日系ベルマーレ(湘南ベルマーレ)・セントロ日系



セントロ日系の隣接地に日系ベルマーレが誕生しました。日本の湘南ベルマーレとの提携で「日系」のチームが誕生します。



日系ベルマーレにJリーガー (2009年05月18日)

日系ベルマーレに日本人Jリーガー石川雅博さんが参加しています。徳島新聞に記事が掲載されています。

DF石川、パラグアイで奮闘 鳴門高から今季入団 (徳島新聞)
J2の徳島ヴォルティスに鳴門高から今季入団したDF石川雅博(18)が、南米パラグアイ4部リーグ・日系ベルマーレに期限付き移籍してから約2カ月。異なる環境の中、自分磨きに励んでいる。現地での活動を本人に報告してもらった。
◎プレーへの執着心 実感 精神面の強さ学びたい
南米・パラグアイへの留学期間は、3月中旬から8月中旬までの5カ月間。現地に来てから2カ月がたち、生活にも慣れてきた。所属する日系ベルマーレは、パラグアイの首都アスンシオンから車で東へ1時間ほどのイタグア市にある。寮と徒歩2分の場所にある練習場を行ったり来たりの毎日。トップチームとU−20(20歳以下)の試合に出ているが、勉強になることばかりだ。練習は寮に住む選手だけで午前中に1時間した後、午後から約2時間チーム全体で行っている。所属選手は約30人で、日本人は自分を含めて4人だけ。若手育成を主眼に置いているだけあって、基本を重視した内容だ。試合数は多く1カ月に8試合程度。ポジションはセンターバックとサイドバックの両方を務めている。トップチームは日本の地域リーグレベルで、スピードや寄せはさほど早くないが球際は激しい。一つ一つのプレーへの執着心がすごいと感じている。時間があるときはパラグアイ1部リーグの試合を観戦する。サッカーの本場・南米とあってレベルは高い。1対1での体の寄せ方やどのタイミングで相手をつぶしにかかるかなどを特に注意して見ている。食事がなかなか合わずこちらに来てすぐに2キロやせた。今は自分で日本食を作るなど工夫し、現在はほぼベスト体重に戻っている。スペイン語の勉強もしている。監督やチームメートと円滑なコミュニケーションを図るためだ。週3回、日本在住経験のある女性にマンツーマンで教わっている。今話せるのは、日常の簡単なあいさつ程度。もっと勉強が必要で、早く言葉を覚えられるよう、普段からなるべく地元の選手と接するよう心掛けている。日本と異なる環境に身を置いたことで、自分に何が足りないか日本にいたときよりもよく考えるようになった。プレーへの激しさ、精神面の強さがまだ足りない。残り3カ月間を頑張り、少しでもたくましくなって日本に帰りたい。
いしかわ・まさひろ つるぎ町出身。貞光小1年からサッカーを始め、大塚FCジュニア、ジュニアユースでプレー。鳴門高に進み主将を務め、2008年の県高校総体で優勝。同年春には日本協会のU−18選抜メンバーに選ばれた。




(写真:徳島新聞)

石川、パラグアイから帰国 球際の強さ身に付ける (徳島新聞)
J2徳島ヴォルティスのDF石川雅博(19)=鳴門高出=が、3月中旬から期限付き移籍していた南米パラグアイの4部リーグ・日系ベルマーレから26日に帰国した。28日には早速、徳島の練習に合流。サッカー本場での「武者修行」を通じて学んだことや、今後の抱負などを聞いた。
−練習や試合は順調にこなせたか。:自分に足りない球際の激しさや当たりの強さを身に付け、日本とは異なる環境で精神面も鍛えたかった。現地での5カ月余りの間に、トップチームで12試合、U−20(20歳以下)チームで7試合出た。5月上旬の試合中に右ひざを痛め、1カ月近く十分に練習ができず不安な時期もあったが、回復後はけがや病気はなくプレーできた。−プレーのレベルはどうだったか。:技術的には日本の方が上だが、プレーの激しさはパラグアイの方がすごい。試合に出始めたころは当たり負けしていたが徐々に慣れてきて、帰国前には仲間から「相手選手とぶつかるとすぐに倒れていたのに、次第に強くなってきた」と褒めてくれた。グラウンド状態が悪いなど練習環境は過酷にもかかわらず、選手は1部入りを目指し必死でプレーしており、刺激を受けた。−ポジションは。:右サイドバック(SB)を務めていたが、自分の課題だった激しさを身に付けるにはセンターバック(CB)がいいと考え、監督に直訴し転向させてもらった。しかしCBではU−20チームでしか出場できず、物足りなさを感じてすぐにSBに戻った。トップチームではすべて右SBで出た。−仲間とのコミュニケーションはうまくいったか。:トップが約20選手、U−20は25選手程度で、ほとんどがパラグアイ人。自分から溶け込んでいかなければ、と積極的に身ぶり手ぶりを使い話し掛けた。相手の言っていることが少しずつ分かるようになり、プレーでも次第に連係できるようになった。一緒に寮で暮らしていた数人とは帰国後もメールでやりとりしている。−どんな指導を受けた。:監督やコーチは大まかに「こうやれ」と言った後は具体的に細かな指示はしない。日本にいたときより自分で考えてプレーするようになった。−久々に徳島に戻った。今後の意気込みを。:パラグアイでいる間もインターネットで徳島の試合はチェックし、自分も置いていかれないようにした。今のままでは出場できないのは明らかで、さらに力をつける。ピッチに立つことを目標に今後の練習に励む。いしかわ・まさひろ つるぎ町出身。貞光小1年からサッカーを始め、大塚FCジュニア、ジュニアユースでプレー。鳴門高で主将を務め、2008年の県高校総体優勝に貢献。同年春には日本協会のU−18(18歳以下)選抜メンバーに選ばれた。ヴォルティスには今季入団した。◎後記 成長した姿、早くピッチで:高校新卒ルーキーとして入団し、実戦経験をほとんど積まないまま開幕から間もない3月中旬に南米に渡った石川。パラグアイで過ごした約5カ月を振り返り「自分がどう変わったか正直分からない」。その言葉通り、石川の成長の跡がうかがえるのは、今後の徳島でのプレーを通じてだろう。現地は練習設備が整っていないのはもちろん、けがをしたときも満足な治療を受けられないなど生活環境も悪かったという。そんな中でも懸命に練習に打ち込む仲間と間近に接した石川は「精神的な甘さを感じた。日本で当たり前のようにサッカーができることのありがたみを痛感した」。ヴォルティスの本県出身選手は石川を含め4人。しかし今季はFW林が1試合に途中出場しただけと寂しい。石川にはさらに練習を重ね、心身ともたくましくなった姿を一日も早くJ2戦のピッチで見せてもらいたい。




(写真:徳島新聞)



試合を観戦(2007年03月11日)
2月からリーグ戦が始まり、日系ベルマーレも毎週試合があります。この日はホームに「ペテロッシ」を迎えての試合となりました。試合はベルマーレが終始優勢に試合を進め、試合開始数分でゴールを決めました。



(写真:試合開始前の練習-01)



(写真:試合開始前の練習-02)



(写真:試合開始直前のベンチ-01)



(写真:試合中のベンチ様子)



(写真:試合の様子-01)



(写真:試合の様子-02)



オープニング・セレモニー(2006年10月30日)
セントロ日系の隣、日系ベルマーレでオープニングセレモニーが行なわれました。早朝には雨があり心配されましたが、綺麗に晴れ上がり絶好の式典日和となりました。



(写真:セレモニー会場外観-01)

県知事、市長そしてサッカー関係者、友人・知人、セントロ日系、商工会の皆さんが集まりました。



(写真:セレモニー会場外観-02)



(写真:セレモニー会場)

最初に日系ベルマーレの理事長に就任した渕脇隼人氏が基調講演を行い、クラブの抱負などを語りました。



(写真:基調説明を行なう渕脇隼人理事長-01)



(写真:基調説明を行なう渕脇隼人理事長-02)

報道陣は多く、多くの有力紙、テレビが来ていました。パラグアイとしては大きなニュースとして取り上げられ、関心を持って見られています。



(写真:基調説明を行なう渕脇隼人理事長-03)



(写真:基調説明を行なう渕脇隼人理事長-03)

日本から真壁湘南ベルマーレ社長、そして水谷シーグローバル社長が来訪、代表して真壁氏がベルマーレの由来、クラブ設立の経緯に関して説明されました。



(写真:真壁・湘南ベルマーレ社長)

建物も完成しています。



(写真:建物)

建物の入口に張られたテープをカットします。



(写真:テープカット-01)



(写真:テープカット-02)

建物の中を巡回する皆さんをテレビのカメラが並んで待ち構える。



(写真:テレビカメラが並ぶ)

中で今日のメインの皆さんへのインタビューそして記念撮影が行なわれました。左からハリソン・パラグアイサッカー協会会長、水谷シーグローバル社長、真壁湘南ベルマーレ社長、ニコラス・レオス南米サッカー連盟会長、渕脇隼人日系ベルマーレ理事長です。



(写真:記念写真)

そしてセントロ日系本館に移動して昼食会が開催されました。



(写真:昼食会−ご馳走)



(写真:昼食会−ご馳走・アサード



(写真:昼食会の様子)



(写真:皆さんユニフォームを着ての記念撮影)



リリース(2006年10月07日)
セントロ日系の隣接地に「クラブ・日系ベルマーレ」が発足しました。完全に隣接しており、途中の柵は撤去されセントロ日系と一体になっています。

パラグアイでスタート!「湘南ベルマーレ」と「日系ベルマーレ」強化で提携(2006年10月06日)
この度、南米パラグアイに「日系ベルマーレ」(CLUB NIKKEI BELLMARE)という名称のサッカーチームが下記法人のもと設立されました。この「日系ベルマーレ」はゼロから作り上げていくチームとして、パラグアイ地方2部リーグへの加入となり、今年11月より本格的に始動されます。湘南ベルマーレとしては、強化プログラムの一環としてとらえ、外国籍枠のないパラグアイリーグで、若手選手の派遣・育成・強化を図る計画をもっています。また、南米サッカー連盟(CONMEBOL)の本部はパラグアイにあり、CONMEBOLのニコラス・レオス会長もCLUB NIKKEI BELLMAREの顧問として名前を連ねています。親日家の多いパラグアイでは、今回のチーム設立が大きな話題となり、同時に期待も寄せられています。湘南ベルマーレにとっても、新たな試み!ぜひご期待ください。

◆名称
 CLUB NIKKEI BELLMARE(社団法人日系ベルマーレ)
◆設立日
 2006年7月14日
◆所在地
 Avenida Japon.Campania Guazu Vira Ciudada Lagua
 Departmento Central Paraguay
◆役員
 理事長   淵脇 隼人
 副理事長  水谷 尚人
 顧問    ニコラス・レオス
 顧問    真壁 潔 
◆監督
 Nelson Zacarias(Fernando de la Mora元育成部長)
◆出資社
 株式会社サクラ・グループ(パラグアイ)
 株式会社SEA Global(日本)
◆リーグ
 パラグアイ・リーグは全国1部(10チーム)、全国2部(10チーム)の下に地方1部、さらにその下に地方2部が位置している
◆チームロゴ
 南十字星を見ながら航海した南米大陸の人々の開拓精神。南十字星はMERCOSUR(7カ国同盟)を表す






(写真:以前に撮影した工事途中のグラウンド-01)



(写真:以前に撮影した工事途中のグラウンド-02)



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