京都祇園祭手帳   原画で見る2008山鉾巡行

  
1,長刀鉾→

2,芦刈山→ 

3,白楽天山→ 

4,霰天神山→ 
   
5,函谷鉾→

 6,孟宗山→ 
     
7,四条傘鉾→

 8,郭巨山→

 9,月鉾→

10,蟷螂山→

 11,油天神山→
   
12,占出山→

13,菊水鉾→   
 
14,太子山→

15,綾傘鉾→

16,伯牙山→

17,鶏鉾→   
 
18,木賊山→

 19,保昌山→

20,山伏山→ 
   
21,放下鉾→
  
22,岩戸山→

23,船鉾→
   
24,北観音山→
 
25,橋弁慶山→
  
26,黒主山→
 
27,鈴鹿山→ 

28,八幡山→  
 
29,役行者山→

30,鯉山→

31,浄妙山→

32,南観音山
〔休み山鉾〕



布袋山
*「祇園社記」明応9年(1500年)くじ定の項で
「19番布袋山」の記述がある。
慶長以来毎年祇園祭会に布袋の像を安置した山棚を出していたが、天明8年の山棚類焼失で像のみを現在に伝えている。
福々しい布袋様と童子の像が、姥柳町の会所で宵山に御奉りされる。

大船鉾
*応仁の乱の以前より起源を持つ船鉾で、後の祭りの最後を飾っていた。元治元年の大火で焼失してしまったが、神功皇后の神面だけは焼失を免れることができた。町会所では宵山で2メートルあまりもある大金幣が飾られ、安産守護の腹帯と粽が授与される。




鷹山
*応仁の乱以前より「鷹使い山」として、後祭りで大船鉾の前を進んでいたというが、大船鉾同様、元治元年の大火で人形の頭や手足だけを残し焼失した。
右手に犬を率いる「犬遣い」中央に手に粽を持ち笑う「樽負い」左手に源頼朝とも在原行平とも云われる「鷹匠」の3体を御神体として、特に中央に座る人形が人気を呼び「樽負山」とも「太郎山」とも呼ばれていた。




7月13日〜26日   京都駅(伊勢丹2F玄関前スペース)にてこのイラスト32基のパネル展示が催されます
                京都にお越しに来られた際には、是非ご覧ください.

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京都祇園祭手帳/ながたみどりの原画で見る2009祇園祭山鉾巡行



(C)Midori Nagata Illustrations 07_2010