自衛隊のイラク派兵反対!


イラク開戦1周年 国際反戦デー旭川集会に850名の息吹
(2004年4月8日UP)

 米英軍によるイラク戦争が開始されてちょうど1年の3月20日、世界各地でイラク戦争反対・占領軍の撤退を求める国際反戦デーがとりくまれ、数百万人が参加しました。

 旭川では旭川平和委員会も加わる実行委員会主催の「3・20国際反戦デー全道集会in旭川」が開催され、市内と空知北部、上川などから850名が参加しました。この他には、憲法3団体などのピースアクションに150名。平和フォーラムが18日に行なった集会とデモに400名などの動きがありました。

 この日、午前11時33分の開戦時間に全国一斉に音を出そうと提起があり、旭川では合唱団ペニウンクルのみなさんの協力を得て、有志による平和のうたごえミニ集会が行なわれました。

 集会に先立って、旭川平和委員会青年部と民主青年同盟旭川ブロックが共同で準備した200個の風船をリリース(天然ゴムで自然に戻ります)。集会に華を添えました。集会では最初に湯川界・安保破棄実行委員会事務局長が経過報告。各地からの報告では、日米合同積雪寒冷地訓練反対集会に取りくんだ滝川、自衛隊の街で数百名の派兵反対集会を成功させた名寄からも発言。旭川では真下紀子・共産党道議、旭川平和委員会青年部から報告を行ないました。
【写真解説】上から順に・・・
最上段左右:「広島のある国で」などを合唱する「ペニウンクル」のメンバーと参加者。
2段目左右:リリースされた風船。青空に映えました。
3段目左:集会参加者(中心部のみ)。全体像は広角レンズでないと撮れない。
3段目右:報告する旭川平和委員会青年部のメンバー。
最下段左右:デモ行進。

「旭川で市民が推進」と宣伝される「黄色いハンカチ」
(2004年3月8日UP)

 映画「幸せの黄色いハンカチ」の山田洋次さんが「憲法問題が隠される」と心配の声をあげた「黄色いハンカチ」運動。当会HPでも各方面の方々から書き込みがされています。なかには「反黄色いハンカチ=無事を祈らない人」などの書き込みも。「ああ、やはり」「強制はレッテル張りから生まれる」と残念な思いを強めています。

 これは同時に派兵反対を訴える人にも一言。単に「黄色いハンカチ掲揚」=戦争推進では無いのです。善意で掲げる、利用されていることも知らずに掲げる市民の「自衛官よ無事で」の声は大事にしなくてはならないと思います。だからこそ、私たちが危惧している最大の相手は、この善意につけこみ、「すでに決まったことだから祈ろう」「政府から命令が出たんだから」と派兵固定化する自民党・日本会議・右翼諸派・商工会議所などなどの戦争推進勢力です。そのあたりをきちっと線引きした対応が必要ではないでしょうか。

 当HPではその辺に配慮した記述をしています。しかしながら、日本各地では戦争推進勢力による「黄色いハンカチ推進」=派兵固定化狙う動きが、旭川の「黄色いハンカチ運動」を利用した策動が始まっています。以下は香川県議会議員・白川よう子さんから提供いただいた「趣意書」のコピーです。
 3月8日現在、北海道新聞では「黄色いハンカチ考」と題した連載が2回目をむかえています。各地で「黄色いハンカチ運動」がどのように受け止められ、「利用」されているか。よくわかる報道で、考えさせられます。

 左の写真のように、県議会の議員連盟が趣意書を作成し配布することにより、社会的に及ぼす影響は大きいですし、文中には「旭川市民有志は・・・」と旭川の「黄色いハンカチ運動」が香川での推進の根拠として挙げられています。

 こういう「圧力」ともとられかねない動きが、例えば地方議会での「黄色いハンカチ推進意見書」「決議」などの形で採択されることがあれば、これこそ議会多数による「黄色いハンカチ押し付け」になってしまうわけで、そういう事態が起こらないことを切に願うものです。

市民の善意を「派兵固定化」に結びつける「黄色いハンカチ」
(2004年2月9日UP)

 旭川市内の「黄色いハンカチ運動」については、市内ロータリーへの掲揚など商工会議所の動きを「軍事情報」ページで報告しました。その後の市内の状況を数回に分けてお知らせします。

 市内をみわたしたところ、個人宅で「ハンカチ」を掲げているのは一部で、(1)商工会議所会員企業が普及目的で積極的に掲げている、(2)駐屯地付近の飲食業が営業上掲げている、(3)市役所・支援チームが配布している、などの状況が見られます。

 以下にご紹介します。繰り返しますが、「派遣隊員の無事帰還」は私たちも願いは同じです。善意でハンカチを掲げる方々の思いは尊重したいと思います。問題は「組織」を使い、「賛否を問わず」の掛け声のもと黄色一緒に染めようとする姿勢であり、市役所などの公的組織がそれに便乗している点と考えます。

 劣化ウランによる被爆の危険性を考えれば、「無事帰還」させるためには「そもそも派兵させない」「ただちに撤兵する」ことこそ必要です。「黄色いハンカチ運動」は、そのことを曖昧にするのです。
【写真左】は旭川市大町にあるトヨタの販売店。
【写真右】陸上自衛隊旭川駐屯地北門向かいのタクシー会社「すずらん交通」。営業上仕方ないのでしょうが、ここのハンカチは「日の丸」と交互につるされています。
【写真左】駐屯地近く、戦前の戦死者を祀っている北海道護国神社向かいの飲食街。スナックや居酒屋が軒を並べていますが、自衛官の客が多いとの事で、やはり「ハンカチ・ロード」になっていました。
【写真右】ハンカチの向こうに見える林は北海道護国神社の敷地。神社の絵馬には「イラクから無事帰還しますように」と痛切な叫びが・・・!
【写真左】この運動を提唱した「黄色いハンカチ有志の会」代表・六車氏が会長を務め、子息が社長のスーパーチェーン。グループは「ふじ」「BESTプライス」「ウエスタン」の3チェーンを抱える市内でも屈指の流通業者。
【写真右】上の写真の「BESTプライス・六合店」(旭川市末広)の店内・サービスカウンターに置かれていたのが右のハンカチ。説明文を見れば「自衛隊」「イラク」の文字は一つもない。複雑な気持ちでシャッターを押しました。もちろん店員は全員がネームプレートに折ったハンカチをはさんでいます。
【写真左】護国神社前で撮影したハンカチは、きちっとした旗状になっていて、「これはどこかが商売として売っているな」と思ったら、売ってました。「旗店」ですから当然ですが。すこしでも中小業者の営業利益増になることは良いですが、これも複雑な思いですね。

有事立法反対旭川連絡会が「黄色いハンカチ運動」への見解発表
(2004年2月6日UP)

2月6日、旭川平和委員会も加盟している「有事立法反対旭川連絡会」が「いわゆる『黄色いハン
カチ運動』なるものについての見解」を発表しました。石破防衛庁長官が札幌の講演会で「賞賛」し
たことを機に全国的には「旭川市全体に広がっている」との報道を受けて、「旭川では市民的には
広がっていない事実を知らせよう」と準備されたものです。以下に、「見解」の全文をご紹介します。

           いわゆる「黄色いハンカチ運動」なるものについての見解

                                       2004年2月6日
                                       有事立法反対旭川連絡会

 1月に旭川商工会議所「黄色いハンカチ運動」有志が、『イラクに派遣される自衛隊員の無事帰還を願って、その意思表示である「黄色いハンカチ」を常盤ロータリーに掲げることと、これを起爆剤にして、全道、全国に拡げたい』。さらにこれは『一切の思想的、政治的背景を持つものではなく』『市民や市内の企業にも配付して、全国に広がることを願っている』と運動を開始しました(旭川商工会議所ホームページより)。

 私たちは、イラクへの武力行使や武力占領、さらにいかなる報復攻撃、テロなどに反対し運動をすすめている団体です。昨年3月20日、米英軍は国連の承認もないままイラクへ先制武力攻撃を開始しました。そして、小泉首相もこの戦争を支持すると共に、アメリカの要請にしたがって、自衛隊をイラクに派兵するための「イラク復興支援特別措置法」を強行成立させ、昨年12月26日の航空自衛隊先遣隊の派兵を皮切りに、陸上自衛隊にも派兵命令を出し、2月3日には、この旭川の第2師団を中心とする施設部隊が、クウェートに向かい、今後、波状的に派兵を実施しようとしています。第2次大戦後、日本人が初めて武装し、装甲車両などの装備で海外、それもいまなお戦闘状態にあり、武装テロ襲撃も行なわれている地域への出動となります。

 しかし、イラクの現状を見れば米英軍がフセイン独裁政権を倒した後も武力占領を続け、アメリカの言いなりになる政権を作ろうとしています。そこに、日本の自衛隊が参加し占領軍の一員として行動することは、まさに、武力行使を否定する憲法9条に違反するばかりか、日本が再び戦争する国になることにもなります。

 派兵された自衛隊員が無事帰還することを願う気持ちは誰でも同じです。しかし、それだけ危険な地域に、アメリカに追随し、憲法の平和精神まで踏みにじって派兵することに反対運動をすることが先決ではないでしょうか。「決まったことはしかたない。後は・・・」と考えるのは、日本人のあきらめ観の一つであり、今はあきらめている状況ではありません。

 さらに重要なのは、この運動の呼び掛けに応じた企業が社員にもハンカチ、リボンの着用を強制したり、着用しないものには上司が「なぜ付けないのか?」などと迫り強制的に着用させようとしている事実も起きています。ハンカチ、リボンの着用有無によって、思想調査まがいの事を行う、まさに江戸時代のキリシタン弾圧のために用いられた「踏み絵」のように利用されています。前述の『思想的、政治的背景を持つものではない』といいながら、現状は企業には圧力となり、従業員には特定の思想を強要する事になっている事に、大きな懸念を持ちます。

 「日の丸」と共に、黄色いハンカチを振って自衛隊員を戦場に送り出す光景は、60年前にタイムスリップしたような気持ちです。太平洋戦争中の「千人針」を思い起こすと言う人もいます。

 再度主張します。「無事帰還を願う運動」よりも「今からでも派兵中止を求める運動を強めるべきではないか」と。

2004年2月2日 本隊第一陣・施設部隊80名出発に抗議
(2004年2月2日UP)

 氷点下の風が吹き付ける2月2日、前日行なわれた小泉首相らが参加しての「隊旗授与式」を受けて、第一陣となる施設部隊(第2施設大隊から主に選抜か?)の80名が旭川駐屯地を出発。陸路、東千歳の駐屯地へ向かいました。

 「有事法制反対旭川連絡会」は緊急の抗議行動を呼びかけ、約30名が「憲法を守れ」と抗議の声をあげました。行動には安保破棄・旭労連・建交労・勤医協・勤医労・新婦人・共産党・同党真下紀子道議・平和委員会などが参加(漏れていたらごめんなさい)。
駐屯地北門内で隊員・家族・報道陣が集まり、隊の名称入りののぼりや「日の丸」小旗を振りながら出発する隊員を「激励」していましたが、その光景は戦前に出征兵士を送り出す様と何も変わらない異様な光景でした。

 駐屯地門前には「道警報償費詐取疑惑」で揺れる旭川中央警察署の警備・交通警官らが取り囲み、厚い警備網をしきました。抗議のメンバーらに難癖をつけようと「あら捜し」。正すべき襟はどこにあるのか?と探してしまいました。

 派兵隊員らがバス2台に乗り込み、いざ出発のとき。門前に集まった自衛官・家族らは「ばんざーい」と日の丸を振って連呼。背筋が凍る思いでした。このまま「戦争する国」への道をすすませてはならない。もっと「平和賛成」「憲法9条賛成」の勢力を増やさなければならない!あらたな決意に燃えました。
 この行動は直前に「○○時出発」の情報が入ったため、多数で抗議するには間に合わず、残念な思いをしました。

 写真右下の写真のように、笑って日の丸を持つ青年が何事もなく帰国する日を願いますが、そのためにも「派兵そのものに反対」「自衛官も、家族も声をあげよう」「公務員は憲法遵守義務に従い9条を守ろう」のたたかいを大きく広げねばなりません。

 「平和フォーラム」や民主党・社民党の姿がなく、残念でした。2月2日付「北海道新聞」によると「隊旗授与式に民主党国会議員1名が参加」とのこと。自衛隊出身で旧自由党の参院議員が参加したそうです。重ねて残念です。

12月20日「イラク派兵反対全道集会in旭川」に1100名

「Medical&Water for Iraq」がピースウォーク呼びかけ

 2003年12月20日、札幌と旭川の「イラク派兵反対全道集会」に3000名以上(札幌・2100名、旭川1100名)が参加し「自衛隊をイラクに行かせない」という市民の意思を示しました。

 集会後、旭川集会に参加した青年たち約30名が、「イラクに行かせない旭川青年アピール」を第2師団長に渡そうと、陸上自衛隊旭川駐屯地までピースウォークを行いました。約1時間の道のり、若い声が旭川市内に響き渡りました。

 ピースウォークの詳細は「過去のイベント報告」ページの12・20報告ページをご覧下さい。(下線部をクリックください)。
(写真上段左)集会の様子@
(写真下段左)集会の様子A
(写真上段右)幕別高校の生徒達
(写真下段右)「現地からの報告」をする由井氏

派遣自衛官家族の不安(2003年秋)

 政府はイラク「復興支援」のための自衛隊派遣を決め、その第一陣の中核部隊は旭川に本拠地を置く陸上自衛隊第2師団から500名が選抜されると報道されています(北海道新聞11月1日付)。

 第2師団ではすでに派遣予定の自衛官に内示がされているとのこと。夏ごろから続いているヘリコプターの夜間・早朝離発着飛行訓練は11月に入ってから一段と激しくなり、朝から晩まで一日中ひっきりなしに続けられています。市民生活に与える騒音被害も無視できません。

 旭川平和委員会が共産党などの協力で集めたアンケートでは、「自衛隊に賛成」「訓練は必要」という市民からも「早朝・夜間の訓練はやめてほしい」との声が出されています。


 一方、イラクでは米軍を標的にしたテロ攻撃が続発し、自衛官本人や家族は不安に覆われています。これらの「声」は旭川平和委員会にも届いていますので、いくつか紹介します。

 息子が自衛官のAさん。「自衛隊がイラクに行かされるってとんでもないよ。私は息子に自衛隊を辞めてと頼んだの。息子は『辞めるわけにもいかないよ。でも行けば死ぬかもね。お母さん、どこへ行っても反対してよ。死にたい人なんて誰もいないんだよ』と言い、私は涙がこぼれたの。戦争しないっていうから自衛隊に入れたのに」。

 娘婿が自衛官のBさん。「うちの婿さんがイラク派遣に内定した。3人の子どもも小さいのに、無事に帰って来れるか心配で心配で…」。

 身内に自衛官がいるというCさん。「身内がイラク派遣の内示をうけた。フランスなどの外国軍隊が派遣を拒否しているのに、なんで日本が…心配です」。


 今回は派遣の内示を受けなかった自衛官の家族も、不安は同じです。派遣部隊は一度派遣されると3か月ごとに再選抜が行われるようで、「今回は行かなくてすんだけど、3ヶ月後には行かされるかもしれない」との声も広がっています。

 また、若手自衛官のなかには高い「日当」目当てに志願する隊員もいるといいます。日当は一日3万円との方針ですので、1ヶ月90万円。もし派遣が長期化し1年にもなれば給与と別に1000万以上の「臨時収入」があるわけで、旭川の経済誌などは「イラク御殿が建つ」と報道しています。

 息子が自衛官のDさん。「息子は、今回はイラクに行けとは言われなかった。だけど、自民党の政治が続けば、海外派遣の機会が広がり、いつかは行くことになる」「みんな、もう自民党ではダメだと思っているのに、どうして選挙になると入れてしまうのでしょう。私は共産党を応援することにしました」。

 息子が自衛官のEさん。「息子は自分から志願したの。でも今回は選抜から漏れて、私はほっとした。でも3ヶ月後にはまた選ばれるんでないかと思うと不安で不安で」。


 このように不安が高まるなか、第2師団では着々と準備がすすめられています。政府の指示のないうちに装備品の調達が進められていることや(北海道新聞11月6日付)、隊員死亡時の弔慰金を1億円まで引き上げるなど(北海道新聞11月5日付)の表だった動きとは別に、自衛官家族を囲い込む動きもあります。

 10月23日夜、JR旭川駅前の「旭川ターミナルホテル」で「第2後方支援連隊『北鎮清風会』設立記念懇親会」なる会合が行なわれました。旭川第2師団からイラクに派遣されることの内定を受けた家族などが招待されたとの噂もあります。この動きについて第2師団広報室は、「『北鎮清風会』は第2後方支援連隊の『後援会』。幹部自衛官と市民で立ち上げた。第2後方支援連隊がイラクに行くかどうかなどは何も言えないが、7月に国際緊急援助隊が組織され、緊急事態に備えた準備をしている」と話しています。

 いづれにしても、なぜ今の時期に「設立」なのか?イラク派遣と密接な関係があることは明瞭です。総選挙前は争点になることを恐れて「イラク派遣準備」に口を閉ざす政府ですが、選挙がおわったらすぐにでも派遣できるよう地域では着々と準備が進められています。

(写真上)旭川市の北海道護国神社に捧げられた絵馬。派遣要員候補の家族は厳しい緘口令が敷かれているために、このような形でしか無事を祈れない。何よりも家族の不安を思うと、無責任な小泉外交に腹が立ちます。

訓練重ねる陸上自衛隊第2師団

(写真上)イラク派遣に備え(?)、訓練を重ねる第2師団の面々。撮影したのは2003年11月のこと、旭川市春光台に隣接する近文台分屯地にて。