバリケードでも、ゲバルトでも最強を誇った日大全共闘が、インターネットでのコミュティーとネットワークの構築でも他を抜きん出ています。
今は小さな流れですが、日大以外の多くの元全共闘の有志が必ずやこの流れに続くと信じています。

インターネットは個と個をつなぐ新しい実験的コミュニティーです。
私は首都圏を遠く離れたローカルから、私個人を発信し続けることで多くの仲間との連帯を求め続けていきます。
私達はこう叫んだはずです。
「「日大全共闘は最後の最後まで闘うぞー、最後の最後まで闘うぞーー、」

http://www1.quolia.com/kt_yamamoto/


お年玉 投稿者:水中のみずすまし  投稿日: 1月 4日(日)05時48分3秒

 新年正月の2日、『(仮称)日大闘争史をつくる会』設立準備会のメンバー、○○君が焼酎「蕪村」1本と、「日大闘争68〜69年のモノクロ写真」50〜60枚を携えて来訪。
 すごい写真。すごいお年玉。
 ヤッホー。

 本準備会は昨年5ヶ月に8回にわたり開催。志を同じくする個人・諸グループの皆さんと大同団結がかない、日大全共闘各学部・大学側等の大量の資料と実体験証言が集り、道筋は見えてきた。本年1月から本格的なデータベース構築作業に着手予定。
 ただし、これからの作業道のりがまた遠い。収集資料があまりに多く多岐にわたるためだ。当HP管理人の意向と同様、命がけ。
 エセ以外の日大全共闘闘士体験諸氏、つまり「あなた」と完成をめざしたいと思っている。

 時が来たらご協力宜しくお願いします。

編集済


謹賀新年申し上げます 投稿者:管理人@なんちゃって  投稿日: 1月 2日(金)02時57分22秒

HP、命がけでやります
何せ、死んでもこの斗争の記憶と記録は、あの世には持っていけないみたいだからね・・・・
古典的日大斗争が、私共の中で、次第に現代性を持ってきたようです。
当事者=日大現役学生、および抑圧されている教職員に向けて、今後は発信していきます。
「血みどろの三年間」は、現在の日大体制にダブっています。
相も変らぬ、日大体制を、当HPは、告発し続けます。


新年(信念の挨拶 投稿者:催涙 三郎  投稿日: 1月 1日(木)03時00分46秒

昨年中は、色々とお世話になりました。
厳しい年でしたが、今年は、もっと厳しいだろうと予想します。
反比例して、このホームページが革新していくことが予測できます。
管理人さん、皆様、よろしくお願いします。


尋ね人 投稿者:旧農闘委 さいとう  投稿日:12月26日(金)22時27分51秒



旧日大医学部闘争委員会。K君、M君、至急連絡ください。又、彼らの連絡先をご存知の方、宜しくお願いいたします。
合言葉:かんがくの、Iさん、Nんさん、HさんのUねいむ。彼女達の出身都道府県。

編集済


この場をお借りして、山本義隆さんへの敬意を込めて 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日:12月25日(木)15時27分17秒

アエラ編集部の伊藤隆太郎氏が「磁力と重力の発見」を書いています。感謝したい。


「世界的水準の業績」

 東大全共闘の元議長、山本義隆(やまもと上したか)氏(62)。東大で博士課程に在籍中に、京都大の湯川秀樹(ゆかわひでき)研究室で素粒子物理学を専攻していた。
「将来のノーベル賞学者」
 とも名指されたほどだ。しかし、政治の季節を走り抜けた山本氏は、静かに大学を去った。いま、都内の予備校で教壇に立つ。
 著書は、学界に衝撃を与えた。
 「世界的な水準に達したオリジナルな業績。学問世界への挑戦であり、日本の知識人層に大きなインパクトを与えうるもの」
 と評するのは、佐々木力(さきさちから)東大教授(科学史)だ。学問への強靱な意志の持続に、敬意を込めてこう語る。
 「大学を離れ、特権を捨てたただの人として、しかしそれでも一人の物理学者・教育者として、山本さんは生きてきた。彼はいまも、68年ごろの闘いを持続している」
 佐々木教授はとりわけ第2巻に、山本氏の強い思いを読みとる。キリスト教会を背景とした大学という権威の外にいながら、透徹した視点で古典力学の形成に寄与したルネサンス期の人々。その記述に情熱を感じるという。
 「若者たちの理科離れも進み、科学は危機のふちにある。この書から、科学や科学史を志す新しい世代が生まれてほしい」

自己否定を重ねて

 出版元のみすず書房の担当編集者によると、山本氏は昨年4月、東京国際ブックフェア会場にふらりと立ち寄り、執筆中の著作があることを明かしたそうだ。7月下旬、原稿の大半が郵送され、
 「最初から、ほとんどが完成原稿と思えた」
 という。図版や文献リスト、詳細な索引など、すべて山本氏自身が作成。今年5月に刊行された。
 高度な内容をもちながら、読みやすく、随所に驚きがある。たちまち、その内容をたたえる書評が数多く出た。8月までに3刷され、各巻5000部。学術的な本としては良好な売れ行きだ。
 かつての仲間であり、全共闘運動を記録した映画『怒りをうたえ』の上映運動をいまも続ける三浦暉(みうらあきら)さん(63)は、
 「その潔さ、運動への責任の取り方、厳しく自己の倫理を貫く姿勢に、敬意を表するしかない」
 上映会は8月にも都内であり、約120人が訪れた。会場の入り口に、全共闘時代の山本氏の著書が平積みされ、ほとんど売り切れた。観客の大半は20〜30代の若者で、全共闘世代はわずか。1人は上映後、こう感想を寄せた。
 「『最後の最後まで闘うぞ』と、共に叫んだ人たちは今、どこにいるのだろう」
 山本氏は、その一つの答えを出している。運動のただ中にいた69年2月、当時の『朝日ジャーナル』にこう手記を寄せていた。
 「ぼくも、自己否定に自己否定を重ねて最後にただの人間──自覚した人間となって、その後あらためてやはり一物理学徒として生きてゆきたいと思う」
 編集部 伊藤隆太郎(いとうりゅうたろう)
(「アエラ」 2003年9月15日


古田は、なぜ 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日:12月25日(木)03時02分58秒

古田会頭は、どういう人物なんですかね。事務部門の職員からのし上がった、えげつない人物を連想しますが、彼のことを調べたことがないせいもありますが、化け物のような人物でしょう、と連想します。本などで紹介されたことがあるんですか。


日大のOBと聞いていますが、田中角栄と同様、今後は、あんな人物はもう出ないのでは無いか、というより、脱税できないでしょう。最近明るみに出た帝京もひどかったが、それ以上ですね。


>使途不明金は20億と公表されていますが、実際は不明でなくても私物化に近い使途がそれ以上あったと


1億円もらった人もいるとか新聞に出ていますね。その金は、一体、何に使ったんでしょうね。普通、考えられるのは、自宅の新築資金や改修資金、あるいは、兄弟や、親類の企業の経営支援資金などが考えられますが、ほかの理事も同様に使い込みしたとしても、そんなに使えるものですかね、理解しがたい。


旧日大医学部闘争委員会。K君、M君、至急連絡ください 投稿者:旧農闘委 さいとう  投稿日:12月24日(水)21時47分2秒

旧日大医学部闘争委員会。K君、M君、至急連絡ください。又、彼らの連絡先をご存知の方、宜しくお願いいたします。
合言葉、かんがくの、Iさん、Nんさん、HさんのUねいむ。彼女達の出身都道府県。

編集済


以上は、新着順81番目から90番目までの記事です。


使途不明金について 投稿者:理工OB  投稿日:12月24日(水)09時38分10秒

学費(授業料を含む全て)が1968年当時で都内の私立大学と比べ安いか高いかは詳しい情報を持ち併せていませんが、多分遅れてきた全共闘さんの言われる安いほうではなかったかと思います。
私を含め地方出の学生は、学費の他に下宿代などの生活費が必要でした。
首都圏の学生ならば、高校の授業料より少し割高な負担でそのまま進学出来ますが、地方の学生は余計な負担が必要でした。
毎月の生活費の仕送りは、当時の大卒の初任給とほぼ同じぐらいだと思います。
当時の全国平均の大学進学率は15%前後です、私の地方ではもっと低かったと思います。
たとえ日大でも、当時大学へ行かせてもらえる者は「恵まれた」は者でした。

私の二人の息子は関西の私立大学へ行き、毎月の仕送りは15万円前後でした。
私は1967年当時15000円の仕送りでしたのでほぼ10倍になっています。
下宿代でいえば私は3000円で3畳間、息子は5万円でオートロック付きの学生マンションと単純比較は出来ませんが、その分世の中豊かになったのでしょうか。

私の言いたかったことは、古田を始めとする日大理事の大学公金の私物化がいかに多額で悪質だったかということです。
使途不明金は20億と公表されていますが、実際は不明でなくても私物化に近い使途がそれ以上あったと聞いています。
物価単純スライドすれば、今の金額で100億円以上です。
庶民の年収が一人100前後の時代に一理事が何億、何十億と大学公金を使途不明で勝手に私物化しており、理事に繋がる大学職員にもながれていた言われています。
1968年6月19日付けの毎日新聞報道を下記のURLに貼っています、参照ください。
当時の日大の大学職員は体育会出身者が多く占めていたのも事実です。(今は知りませんが)
この巨額の資金が古田体制を築き、当時の盟友佐藤首相とのパイプも作っていたのではないかと(個人的に)推測しています。
今の世であれば、古田会頭が謝罪の記者会見を行い、理事は即総退陣です。
大学は経営刷新組織を公開で設置し、分かる改善を進めるのが「常識」です。
彼らは居直り、力で声を封殺し、特権の椅子に居座り続けようとしたのです。

私の友人の子息が日大の理工建築と生物資源学部(農獣医?)に行っていますが、定期的に送ってい来る大学報には経理が公開され、信頼できる格付け会社の評価もAAAの経営状況と言う事です。
友人に「貴方たちが騒いだから、反面教師で日大は経営革新できたのですよ」と皮肉を言われます。

内容に不備がありましたので一度削除し、書き直しています。

http://www1.quolia.com/kt_yamamoto/image/680619.jpg


理工OBさん、学費で、ご存知ですか 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日:12月24日(水)01時08分17秒

>学費が30万と述べてたのは多分私のホームページ「1968年全共闘だった時代」だとおもいますが


●そうです。理工OBさんのHPです。「20歳の原点」は私も読みましたね。民青は、政治的な臭いがする、といった個所。全共闘やノンセクトは、共感したのでは。高野悦子は、美しい。

>昭和42年次の授業料の納付書を計算すると288500円になります。
これには入学金6万円が含まれていますので、正確には228500円という事になります。理工学部ではこれとは別に実験費がいくらか徴収されました。


●うーん、思い出してきた。私の入学当時は授業料で、年間28万円ぐらいではなかったかと。前期・後期で14万円ずつ。正確には忘れました。平均的な経済力の家庭でも、やれたのではないかと思います。早稲田よりは、安かったはず。有力私大では、当時一番安いといわれていた立命館より少し高い程度。はっきり覚えているのは、国立大が、年間36000円。大阪府立大が同じく12000円。日大の学費は、高いほうではなく安い方でしたので、理工OBさんの高いには、おやっ、と思いました。

●現在の都内、有力私大の学費を調べてあります。学費とは、授業料+施設費+実習費+諸雑費、在学中毎年払う額。ある掲示板に私が旺文社・全国大学受験年鑑を調べて書き込んだものですが、日大は最も安いです。ご存知でしたか。

【経済・商学・経営・女子大は文学部系=安い方から】

@日本      76万5000円★★★
A慶大      80万6500円(経済)
B中央      82万6800円
C上智      84万7600円
D早稲田     86万9600円(政経・経済)
E学習院     87万1300円
F成蹊      87万2400円
G専修      87万4000円
H東京経済   87万6600円
I明治      88万 500円
J独協      90万 550円
K立教      90万2500円
L青山学院    90万5000円
M法政      90万7000円
N津田塾     90万7550円(文系)
O神奈川     91万7700円
P明治学院   91万9400円
Q成城      93万5500円
R国学院     94万1400円
S東京理科   97万9000円(経営学部)
21武蔵      98万8900円
22東京女子       100万円(文系)
23聖心女子   103万5000円(文系)
24日本女子   111万3100円(文系)
25東海      125万 200円
26国際基督教大  127万8000円


学費の事で、遅れてきた全共闘世代さんへ 投稿者:理工OB  投稿日:12月23日(火)19時32分37秒

学費が30万と述べてのは多分私のホームページ「1968年全共闘だった時代」だとおもいますが。
当事の(昭和42年次)の授業料の納付書を計算すると288500円になります。
これには入学金6万円が含まれていますので、正確には228500円という事になります。
理工学部ではこれとは別に実験費がいくらか徴収されました。
そういうことで、おおよそで30万円オーバーかかっていますが、厳密に正確な表現は「入学年次に入学金も含めて必要な総額は30万円ほどだった」としなければいけませんでした。
記述があいまいで誤解を与えた事はお詫びします。
当事の入学時の納付書を下記のURLのページに張っていますので参照下さい。
個人史とはいえ正確な情報を記述する事に改めて心しました。

http://www1.quolia.com/kt_yamamoto/jyugyouryo.html


学費でお聞きしますが 投稿者:催涙 三郎  投稿日:12月23日(火)14時55分24秒

遅れてきた全共闘世代殿
●私など、偏差値くそくらえ人間ですよ、私は。
 日大ほど偏差値が似合わない大学はないと感じています。
偏差値は、国家教育の根幹であり、その選別は避けようのない
宿命ですが、ほぼ、これで、日本人の抵抗精神は殺がれたも
当然です。秀吉依頼の快挙ですが。まあ、日本人が、米騒動、
全共闘以上の反乱を示すのはこれからですが。ただ、日大生
のみならず、人間はみな、偏差値には似つかわしくない。
好きなこと、嫌いなことを選択できる余地は残したいですが、
偏差値は、見事、この人間性を押さえ込んだ。全共闘派は
ポン大生というレッテルを剥がして、日大全共闘を名乗った。
この自己解体(自己否定)、日大否定の歴史こそは、日大闘争ですから、
ポン大生という言葉を失うと、日大全共闘の歴史が吹っ飛んじゃう。
死語ではなく、過去の遺産とでも言った方がよいかも。
●勝利は永遠に無いでしょう。敗者の美学があるじゃないですか。
敗者の美学ほど、自虐的な言葉はない。人々は、自らの生活には
権力を寄せ付けない勝者です。もちろん、他人も入る余地はない。
権力もそれだけは守りにつく。それでも、権力は、一部の巣窟です
から、イラク派兵もあれば、私利私欲もある。マスメディアの支配も
あれば、暴力性もある。それとの闘いに立ち上がるほど、人々は
無鉄砲でもない。それは、偶然、勝利するように展開することがある。
人々は酔うけれども、権力がそれ以上だと、また、引き下がる。
この賢さに、私達は、学ばねばならない。
●我々のころは、暴力体育会系学生は、ごく少数いましたが、
アウシュビッツは全共闘の遺産でもあり、日大が近代化するためには避
けようのない、道程ですが、日大のみならず、全ての大学がこの道を
歩みました。古田といい、日大全共闘といい、まさに先進性があるとい
えますが。このホームページ仲間が、ようやく、当時の状況再現、
現在に至る全体像を描きつつあります。ジャーナリズムでない自らの
感覚で、自らの歴史は自らが書くという姿勢です。また、ジャーナリ
ズムの歴史が、余りに、歴史を歪曲しているからです。ということで、
K,S.Rさんの話、管理人さんに教えてください。中村君虐殺の紐解き
も大変です。アウシュビッツ文理の状況も、徐々にはわかってきてい
ますが、詳しくは知られていません。
●私は、マンモスでも、何でも構わないと思っているほうで、勉強す
大学は1万人以上だと採算ポイントです。そこに導く経営努力が常識です
が、これらの経営感覚は古田が導いたことです。それでも、日大、早稲田、
などなど、この路線をさらに上回る巨大大学ビジネスを築いておりますが、
これが門戸開放だとよいのですが、これが教育ビジネスを生み、生涯教育費
に比例して、人生が決まる錯覚を与えています。これは偏差値の裏の支え
です。
●国家権力と、対峙していたという自負は分かります。
浅間山荘、赤軍事件などなど、全共闘派の恥部です。日大全共闘がこうした
内ゲバ否定で、戦っていたのは、誇りです。国家権力と闘うことが目的ではなく、
闘わざるを得なかったので、闘った。それは大学、教育への信念を持ったからです。
●ところで、全史にある、学費は、日本のサラリーマンの平均年収が年間=
 100万円に時代に、30万円は、事実ですか。
嘘だと思いますが、追跡しておきます。
当時はバブル化に沿って、給料も授業料も、年々、上がって言ったので、
相当、綿密に計算しないと駄目ですが、ほぼ、給料の数か月分が授業料です。
当初、数万円が日大教職員の給料ですから、その数倍が授業料。
問題は、近代化以前ですら、その他の実入りを古田は考えた。まず、裏口入学、
当時でも最低50万円ですから、もちろん、成績次第で、倍増値上げされる。
それで、倍以上の入学者がいますので、馬鹿にならない額です。その他、
受験料、施設費など馬鹿になりませ。
それでも、この金が日大近代化に使われたのです。そうでない大学は近代化
に遅れた。その後のアウシュビッツ等の展開を含め、全ての大学が、日大
の真似をしたのですが、一番、真似をしているのが、国家です。彼らは、
大学ビジネスを定着させて、今、国立大学を私学化させましたが、教育
ビジネスを発達させて、生涯教育費として、人の人生を箍にはめました。
大学、官僚はその頂点ですので、生涯教育費に比例して、形成されて
いるはずです。授業料だけの比較の時代は終わっています。


催涙三郎さん、学費でお聞きしますが 投稿者:遅れてきた全共闘世代  投稿日:12月23日(火)03時10分42秒

>●河合塾などの入試偏差値などでも―――ここも誤解です。偏差値教育に叛旗を翻したのが日大全共闘です。見事、偏差値教育を粉砕したのが日大全共闘であり、東大全共闘という党派軍団という仮面を剥がしたのも、日大全共闘、それほど、誇り高き行動は他にありません。

●私など、偏差値くそくらえ人間ですよ、私は。日大ほど偏差値が似合わない大学はないと感じています。

ただ、「ポン大」って言葉が書き込まれたので、その言葉の、空疎さ、ナンセンスさを指摘するため、取り上げたもので、あの言葉は、「死語」と思っており、使うことはありません。もし、全共闘の方が、そういう言葉を使うようなら残念で、まあ、それを言われたところで、「それが何なの?」ってなところでしょうが。


>日大全共闘が目指したものは真の大学、真の教育、古田が目指した、早稲田化や、慶応化、東大化ではなかったのですよ。この追及に、国家も、大学も恐れたがために、渾身をこめて反撃してきた。それが、あのアウシュビッツです。古田時代はアウシュビッツは存在しない。日大全共闘の敗北後、アウシュビッツが実現した。それに麻痺した姿が、今の大学近代化の姿。ポン大生時代の方が、人間と人間との衝突の中で、確かに、目指すものを見つけていった。それは、三里塚でも、イラク問題でも、悩みつつ、我々の勝利が見えないから悩んでいるのです。

●勝利は永遠に無いでしょう。敗者の美学があるじゃないですか。敗れたところに、希望があるんじゃないですか。ジャーナリズムと似ています。いつの時代も、権力に敗れたことが多かったが、勝つとすれば、僥倖というほかありませんよ。

●我々のころは、暴力体育会系学生は、ごく少数いましたが、目立って暴食沙汰を起こしてはいませんでしたね。学生課に、Kという札付きの暴力職員がいましたが(いまもいるらしい(笑))、一度、私も、サークル室の配置問題で、殴られそうになりましたが。

中村君の虐殺は、入学する前の事件でした。S・Rさんに、聞いて知りましたね。アウシュビッツ、という言葉も分かりますが、68年のように、殴られる状況ではなかった。2年生のとき、校門で、学生証提示=検問=がはじまりましたが、抗い難い状況で、どうしようもなかったですね。


>昔も、マンモス大学に変わりません。今も、昔も古田が大学教育をビジ
ネス変えたように、今も日大を含む全ての大学は、古田が先見的に引いた路線
ですよ。国立大がこの路線にのって、私大化していく姿が今ですよ。どうして、
この流れを止めれなかったのか。あの弾圧で、この変化を成し遂げた彼らを
粉砕できなかったのか、それが現在の悩みですよ。

●私は、マンモスでも、何でも構わないと思っているほうで、勉強するのは自分次第だし、外的環境ではないと、信じています。ゼミに、60人もいるから、勉強ができないとは思わないんですね。第一ポントは、授業料ではないかと、当時は考えていましたね。
                                        ●国家権力と、対峙していたという自負は分かります。古田会頭のおかげで対峙していたと自覚させられた。敬服します。遅れてきた全共闘世代は、そこまでの気概、迫力は、社会状況では無かったし、持てなかった。だって、浅間山荘事件のあと入学ですよ。全共闘運動は、急速に劣化していった。


●ところで、全史にある、学費は、日本のサラリーマンの平均年収が年間=100万円に時代に、30万円は、事実ですか。我々のときは、文理で昭和48年当時、確か、28万円だったはずで、とると、ずっと値上げせずにきたのかな。催涙さんのときは、そんなに高かったのですか。


学部ヘルメットは 投稿者:理工OB  投稿日:12月22日(月)19時26分1秒

日大全共闘の学部のヘルメットについて、私の憶えてる範囲では法学部は白、経済はライトブルー、文理は銀、理工は白に赤のモヒカン、歯学部は白に赤のライン(革マルのに似たやつ)、農獣医は赤、芸術も赤だったと思う、商学部、生産工学部、工学部、医学部は憶えていない、日大って当事の学部はこれくらいだったかどうかそれも定かでない。
学部ではないが黒ヘルを被っている奴も結構いたような。
赤に白のモヒカンもあったような記憶がある(同じものはML派のメットだが)、詳しく覚えている方がいたらフォロー願います。


理工OBさん 投稿者:ケロちゃん  投稿日:12月22日(月)14時03分45秒

失礼しました。経闘委卒なので,つい…
全共闘のヘルって何色あったの?
誰か教えて。


誇り高き全共闘 投稿者:催涙 三郎  投稿日:12月20日(土)18時35分57秒

水闘委行動隊殿
誇り高き日大全共闘が、今の日大を作り上げた?。
それにしても、見事に全共闘を意識しての変身したものよ。
喜ぶべきか、悲しむえきか。古田亡き後のこの変身、一度古田に聞いてみたい。
古田は、学生を犠牲にしての近代大学教育を作り上げようとした。
その意思は表面上、達成された様に見える。
しかし、古田が、学生を収奪して蓄積した日大遺産はどこに消えたのか。
それが、現在の近代化に使われていたのであるとすれば、
ポン大といわれて、苦しみぬいた学生、立ち上がった学生の意思は、
今なお、実現できたのか、実現できなかったのか。
私達は、いまなお、この回答を求めている。
遅れてきた全共闘世代殿
名前が変わったので、はじめまして。
●この掲示板とは、しばらくお付き合いしたいので
 そういわずに、死ぬまで付き合ってください。
 私達はそうした仲間です。
●「神」では無くとも「星」には違いない。
 全共闘世代が、熱く叫んだりしている声を聞くのは、楽しいものです。
 遅れてきた全共闘世代が、叫んでも実態が伴わないので、迫力が違います。
それは嘘でしょう。昔の幻想でしゃべるのはよしましょう。今の現実の中で
叫びたいものです。でも、実に重い。叫べと言われる筋合いもないし、でも
叫びたい気持ちは、誰よりも強いと自負する。
●マンモス大学の象徴・日大を、表わす蔑称、というのが、私の理解ですが。
 いいでしょうか。当時の在学生は10万人ですかね。我々のころは、78
 000人だった。入学以来、私は、これまでポン大などと、言われたことは
 ありませんし、そう呼ぶ人は、いまもいるんですかね。時代錯誤も甚だしい
 のでは。
ここも、絶対おかしい。
今も、昔も、マンモス大学に変わりません。今も、昔も古田が大学教育をビジ
ネス変えたように、今も日大を含む全ての大学は、古田が先見的に引いた路線
ですよ。国立大がこの路線にのって、私大化していく姿が今ですよ。どうして、
この流れを止めれなかったのか。あの弾圧で、この変化を成し遂げた彼らを
粉砕できなかったのか、それが現在の悩みですよ。
●マンモス度を見るなら、
誰もマンモス度は言っていないのですが。何か勘違いがあるようです。
大学の近代化は進みます。水平かも進めます。それでも、教員の質が
落ち、学生の質が落ち、設備の質が落ち、免許だけの大学では、日大
全共闘が目指した大学はどこに行ったのでしょうか。大学は最大効率
を求めます。古田のように、日本を変えるなど豪語する大学経営者は
いなかった。彼は学生を犠牲にしてそれをなそうとした。学生はそれに
抵抗した。抵抗できた。抵抗せざるを得なかった。古田も燃えた。学生
燃えた。天王山で、学生は勝利した。しかし、古田は、自ら国家に
懺悔して、地に落ちた。学生は懺悔をしていない。負けたが、あの闘いを
今も誇りに思う。
●河合塾などの入試偏差値などでも、
ここも誤解です。偏差値教育に叛旗を翻したのが日大全共闘です。
見事、偏差値教育を粉砕したのが日大全共闘であり、東大全共闘という
党派軍団という仮面を剥がしたのも、日大全共闘、それほど、誇り高き
行動は他にありません。日大全共闘が目指したものは真の大学、真の教育、
古田が目指した、早稲田化や、慶応化、東大化ではなかったのですよ。
この追求に、国家も、大学も恐れたがために、渾身をこめて反撃してきた。
それが、あのアウシュビッツです。古田時代はアウシュビッツは存在しない。
日大全共闘の敗北後、アウシュビッツが実現した。それに麻痺した姿が、
今の大学近代化の姿。ポン大生時代の方が、人間と人間との衝突の中で、
確かに、目指すものを見つけていった。それは、三里塚でも、イラク問題でも、
悩みつつ、我々の勝利が見えないから悩んでいるのです。
●はったりもあったでしょうが、当時の熱い、話が聞けたし、
 身が引き締まったものですよ。
人は、言葉で動くものでないと思います。少なくとも、全共闘は言葉では
踊らず、現実の緊張感の中で、叫び、それが言葉となり、自分もびっくりする
ような言葉を創造していた。それは東大生よりも、誰よりも素晴らしい言葉を
残していった。今では、その言葉の現実性が遠のいて、寂しい。けれど、
今度、立つ時には、状況も違うので違った言葉を発するでしょう。それなら、
行動力のある若者は、もっと素晴らしい言葉を準備しているかもしれない。
そういう時代に、再度生きて見たいとみんな思っているでしょう。

編集済


(無題) 投稿者:ケロちゃん  投稿日:12月20日(土)04時08分8秒

ちなみにケロチャン、N大全共闘卒よ。


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