
「日の丸」配給を唱えていた朝日新聞
以下の記述は、「正論」(平成12年6月号)に掲載された、片岡正巳氏の論考に拠っています。
昭和24年、マッカーサーは「国旗」の無制限の使用と掲揚を解禁しました。その年の1月3日付けの天声人語にはこうあります。
正月のお年玉として、國旗の掲揚が無制限に自由になったことは、やはり楽しいことである。正月の町や村に門松が立ち晴着姿の羽根つきの風景があっても、門毎に日の丸の旗のひるがえっていないのは、画龍点睛を欠くの観があった。
この数年間は、國旗のない日本であった。國旗を掲げるのにその都度一々許可を得るのでは気.のすすまないのは偽りのない國民感情である。講和条約の締結までは、自由に國旗を立てられる日は来ないものと実はあきらめていた。
しかし今、日本経済自立への旗印として、マ元帥は日の丸の旗を完全にわれわれの手に返還してくれたのだ。忘れられていたこの旗の下に、われらは耐乏の首途をし、再建と自立への出発をするのである。さて國旗は自由を得たが、國民の手に國旗はない。戦災で國旗を失った家々は、立てようにも國旗がなく、この喜びを分つこともできないのだ。
マ元帥は國旗の自由をはなむけした。政府は國旗の現物を配給すべきである。筆者:荒垣秀雄
国旗・国歌法制定に反対し、学校の卒業式、入学式での日の丸掲揚、君が代斉唱は「内心の自由」を侵害する「強制」だと非難する現在の朝日新聞は、よくよくこの言葉をかみしめるべきです。