ウォーラーステインの世界システム論
イマニュエル・ウォーラーステイン(Immanuel Wallerstein 1930− )は60年代にラテン・アメリカで登場した従属論を土台に、F・ブローデルを中心とした歴史学的研究を通じて世界システム論を構築した。ウォーラーステインの専門は社会学ではあるが、その理論の幅広い射程は、歴史学、政治学、経済学などにまたがっている。後に述べるが、現在の社会科学の学問的分化は19世紀に生じたものであり、総合的な社会科学の必要性を彼自身強く訴え続けてきた。
マルクスに加えアナール歴史学のフェルナン・ブローデルに強い影響を受けたウォーラーステインは、主著『近代世界システム第一巻』を出版した後、ニューヨーク州立大学の教授というポストに加え、自らフェルナン・ブローデル記念研究所を立ち上げ、同研究所の所長も務めている。
ウォーラーステインの理論は、著者流の分け方ではあるが、大きく三つの局面に分けて考えることができる。一つが、歴史的実証を通じた「近代世界システム」の理論である。近代世界システムは、15世紀に誕生した歴史上唯一の資本主義世界経済であり、外界を次々に飲み込みながら、現在では世界全土を範疇に収めたのであるが、内部構造として「中核」、「周辺」、「半周辺」という三つの地理的な構造をもつ。資本蓄積は「中核」に集中し、その不等価交換の結果「周辺」部はきわめて強い搾取の圧力を受ける。この三層構造は歴史的に時折変更させることもあるが、基本的には構造を維持するようにシステムは機能する。
第二の局面が、その理論を土台として展開されたイデオロギー論である。そこでは、世界システムの矛盾を隠蔽する機能を果していたといわる、「制度としての人種差別」が出現するメカニズムや、発展主義を共通した根幹にもつ自由主義や社会主義の問題が検討される。これを著者なりの呼び方として「装置としてのイデオロギー論」と呼ぼう。
そして第三の局面では、以上の議論を前提に、現在危機に陥ったとされる世界システムの中で、我々はどのようにこの危機を乗り越えられるのか、という現代に焦点を合わせた議論がなされる。冷戦のただなかであった70年代に展開された彼の議論では、20世紀の社会革命が本当の意味での社会革命をなし得なかったとして、危機の克服のために資本主義世界経済という現行の世界システムを本当の意味での社会主義のシステムへと移行させる必要性があると述べられている。
70年代に登場したウォーラーステインの理論の新しさ新しさはその歴史観だけでなく、そもそも分析単位にあった。当時の社会は冷戦のただ中であり、分析単位は基本的に国家であった。現在では双方とも否定されてはいるが、当時自由主義側ではロストウ的な国家を単位とした経済発展論の考え方が主流であり、社会主義側では同じように国家中心的な史的唯物論の理論が展開されていた。これに対してウォーラーステインは、国家はシステムの内部でシステムによるインター・ステイト・システムの制約を常に受けており、分析単位をシステムにおく必要性を強調したのである。例えば、ラテン・アメリカのある低開発国は、経済発展の特定の段階にいるからでも、封建制から資本主義における特定の段階にいるからでもなく、世界システムの内部で「周辺」として機能しているため、低開発国なのである。
その一方、ウォーラーステインの理論に一貫して述べられていることは、システムの基本的な原理である。ここでは大雑把に述べるに留まるが、それは資本蓄積を極大化する事が常に第一の目的としてシステムが機能することである。資本家は自己の利益を極大化する方向に動き、そこには資本家同士の激しい競争が成立する。資本家が追求するのは、あくまで短期的な利益である。その短期的な利益のために、資本家はもともと国境を越えて活動を行い、国家機構やイデオロギーを時には道具として利用するのである。つまり、「政治とは、ラフな言い方をすれば、権力関係を自己の利益に繋がる方向に変えようとする行為であり、・・・史的システムとしての資本主義の構造から言って、政治を動かす最も行こうなテコは国家機構であった(*1)」のである。
彼の議論では、以上の点が理論の中核にある。つまり、この原理によって国民国家の成立過程、戦争、革命、など歴史的事実を説明するほか、理不尽な人種差別のイデオロギーが成立した理由、地理的な不平等の固定化と拡大などを説明しようと試みるわけである。
米国のユニラテラリズムとグローバリゼーションの問題が深刻化している現代、彼の議論が再度注目を集めている理由がここにある。現代社会において上記のシステムの原理は、多国籍企業による短期的な利益の獲得競争となって現れる。しかも、上記のように固定化され拡大する一方である地理的な不平等を説明する理論としてウォーラーステインの理論は有効である。さらに現在進行するアンチ・グローバリゼーションの運動は、ウォーラーステインの議論に即して述べるならば、システムの危機に対して、史的システムとしての資本主義そのものに対する挑戦という意味で反システム運動となるだろう。ウォーラーステインの初期の理論的包括であった『資本主義世界経済』及び『史的システムとしての資本主義』が出版されてから20年余りを経た現在、日本の学界において彼の評価は割れているらしいが(*2)、これまで述べてきたことにより、著者はウォーラーステインの議論はけして説得力を失っていないと考えている。
それでは、ウォーラーステインの議論を詳しく見ていこう。ここでは、先のように彼の議論を@「近代世界システム」の理論、A「装置としてのイデオロギー理論」、B世界システムの危機と克服、反システム運動の理論という、三つの局面に分けてみていきたい。
(「近代世界システム」と「資本主義世界経済」、「史的システムとしての資本主義」は完全に同一のものを指している。ここではこの用語を便宜上「資本主義世界経済」で統一することにする。)
*1 (HCp59)
*2 『世界システムを読む』状況出版 2000
[引用文献の略号:すべてウォーラーステイン著]
MW1・2=『近代世界システムT・U』岩浪現代選書1981
CW1・2=『資本主義世界経済T・U』名古屋大学出版会1987
HC=『史的システムとしての資本主義(新版)』1997