「新ゴーマニズム宣言」へのコメント

新ゴーマニズム宣言についての私のコメントです。

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最近(1999年1月現在)私が気になって仕方がないのは「東大一直線」というマンガで有名になった小林よしのりさんの言動です。「戦争論」という大東亜戦争肯定というより賛美に近い、私には恐ろしい本で物議を醸しています。この本は「新ゴーマニズム宣言」という小学館発行の"SAPIO"という雑誌に連載されているコラムの別冊として、戦争という独立したテーマで書かれています。この「戦争論」は別のセクションで徹底的に批判いたしますが、ここでは彼のコラム、「新ゴーマニズム宣言」について私の意見を述べたいと考えています。また、批判ばかりでなく評価するときはきちんと評価したいと考えています。

また、昨年(1999年)後半に小林よしのりさんの師匠筋にあたる(?)西尾幹二さんが「国民の歴史」なる分厚い本を上梓しましたが、売れているのだろうかちょっと気になるところです。

*ここ最近は「新ゴーマニズム宣言」を読んでいませんので、私の手許にある「SAPIO、1998年11月11日号」から「SAPIO、1998年12月9日号」までの掲載分についてのコメントです。また、2000年以降の加筆訂正分については、栗色で書込みます。


第81章 「謝罪外交に『雑音』ここにあり」(SAPIO、1998年11月11日号)

P86>
江戸時代は200年以上にわたって 戦乱のない世界史上では ミラクル・ピースと言われる 平和な時代だった 日本人は平和を志向する 民族だったのである

「日本人は平和を志向する民族だった」と断定されるのは大きな間違いで、平和の時代とご指摘の江戸時代の直前には、応任の大乱から始まり織田信長の登場で終息に向かう戦国時代があったわけであり、明治時代には朝鮮を侵略し、清国や帝政ロシアと植民地支配の覇権を争い戦争しています。また、昭和の時代には1931年(昭和6年)には満州事変を起こし傀儡政権である満州国を建国し本格的な中国侵略を開始し、1945年(昭和20年)、中国、アメリカ合衆国をはじめとする連合国側に敗れるまで国力のつづくかぎり戦争をし続けたという、好戦的な民族と断定されかねない歴史をもっています。

ただ、侵略のために海外遠征したのは、豊臣秀吉による明征服を目指した唐御陣(実際には朝鮮征服も果せず頓挫)と第二次世界大戦での朝鮮併合と中国侵略の二つがおもなもので、あとは古代に一度朝鮮に遠征をしていますが、内戦が中心です。
#近現代に至るまで中国の力が強大で海外遠征をしたくてもできなかったというのが事実かもしれません。
それでは、近現代に至るまで超大国であった中国が、何故鎌倉時代後期の元の襲来をのぞき侵略してこなかったのかという疑問が残ります。その辺を今後の日中関係をどうすすめるのか考える意味でも見直す必要があるとおもいます。

P86>
日本は白人の植民地になるか それとも白人と肩を並べる 近代国家に生まれ変わるかという 二者択一を迫れらた この時代に他の選択肢はない。

まさにそのとおりで、これには異論がありませんが、白人たちと同じ事(侵略行為)をする必要はなかったはずです。

P87>
朝鮮が他国の植民地に なったら そこからほとんど 隣接しているに等しい 日本はもはや 守る手立てがない

これが日本による朝鮮侵略の口実であり、朝鮮併合を国防のためと言いくるめる論拠です。

私は負け戦ではあったが、15年間も中国を侵略つづけることができ、アメリカ合衆国と約4年間にもわたり戦争をつづけることができた日本の軍事力は、その当時でも端倪すべからざるものがすでにあり日清、日露の戦争に勝利したことからも、強敵ロシアが日本を攻めてきても日本独自で撃退することは可能だったと考えます。つまり、朝鮮を植民地化しなくても日本を守るために十分な自衛力はもっていました。

P87>
この時日本が望んだのは あくまで朝鮮の独立であり これを日本の植民地に しようなどということは 全く考えていなかった のである
*日清戦争直後についての小林よしのりさんのコメントです。

1895年、日本は日清戦争に勝利しますが、同じ年に李氏朝鮮の皇后、閔妃(ミンビ)を日本軍は殺害します。これでも「日本は朝鮮を植民地にするつもりはなかった」と小林さんは強弁できるのでしょうか。

P92>
韓国は日本に 近代化してくれて ありがとうと 言わなければ ならない

日本は韓国に 大東亜戦争を 共に戦ってくれて ありがとうと いわなければ ならない

従って韓国・台湾人で かつて日本のために 戦ってくれた兵隊たち には軍人恩給を 払うべきである!

いろいろ問題はあるにせよ、朝鮮併合時代の産業施策が戦後韓国の近代化に役立ったのは一面事実です。これは「日本による朝鮮支配の40年」の著者、姜在彦さんも前述の本で書かれていますが、「ありがとうと言わねばならない」は暴言でしょう。

朝鮮併合時代の産業施策はあくまで日本のため、日本の資本家のための産業施策だったのを見逃してはいけません。朝鮮のためという視野はありませんでした。戦後、日本の資本が引き上げたあと結果的に韓国の近代化に役立っただけです。(戦時中は、日本にとって役にたったとはいえ朝鮮にとってメリットはほとんどありませんでした)

それに、朝鮮語の抹殺、創氏改名などの皇民化政策や神社参拝の強要など、朝鮮人にとって屈辱的な政策を断行した日本に<ありがとう>を言う必要はこれっぽちもなく、もしそう言ったのなら、かえって自虐的外交と韓国政府は国民から指弾されるでしょう。

軍人恩給については小林さんとは別の意味で支払うべきとおもっています。

朝鮮人、台湾人は日本のために喜んで大東亜戦争を戦ったわけではありません。


第82章 「パブリック・ヨシリンの映画評」(SAPIO、1998年11月11日号)

この章は映画「プライベート・ライアン」の映画評なので、映画見ていない私には映画自体は評価できません。

P80>
見知らぬ土地で 愛する者に みとられることも なく 人格を 尊重される こともなく 死んでいった 兵士には やはり国全体が その死に感謝し その死を尊び “神になる”という 物語をもって その死に報いなければ ならないと痛感したな・・・

国のために死んでいった兵士達には当然国および国民全体がその死に感謝し、その死を尊ばなければなりません。ただ、「神になる」必要はなく、ましてや、もし私が将来起こった戦争で戦死しても、日本国民を侵略戦争に駆り立てた戦前の悪しき国家神道の中心ともゆうべき靖国神社に神として祭られるのだけは御免です。日本国総理大臣から感謝状のひとつでもいただければ充分です。
注:国家神道とは明治政府が明治維新後日本国を統治するにあたり、日本国は天皇を中心とする神民の国であるという皇国史観を国民に広め徹底させるため、天皇は現人神であるという戦後否定された間違った観念のもと、明治時代初めに古来の伝統的な神道を国家の宗教として改編したものです。その精神的支柱が靖国神社です。このため、信教の自由が大幅に制限されました。

P83>
戦争 こわい いやだ なくなれ

そんなプライベートな反応に終始する 「反国家バカサヨク」は この映画に我が意を 得たりと反応するだろうが その見方はきっと一面的であるにすぎない

多分私は著者に言わせると「反国家(?)馬鹿左翼」なのでしょうが、戦争 こわい いやだ なくなれ、とは単純には考えていません。有事立法を含め、きちんと、日本の防衛計画を定めるべきと考えています。戦争はたしかに恐いし嫌です。しかし、だからといって「なくなれ」と単純にお題目を唱えようとはおもっていません。

ただ、著者のように大東亜戦争の何たるかをよく考えず、いや実際にはその本質を知りながら、つまり日本による大規模な侵略戦争だったという事実を意図的に無視して、彼の著書、「戦争論」では、(1) ただ単に欧米列強は人種差別的侵略者だと決め付け、(2) 相手国の領土に侵略者として攻め込んだのは我々日本人なのに、中国人はゲリラ戦という許されない方法で戦争をやったと話をすり替え、(3) あのような残虐行為の伝統は日本にはなく中国にしかないものだと有力な資料も根拠も提示しないで断定しています。それに督戦隊という敗走する自国兵を銃撃する中国兵のシーンまで「戦争論」では描いています。そこまで書くのなら出典を明示する必要があります。

つまり、欧米列強や中国は完全な悪魔で、日本は天使のような軍隊であったと一方的に印象づけられるように描いています。天使のような軍隊が何故中国で細菌の人体実験をしたのですか。何故朝鮮の皇后、閔妃(ミンビ)を惨殺したのですか。何故アジア各地で虐殺行為を繰り返したのですか。(これはあなたの否定する南京の虐殺と違い、誰もが認める事実です)

説明してほしい>小林よしのりさん

そんなひとに、

P83>
戦争が単なる 人殺しで ないのは そこに 「公的な意識」が 充満している からである

と、最後に決め文句で書かれても戦争というものを弄ばれているようで気持ちのいいものではありません。公的な意識が充満していれば人殺しをしてもいいのでしょうか。真の意味での自存自衛の戦争をのぞき戦争をする意味はまったくないと私は考えています。

また、あなたのように大東亜戦争を肯定・賛美している人と国防について論議しても、軍国主義が再度復活しそうで恐いものを感じます。


第83章 「朝ナマ史上初!大東亜戦争肯定派の勝ち」(SAPIO、1998年12月9日号)

P71>
この本(著者注:戦争論)を 翻訳して 外国に 見せて 見ろ!

という反対派の主張に対して小林よしのりさんは

もしわしが初めから 外国向けに描くなら 中国向け 韓国向け アメリカ向けと 各国の日本観に 合わせて戦略的に 描くだろう 当り前ではないか!

と書かれているが、これは各国向けに自分の主義主張をカメレオンのように変えて、いくつもの顔を持つつもりでしょうか。(彼のことだからまさかそういうことはないだろうけど) 自国で発行した本に自信が持てなくてどうするのでしょう。国内で発売したものの翻訳版に朝鮮語、中国語と英語の注釈本(韓国と中国の反日教育の実態を彼なりの論理で暴くものでもよい)を付録につければいいではないか、と私はおもいます。

また小林よしのりさんは読者、野平貴志さんコメントを借りて

そもそも中国や韓国といった反日教育で洗脳されている国民が「戦争論」をマトモに読むわけないでしょう。

と書いているが、その小林よしのりさんのグループ、「新しい歴史教科書をつくる会」の運動そのものが国家主義的洗脳教育の推進なのだから困ってしまいます。

また、韓国の教科書(日本語版)を立ち読みしたことがありますが、それほど日本の悪を誇張しているといった印象はありませんでした。ただ、中国に関しては私は別の意見を持っています。南京事件についての公式見解など誇張が過ぎる面があります。

「先生に言いつけるぞ」式に 「外国に言いつけるぞ」と 言っちゃった瞬間もう 敗北宣言したも同然だ

小林さんは外圧がほんとうに恐いようですね。自信があるのなら外国での評価など気にしないはずです。きっと日本のなかだけで通じる論理しかおもちでないのでしょう。

また、この回の「朝ナマ」は45.8%対38.1%で大東亜戦争肯定派が勝ったとのことですが、きちんとした歴史認識が浸透しないというほんとうに恐ろしい時代になってきました。


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