近代彫刻の先駆者・大熊氏広    戻る 
    
大熊氏広(1856年〜1934年)

・埼玉県 鳩ヶ谷市出身。明治9年、日本の本格的美術学校である工部美術学校が創立されたに「彫刻科」に入学し、一期生を主席で卒業。
その後、「有栖川邸」の彫刻を担当する。腕を買われ、「大村益次郎像」制作の依頼を受ける。更なる技術向上の為、留学を決意、三菱財閥2代目:岩崎弥之助の援助を受けヨーロッパに留学します。この日本初の西洋式銅像の成功により、その名声は不動のモノとなる。
彫刻の多くは当事者の依頼によるもので、モデルは皇族・政治家・軍人・実業家・学者と幅広く、当時の日本を代表する彫刻家として重きを成していた。


現存する主な作品・・・大村益次郎、有栖川宮熾仁親王、小松宮彰仁親王、八甲田山雪中行軍記念像(後藤伍長)、伊能忠敬、福沢諭吉など

大熊氏広作品集 1 2 3 4
大熊氏広の作品の一部(計64作品)をまとめた「大熊氏広作品集」なる本(鳩ヶ谷市立郷土資料館所有)に掲載されている作品を紹介
 戦時下の金属回収令や戦災で失われた作品、現在所在不明の作品も多く、貴重な作品集である。

 ここで紹介する作品は、動物、レリーフなどを除いたものに限る。

・大熊氏広の作品の一部は埼玉県鳩ヶ谷市 「鳩ヶ谷市立郷土資料館」3階「大熊氏広コーナー」にて見ることが出来ます。  鳩ヶ谷市立郷土資料館のHP


*参考資料・パンフレット:特別展 鳩ヶ谷が生んだ巨匠「大熊氏広・人と作品」

              
平成7年10月14日〜11月19日に開催されたモノ