
.
昨年の12月5日、扇町公園での大阪キタ98−99越年越冬闘争実行委員会(キタ越冬実)結成大会から始まった越冬闘争は、4月9日の福祉行動呼びかけパトロールをもって終了した。 当初の予定では大阪南港の臨時宿泊所閉鎖(1月7日)で野宿生活に戻る事になる仲間の出迎え行動(淀川河川敷でのテント村の建設、臨時宿泊所<臨泊>内で体調を崩した仲間を支援する福祉行動)とその報告パトロール(1月9日)を締めくくりとして越冬闘争を終了する事になっていた。 しかし、年明け後の急激な 冷え込みや南港帰りの仲間の相次ぐ死、阪急電鉄やJR大阪駅からの野宿者追い出し・嫌がらせなど、年を越したからといって何ら状況は好転しないということを目の当たりにした。 キタ越冬実の解散は本当に暖かくなり、仲間が駅やビルから排除されても生きて行ける状況を少しでも創れるまでは越冬闘争を続けて行こうとの確認の下、街頭カンパ−炊き出し活動や福祉行動、就労支援などを継続すると共に、淀川テント村と共同農場に対する建設省淀川工事事務所による追い出し策動を粉砕し、事実上の 撤去阻止を勝ちとった事を受けて、越冬闘争の終了を決定した。 4ヶ月にわたる大阪キタ98−99越年越冬闘争の期間中に起こった様々な事柄の中で、今回特筆すべき成果と思われる事は主に5点ある。
@大阪キタで初めて様々な仲間の声と野宿生活の現状を集約して一つの要求書を作り、対大阪市交渉へ結んで行った事で仲間の結集と団結力が大いに高まった事。
Aマスコミや街頭カンパ活動を通して、大阪キタにおける野宿者問題への市民の関心と支援を飛躍的に勝ちとった事。
B野宿の仲間が越年越冬闘争へ自ら主体的に参加する事を通して、「自信」と「連帯感」を獲得した事。
Cキタの仲間の拠点として淀川テント村が新たに建設され更に、建設省から撤去阻止を勝ちとり、淀川テント村がキタの仲間の重要な拠点の一つとして確認された事。
D越年集中期において、釜ヶ崎越冬闘争実行委員会との共闘により、臨泊押し込み闘争や大阪南北を貫く戦闘的な人民パトロールを圧倒的勝利をもって貫徹し、キタ−釜ヶ崎の仲間たちの硬い連帯を両者の脳裏に刻印できた事
などである。 以下の文書はその成果を踏まえた総括として書かれたものである。
★★★
★★
| 釜ヶ崎パトロールの会 |
|---|
★