ハワイ
初ハワイ <2005年3月1日〜5日>
やっぱり気になる木
大変なことになった。
出発を3日後に控えてインフルエンザになってしまった。
同行予定のM子さんも私より2日前にインフルエンザでダウンして旅行に行けるかやきもきしたばかりなのに今度は私までが罹ってしまった。
旅行の代金を三越で払い込み代わりにインフルエンザの菌を2人がもらってしまった訳だ
今回のもう一人の同行者Y子さんから電話で「今回は諦めてもらえないかしら?私も伝るの嫌だから・・」と、ショックな電話。
しかし私が旅行を取り止めるとM子さんに一人部屋追加料金がかかる。
う〜〜ん困った。
行くきゃない。どんなことがあっても・・・。
旅行日程
旅 行 日 程
3月1日
NGO発 19:40 JOO84便
HNL着07:20
自由行動・夕刻スリースター・サンセット・ディナークルーズ(OP)
ワイキキ泊
3月2日
自由行動
オワフ島観光
ワイキキ泊
3月3日
自由行動
オワフ島観光とショッピング
ワイキキ泊
3月4日
HNL発 13:30 JOO83
機内
3月5日
NGO着 17:50
ラストフライトは夢と消え・・・
2005年2月17日で閉鎖となった名古屋空港は我家から18分位の近さだった。私はこの 名古屋空港へラストフライトの17日に降りたつのが夢だった。
密かにハワイ旅行の計画を練っていたところに2月上旬「ね〜ハワイに一緒に行かない?」と、 お誘いを受けてしまった。
「えっ!ハワイ?」一瞬狼狽した。
電話の主Y子さんは姑の世話で忙しいと聞いていたので変に彼女を刺激しないようこの話を内緒に していたのだ。
この話とはラストフライトで行くハワイだ。その計画がバレてしまった。
「・・・・・・実は」と言葉に詰まりつつ白状した。
私の体は一つ。
「実は私も計画してるの・・・・・・それなら一緒に」と、言うことで私の町を眼下に見ながらのラスト フライトの夢はガタガタと崩れていった。
私達のラストフライトで行くハワイ旅行予定日が2月13日、誘われた旅行日が4月1日。それを歩み寄って 出発日は3月1日に決まった。
中部国際空港はセントレアと呼ばれ初の民間空港でマスコミの過剰報道が効をなし連日大混雑。しかし 本当は知多半島の常滑沖の海の中を埋め立てて出来た辺鄙な空港だ。
今回は旅行の前にインフルエンザB型に運悪く罹ると言うおまけ付き。
’タミフル忍ばせ国際線’何とさえないこと。それに家から中部国際空港まで1時間40分。ダブルパンチってこんなことだろう。
空港では簡単に出国審査を過ぎ国際線の客となった。
シ〜〜ン静まり返ったしたロビー、ベンチの前に広がる真っ暗な伊勢湾がやけに寂しい。
風邪薬が効いて眠気が押し寄せる。
機上の人となると今度は目が冴えて一睡もしなくてホノルル空港に到着した。
ホテルの前の通り
アロハステーションで説明を受けすぐシェラトン・スプリンセス・カイウラニホテルに直行した。
ホテルのベッドに腰掛けると急に睡魔に襲われ「○○○さ〜〜ん」と起こされるまで知らずに 眠ってしまった。
そうだ・・・ディナークルーズに予約してあったわ。準備しなくっちゃ・・と、時差ぼけでフラフラする頭で 支度した。送迎バスの所まで徒歩5分位で行けた。
私たちの予約したスター・オブ・ホノルル114ドルのコースは3階だった。風が強くて船は揺れていた。
この船には窓がなく吹き抜けなので海がかぶさるように迫ってくる。
紺碧の海に大きな波はやっぱりハワイと言う感じだ。この日は波が荒くて船が揺れていてもハワイアンバンド のメンバーは陽気に次々曲を紹介していった。
この日は実は私の50+○才の誕生日。熱狂を耳に自分自身に乾杯だった。
ディナーショーのフィナーレはすごく楽しかった。皆でワイワイ船の中を踊り回るのだ。船が岸に付いても お構いなしに踊り回って興奮の渦で船を降りた。(1日目)
ブルーハワイ
フルーツブッフェ
ハワイアン・ダンス
ハナウマベイ
蝶を見つけた
昨夜ディナークルーズから帰ってすぐベッドに入った為翌朝はすっかり元気になった。 あのタミフルは5日間飲み続けるよう言われて律儀に約束を守っていたが睡魔が押し寄 せてくるので早めに休むことにした。
私達のタワーオーシャンビューと言う部屋は丁度半分位海が見える。
コネクティングルームにも出来る構造でお隣の部屋との間にドアーがあった。
今回は鍵がかかっていて行き来は出来ないようになっていた。
しかし音はすごく良く通ってきてまるで部屋の中でオシャベリしているかのように良く聞き取れた。 壁に耳を当てれば会話も全部聞き取れるくらいだ。
私達の部屋が静かなので尚更筒抜け。これじゃあプライバシーも何もあったものじゃない。
お隣の笑い声がピタリと止んで私も取り残されないようスタンドの電気を消した。
ハワイ生活2日目ですっかり元気になった!
朝食はシェラトンホテルに行く予定が・シェラトン・モアナ・サーフライダーと言うホテルに行った。
今回、シェラトングリープのどこのホテルで食事を取っても良いことになっていた。
バニアンツリー
このホテルにはバニアンと言う化石のような大きな木があった。早朝からサーフィンを抱えて 若者が出掛けて行く。ハワイってリゾート地なんだな〜と感じる光景だ。
11時頃からホクレア号と言うJAL系の大型バスで島内見学に出掛けた。ダイアモンドヘッドの 近辺は高級別荘地で富豪の別荘が競い合って建っていた。
目の前がビーチなのにプールがあった。ビーチに近い方が金持ちなのだ・・・。
ハナウマベイはこのダイアモンドヘッドを過ぎた所にある。プレスリーの映画「ブルー・ハワイ」の 舞台になった所だそう。海洋保護区になっている。ここの辺りの美しい海は形容詞が無い位だ。
ハナウマベイのハナは湾の意味。ベイは英語で湾。名前のイメージよりずっと美しい海が広がっていた。
これがハナウマベイ
潮吹き岩→ヌアヌパリ→アロハタワー(ディナー・クルーズでも行った)とかハワイの名所を10分位 の停車で駆け回っての見学では物足りなかったが無料バスなので仕方が無い
ハワイのもう一つの楽しみ方はショッピングに尽きるそうだ。
憧れのブランド店もウインド越に見るだけで指をくわえていた。娘に280$のサイフを買ったけど・・・。(2日目)
ワイキキ・トローリー
ヌアヌパリ公園
今日も無料の大型バスで観光に出掛けたが昨日と同じ道を走っていた。
モアナルア・ガーデンで日本人には人気のモンキーポットの木を見た。どうしてこの木がそんなに気になる のか分からなかったがY子さんに「日本のコーマーシャルで有名になったのよ」と、教えてもらった。 同じような木があるのにわざわざ「あれだ!」近くに行って「この木だ!」と声を上げていた。
若い子連れカップルにもカメラのシャッターを頼まれた。
カメハメハ大王の像の前で又バスは止まったがあまり威厳がなかった。
このバス・ルートは退屈だった。
最後にアラモアナ・センターに泊めてくれたのでそこでバスを降り昼食にした。
昨日ホテルのと近くのABCストアでお菓子と水を買ったとき袋の中に「PG」と言う日本語で書かれた情報誌 がそっと入れられていた。「ショッピング&トラベルガイドinハワイ」と書かれてショッピングの情報と詳細が分かりやすく 書いてあるではないか・・・。
この本を頼りにMEIMAN MARCUSのにある「マリポサ」を探した。ここは日本人より外国人が多くてなかなかオシャレなレストラン だった。生憎混んでいて40分位待たなければ・・・・と、言われたが30分程で席に着くことが出来た。
記念撮影
アイス・ティー
メニューは英語だったが、全員英会話教室の生徒なのでまあこの位は・・・。
食事が済みショッピングセンターには皆さん興味を示さずすぐホテルに戻ることになった。
帰りはワイキキ・トローリに乗ったがここのバスの案内係りの威張っていたこと。日本語を話し顔も日本人と 同じだったが態度が横柄で閉口した。タダのバスだから仕方ないのかも・・・。
ワイキキ・トローリーは西日をまともに受け日焼けが心配だったが風が強く帽子のつばも下ろせずに体中に ハワイの陽と風を受けクヒオ通りに入りホテルの近くでバスを降りた。
ワイキキ・トローリー
(3日目)
短かかったハワイ
飛行機の窓から
3泊5日のハワイはあまりにも短かかった。
せめてあと2日は欲しかった。と言うのが本音。
しかしタミフル持っての旅行の限度はこの位なのかも・・・。
どの人に尋ねても「ハワイは何回でも行きたい」と言う返事が返ってくるのは多分ハワイを充分堪能せずに 帰国するのではないのか??「又くればいいさ〜」と、余韻を残して帰国するので又、行くことになるのだと思う。
それ位にハワイは海外旅行の緊張もないお気軽な所だ。
今日は10時にバスでホノルル空港まで送ってもらえるのでそれまでは暇だ。 朝食はロイヤル・ハワイアン・ホテルに行ってみた。食事券は使ってしまったので自分で支払わなければいけない。
ロイヤル・ハワイアン・ホテルはピンクの建物でラスベガスのフラミンゴ・ホテルみたいだったが内装はかなりクラシック で尚且つ重厚で格調高かった。ベランダもピンク一色で幸せな雰囲気だった。
食事をしていると寄って来たウエイターはNHKの教育TVに出演している人だと言う。Y子さんが尋ねると、「そうです」 と、顔を赤らめて答えてくれた。
ピンクのホテル
彼はNHK・教育TVに出ていたころより少し太めになったそう・・・。親切で気が付く好青年だった。
このホテルの朝食を最後にハワイともお別れ。
次回ハワイを訪れる機会があったらこのロイヤル・ハワイアンにしたいな〜〜。何となく・・。
飛行場に着くと日本人がやたら多かった。ここがアメリカ・ハワイ州とは信じがたいほど日本語が飛び交っていた。
飛行機は定刻の出発で揺れも無く順調に飛行を続けた。ただ中部国際空港の上空では風が強かったのか なかなか着陸できずにゆらゆら気が遠くなるほど旋回したりして1時間も遅れて到着した。
ここで気が付いたが中部国際空港は結構巨大な飛行場だと思った。
空港から自宅までは約2時間弱。街のネオンも灯りもない知多半島道路の寂しかったこと。
名古屋市内に入って灯りが多くなり生きた心地になった。
いつもなら娘と孫が「待っていました!」とばかり、熱烈歓迎を受けるのに今回はそれもなく寂しい帰宅になった。
これが私の’初ハワイ’。
お決まりコースで物足りない気もしたがインフルエンザを引き連れてでもあったので致し方ないわ。
日本に帰って言われたこと・・・。
「インフルエンザに罹ったらハワイに・・・・・。」???? (4・5日目)
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