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犬猫屋敷の管理人日記

2005/6/1〜30

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6月の日記

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散歩好き 2005.6.30
最近東京は毎朝大雨である。玄関の戸を開けて外のようすを見たとたん、思いっきり犬たちのテンションが下がるのがわかる。どうやら全員が、管理人の趣味につきあって散歩に行っていると本気で思っているらしい。カイザーは雨用Tシャツを見たとたん、廊下じゅうを逃げ回り、姫は土砂降りの外を見て大きなため息をつく。唯一飼い主に忠実なDJですら、犬猫屋敷の一角をぐるっと回っただけで家に帰ろうとする。誰ひとりとして大切なウン○を済ませていないのに、いったいなんのためにずぶぬれになりながら歩きまわっていると思っているのか?
うちはいざとなれば室内トイレで用を足せるので無理やり大雨の中、散歩に行く必要もないのだが、それでも10時間以上我慢していると思うと可哀想でついつい連れて出てしまう。にもかかわらず全員が非常に迷惑そうな顔をしているのはいったいなぜなのだろうか?

管理人はたしかに散歩が大好きだが、好きこのんで大雨の中を歩きたいとは思わない。おまけに朝から3匹を洗ってドライヤーをかけるだけでゆうに1時間はかかってしまう。それというのも可愛い犬たちのためを思えばこそのこの飼い主心をなぜか肝心の愛犬たちはまったく理解していない。

次にリフォームするときは、ぜったいにくらさんの家のような立派な犬用トイレを増設したいと管理人は思っている。

三角関係 2005.6.29
★★本日の日記は大人向けですので、18歳未満のよいコたちは意味が判らなくてもお父さんお母さんに訊かないでね。きっと大人になれば判ります★★

近ごろ、管理人は三角関係に悩んでいる。三角関係といえば1人の異性を巡って2人の同性が争うというのが世間の常識だが、別に管理人は色恋沙汰で悩んでいるわけではない。たしかにここには1人の男性と1人の女性が登場する。どちらも管理人の遊び仲間で、そこに管理人が入ることで物理的に三角関係が成立するのだが、問題はついこの前まで、管理人自身にその一角をになっている意識が皆無だったということだ。

最近、古くからの遊び仲間のグループにAという女性が加わった。誰に対しても友好的で、明るく楽しい非常にチャーミングな女性である。このAが、最近ことあるごとに管理人に反発する。誰に対しても友好的なのにどうやら管理人だけが例外扱いされているらしい。時に凄い目で睨まれている気がしたりする。最初は気のせいだと思っていたがどうやらそうでもないらしい。当初管理人は何かAを怒らせることを言っただろうかと真剣に悩んでいた。だが、やがてAの怒りの原因が嫉妬であることが判明した。最初はまさかと思っていたが、Aは管理人とやはり遊び仲間であるBとの仲を疑っていた。ちなみにBと管理人はそうとう若い頃からの友人だ。何しろ昔から一緒に旅行に行ったり飲みに行ったり腐れ縁ともいえる関係で、おまけに互いの家族や交友関係まで知り尽くしているので、互いのことを異性として意識する段階はとうに過ぎている。なので最初その話を聞いたとき、管理人は我が耳を疑った。

「なんで、アンタとわたしが疑われなくちゃいけないわけ?」
「知らねえよ。いちおう男と女に見えるからじゃないの」
「発情期の犬猫じゃあるまいし、男なら誰でもいいと思ってんのかしら」
「俺にだって選ぶ権利はある」
「アンタにだけは言われたくない」

Bというのは別に取り立てて美男子でもないし、金持ちでもない、どこにでもいるようなごくふつうのオッサンだ。だが話術に長けているのと非常にマメな性格なので若い頃からそこそこ女性には人気があった。管理人はBの女性関係について知りたくないことまで知っているので、じつはそれほど良い思いばかりしているわけではないのをちゃんと知っている。だが、基本的に誰に対しても優しいので、Aが勘違いするのも無理はない。

「どうせアンタのことだから、またいらぬちょっかい出したんでしょう」
「やってねえよ。信じてくれよ。俺はぜったい無実だ」

別にAとBがどういう関係であろうと、管理人はどうでもいい。問題はそのせいで管理人がAから敵意を向けられているということである。たしかに管理人とBは仲がいい。しょっちゅう電話で話しているし、予定が合えば今日のように会って食事をすることもある。仲間で集まって騒ぐときには、いつでも一緒になって馬鹿をやる。管理人はBと一緒にいるのが心地よいし、恐らく向こうもそうなのだろう。だが気が合うということが即恋愛に結びつくほど管理人もBも若くはない。別にAに誤解されようといっこうにかまわないのだが、やはりいわれのないことでやたら睨まれるのは願い下げにしたい。だいたい遊び仲間である以上、今後もことあるごとに顔を合わさないわけにはいかないのだ。

「このまま一生突っかかられるのは気分悪いから、わたしたちが別れるしかないのかしらね」
「そりゃ無理だ」
「何で? あっ、そうね。こんないい女みすみす別れるなんて言えないやね」
「そうじゃなくて! べつにつきあってるわけでもないのに別れるもへったくれもないだろうが」
「そっか」
「この際だから、逆に思いっきりイチャイチャしちゃうのは?飲み会とかに腕組んで登場して、思いっきりハグしたりチューしたり」
「不気味なこといわないで」
「じゃあ、みんなに隠れてコソコソ会う。飲み会の席では目も合わせないで、一番遠くに席を取る」
「あたしゃ日陰の女かい?今まで仲良かったのに急に意識しだしたみたいで、却って周りに怪しまれるでしょうが」
「それもそうだ」
「アンタのこと男として意識したことないんですけど」
「俺だってお前の裸見たって何とも思わねえよ」
「見せねえよ」

問題はそれでもけっきょく2人が異性だということなのだ。本人たちにその気がなくても一緒にいるだけでいらぬ詮索をする輩がいる。

「だからさっさと去勢手術しとけって言ったじゃない。だいたい昔からそれでさんざん失敗してるんだから、この際きっぱりやっちゃいなさいよ。それに去勢手術をすれば性格が温和しくなるし、周りに雌がいても落ちつかない気持ちになることもないし、攻撃性も和らいで、マーキングも少なくなるわよ。何より将来的にガンの発生率が・・・・・・」
「お前、重要なことを忘れてる。去勢したって男は男なの」
「じゃあ性転換手術受けちゃったら?」
「どうして俺が女にならなきゃなんないんだよ」
「いいじゃない、どうせ女々しい性格なんだから」
「だったらお前が男になれよ。中身は男そのものなんだからその方がしっくりいくじゃないか」
「ないものをつけるより、あるものを取る方が手っ取り早くて費用も安い」
「あの・・・・・・俺いちおう結婚してるんだけど・・・・・・」
管理人は男女間に友情は存在すると思っている。管理人にとって男友達は大切だし、多くの男性にとって女友達は必要だ。不思議なことに下心のない異性の友だちには、恥ずかしいこともひっくるめてほんとうに何でも話せる。同性の友だちだと相手に対するライバル心のようなものがあるせいか、知らず知らずのうちに見栄を張る。とくに男性は下心がないと、驚くほど弱いところを見せたりする。相手が狙っている女性だとカッコいいところを見せようと自分を誇張したりもするが、下心がなければダメな自分も平気で見せる。男というのは意外なほどに愚痴っぽい。お陰で管理人は恐喝だけで一生暮らしていけるほどの男友達の秘密を握っている。

この世には男と女しかいないのだ。同性限定で友だちづきあいをしていたら、人の輪など広がらない。だが、こればかりは経験者でないと判らないことなのかもしれない。

さらさら 2005.6.28
ここ数日の暑さはまったくたまらない。管理人の部屋も昨晩から除湿をかけている。管理人自身は別に扇風機だけあればけっこう生きていける方なのだが、やはり犬たちのことを思うとこの気温は可哀想だ。管理人が出かけているときは、あいかわらず姫は管理人の部屋を自由に行き来している。今まではそこにツチノコ兄弟が一緒にいたのでそれほど騒ぎは起こらなかったのだが、ここ数日の暑さでツチノコ兄弟は家の北側にあたる廊下と洗面所付近に避難してしまった。ほんとうは姫も廊下に出して自由にしてやればいいのだが、しょっちゅううっかりしてキッチンのドアを閉めわすれるジィジとバァバが留守番では、食料庫の中に姫を放していくのも同じである。

というわけであいかわらず姫だけが管理人の部屋で独り留守番となり、開けはなった窓から聞こえてくる隣の公園のサッカー少年の声にパニックを起こして、1日中絶叫し続けることになる。姫が吠え立てるのは、サッカー少年たちが怖いからなのだ。その証拠に管理人がいるときは同じ少年たちが来てもほとんど吠えることもない。今までは留守番中もツチノコ兄弟が一緒にいたためにそれほど騒ぐことはなかった。今や兄弟は姫にとって頼りになる群の仲間になっているからだ。だが、ここ数日は独りで部屋に取り残されたためにまたもやサッカー少年トラウマが復活してしまった。とうぜんそんな事情には気づかない家人からクレームが来た。

「姫は一日中吠え立てていてうるさくて仕方がない。あれでは近所迷惑だ」

人間どうよう、犬にだって苦手なものやトラウマは必ずある。たとえばふだんは温和しくてほとんど吠えないカイザーだって、庭に大の苦手の二宮金次郎の像が所狭しと並べられていたらきっと1日中絶叫を繰りかえすだろう。DJだって、大嫌いな濃い毛色のオスのゴールデンが大挙して押しよせてきたら、決して黙ってはいられない。それをいったら、管理人だって、庭中がヘビで埋めつくされていたら一日中ウォウォウ〜と歌い続けるにちがいない。

犬はぜったいに理由があって吠えている。ならばその理由を取りのぞいてやればいいだけなのだ。

残念ながら隣の公園で少年たちがサッカーの練習をするのを止めさせるわけにはいかないが、声が聞こえないよう工夫することはできる。というわけで今日は窓をすべて閉め切って、部屋に除湿をかけてみた。ふだんは暑いからと嫌がって入ってこないツチノコ兄弟も

「お部屋さらさらになってるよ」

と一言いっただけで大喜びで部屋に戻ってきた。天敵の声がほとんど聞こえず、なおかつ仲間の犬たちと一緒にいられれば、姫も落ちついて一日を過ごせる。というわけで作戦は大成功。今日はほとんど吠えることもなく温和しく3頭でお留守番ができたようだ。


夏中クーラーをつけっぱなしでは経済的には大変だが、少なくとも管理人の出かける日だけはこの方法でなんとかなりそうだ。犬のためにクーラーなどというなかれ。暑い部屋に置いておくと熱中症になる危険があるし、そこまでいかないにしろ、水を飲みすぎて昨日の姫のようにいきなり下痢をするかもしれない。毎回ベッドマットを買い換えることを思えば、電気代のほうがまだマシだ。


小さな工夫で犬の問題行動はいくらだって矯正できる。だが世間では飼いきれないといって多くの犬が捨てられる。なぜそうなるのか、どんなときにその行動をとるのか、犬をよく観察しちょっとだけ工夫をすれば捨てられる犬の半数はそのまま飼ってもらえるはずだ。
小さな工夫といえば、最近犬猫屋敷では究極の重しが登場した。パニックを起こすと門の下の小さな隙間をくぐって敷地内から出てしまう姫のために、ツチノコ兄弟が歩く重しとして活躍している。何しろあの太さなのでどんなに頑張っても狭い隙間を抜けられるはずはない。もう一箇所姫が飛び越せそうなフェンスも、あの体重では決してクリアできない。

正に究極の重しである。おまけに姫のペースに引きずられて運動嫌いのカイザーが無理やり朝から庭を駆けまわるというダイエット効果まで期待できる。

果たして重しのほうがこれを喜んでいるかは知らないが、リードに繋がれて歩きまわるよりも、姫としてはこの方法を楽しんでいるようだ。

Uの悲劇 2005.6.27
この日記の熱心な読者は、昨日の里親会レポートを見て思ったことだろう。「あれれ?管理人さん今回ちから入っていないんじゃない?」たしかにギャグもなかったし(←里親会レポートにギャグが必要かどうかは別にして)自分でもただ見てきたままを書いてそこに写真を貼っただけのお粗末な出来だったと反省している。別にお手伝いを退くからといって適当にお茶を濁したというわけではないのだ。これには涙なしでは語れない、Uの悲劇が関わっている。

炎天下の3時間、里親会のお手伝いというのはけっこう身体に負担になる。管理人の仕事のメインは犬猫の写真を撮ることなのだが、昨日は最後ということもあって暇を見つけては犬たちをグリグリしつつ、仕事の引き継ぎの打ち合わせなどもやっていた。もちろん、里親希望者さんとの立ち話なども忘れてはならない。その上昨日は卒業犬もたくさん来ていたのでその子たちをグリグリするのにも忙しかった。

気がついたらあっという間の3時間である。動物たちと機材を車に積みこむお手伝いをして(昨日は男手が少なかったので鉄パイプまで運んだ)関係者の方にひととおりご挨拶などをして、友人たちと駅前で軽く食事をとった。いっぱい汗を掻いたので脱水症状を起こしてはいけないとビールなども飲んでしまった。けっきょく家に帰ったのはそろそろ日が暮れかかった頃である。

管理人の頭のなかでは今夜やるべきことが時系列で並べられていた。まずは犬たちを散歩に連れて行って、帰ってきたら食餌をさせる。管理人は今食べてきたばかりなので、とりあえず今日の写真などを整理してサイトに上げてからゆっくり夕飯を食べる。それからお風呂に入って公式サイトの更新をして、日記を書いて今日は疲れたので1時過ぎにはベッドに入る。これが管理人の予定表だった。

ところが・・・・・・

電気をつけずに部屋に入ったとたん、ブニュッと何かを踏んづけた。ふだんは靴の底越しの経験だが、たとえスリッパでもすぐに判る。犬のウン○(下痢便)を踏んだ瞬間のあの感覚だ。我先に管理人に撫でてもらおうとして部屋の狭い入口には、3頭の大型犬が殺到している。その足下には下痢便。ふだんは慎重に汚いものは踏まないように避けて通る犬たちだが、愛する管理人との久しぶりの再会に、はやる心を抑えられなかったようだ。電気をつけると足下にウン○が刷毛で塗ったようにこびりついていた。そして四つ脚にウン○をいっぱいつけた大型犬が3頭・・・・・・飛びつき癖がなかなか直らない3頭だが、管理人に対しては飛びつかないように日々訓練をしていた甲斐があった。そうでなければ着ていた服までウン○まみれになっていたろう。

とりあえず姫を抱きあげ風呂場に連れて行って足を洗浄した。姫が動き回れないように玄関に繋いでいるところにバァバが出先から帰ってきた。ツチノコ兄弟の足を洗うように頼んだ後、洗浄殺菌グッズを持って部屋に戻った管理人はあまりの惨劇に気が遠くなりそうだった。

ウン○の排出場所は一箇所ではなかった。部屋のあちらこちらに下痢便の山がこんもりと。それを思いっきり踏んだ足でベッドやらソファ、挙げ句の果てにはテーブルの上まで歩きまわったらしく、部屋中にウン○色のパウマークがついていた。これを今から全部掃除するのか?!

管理人はその場で神に召されたい気分になった。
けっきょくウン○をすべて洗浄除去し殺菌まですませるのに2時間以上がかかった。それから犬たちを散歩に連れて行き(出たものの個数から犯人は姫だということが発覚)食餌を与えて写真の整理に取りかかったのは既に11時近くだった。公式サイトに必要な情報を上げて、引き継ぎに関わる話や今後のことなどを関係者と打ち合わせ、ようやく日記に取りかかったときには朝の4時を過ぎていた。日記を書き終えたらもう朝だ。

管理人はベッドマットがなくなった(先週姫がその上でお漏らしをしたために裏にして使っていたのだが、今回こびりついた足跡がとれず、ついに廃棄処分が決定した)板の上にそのまま敷いた布団に潜りこんでとりあえず3時間ほど仮眠をとった。

管理人、今日から思いっきり和風な生活だ。

里親会 2005.6.26
今月もまた、月末恒例二子玉川里親会に行ってきた。今回は少し川上に場所を移し、木陰のなかでの里親会だった。今日の東京は梅雨の中休みでうだるような暑さだったので、ちょっとした木陰であっても、やはりふだんの炎天下よりは何倍もマシだ。

今回はたくさんの新顔がやってきた。残念ながら小型犬ばかりで、管理人的にはちょっとばかり残念だったのだが(←なんと言っても無条件に大犬好き)それでも管理人好みのテリア系がたくさん来ていたのは嬉しかった。

管理人が思わず拉致しようかと思ったのは、テリアMixののんちゃんだ。ちょっと人見知りの性格だが、笑顔がとっても可愛らしい。犬猫屋敷の基準だと超小型犬(7kgくらいか?)でなければ、まちがいなく帰りに小脇に抱えて逃げだすところだった。
もう1匹管理人の目に止まったのは、白い中型犬のくるみだ。知っている人は相当のニコタマ里親会マニアなのだが、以前やはり飼い主を探していたケイという犬に驚くほど似ている。

血縁関係がないのにここまでそっくりの犬というのを見たのは生まれて初めてだった。

くるみは現在めぐろのいぬやしきに滞在中だ。めぐろのいぬやしきさんの後を常について回るその姿はまるで飼い犬そのものだった。お母さんの姿が見えなくなるととたんにそわそわして寂しい鳴きを繰りかえす辺り、ほんとうに人間が大好きで、良い里親さんに巡り会えればきっと素晴らしい家庭犬になることだろう。

そっくりさんといえば、今回、カイザーのそっくりさんであるチャチャも里親会に参加していた。大きさはずいぶんちがうが(チャチャはせいぜい体重5kg前後)こうして見るとやはりとてもよく似ている。

うちのコはテリアの血は一切入っていないのだが(両親とも純血種なのでその辺りはまちがいない)顔の周りの毛の感じや、顎の下の白い毛まで、とにかくやたらよく似ていた。

チャチャもまた、人が大好きな家庭犬にぴったりの犬だ。人が近寄ってくると、誰彼かまわず撫でてくれてすり寄っていく。さっと抱きあげられる大きさなので、サイズ制限のある集合住宅にもぴったりだ。

もちろん二子玉川のマスコットガール、ビビリクイーンのアリョちゃんも来ていた。
今回は日よけのために建物の影に犬コーナーが設置されていたので、ビビリのアリョとしては壁を背にいつもより落ちついた気持ちでいられたらしい。アリョを気に入った小学生ぐらいの女の子がずっとそばについて撫でていたが、アリョはあいかわらずちょっとオドオドしながらも、いつもよりは落ちついた顔で、撫でられるままに温和しくしていた。途中久々の立ち姿までご披露し、顔はコーギーみたいだけど、体つきは脚が長くてカッコいいと見ている人に絶賛された。

今回管理人は目一杯犬コーナーに陣取っていつもより多くの時間を犬たちと過ごした。本業が忙しくなってしまったせいで、どうしてもお手伝いの時間がとれないので来月からしばらくは里親会にも顔を出せなくなるからだ。

どのコもまるでうちのコのように可愛く、この先どうなっていくか気になって仕方がない。全員に一日も早く素晴らしい家庭が見つかるよう、今後とも影ながら応援したい。

選挙戦 2005.6.25
24日東京都議選が告示された。街中を選挙カーが候補の名前をがなり立てながら走っている。果たしてあれにどういう効果があるのかは知らないがそれでもしつこくやっているところを見ると、何らかの効果は期待できるのだろう。それをいったらとつぜんかかってくる「○○をよろしくお願いします」の電話もそうだ。忙しいところにかかってきた電話で、いきなりこれをやられると、候補者○○はまちがいなく「ぜったいに投票してやらないぞ」リストの筆頭に躍り出る。却って逆効果にしかならないとは思うのだが、あいかわらずアナログな選挙戦が続いている。

選挙といえば、忙しさにかまけてすっかりチェックを怠っているうちに、ほっかむり隊第14小隊の隊長選挙が始まっていた。
この第14小隊は犬猫屋敷風に言えば大混戦地帯だ。なにしろ見たことのある犬たちのオンパレードである。(いったい誰のせいだと思っているのか?)ほぼ半分近くが身内といっていいこの中で、勝ち残るのは至難の業だ。

といわけで、とりあえず選挙ポスター第1弾を作ってみた。恐らくここまで力を入れる飼い主は管理人以外にはいないだろう。第14小隊の面子をざっと見渡してみたところ、やはり姫が一番へんな顔だ(←あいかわらずこれが自慢)インパクトという点でも姫の右に出るものはいない。ただ小隊長という職務が変な顔とインパクトだけで務まるのかどうかは定かではない。

ともかく、投票期限は
7/24なので、皆さんぜひその前に投票所へ!

ひとりひとりにできること 2005.6.24
最近、ほんの少しだが以前より時間に余裕ができてきた。まずメールの数が減ったことでそれに関わる処理が格段に楽になった。久しぶりにほんの少し自分のために時間を作ろうとネット散歩にでかけてみた。うちの庭からもリンクを貼っているマーシャ便り別館ができたという噂をかねがね聞いてはいたのだが、今回遅ればせながら遊びに行ってみた。今日はそこで見つけた2週間前の記事を遅ればせながら紹介したい。marico's familyに載っていた動物愛護センターの見学日記だ。

正直いって辛い話だ。たくさん載せられた写真に写っているコのほとんどが、今はもうこの世にいない。この写真を見て、記事を読んで、胸を痛める人はたくさんいるだろう。それはもちろん大切なことだが、ただの可哀想で終わらせて欲しくない。たしかにここで殺処分になった動物たちは可哀想だが、この国では毎日同じような光景が全国の都道府県で見られるのだ。動物たちを殺すための費用はすべてわたしたちの税金だ。最近は少しずつ変わってきているが、未だに多くの自治体で炭酸ガス(二酸化炭素)による処分が行われている。不要品として飼い主に捨てられ、最後は苦しみながら窒息死させられる。なぜそんなことがまかり通るのか、可哀想だと涙を流す前に、そこのところを考えて欲しい。

悪いのは誰なのか? いらなくなったからとペットを捨てる飼い主か? 流行の犬猫を量産しては売りさばく悪徳ブリーダーと悪徳ペットショップか? このような残酷な処分方法を未だに実践している行政か?


誰かを悪者にするのは簡単だ。だが、じっさいはこれらのすべてとその他多くの要因が積み重なって今の状況が起こっている。ひとつの原因をつぶしても、決して処分はなくならない。すべての蛇口をゆっくりとだが確実に締めていかない限り、ノーキルは実現できない。
たぶん長い長い道のりだ。社会を変えていかない限りこれはなくならない問題だ。

保護動物の譲渡はその一環ではあるが決してそれがすべてではない。蛇口を締めなければ、譲渡事業も終わりのないアリ地獄でしかない。社会を変えて行くにはたくさんの人の協力がいる。
悪者探しをして人を責めるだけではなく、それぞれが自分にできることを考えて欲しい。周りにペットを飼いたいという人がいたら、プラスの面だけではなく、マイナスの話も伝えて欲しい。明るいペットブームの裏にある現実を話して欲しい。ペットの問題行動に悩んでいる人がいれば飼い続けられるよう助言してあげて欲しい。不妊去勢手術をしない飼い主がいたら、そのメリットを話してあげて欲しい。

個人にできることは、あまりにも小さいがそれが集まることで大きな力を生みだす。草の根は下へ下へと根を伸ばし、横へと大きく広がっていく。いったん根を張った草は簡単には取り除けない。

ひとりひとりにできること。それがいったい何なのか、管理人はこれからも考えつづけていきたいと思う。

確率論 2005.6.23
今日は出稼ぎだった。いつものように思いっきり重役出勤したところ、待ってましたとばかりにオジサンのひとりが話しかけてきた。

「最近忙しそうだけど、例の書類はできたかな?」

例の書類とはいったい何のことだろうか? 優秀な労働者である管理人は、オジサンの依頼はきちんとその日じゅうにすべて仕上げて渡してある。

「ほら、この前来た○○社の書類だよ」

確かに○○社の書類は手元に届いている。だがオジサンからはそれをどうこうせえとは何一つ聞いていない。

「いや、あれをね、今週中に仕上げてお客さんのところに持っていきたいと思ってたんだけど」

・・・・・・・・・・・・

思っているだけじゃ判らない。エスパーじゃないんだから、いくら管理人が優秀でもオジサンの心の動きまで読めるわけがないじゃないか。


けっきょくぶつくさいいながらも、オジサンの依頼を一気に仕上げ、その後追加で持ってきた案件まで片づけて定時にとっとと会社を出た。
最近は睡眠不足が続いているので、通勤電車はそれを補うための大切な時間だ。思いきり爆睡しているうちにあっという間に最寄り駅に到着した。以前は通勤途中に本を読んだりもしていたのだが、今や大好きな本を開く暇もないありさまだ。

家につくと犬たちが大騒ぎで迎えてくれた。最近姫はまた我が儘モードに入っている。管理人が出かけると一日中絶叫を繰りかえしてジィジ・バァバを辟易させているらしい。

家にいられるのならそうしたいのだが、出稼ぎは管理人の大切な収入源だ。これをしないと不安定でフィラリアの予防薬も毎月買ってやれなくなる。

お宝のような大きな仕事にぶち当たるか、管理人を嫁にもらおうという酔狂な人間がいきなり現れるか。確率論から行くとぜったいに前者のほうが実現性が高いので今日もせっせと営業活動に勤しむ管理人である。

適性 2005.6.22
友人の家では犬と小学生未満の子どもが混在して暮らしている。犬といってもまだ1歳未満の仔犬で、中型犬の彼にとって、遊び方や社会のルールを学ぶための相棒である兄弟犬はその家の子どもたちだ。管理人はこの家の犬と子どもたちの話を聞くのが大好きだ。前にビデオを見せてもらったときにも、子どものビデオになどふだんは興味も示さない管理人が大喜びで眺めてしまった。子どもと犬がふつうに共存しているのを見るのはとても楽しい。だが、残念ながら最近はそういう家族にはあまりお目にかかれない。

犬には群で生きる本能というものがある。もちろん同じ群の中に仲の悪い個体が共存しているケースがないわけではないが、ふつう群の中で一緒に生きる犬たちは、何か特別の理由がないかぎりは、互いに傷つけあうようなことをするはずがない。小競り合いが起こるにしろ、片方が瀕死の重傷を負うような喧嘩が起こるのは、群が群として機能していない証拠だ。きちんとしたリーダーのいる群の中で、そのような喧嘩は起こりえない。

子どもが小さいと犬を飼うのを躊躇する人がいるが、じつは子どもと犬を共存させると危険なのは犬のほうだ。前述のように犬には群で生きる本能が備わっている。子どもが群の一員だと判れば、それが自分より小さく弱いものであっても決して傷つけるようなことはしない。逆に子どもは加減というものを知らないので、犬をおもちゃにして傷つけてしまうことがある。犬と子どもが巧く共存していくには、きちんとした知識を持ったリーダー(親)が必要だ。リーダーがちゃんとしてさえいれば、犬と子どもを一緒に育てるのはぜったいに無理ではない。

ところが皮肉なことに、新しい飼い主探しの団体に問い合わせると、このような小さな子どものいる家庭の場合、ほぼ99%が書類審査で引っかかる。お断りの理由は小さな子どものいる家庭には犬を譲渡しないという方針だからである。管理人の友人宅も、恐らくふつうなら譲渡してもらえなかった。たまたまもらえたのは、問い合わせた団体が門戸を開いたせいだ。犬にとっても、家族にとってもこれは幸運な巡り合わせだった。

保護犬の譲渡を希望する人の中には、ふつうの保護団体なら最初から対象外と見なす、独身、小さな子どものいる家庭、老人だけの家庭、同棲カップル、外飼い希望などの人も多くいる。ほとんどの保護団体がこういった問い合わせには書類の時点でお断りを出すし、中にはサイトに堂々とこれらの条件を明記している会もある。中には引っ越しがないことなどを真面目に条件に入れているケースもあって、ここまで行くと、ほんとうに犬を譲渡する気があるのだろうかと疑いたくなる。

そういった保護団体から見ると不適正とされる飼い主候補の中には、じつは犬をほんとうに可愛がって大切に育ててくれる人が多く含まれている。

譲渡の審査というのは正直いって難しい。簡単なアンケートと短時間の面接だけで、その人がほんとうに犬が好きで犬を大切に扱ってくれるかを見極めなければならないからだ。じっさい心優しい里親希望者を装って動物実験や繁殖用の転売目的で犬を手に入れようとする悪人も多くいる。そういう中からそれぞれの犬に適した飼い主さんを選び出すためには、経験や人を見る目やほんとうに犬の幸せが何かという知識が必要不可欠になる。多くの問い合わせが来た場合、それにいちいち対応するのは大変だというわけで、当初から対象外というカテゴリーが設定されている。それが上に書いたような不適正な里親候補のリストになる。

管理人は里親探しのお手伝いをするようになって、多くの知りあいができた。また自分がもし犬たちを飼い続けられなくなったときに、うちのコたちがどんな運命を辿るかもよく判った。最近もしそうなったら誰に犬たちを託したいかということをときどき考えることがある。
管理人がこの人に是非引きとって欲しいと思う人のリストは、皮肉なことにふつうの保護団体からはぜったいに犬をもらえない人たちばかりである。

通常不適正な飼い主として扱われるこんな人たちに、管理人は敢えて大切な犬たちを託したいと思う。彼らならぜったいにうちのコたちを一生可愛がってくれると知っているからだ。

犬を飼うには適性がある。いくら好きでもきちんと飼えない人もいる。確かに留守番が多い家は可哀想かもしれない。だが、1日中人がいても犬をきちんと愛せない人の家庭で飼われるくらいなら、週に5日お留守番でも、できる限り一緒の時間を大切に過ごしてくれる人の元にもらわれた方が犬としては幸せだ。

犬を飼う適性は、人となりを見ないかぎり決して判るものではない。

お父さんの悲哀 2005.6.21
管理人が出稼ぎに行っている会社は6時が終業時間である。だが6時まで真面目に仕事をしているのは、たいてい管理人ひとりだけだ。オジサンたちは5時を過ぎると既にアフター6の予定を立てるのに大忙しで仕事など手につかなくなる。たいてい15分前にはみんなPCの電源を落とし、思い思いにアフター6のお友達を探し始める。

「○○ちゃん、早いね。今日はもう終わり?」

「ああ。だって早く帰らないと、家に着くのが10時になっちゃうしな」

あんたの家はいったいどこだ? 朝は1時間で通える距離が、帰りはなぜか4倍かかるとオジサンたちは主張する。もちろん、通学途中の小学生のようにあちこち寄り道しているせいだ。たまにはまっすぐ帰ればいいのに、お友達と約束がないと、ついついそこにいるオジサンたちで連れだってどこかに行きたくなってしまうらしい。まあよくよく聞くと毎日まっすぐ家に帰っても思いっきり家族に厭な顔をされるというのでは、家から足が遠のくのも無理はない。オジサンたちが家に帰ったとき迎えてくれるのは犬たちだけなのだ。

考えてみるとお父さんというのは可哀想な生きものだ。家族のために毎日汗水垂らして働いているにもかかわらず、気がつくと家に居場所がなくなっている。管理人の友だちの家では、単身赴任中のお父さんが3週間ぶりに帰ってくるといったら、娘にあっさり「なんで?」と訊かれたという。そういえば、別の友だちの最近の最大の悩みは「単身赴任中の夫が来月からこちらに転勤になって戻ってくること」だった。
毎晩深夜までの残業でほぼ会社に居住している友人の場合は、家に帰るとすべて子どもたちに食べ尽くされて夕飯すら残っていないことがままあるらしい。

とにかく、お父さんに限らず家にいる時間が極端に短くなると、段々と家が家ではなくなってしまう。


管理人もじつは一時期犬猫屋敷を出て独り暮らしをしていたのだが、たまに実家に帰るたびに、段々とそこが自分の家でなくなるのを感じたことがある。最初の頃は、以前と同様の生活ができるのだが、3ヶ月もすると茶碗やお椀が食器棚のうしろのほうにしまわれている。半年ぐらいすると自分の箸がなくなって、客用塗り箸が登場する。1年も経つと、何がどこにあるのかが判らなくなり、「ただいま」ではなく「お邪魔します」といいながら玄関を入りたい気分になる。
和英辞書で家という単語を引くと、houseとhomeの両方が出ている。どちらも家という意味だが、厳密にいうとニュアンスがちがう。

houseは物理的な家を指し、homeにはそこに住む家族とか家庭といった意味合いが含まれる。たとえばfeel at home(ホッとする。リラックスするなどの意味)という言い方はあるがfeel at houseとは決していわない。

マイ・ホームを手に入れるために、家にいる時間もなく働き続け、ローンを払い終える頃にはせっかく買った家にすっかり居場所がなくなってしまっている日本の大多数のお父さんたちのことを思うと、マイ・ホームという言葉の皮肉な響きに、管理人は心から同情を禁じ得ない。

梅雨の中休み 2005.6.20
とでもいうのだろうか、今日の東京は晴れて良いお天気だった。溜まった洗濯物を干すのには最低週に1日くらいはこういう日があると助かる。

今日は人間用犬用のシーツを洗って、部屋に掃除機までかけてしまった。暑くなったせいか抜け毛の季節第2弾で恐ろしい量の毛が部屋中に飛びちっていた。この時期はほんとうなら毎日掃除機をかけないと大変なことになるのだが、なかなかそうもいかない。この時期だけ掃除夫を雇いたい気分になる。
天気は良かったがお陰でとても蒸し暑い1日だった。数日前から気温が上がったせいかDJの食欲が減退している。食べる量がふだんの8割程度に減っているだけでコンスタントに食べているので心配はないのだが、もともとどんな環境でもとりあえず食餌は欠かさない姫やカイザーとちがって、DJは気温の変化などに極端に弱い。この時期DJは必ず一時的に体重が落ちるが、カイザーなどDJの残した分まで食べるので却って体重が増えてしまう。

そろそろ毛刈り第2弾で5分刈りまで刈り込む必要がありそうだ。犬が変わったような妙なカットのDJの写真がこの日記を飾る日も近いのかもしれない。


管理人さん、またあの変なカットにするんすかぁ〜?

カイザーの独り言 2005.6.19
ぼくは前々から思っている。どうして犬は毎日お散歩に行かなくちゃならないんだろう。

ぼくはおトイレは全部おうちでできるから、お散歩なんか行く必要ないのに。それにお外でするにしても、お散歩の途中だと落ち着かなくて厭だから、必ずお庭でウン○とシッ○はしてからでかける。管理人さんが待っていてくれるときは、わざわざお部屋に飛びこんで、お部屋のトイレでしてからでかけるんだ。だって、お外に行くときは途中でしたくなったら大変だからふつうはおトイレに行ってからでかけない?いつもお家のトイレですると誉められるのに、お散歩に行く前にそこですると管理人さんがため息をつくのは何でだろう?ぼくにはよく判らない。
共同生活しているのだから、ディーくんも姫さんも周りのことを考えて行動して欲しいなって思う。ぼくみたいに、お散歩に出たらすぐにシッ○とウン○をしてくれればすぐに帰れるのに、みんながなかなかしないから、お陰で今日もたくさん歩かなきゃならなかった。

お散歩は楽しいよね、カイちゃんって管理人さんは言うけど、ぼくはそんなに楽しいとは思わない。つきあいだから行っているだけだし、それより早く帰って早くご飯を食べれば、それだけたくさん寝られるのにね。

あぁ〜あ、明日もまたお散歩行かなきゃいけないんだよね。せめて週に1日くらいはお休みが欲しいよねぇ。
                カイザー  

グルメ 2005.6.18
姫さまは独り暮らしが長く、色々食べ歩きもしているので、とても舌が肥えていらっしゃる。

美味しいもの、高いものは臭いで判るらしい。腹を空かせてさまよっていた時代ならいざ知らず、いまや食餌の好き嫌いまでいうようになった贅沢娘の姫さまだ。盗み食いにしろ食材を選んでやる。

一昨日は、ジィジとバァバがそこに座っていたにもかかわらず、目にも止まらぬ速さで管理人用の地鶏のハーブ炒めを一切れまんまとゲットした。
そして今日は、管理人がかかってきた電話に気をとられている一瞬の隙に、またもや食料庫に忍びこんだ。意気揚々と戻ってきた姫の口には赤い派手な中華風の包み紙が銜えられていた。
「放せ!」
と言われて渋々下に置いたのは、食料庫の高級中華素材の棚(以前乾燥貝柱が入っていたあそこだ)から盗み出してきた真空パックのアヒルの卵の薫製だった。

銜えて持ってきたときに、殻を割ってしまったようだ。真空パックとはいえ、これはすぐに食べないと腐ってしまうにちがいない。仕方がない、これで明日の夕飯は中華風粥に決定した。

ジィジの大切にしていたアヒルの卵だ。またバレたらさんざん文句を言われるにちがいない。そこでまた喧嘩になれば、ジィジのもとに100コのアヒルの卵が届くことになる。

姫さまが我が家に来て今日で9ヶ月。なぜかエンゲル係数の上昇が気になる今日この頃だ。

ナツメロ 2005.6.17
またもや、管理人の人生から貴重な午前中の数時間が消えてしまった。

昨晩は出稼ぎで疲れていたにもかかわらずけっきょく朝まで色々やっていたのがいけないのだが、目が覚めたらなぜか管理人は枕のほうに足を向けてうつぶせになって気絶していた。不思議に思って妹に聞くと、朝の散歩に行こうと起こしに来たところ、管理人は「はい」と元気に返事をして起きあがった後、そのまま前のめりに倒れて意識を失ったらしい。起きたときの不思議な体勢からまあそんなところだろうとは思っていたが、またやってしまったかと思うと少しばかり落ちこんだ。

記憶のないまま移動するなどというのは管理人にとっては日常茶飯事だ。いままでで一番驚いたのは、気がついたら電話の受話器に手をかけたまま床にうつぶせで眠っていたときだろう。たぶん、会社に遅刻しますと電話しようとして、受話器を取る前に気絶したのだと思うのだが、その時は独り暮らしだったので目撃者は誰もいないのだが、その姿はまるでテレビドラマの死体そっくりだったにちがいない。


話変わって、最近管理人は数年ぶりにカラオケに行った。最近くさくさすることが多かったので憂さ晴らしに行ったのだが、いつもの通り絶叫しながら(管理人のカラオケの基本はシャウト系だ。一緒に行った友だちに犬は飼い主に似ると笑われた)自分の歌える曲が10年前の最新ヒット曲だという事実に気づいて愕然とした。もちろん一緒に行った友だちの中には70年代で時計が止まっている奴もいたので、それほど古さは感じなかったのだが、それでも最近の歌を知らない自分というのがもの凄く年寄りになった気がした。


10年前、管理人は車通勤していたせいで、常に最新ヒット曲を聴いていた。ところが東京に戻ってきたとたんまったく音楽を聴かなくなった。そのまま気がつけば10年だ。管理人の中では最近覚えたはずの歌が既にナツメロの域に入っている。
ナツメロといえば、管理人が子どもの頃、ナツメロといえば演歌と決まっていた。祖父母が懐かしがってそういう番組を観ているのを見て、何となく自分も歳をとったら演歌を好きになるのだろうかと思っていた。

だがこの歳になってもあいかわらず演歌は大嫌いだ。逆に十代の頃聞いていたポップスやロックが懐かしくなる。なんと、一緒に行った10歳下の人はロッド・スチュワートを知らなかった。ビリー・ジョエルの曲はCMソングだと思われていた。

曲を聴くとその頃あったことを思い出す。若くて生意気でウニのようにとげとげしていた自分のことが蘇ってくる。そう考えると将来今の自分を思い出したとき、頭に流れる音は、もしかしたら姫さまのビーグル特有の絶叫なのかもしれない。

行動と結果 2005.6.16
大人は自分の行動や発言に責任を持たねばならない。たしか成人式か何かの時にそういわれたような気がする。ふつうはどんな人間でもある程度の歳になればそれ相応の責任を負うものだと管理人は考えていたが、どうやら世間ではそうでもないらしということに最近気づいた。

ご存じのとおり管理人は横柄な態度と人を馬鹿にしたような毒舌がトレードマークなので、そうとう世間に敵が多い。だがずいぶん若い頃に、しょせん人間万人に好かれることなど不可能なのだということに気づいたので、別に人に嫌われることは何とも思わない。もちろん世界中を敵に回すほどの度胸はないのだが、こんな管理人でも好きだといってそばにいてくれる少数の友だちがいる。別に嫌いな人に好かれたいとも思わないので、それはそれでいいのだとマイペースに暮らしているのだが、それはやはり世間の基準からは外れた生き方なのかもしれない。

人に好かれなくてもいいと思えば本音で話ができる。本音トークは管理人のポリシーなので顰蹙を買う場合も多いのだが、逆にそこがいいと近づいてくる人も多くいるというのが世の妙だ。自身の行動や発言には、常にそれなりの結果がついてくる。管理人はそれに関してどんなことでも甘んじて受け入れるつもりだが、世間にはそれをまるで天災にあったように考える被害者意識の塊のような人間がいるものだ。
自分のとった行動の結果は天災とはちがう。たまたま運が悪かったから苦労するのではなく、そうなったのはすべて自分のせいなのだ。行動と結果。それをしたら結果的にどうなるか、そのことを想像できない人間はいくつになっても自分の行動に責任を持つことすらできない。

そういえば、うちにいる3頭の犬の中で、姫にもそんなところがある。誰にヘイコラするでもなく、いつもマイペースで図々しく(よくツチノコ兄弟を踏み台に使っている)決して誰に媚びることなく生きている。もちろん飼い主の管理人はとびっきりの笑顔を向けて甘えるのだが、さりとて媚びを売っているようには思えない。

人にどう思われようとかまわない、マイペースな姫の性格は管理人が何より気に入っている点である。姫がマニアックな犬と呼ばれる所以はそんなところにあるのかもしれない。

スカッと 2005.6.15
することがあった。現在朝4時でこれから3時間後には起きだして出稼ぎに行かなくてはいけない管理人としては普通なら愚痴のひとつも言いたいところなのだが、今日は元気はつらつである。人間ストレスのかかる状況にはそう長くいられるものではない。そういえばバツイチの友だちによると、どうしても修復不可能な結婚生活に終止符を打つと世間がバラ色に変わってスキップしたくなるらしい。きっとこんな気持ちなのだろうと管理人は思っている。
管理人は努力、忍耐、根性が何より嫌いだが、意外にもねばり強い性格だったりする。もともとお気楽でチャラチャラしているのであまりものごとを深く考えないせいか、何があっても翌日にはまあいいやと笑っていられる。そのせいか気がつくと誰よりもねばり強くコツコツ何かをやっていたりもするのだが、そんな管理人が匙を投げたということはもう修復不可能な結婚生活同様ということだ。

最近周りに子どもな奴が多いせいか、けっこう自分が大人に見えている管理人だが、今日は目一杯子どもっぽくはしゃいでいる。終止符を打って前を向いて歩きだす瞬間は、管理人が一番好きな時だ。

Don't look back, Let's move on!

この言葉が管理人は何より好きだ。

シェルター 2005.6.14
管理人の考えでは日本にはアニマルシェルターは存在しない。もちろんごく少数きちんとした経営をしている民間ボランティアによるアニマルシェルターは存在するのだが、その数は恐らく両手の指にも満たない数だ。この国でシェルターを名乗っているもののほぼ99%が単なる問題多頭飼い現場である。

シェルターという英語名をつければ聞こえはいいが、要はそのほとんどが病的なコレクターが可哀想だという感情だけで無計画に犬猫を保護してはただそこで飼い殺しにしているだけだ。シェルターとは緊急避難のための仮の宿という意味である。保護された犬猫はそこを経由して新しい家庭に送りとどけられていく。それが正しいシェルターのあり方だ。

もちろん、中にはさまざまな事情があって譲渡できない犬猫もいる。そういう個体については適切な医療を施し、終生飼育をする場合もあるが、厳密にいえば終生飼育が決まった時点でその個体がいる場所はシェルターではありえない。あくまでもシェルターは一時的に犬猫を保護する場所であるべきだ。

シェルターには動物の世話に必要なスタッフがいなくてはならない。欧米ではスタッフの多くがボランティアによって構成されているが、中にはフルタイムのボランティア(きちんと報酬も払われる)もいる。その運営の多くは個人や団体の寄付によってなりたっているが、とうぜん一般から寄付金を募る以上その使い途に関しては明らかにされなくてはならない。極端な話、じっさいの動物のケアをするスタッフより先に、金銭の授受をきちんと記録し責任持って管理するスタッフが必要だ。

日本中に点在する怪しいシェルターという名の問題多頭飼い現場はたいてい精神を病んでいるコレクターが運営している。自分のところにさえいれば犬猫は幸せだと思いこんでいるので、譲渡もほとんど進まない。シェルターと銘打っていても、8割以上の犬猫が半年以上そこに滞在しているとしたら、その時点でそこは問題多頭飼い現場と見てまずまちがいはない。だがコレクターは表向き動物愛護の運動家のように見えるので、それを助ける人間が必ずいる。ただ、まともな神経の人間ならその実態にすぐに気づくので、協力者もまた何らかの病を抱えているケースが多い。もちろんそんなに動物を抱えてまともな職に就けるわけはないので、もちろんその運営費は寄付でまかなっている。だが寄付などを受けとってもその使い途を明らかにすることはまずない。まずほぼ全員が犬猫の世話に忙しくそんな暇はないというもっともらしい理由をつけるのだ。もちろん世間はそれほどお人好しばかりではない。きちんと会計報告もしないような個人にいつまでも湯水のように金を与える馬鹿はいないので、そのうち生活は行き詰まる。まずは不妊・去勢手術ができなくなり、どんどん数が増えていく。こうなれば立派な問題多頭飼い現場の崩壊である。

そこまではいかないにしろ、問題多頭飼い現場は常に問題を抱えている。たとえば手伝いの手がなければ充分な犬猫のケアはできないし、衛生面での心配もある。このような場所でもし伝染病が発生したら、あっという間に広がって弱い個体が犠牲になる。

犬猫を飼うには時間と金がいる。これはまともな飼い主なら誰でも知っていることだ。だがなぜかこういうコレクターの場合は充分なケアをしてやれなくとも、自分は犬猫にとって良いことをしているという思いこむことでますます多くの犬猫を抱え込む。


不幸な犬猫を見捨てるのは確かに残酷だ。だが、だからといってむやみに集めてそれをシェルターという名の問題多頭飼い現場で飼い殺しにすることが、果たして良いことなのだろうか?
助けられた命を見殺しにしたというのは確かに大きな心の傷になる。だが、それが厭だからといって管理できない数の犬猫を抱え込むのはやはり人間のエゴである。

現在行政が運営する動物処理施設における処分方法は控えめにいっても安楽死からはほど遠い。そこに集められた犬猫たちは5分弱の間苦しみながら死んでいく。

だが、シェルターを銘打つ施設の中にはそのほうがマシなのではと思うほど酷い環境がないわけではない。

犬猫の幸せとはいったい何なのか? ただ生きながらえればそれでいいのか? ほんとうにその方が幸せなのか? 犬猫についてもQuality of lifeを考えてもいい時期に来ているのかもしれない。

犬の笑顔 2005.6.13
犬は笑う、などというと犬を飼っていない人は怪訝そうな顔をする。犬が笑うわけはない。笑うという行為は高度な感情が発達した人間のような高等な動物にだけできる芸当で、それは何かの勘違いだといわれるにちがいない。だが、犬はほんとうに笑う。心底自分の犬を可愛がって大切に飼っている人ならそんなことは誰でも知っている。
うちのデカ犬トリオは基本的に人が大好きなので、どんな人にも満面の笑顔を向ける。愛想の良さからいったらこの犬たちの右に出るものはいないと管理人は思っている。とくに小さな頃から犬猫屋敷で蝶よ花よと育てられた温室育ちのツチノコ兄弟は、人間はすべて善人だと信じて疑わない。だからどんな人に対してもいつも笑顔で対応する。

だが、犬が最高の笑顔を見せるのは、何といっても飼い主に対してだ。どんなに人見知りが激しい犬でも、飼い主にだけは最高の笑顔を見せるものだ。常に笑顔の犬猫屋敷の犬たちだって、管理人にはとびっきりの笑顔を見せてくれる。

里親探しのお手伝いをしているとよく判るのだが、やはり犬にはきちんとした飼い主が必要だ。どんなに愛情を注いでもらっても、多頭飼いの保護主や、預かりボランティアはしょせん借りの宿主でしかありえない。新しい飼い主さんのもとで、幸せそうにしている犬たちの笑顔はボランティアの何よりのご褒美だ。

ほんとうの犬の笑顔を知っている飼い主は良い犬飼いだ。犬の笑顔は幸せに比例している。ただ可愛い可愛いだけではなく、犬のほんとうの笑顔を知っている人間が増えてくれれば、何が犬にとってのほんとうに幸せなのかきっと判るはずだ。そんな人間が増えてくれることを管理人は切に願っている。

熱帯夜 2005.6.12
なんでもいいけど、暑いのだが・・・・・・
今日の東京はムシムシして不快指数200%だった。風がないせいか窓を開けても少しも涼しくならない。犬猫屋敷は隙間だらけの古い日本家屋なので、冬は寒いが夏場は比較的涼しい。連日35度を記録するような真夏でも、クーラーが必要なのは夜寝るときのほんの数時間だけだ。にもかかわらずここまで暑いということは、恐らくマンションやら密封された最新の住宅ではさぞや暑いことだろう。まだ梅雨が始まったばかりだというのに、これでは先が思いやられる。

こういう日は犬たちにとっても地獄だ。なにしろみんな立派な毛皮を着用している。3匹とも、一日中ウロウロと涼しい場所を探しては家じゅうをさまよっていたが、なぜか姫さまはトイレが一番涼しいと決めたらしい。

慢性的にアンモニア臭のする共同トイレにわざわざピッタリはまって眠る心境がわからない。そういえば、姫は我が家に来た当初、好んでこのトイレで寝ていた。

気温の急激な変化は心臓の悪い姫には大敵だ。高級ペットグッズのネットショッピングでみつけた、ひんやりとする大理石の犬用ベッドの購入を真剣に検討しはじめた管理人だ。

趣味 2005.6.11
今日も管理人は一日家で本業の仕事に没頭していた。お陰で何とか仕上げることができて、提出したとたんに腰が抜けそうになった。もちろん、これが終わったからといってのんびりできるわけではないところが哀しい。山積みの保留事項に目を通しているうちに、本気で南の島に逃避したくなった。

南の島といえば管理人は一時スキューバーダイビングに異常に凝っていた時期がある。まだサラリーマンをやっていたので、休みがとれればすぐに南の島に飛んでいっては潜っていた。もともと泳ぎは好きだったのだが、ダイビングを始めてまず最初に判ったことは、人間そう簡単には沈まないという事実だ。

信じられないかもしれないが、ダイビングで何が一番難しいといって海面から海底に沈むことだ。ただでさえ人間は海水に浮くようにできている。その上装備をつけているとその分でますます浮力がついてしまう。何もしなければ浮いてしまう状況から、呼吸をコントロールして巧く沈んでいくのがじつは初心者には何より難しい。管理人も最初の頃はそうとう恥ずかしい潜り方をしていた。

基本的に管理人は何かをやり始めるととことんそれにのめり込む。以前何の気の迷いかゴルフをやり始めたときも毎日打ちっ放しに通って300球ずつ打っていた。お陰で飛距離は恐ろしく伸びて、女性専用ティーからのスタートはぜったいにズルいとみんなから非難された。だが問題はゴルフというのは円盤投げのようにただ飛距離を競う競技ではなかったという事実だ。じっさいコースに出ると、あれこれ細かい技が必要になる。砂場があったり、木の陰にボールが隠れたり、どうも大好きなドライバーだけでは対処できない(←いちおうハーフセットを持っていた割に使っていたのはドライバー1本)。おまけに最後のグリーンという奴が曲者だ。基本的に管理人はダイナミックな力業系スポーツは得意だが、細かい技の必要な競技は性に合わない。周りのオジサンたちの予想に反して(女を連れて行くと進まないから厭だとさんざん言われた)管理人は誰より先にグリーンに一番乗りする。なにしろ飛距離が出るし、妙に素直な性格のせいかボールはまっすぐ飛んでけっこう早い時期にグリーンに乗る。問題はその後だ。グリーンの上で行ったり来たり何十回も穴の周りを巡り巡って、そのうち管理人はすっかりゴルフというものに飽きてしまった。バンバンボールを叩いていればいいならともかく、18ホールもこんな馬鹿馬鹿しいことはやっていられない。けっきょくゴルフはそれで止めてしまった。

その点ダイビングはシンプルだ。ともかく潜って海の中を散策すればそれだけで楽しい。最初は巧く潜行ができずに苦労した管理人だが、普通の人が呆れるようなペースで南の島に通ったお陰で1年も経つ頃にはすっかり一人前のダイバーに成長していた。海の中はとにかく楽しい。見たこともないような魚や珊瑚を眺めながらボーッとしているのが管理人は好きだった。海の中に潜っていると無重力状態を体験できる。潮の流れに身を任せて、ボーッと漂っているのが忙しいふだんの生活の良い息抜きになった。それに人間は海の中に入ると謙虚な気持ちになれる。ふだん地上にいるときは、人間はすべての動物の頂点に立っていて、自然までもコントロールしているような錯覚に陥るが、海の中に入ると人間ほど無力な存在はない。どんな魚も人間の倍以上のスピードで泳いでいるし、潮の流れが強くなるとどんなに強脚でも自分の思い通りにはならない。ちょっとしたミスや油断が命取りになる。海を怖いと思わないダイバーはぜったいに実力を過信して事故を起こすと何度も言われたが、そういう緊張感も管理人は好きだった。


管理人がせっせと海に通っていたのは、サラリーマンをしていたときで、その後会社を辞めたとたんにダイビングも止めてしまった。もちろん経済的余裕がなくなったのが一番の理由だが、会社という組織の中で毎日生活していると、何も考えずに自然と戯れるようなダイビングがストレスの解消になる。だが会社を辞めてしまえばストレスもなくなる。ふだんからボーッとする時間が増えてしまえばわざわざ海の中でボーッとする必要もなくなるわけだ。
だが、ダイビングを止めた一番の理由はツチノコ兄弟を家に迎えたせいだ。彼らがうちに来て3ヶ月ほどしたとき、管理人はせっかく長い休みがとれるのだからと、国内のとある島に2週間滞在して、ダイビング三昧の日々を送った。もちろん海の中は素晴らしかったし、とても良いところだったのだが、けっきょく1週間でホームシックにかかってしまった。理由はツチノコ兄弟である。

町で見かける犬を見るたび、うちのコたちはいまごろどうしているだろうと気になって仕方ない。普通ならダイビング旅行の最後の日はもう帰らなくてはいけないのかとブルーな気分になるのだが、この時はまったくちがった。船が港に着いたとたん、嬉しくて叫び出したい気分になった。飛ぶように家に帰ると、玄関でツチノコ兄弟が尻尾を振って迎えてくれた。豪華な海外旅行に行くよりも、着飾って有名レストランで食事をするよりも、管理人はうちの犬たちと戯れているのが一番楽しいのだと心底感じたのはこの瞬間だ。

それから管理人は一切旅行に行かなくなった。

今でもダイビングは大好きだ。美しい海の映像を見ると潜りたくてウズウズする。だが、そこに潜るために犬たちと何日間も離れて過ごさなくてはならないと思うだけで、管理人の気分は萎える。熱しやすく冷めやすい、何でもすぐに飽きてしまう管理人だが、犬たちとの暮らしだけは飽きることがないようだ。

記録更新 2005.6.10
一日家で本業の仕事に没頭していた。納期が迫っていたので入ってくるメールはそのまま放置していたのだが、気がついてみれば、今日配信されてきたメールの数は100通を超えていた。思わず100通目の方に「おめでとう、キリ番です」と返そうかと思った。

というわけで、メールの処理をしているだけで今日も明け方になっている。もちろん、朝起きるのが思いきり遅いのがいけないのだし、夜型の暮らしを改めない限り改善される見込みもないのだが・・・・・・

今朝もまた、管理人はみごとに記憶を失っていた。どうやら定時に起きて、散歩に行こうと試みたらしい。らしいというのはその記憶がまるでないからだ。なにしろ昼近くに電話で叩き起こされたときには散歩用のジーンズを抱きしめて寝ていたのだ。管理人の想像では、恐らくいったん目を覚まし、ベッドの足下に置いてあるジーンズを手にとって、それに履き替えようとしている間にふたたび気を失ったのだろう。

ちなみにこんなことは管理人にとって大して珍しいことではない。以前車で通勤していた頃は、よく仕事が終わって会社を出て、車を駐車場のどの位置に停めたかが判らなくなり、30分以上巨大な駐車場を探しまわったり、駅前の駐輪場で朝自転車を置いた位置が判らなくなって大騒ぎしたりしたものだ。
記憶がなくても運転はできる。オートパイロットで会社までも行ける。起しに来た人に暴言を吐くこともよくあるらしいが、もちろん管理人に悪気はない。寝起きのいい人にはぜったいに理解できないことだろうが、管理人は目が覚めてからまともに脳が動きだすまでに1時間以上はかかる。

だから朝っぱらからおはようと爽やかに挨拶などをされると不機嫌になる。朝から元気な人を見ると殴り倒したくなる。だが残念ながら世間の常識では、朝はおはようと元気に挨拶を交わすものだと思われている。だから管理人は肩身が狭い。

管理人は猫になりたいと思っている。好きな時間に寝て好きな時間に起きる暮らしが羨ましいし何より寝ているところを起こされて不機嫌になって爪を立てても猫だから仕方ないと許してもらえるからだ。

ケータイその後のその後 2005.6.9
出稼ぎから帰ってメールを開けたら、既に40通入っていた。その後も3分おきに入ってきて、気がついたら今日だけで60件のメールである。もしかしたら管理人は現在小泉総理の次にメールがたくさん入ってくる人かもしれない。その上トラブルなどがあったせいで、けっきょく今日もこんな時間になってしまった(既に2時半)。

管理人は割と正直に日々の生活を日記にしているのだが、中には書けないこともある。管理人の身の回りで起こったできごとを、事細かに実名入りで書いてもいいのなら、おそらくこのサイトのアクセス数はあっという間に3倍くらいに上がるだろう。今の10倍は面白いものが書ける自信はある。だがそれをやったら、恐らく周り中から非難囂々嵐が巻き起こることだろう。まあ捨て身の戦法で思いきってやってしまっても管理人としてはかまわないのだが・・・・・・

というわけで今日もまた無難なところで、ケータイ騒動のその後である。(毎日ケータイ話を続けているのを見て他にイベントはないのかと友だちには笑われた)あんなに番号を配って回ったにもかかわらず、あいかわらず電話をかけてくるのは特定の数名だけだ。だが今日はたくさんのメールが入ってきた。皆さんご親切に、アドレス帳に登録しろと電話番号とメールアドレスを書いてくださっている。問題は、今日の前半は、そんなものを送られてもそれをどう処理すればいいか皆目検討がつかなかったということだ。管理人の勘が正しければ、たぶんこれを紙に書き取ってそれをアドレス帳に打ちこむ必要はないはずだ。(管理人が昔使っていた旧式ケータイでも自動的にアドレス帳登録はできた)

問題は、どこのボタンを押せばいいかなのだ。あれこれ押してはみるものの、なぜかいつもあともう少しのところで画面が消えてしまう。たぶん最後のフィニッシュのところに問題があるのだろうが、電脳レベル0.1の会社のオジサンに訊くのはしゃくに障る。上司が長期海外出張中なのを良いことに、ふだんより大目に休憩時間をとって、そのたびにケータイを片手にパチパチやっていた。

このままでは一生使いこなせないのではないかと思ったケータイだが、人間やればできるものである。なんと昼過ぎには自力で「ん」の出し方を発見した。「ん」が打てるだけで、なんと語彙が広がることだろう。お陰で番号を送ってくれた皆さんに「ありがとう。(←んと一緒にいた句読点も発見した)がんばります」とちゃんとした文章を返せるようになったのだ。

そのうち、アドレス帳の自動登録の方法も判った(やたらにパチパチ押しているうちにたまたまメニュー画面が開いたのだ)。こうなればもうこっちのもんである。管理人はケータイ遊びが面白くてたまらない。帰りの電車では、世間の一般ピープルどうように、ケータイを片手に親指だけでチャカチャカときちんと文章を打つことまでできるようになった。通勤にかかる1時間弱を費やして、ついには3行にも及ぶ大作を書き上げた(途中送信ボタンが判らずに、せっかく書いたものを3回ほど削除した)。

大作を送信して、満足げに電車から降りてバスに乗りこんだところに、さっそくいま送った返信が入ってきた。1時間もかけて書いたメールの返信が3分も経たないうちに戻ってくる。これはまるで地獄である。

ケータイレベル1の管理人がパスに乗っている10分弱の間に打てるものなどたかが知れている。ようやく漢字変換も句読点もないひらがなのみのメールを送ってバスを降り、家の玄関前に立ったとき、またもや着信のチャイムが鳴った。「お願い・・・・・・もう許して」

けっきょくPCを立ち上げて、丁重なお返事を書いて送った。「親指が攣りそうなので、また明日」
とりあえず急ぎのものだけ処理して、犬たちを連れて散歩に出かけた。帰ってきてみると着信のマークがついていた。

すぐに折りかえそうかとも思ったが、あれこれ忙しくてけっきょくそのままにしていた。夜中になって電話がかかってきた。

「ごめん、さっき7時過ぎに電話くれたよね。忙しくてかけられなかった。散歩に行っていてさ」

「・・・・・・・・・・・・」

???????

「あのさ、ケータイってなんのためにある?」

「ええと・・・・・・たぶん・・・・・・」

「持ち歩かなきゃ意味ねぇだろう!!」

この2日で管理人は驚くほどケータイを使いこなせるようになったが、どうやら根本的なところがまだ判っていないようだ。

ケータイその後 2005.6.8
またもや管理人は大失敗をしてしまった。昼から出かける予定だったのに、眠気に負けてついつい1時間だけ仮眠をとろうと横になったまま仮死状態に陥った。目が覚めたらとっくに出かけるべき時間を過ぎていた。

こういうことがあるとほんとうに落ちこむ。なんとか頑張れると無理をして毎日を過ごしているが、やはり無理なものは無理なのかもしれない。すっかりほったらかしのうちの犬たちを眺めるたびに、生活改善の方法に頭を悩ませる管理人だ。

そんなわけで、1日の貴重な数時間が予定外に消えてしまったために、今日は新しいおもちゃで遊ぶ時間がとれなかった。ようやく熱が下がった妹がフラフラキッチンに出てきたので、「新しい電話見たくない?」と無理やり部屋に連れこんで、新しいケータイをさんざん見せびらかした後に、巧く丸め込んですべて設定してくれることに話がついた。妹は新しい機械類がとにかく大好きだ。掃除機でもオーディオ類でも、新しく買った電化製品は、たいていまず妹の部屋に運び込まれる。そこでさんざん妹が遊んで飽きた頃に、使い方を覚えた妹が家族にそれを伝授するのだ。新しいケータイに妹が夢中にならぬわけはない。幸いベッドで寝たきりの状態だ。新しい電話で遊べるという魅力的な言葉に妹は大喜びで電話を持って去っていった。後ろ姿に向かって管理人は叫んだ。

「メールアドレス設定してね。あと待ち受け画面も可愛くね」

昨晩さんざんみんなに新しい電話番号をお知らせしたにもかかわらず、けっきょく夕方まで誰からも電話はかかってこなかった。なぜ管理人がケータイを持たずに過ごしていたかようやく記憶がよみがえった。友達がいないので電話がかかってくることなどめったにないのだ。今までかかってこなかったのだから、ケータイを妹に渡してもたぶん問題はないだろうと踏んだのに、こういう時に限って電話をかけてくる間の悪い奴というのが必ずいる。

妹が憮然とした顔で電話を持って降りてきた。差しだされた電話をとると、開口一番

「なんで、ケータイに妹がでる?!」

とうぜん管理人が出ると思って、思いっきりお茶目なことを言ってしまったらしい。

「まちがいなく変人だって思われた」

「たぶんね」

「もっと凄いこと言おうと思ったんだけど言わなくて良かった」

「それでも充分変な人だとは思われたと思うよ」

「・・・・・・おまけに、声がそっくりだし」

うちの女3人は電話の声がほとんど同じで、他人にはまず聞きわけることは不可能なのだ。

「ケータイの設定の仕方が判らなかったから、妹にやらせてた」

「だって、いつ電話がかかってくるか判らないのに?」

「誰からもかかってこないんだもん」

「昨日から1本も?」

「そう」

「これが初めての着信?」

「うん」

「さいて〜い!」

・・・・・・・・・・・・

そんなに笑わなくてもいいと思う。管理人はほんの少し心が傷ついた。

友人の1人はまちがいなく妹に変態だと思われたが、お陰でメールアドレスの設定が完了した。待ち受け画面の可愛い写真が貼ってある。どうやら妹はすっかりカメラを使いこなすところまでいったらしい。管理人はそれだけで満足だった。
さっそく新しいメールアドレスをお友達に配りまくった。すぐに返事が返ってきたが、それにまた返信する技術は管理人にはまだない。返信ボタンを押すところまではいったのだが、文章を打っているうちにどこを押せば「ん」が出るかが判らなくなった。「ん」を使わずに文章を組みたてるのがこれほど難しいとは知らなかった。

けっきょく諦めてPCからお返事を出した。

「メールありがとう。でも返事が打てないの。わたしのケータイは「ん」が出ない」

おそらくまた友だちに死ぬほど笑われるにちがいない。こうして妹や友人に使い方を聞いてばかりいたら、そのうち1回につき300円の有料サービスに移行することになるかもしれない。

ケータイ 2005.6.7
管理人はついにケータイを手に入れた。というか、いままで持っていなかったのが不思議なぐらいなのだが、じつは管理人ここ数年ケータイなしの人生を歩んで周り中から顰蹙を買っていた。

だいたい時間にルーズで待ちあわせに必ず遅れていくのだから、ケータイを持っていないとそうとう不便だ。なにしろ最近は公衆電話の数が極端に少ない。駅前かコンビニに行けば、まずたいていはあるのだが、それ以外の場所で見つけるのは至難の業で、またあってもたいては1台か2台で、けっきょく順番待ちの列に並ばなくてはならなくなる。基本的に家にいることが多いので、ケータイの必要性を感じずに、数年前に失業して貧乏のどん底に落ちたとき思いきって手放して以来、一定の収入が入るようになっても何となく必要を感じずにそのままにしていた。だいたいいまどき周りの誰かが必ず電話を持っている。イザとなったら借りればいいし、それこそ急ぎの連絡が必要なときには、一緒にいる友だちの番号をまるで自分のもののように使っていた。

だが、最近何度かケータイがあればなと思うことが重なって、その上基本料が安いものを見つけたこともあって、思いきって購入することにしたわけだ。

いつものことながら、思いたったらすぐに行動しないと気がすまない性格なので、けっきょく出稼ぎの帰りに都会を回ってさっそく購入してきた。

ちなみに管理人のケータイ歴はけっこう古い。まだ初期で、利用料が異常に高く、会社支給のケータイをオジサンたちが誇らしげに見せびらかしていた時代に、管理人は既に自腹を切ってケータイを持ち歩いていた。いま思えば驚くほどデカくて重く、犬にトッテコイをさせるのにちょうど良い大きさの電話だった。

だが最近のケータイは小さくて軽い。おまけにパチッと二つ折れになる。帰りの電車でさっそく手に入れたおもちゃで遊びたかったのだが、みんなが電車でやっている片手でパチッと開ける技が管理人には使えない。まるでアッコちゃんのテクマクマヤコン鏡のように両手で恐る恐る開けるようすを見ただけで、おそらく周囲の人はケータイ初心者だと心のなかで笑っていただろう。かっこよく片手で開けられるように、今夜から毎日十回ずつ寝る前に練習しなくてはならないようだ。

どんなもんか試してみたくて、ボタンを押してみたら、いきなりピッと音がした。たぶんどこかで音を消せるはずなのだが、電車の中でピッピとやると大顰蹙だし、おまけに変なボタンを押していきなり音楽でも鳴ったら目も当てられない。渋々その場は諦めて、続きは家に帰ってやることにした。

家に帰り着くと、姫の城の中で、管理人のスカートが無惨な姿になっていた。どうやらケージに入れられたことへの抗議行動の一環として、そばに落ちていたスカートを柵越しに中に引きいれて、それをビリビリ破いて遊んでいたようだ。おまけに妹がウィルス性の風邪にやられてダウンしていた。じつは昨日は妹の誕生日だったのだが、昨晩誕生パーティーで出されたご馳走は、すべて身体から排出されてしまったらしい。妹が高熱を出して唸っているせいで、けっきょくバァバに応援を頼んで犬たちを散歩に連れて行った。

自分の夕食を終えて、犬たちに餌をやったらもう10時である。山のようなメールに目を通しているうちに、おもちゃで遊ぶことなど忘れてしまった。たまたま友だちから電話がかかってきたので、ケータイを買ったことを誇らしげに自慢した。とうぜんのことながら番号を教えろと言われたのだが、果たしてこの電話は何番なのだろうか?電気屋のお兄さんが「これが番号ですよ」とディスプレイを見せてくれたのだが、その後どこかのボタンを押したら最後、二度とその画面が出てこなくなった。

「で、何番?」

「それが判らないんだよね。ヨドバシを出たときはたしかに表示されてたんだけど、今はないの」

友だちが思いきりため息をつく音が聞こえた。

「メニューの0押したら出るよ」

・・・・・・どうしてわたしのケータイの操作方法を赤の他人が知っているのだろうか?

「ほんとだ。出た。xxx番だって。なんで判ったの?」

「ジョーシキだ」

「・・・・・・」

管理人が貧困のあまりケータイ界から離れているうちにどうやら時代は流れていたらしい。

その後他の友だちにもせっせとメールで新しいケータイの番号をお知らせした。さっそく返事が返ってきて

「ケータイメールのアドレスも教えて」

・・・・・・・・・・・・

ようやく電話番号が判ったところなのに、この上メールアドレスも探せというのか? もしかしたら、これも今では常識なのかもしれない。明日誰かに電話して、自分のメールアドレスはどこを調べれば判るのか聞いてみなくてはなるまい。

そういえば以前持っていたケータイも、ある日突然バイブモードに替わっていて、それの解除方法が判らなくなった。友だちから「お前のケータイはいくらかけても誰も出ない」と大顰蹙で、妹に泣きついたところ、いとも簡単にマニュアルも見ずに解除してくれた。

「機種ちがうのにどうして判るのよ?」

「ジョーシキ」

・・・・・・・・・・・・


ようやく自力で日付と時間の設定はできた(店でやっておいてくれればいいのに、非常に不親切だ)。着信音も変えたのだが、どうしてもどんな音が鳴るのか聞くことができない。家電からかけて、聞いてみようかと思ったが、たぶん画面の下に表示されているこの再生というところを押せば音が鳴るはずだ。だが、どのボタンを押してもウンともスンともいわないのだ。
待ち受け画面というのも好みの画像に変えてみたいのだが、どこを押したらいいのかが判らない。おまけにこの電話にはカメラ機能もついている。友だち曰く

「ちょっと写真を撮りたいときにあると便利」

なんだそうだが、この調子ではカメラを無事使いこなせるまでには1年くらいはかかりそうだ。

先日友だちの両親がケータイを購入して、実家に帰るたびにその使い方を教えなくてはならないという話を聞いて大笑いしたばかりだが、どうやら管理人も大してレベルは変わらない。

これから数日は、この新しいおもちゃと格闘する日々が続きそうだ。

飼い主馬鹿 2005.6.6
うちの犬たちは世界一可愛い。おそらくツチノコ兄弟を横に置いてそういったら誰もが頷くにちがいない。だが、姫を連れてそれを言ったら、ほとんどの人が「飼い主馬鹿」と思うことだろう。でも姫は可愛い。世界で一番美犬だと管理人は確信している。

保護犬の新しい飼い主探しのお手伝いをしていると、遊びに来た方と何となく立ち話になることが良くある。もともと管理人の里親会でのお仕事は、来ている犬猫たちのとびっきり可愛い写真を撮って、どんな性格のコなのかを見極めるだけなので、ふだんは犬たちが係留されている辺りをウロウロしながら、犬とじゃれて遊んでいる。他のスタッフから見ると、ただ単に遊んでいるように見えるらしいが、これも立派なお仕事だ。なにしろ犬目当てで近づいてくる人たちに、それぞれの犬の名前や性格をPRして、どんな家庭環境の家なのかをさり気なく聞きだして、良い里親さんになってくれそうだと感じたら、今でなくとも今後犬を飼おうと思ったときにまたこういう会に探しに来てくれるよう精一杯活動の趣旨や目的をアピールする。

また逆にこの人はあまりよい飼い主にはなれそうもないと思ったときは、犬を飼うデメリットもよく説明して、まちがってもペットショップに子犬を買いに走ることなどないよう、できる範囲で説得する。

管理人たちのやっている仕事は、いわば営業活動だ。ビジネスの世界では営業と販売はまったく別のカテゴリーの仕事なのだが、普通の人にはそのちがいはあまり判らない。販売は、その場でものを売ることだけが目的だ。才能も経験も必要ないし、いわゆるアルバイトでもできる仕事だ。だが営業は物を売るのが仕事ではない。ものを買いたいと思わせるのが営業の仕事で、ものを売りつけるのが販売の仕事だ。

優秀な営業マンは、断りが巧い。客を怒らせずに注文を断り、なおかつまた来ようと思わせることができたら、営業としてはトップクラスになれるだろう。今の里親探しに必要なのはこういう優秀な営業の人材だ。自分の扱っている商品である保護犬や保護猫を熟知していて、愛情を持ってこのコたちをもらってくださいと言える人間がたくさんいればその里親会は成功する。逆に犬猫の名前もろくすっぽ覚えていないような不勉強なボランティアがいくらいても、邪魔になるだけでまったく戦力にはならない。

犬の飼い方をろくに知らない人間が、マニュアル通りに正しい犬の飼い方を論じても説得力などないだろう。逆にじっさい自分の犬を愛情を持って育てている人なら、誰でも即座に優秀な営業マンになれるのだ。


その人が良い飼い主さんになれるかどうかは、犬の扱いを見れば一目でわかる。何より犬は正直なので、犬がその人に対する態度でほんとうの犬好きかどうかは見る人が見れば判るのだ。


最近保護活動を手伝っていてつくづく思うのだが、こういう活動に従事するなら、最低限動物が好きな人でいて欲しい。普通の感覚だと犬好き猫好きが集まってくると思うのだが、じつは可哀想な犬猫を助けているこんな心優しい自分に酔っているだけのとんでもないボランティアがけっこういる。
そういう人間は大して勉強もしていないし、動物優先の考え方ができなので、結果的に活動に害を及ぼすことになる。だが、他に行っても大して役に立たないせいか、いつまでもしつこく居座って結果的にみんなの邪魔をしまくるのだ。

管理人にとって、そういった人種を見分けるバロメーターはうちの犬たちを連れていくことだ。人間大好きのうちのコたちが見向きもしない人ならば、管理人はなんと言われようとその相手を犬飼いとは認めない。

うちの犬たちの判断基準はほんとうに正しいのだ。それこそおやつをもらっても尻尾を振らない相手もいる。だから管理人は時折、誰がなんと言おうとうちのコたちを連れていって、エセ犬飼いが混じっていないか確認作業をすることにしている。

カウンセラー 2005.6.5
朝起きたら、テレビの画面に不気味な白い物体が生えていた。もしかして、あまり掃除をしないせいでついに謎の生物が繁殖し始めたかと眠い目をこすりながらよくよく見たら、コングに入れる用のレバーペーストが画面に飛びちった跡であることが判明した。昨晩は帰ってきたのが遅すぎて気がつかなかったのだが、どうやらまた姫がおやつ置き場をこじ開けて、新しいレバーペーストを1缶くすねたらしい。よくよく見ると床に空になったペーストの缶が無惨に転がっていた。ほんとうならお目玉をくらうところだが、考えてみれば管理人は昨日ほとんど1日外出していた。きっと寂しさのあまりやったのだと思うと不憫になってついつい叱る気も失せてしまった。

昨日異常に早く日記を更新したのは、じつはいったん家に帰ってから、友人に呼び出されてもう一度出かけたからだ。昨日の日記に書いたように昼間は女友達と会って、彼女たちの家庭の話を散々聞かされて来たのだが、夜は男友達に会ってこんどはもうひとつの夫婦の話を聞かされることになった。

まず第一に、なぜ夫も子どももいない管理人に誰も彼もが夫婦のごたごたをわざわざ説明したがるのか? はっきり言って管理人から的確なアドバイスなど出るわけはない。管理人が「そこは忍耐、夫婦円満の秘訣は我慢することよ」などと宣うようなできた人間ならばとっくの昔に誰かとつがいになっていることだろう。そういう面倒なことが嫌いだから独りで自由に生きている人間にわざわざ家庭内のごたごたを説明したがるというのもまったく不思議なものだ。今回会った友だちは幸い何もいわなかったが、結婚している友だちに会うと、たいてい散々愚痴を聞かされたあげくに「やっぱり一度は結婚しなくちゃ。いい人見つけるための努力が足りないんじゃないの?」と説教までされる。ここまで夫婦の面倒くさい話を聞かされて、誰が好きこのんで結婚などしようと思うのかと不思議になるのだが、どうやら皆さん真剣に管理人のことを心配してくれているらしい。

周りの話を聞くかぎり、老後の心配などのあれこれよりも、普段のたまりたまったストレスのほうがよほど身体に悪いような気がするのだが、それでも世間の大多数が結婚しているところを見ると、きっと中には何かいいこともあるにちがいない。できれば今後は結婚するメリットについて重点的に説明してもらいたいものである。


期せずして、昼夜に分けて男女それぞれの結婚観を聞かされるというのはなかなか趣のある体験だった。どちらも熱心に自説を語っていたが、それをふんふんと聞きながら管理人が思ったのは、やはり男女のあいだには深くて広い溝があるなということだ。どちらの話も確かに道理は通っている。だが、結局基準がちがうし観点がちがうのだから、いくら話しあっても話は平行線のままになるのは当然だ。冷静に分析している管理人には判るのだが、本人たちにはなぜか判らないというのもおもしろい。
ちなみに管理人は割と昔からこうして人の恋愛相談などにかり出されることが多い。まあ頼まれるといやとは言えないので、ほいほい出ていって話を聞いてやるのがいけないのかもしれないが。

「若い頃からそういう話をやたら聞かされるんだよね」

「たぶん、話しやすいからだ。男同士で相談しても結局良いアイデアは出ないし、普通の女に説明すると、まちがって変なことになるかもしれないし。その点お前なら安心だし」

深夜に呼び出されて散々愚痴を聞かされたあげくに思いっきり安全パイと呼ばれたような気がしたのは、きっと眠気から来る幻聴だと管理人は信じたい。

息抜き 2005.6.4
たまには息抜きも必要だというわけで、今日は久しぶりに友だちと会っていた。最近管理人だけではなくて同世代の友人たちはとにかくやたら忙しい。管理人のように独り自分勝手に生きている人間とちがって、家族や社会とのしがらみが出てくる年齢だからなのかもしれない。管理人自身も普通に考えたら落ちついたほうがいい年齢のときに、まったく新しい人生を歩み始めたひとりなのだが、なぜか時期を同じくして、友人たちもそれぞれ別の生活に飛びこんでいる。ちょうどそれが軌道に乗り始めた時期というのがこの忙しさの原因なのだろうが、それぞれブツブツいいながらも、毎日の生活をそれなりに楽しんでいるところは、やはり嬉しいことだ。お陰で友だちに会うと元気になる。肉体的にはそうとう疲れているのだが、精神的なリフレッシュにはやはり友だちとの馬鹿っ話が何よりだ。

ほんとうは夕方には帰ってくるはずだったのだが、ランチを楽しんだ後にのんびりお茶をしていたら、いきなり大雨が降ってきた。今日はたしか予報でも夕方から大雨といっていたにもかかわらず、管理人と友人のひとりは傘を持っていなかった。
雨が酷ければ止むまで待てばいいじゃん、というのが管理人たちのスタンスだ。たしかに傘があってもびしょぬれになりそうな大雨の中無理して出ていく必要もない。いいんじゃないの?そのうち止むから、それまでのんびりおしゃべりでもしていれば。

けっきょく家に帰り着いたら夜になっていた。

いい歳して計画性もなければ、まったく出たとこ勝負で酷い話なのだが、そんな無謀なところがまたこのつきあいのいいところだ。

しっかり準備をしておいたとて、予定外の事態は起こりうる。ならば端から準備などしなくても、最後は何とかなるさというあたり、管理人も友だちもけっきょく大人になりきれないのかもしれない。

女王さま 2005.6.3
最近愚痴が多すぎる。まあ寝る時間もないほどの忙しさでボロボロになっている以上愚痴を言うなというほうが無理なのだが、愚痴というのは決して建設的な行動ではないし、思考がマイナスになると、ろくなことはない。だいたい忙しいとブチブチ文句をいっていても、けっきょくのところこういう状態になるまで抱え込んだのは自分なわけだし、他人に文句をいうのは筋違いだ。基本的に管理人はどんな状況でもものごとを他人のせいにするのは嫌いだし、けっきょくいまの生活を改めないということは、自分が決めたことなのでしかたない。他人に責任転嫁をすると楽なこともあるのだが、同時に偉そうに生きていくことができなくなる。これは管理人にとって最大のストレスだ。自分で自分の行動に責任をとれば、思いっきりでかい態度で生きていける。逆に他人に責任転嫁することに馴れてしまうと自分の行動に自信が持てなくなる。自信がなければ萎縮する。管理人にとってでかい態度でいられないのは、何よりも不幸なことだ。昔から、管理人のミドルネームは高ピーと決まっている。

高ピーといえば、我が家で一番高ピーなのは、やはり猫社会の頂点に立つチビ姐さんに他ならない。基本的に姐さんは誰にも拘束されずに自由に生きている。寝るところはその時の気分しだいで、風呂場でもコタツの中でも姐さんが来れば他の猫も犬もさっと場所を譲る。食餌はもちろん、食べたいときに人間を呼びつけて缶詰を開けさせるし、外に行きたければ、ニャーと鳴けば誰かが飛んできて、目の前のドアをさっと開けてくれる。姐さんにとって犬猫屋敷は全館完全自動ドアだ。

もちろん、姐さんがここまでの地位に登り詰めたのも、いままでの努力の賜だ。なにしろもらってきたばかりの2匹の子犬を育てたのも姐さんだし、途中から来た長い顔の犬も姐さんが指導した。たまにやって来るうるさい子犬も、いつも姐さんが教育係を担当する。猫はあまり好きではないので、子猫の面倒はめったに見ないのだが、それでも後から来た猫たちは皆姐さんに一目置いている。

人間に関していえば、しょせん最初から缶詰開け係くらいにしか思っていないので、指導する必要もなかったようだが、心の広い姐さんは、時にヤモリや蛇やスズメを捕ってきては、人間たちをきゃーきゃー言わせて喜ばせてやっている。目下の者にもきちんと心配りをする、そんな優しさが姐さんの魅力だ。


数日前、姐さんが約半年ぶりにフラッと管理人の部屋に立ちよった。いちおう犬が勝手に出入りできないように簡易鍵をつけているのだが、姐さんはそんなものは簡単に開けて部屋の中へと入ってくる。姐さんのお出ましに、犬たちの間に緊張が走る。姐さんに粗相があったらどんな罰を受けるかしれないからだ。
けっきょく姐さんはそこに寝ていた姫を追いだして、犬たちの特等席であるドッグベッドに寝ることにしたらしい。大きなベッドを占領して、のうのうと寝ていたが、しばらくするとまたフラッと部屋から出て行った。姐さんが出ていった後ろ姿を見送りながら、犬たちのため息が聞こえたのは、きっと管理人の気のせいではなかっただろう。

姐さんのカッコいいところは、決して誰にも媚びないところだ。気が向けば、可愛がってくれる人には自分から近づいていって愛想を振りまいたりもするのだが、面倒だと思えば呼んでも顔も上げない。

やりたいことだけやっている、誰に嫌われようが気にも留めない、そんな信念を持つ姐さんは、やっぱり犬猫屋敷の頂点に立つにふさわしい女王さまに他ならない。

苦手 2005.6.2
今日は雨の中出稼ぎに行ってとっぷり疲れて帰ってきたので、さっさと日記を書いて今日こそ早く寝ようと心に決めていた。にもかかわらず、あと10分で3時である。近ごろ完全にこの生活が身に付いてしまったようだ。人が早く寝ようと思っているときに限ってトラブルが起こる。明日処理すればいいものならもちろん先延ばしにするのだが、けっきょく対処せずにはいられない。そうすると3時である。きっと朝早く起きればもっと1日が有効に使えるのだ。早起きは三文の得という諺があるとおり、きっと早く起きればそれだけ仕事の効率も上がるのだろう。多分そうなのだとは思うが、管理人には確証はない。なにしろ子どもの時から宵っ張りの朝寝坊で、朝早く何かをまともにできた試しがない。管理人にとって夏休みの何が苦手といって、毎朝早起きして行かなければならないラジオ体操と(なぜ、せっかくの夏休みに無理やり早起きして朝っぱらから体操しなくてはならないのか、管理人は昔から納得できなかった)、一度もまともに見たことのないアサガオの観察日記だった。管理人のアサガオは一度も咲かなかった。親の話では咲いていたらしいのだが、日誌に嘘を書くわけにはいかないので、開花した絵は1枚も描けなかった。世の中には朝が苦手な人間もいるのだから、いちおう夕顔の観察日記でも許してくれてもいいのではないかといまでも管理人は思っている。

苦手といえば、管理人は自転車に巧く乗れない。いや、走り出したらもちろんスムーズに走れるのだが、走り出しの片足をペダルにかけてとんとんと走る、あのいわゆる乗り方ができないのだ。誰にだってできることなのに、なぜ管理人にはできないのかは、自分でもよく判らない。何となく子どもの頃からできなかった。だから自転車に乗るときは先にサドルにまたがって、いきなり自転車を走らせる。はっきりいってあまりかっこよくはない。だが今さら自転車の乗り方を覚える歳でもないので、これで仕方がないのだとそのままにしてしまっている。

誰にでもできるといえば、管理人は箸も巧く使えない。自慢ではないが○○歳になったいまでも、あいかわらずバッテン箸状態だ。奇妙なことに、自分の箸の使い方がおかしいことに気づいたのは、アメリカに行ってからである。むこうのレストランの割り箸の袋には、よく正しい箸の持ち方の書いてある。たまたま暇つぶしにそれを見ていて、自分が変な箸の持ち方をしていることに気がついた。同居していた祖父母はおろか、両親すらそれに気づいていなかった。ちなみに妹はちゃんと箸が使える。親曰く「箸の使い方など教えたことがない」のだそうだ。これまたその事実に気づいたときは、一から箸の使い方を覚えるには歳をとりすぎていた。
ちなみ管理人はクロールもできない。泳ぎはけっこう得意で平泳ぎなら1kmくらいは軽く泳げるのだが、なぜかクロールだと25mがやっとである。なにしろまともに息継ぎができないのだ。これでも小学生の頃には水泳教室にも通っていたのだが、なぜかけっきょくクロールだけはマスターできなかった。息継ぎができないせいか、管理人のクロールはそうとう変である。溺れているのとまちがわれるのもしばしばだ。足と手を違う方向に動かすというのがどうも管理人には苦手なのだ。そういえば考えてみれば、スキップも大の苦手だった。

誰でもできることができないというのはそうとう恥ずかしい。大人になってスキップができないからといって恥をかくことはまずないのだが、それでも胸を張って言えることでは決してない。でも人間少しぐらい苦手があったほうがかわいげがあると最近は思うことにしている。

ズド〜ン 2005.6.1
っと落ちこんだ。今日は友だちと昼に待ちあわせてランチをする約束だった。みんな忙しいのでめったに会える機会はない。仕事三昧の昨今、久しぶりに楽しみにしていたプチイベントである。にもかかわらず、管理人は思いっきり寝過ごした。4時に寝ても、いつもなら9時までには目を覚ます。だが、今日はバァバや妹の呼びかけにもまったく応答がなかったらしい。友人からの電話で目が覚めたときは既に1時を過ぎていた。ちなみに待ち合わせは12時である。なんとノンストップで9時間、ぐっすり眠り続けていたようだ。泥のように疲れているという状況を実体験してしまった。

可哀想な犬猫を救う手伝いをするのもいいが、そのせいで最近はうちの犬たちが可哀想なコたちになってしまっている。あまりの本末転倒に今後は生き方を変えなくてはならないと心の底から反省した。
今日もやるべきことが山積みだったが午前中が一気に消えてしまったので、けっきょくすべてが押せ押せになった。なんとか午後一杯で(ほんらいは午前中にやっておくべき)仕事を仕上げ、ギリギリ締め切り寸前に宅配便の配送センターに持ちこんだ。ちなみに今日は銀行に行く予定だったが、これももちろん延期である。親の財布から1000円札1枚をそっと盗み出す、まるで中学生のようなことをしてしまった。

適当にたまった業務をこなそうと、夕飯後にパチパチやっていたら友だちから電話がかかってきた。恐らく彼の人生最大の危機とも言える大事件の報告だったのだが、管理人は思わず腹を抱えて笑ってしまった。たぶんこんな話を聞いて笑い転げる奴はいない。だが、ほんとうに可笑しかったのだ。本人も一緒になって笑い転げていたところなど、おい、いいのかと言いたくなったが(ほんとうに普通なら笑い事ではない大事件なのだ)でも考えてみれば、この世の中見る人が見れば悲劇もすべて笑いの種になる。とくに本人たちがあまりに真剣だと(そしてその内容が冷静に見るとものすごくくだらないことだったりすると)よけいにおかしさが倍増する。

そして今日の教訓、人の人生なんて判らない。どうしようもなく些細なことですべてがガタガタと崩れ落ちる瞬間がある。悲劇と喜劇は紙一重。死ぬほど笑ったお陰で気分が一気に明るくなってしまった。今日の管理人、気分はシェークスピアである。


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