*印を付した記事は2011年(平成23)3月11日の東日本大震災を織り込んだもの。
以外は、その前に書いた記事です。
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■羅賀荘(らがそう)
ホテル。下閉伊郡田野畑村羅賀60−1にある。0194-33-2611。名勝北山崎に近い。
HP http://www.kpj.co.jp/ragaso/

■ラサ専用線(らさせんようせん)
ラサ工業宮古工場専用線。廃線。小山田1丁目のラサ構内から藤原までの約3キロを走った私線。国鉄との切り替えポイントまで貨車を引いて走り、国鉄の機関車が引き継いで宮古駅に入った。小山田と藤原上町の境にトンネルがあり、ラサ構内に給炭・給水設備などがあった。貨車を牽引したのは蒸気機関車のC108号機。予備機としてC11256、その後継としてC11247号機があった。C11256は1944年(昭和19)日車(日本車輌)製。1968年(昭和43)9月19日に会津若松機関区へ譲渡され、1972年(昭和47)10月2日廃車。C11247号機は1943年(昭和18)日立製。1968年(昭和43)7月31日に会津若松機関区で引退し、ラサ工業へ譲渡。1976年(昭和51)4月8日に廃車。市内の小学校に保存が内定したが実現せずに解体。SLのあとを受けてディーゼルのDD16型、DD5201号機が使用された。1981年(昭和56)7月9日、ラサ工業宮古工場は銅鉱精錬所を轄同資源産業に譲渡。国鉄の貨物合理化により1986年(昭和61)宮古駅の貨物営業が廃止されるとともに、ラサ専用線も役目を終えた。

■ラサの煙突(らさのえんとつ)
宮古のランドマーク。市街の南、小山田(こやまだ)の標高90mの山上にそびえる。煙突の高さ160mで、計250m。実際の高さで日本第2位になる。直径は根本10m、先端5m。1936年(昭和11)休鉱中だったラサ工業の田老鉱山が再開され、宮古工場が1939年(昭和14)6月に操業を開始。煙突の建造は小山田の鹿島建設。1971年(昭和46)に田老鉱山が閉山。1986年(昭和61)煙突を含む銅鉱精錬施設を合同資源産業宮古製錬所に譲渡し、ラサ工業は半導体関係の部品洗浄などに業態を変えた。現在は日本シーアールアイの所有。ラサのサイレンは“ポー”と呼ばれ、午前7時45分・正午・午後4時に鳴った。先端に避雷針があり、純金製だという伝説がある。

■らんたん
かつてあった喫茶店。栄町(さかえちょう)2番7号あたり、宮古駅前通りの、駅から見て左筋にあった。蛇の目本店の向かって右隣り。1960年(昭和35)開店。2003年(平成15)ごろになくなったか?

■ラントウ沢踏切(らんとうざわふみきり)
大字(おおあざ)八木沢(やぎさわ)第8地割あたりにある。JR山田線の踏切で、市道岸ノ前ラントノ沢線が交差する。

■ラントノ沢(らんとのさわ)
大字八木沢第7地割にある字(あざ)名。むかし、なにか乱闘騒ぎがあったのでこの名がついたという噂話があるらしい。

■ラントノ沢線(らんとのさわせん)
宮古市道岸ノ前ラントノ沢線。国道45号西の丘陵上を通り、磯鶏石崎と金浜で国道45号に接続する。JR山田線とほぼ並行して走り、八木沢第8地割あたりにラントウ沢踏切がある。


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■リアス海岸(りあすかいがん)
リアス式海岸ともいう。スペイン北西部、カンタブリア山脈が海に面して入り組んだ海岸線が形成され、この地方で湾をリアと呼ぶところから、リアス海岸という名ができた。山地の地盤沈下や断層運動、海面上昇などによって尾根が岬・半島・島となり、河谷は入り江となって両岸に山地の急斜面が迫り、鋸の歯のような複雑な海岸線をつくる。宮古市以南の三陸海岸にその典型がみられる。湾内は風波が少なく、水深があって停泊地に適している。町は湾奥の三角州につくられることが多い。山が迫って平地に乏しく、大きな都市に発展する例は少ないといわれる。

■りあす亭(りあすてい)
街なか交流施設。末広町(すえひろちょう)6番4号に、2010年(平成22)1月9日開設。空き店舗(旧・呉服のおせい)を利用した施設で、末広町商店街振興組合が運営。

■リアスハーバー宮古(りあすはーばーみやこ)
神林(かんばやし)マリーナ、単にヨットハーバーとも呼ばれる。神林9番1号、宮古湾西岸の神林木材港の南に隣接する。0193-71-1120。岩手県の管轄。宮古市史年表1970年(昭和45)7月26日“木材港にヨット会場船着場工事落成”とある。この“ヨット会場船着場”は同年9月7日から開催された第25回国体夏季大会のヨット競技会場として設置された。その後、拡張・整備工事が施されたらしく、NPO法人いわてマリンフィールドのHPによると、リアスハーバーの完成は1999年(平成11)5月になっている。同年8月、全国高校総合体育大会(インターハイ)岩手大会のヨット競技会場となる。2003年(平成15)4月、いわてマリンフィールドが管理・運営を県から受託。ハーバーまつり、宮古湾横断遠泳大会などが行なわれる。
HP http://www.eins.rnac.ne.jp/~npo-imf/index.html

■RIAS BOX(リアスボックス)
三陸鉄道宮古駅の売店の名称。店名は英語で表記されている。

■リカーショップはこいし
酒屋。板屋(いたや)1丁目2番16号にある。0193-62-2235。“はこいし”は箱石。2004年(平成16)8月28日、隣りにローソン宮古板屋店ができた。

■りきさん亭(りきさんてい)
閉店。五月町(さつきちょう)1番1号の魚菜市場内にあった食堂。寿司・天麩羅・うどん、旬の料理など。2007年(平成19)3月30日開店。代表、佐々木力男。閉店は2012年に入ってからか? この場所には、りきさん亭以前には2006年12月末まで味鮮(あじせん)食堂があった。向かって右隣りは、まんぷく食堂。

■陸中(りくちゅう)
旧地域名。現在の岩手県にほぼ相当する。1868年(明治1)12月7日の太政官布告によって、それまでの陸奥国(むつのくに)が陸奥・陸中・陸前(りくぜん)・岩代(いわしろ)・磐城(いわき)に分割されて成立。“三陸”はこのうち北から陸奥・陸中・陸前の総称。

■陸中海岸国立公園(りくちゅうかいがんこくりつこうえん)
1955年(昭和30)5月2日、浄土ヶ浜を中心として、北は下閉伊郡普代村から南は釜石市までの8市町村にわたる沿岸が園域に指定される。1964年6月1日に南が宮城県気仙沼市まで(碁石海岸、巨釜半造、気仙沼大島を中心に)、1971年1月22日に北が久慈市まで(侍浜海岸、小袖海岸を中心に)追加指定され、約180qにおよんだ。宮古以南は沈降性のリアス式海岸を形成し、以北は高さ100m前後の雄大な隆起型段丘が続く。宮古市域には浄土ヶ浜をはじめ、南に本州最東端のとどヶ崎、月山・十二神山を擁する重茂(はんとう)半島、北に蛸の浜、国の天然記念物に指定されている潮吹穴やローソク岩、クロコシジロウミツバメの繁殖地として国の天然記念物に指定されている日出島、女遊戸(おなつぺ)海岸、松月(まっつき)海岸などの景勝地・行楽地が続く。1955年(昭和30)9月30日に陸中海岸国立公園指定記念切手の「浄土ヶ浜」10円と「北山崎」5円が発売された。
HP http://www.biodic.go.jp/jpark/np/rikuchu.html

■陸中建設(りくちゅうけんせつ)
株式会社。宮町(みやまち)1丁目3番5号の陸中ビル内に本社がある。

■陸中タイムス(りくちゅうたいむす)
1966年(昭和41)1月15日創刊。駒井雅三主宰。

陸中國宮古港(りくちゅうのくにみやここう) → 海図
宮古湾の最初の海図の名称。

■陸中物産センター石川(りくちゅうぶっさんせんたーいしかわ)
*御土産・海産物店。磯鶏石崎(そけいいしざき)3番14号、国道45号・磯鶏交差点の北東角地にある。2階はレストラン五右衛門。前身は浄土ヶ浜の砥石浜(といしはま)で昭和初期に開業した料亭石川亭、石川食堂。1987年(昭和62)11月に現在地に移転。2011年(平成23)3月11日の東日本大震災に被災し、堤防際に位置する建物の1階が全壊。翌2012年8月に復興・営業再開。

■陸中丸(りくちゅうまる)
*遊覧船(観光船)の名称。2012年(平成24)8月現在、第16陸中丸が運航中。岩手県北自動車滑マ光船事業部に所属し、浄土ヶ浜の黒石浜(小石浜)にある埠頭を母港とする。第1陸中丸は1962年(昭和32)に就航。2011年(平成23)3月11日に発生した東日本大震災による大津波で第15・第12陸中丸の2隻を失い、第16陸中丸(109t)だけが沖に避難して残った。

■陸中宮古青年会議所(りくちゅうみやこせいねんかいぎしょ)
社団法人。保久田(ほくだ)7番25号、商工会館2階にある。0193-62-8458。ビデオ映画「あの夏、タイムマシーンにのって」を企画し、配役・スタッフに100人以上の市民の参加を得て2005年(平成17)10月15日公開を開始。2006年4月29日、DVDを発売。

■リスボン
末広町(すえひろちょう)1番1号、末広通り東端の南角にあった靴屋。看板には“靴の店リスボン”とあった。いまはビットヘアーという理髪店になっている。

■リバーパークにいさと
新里地区の茂市(もいち)第8地割53にある。0193-72-3800。ふるさと物産センターや湯ったり館、閉伊川オートキャンプ場などの施設があり、カヤックや釣りができる。

■暦応の碑(りゃくおうのひ)
市内最古の石碑。熊野町(くまのちょう)6番33号、鍬ヶ崎児童遊園内にある。高さ1.05m、幅65cmの自然石に、大日如来を意味する梵字一字と“暦応三年七月十五日”の日付が刻まれる。暦応は北朝の元号で、暦応3年は1340年。南北朝時代の暦応年間(1338〜1342)宮古地方に密教が流布していた事実を表わす。もとは背後の地蔵鼻と呼ばれる丘の上に建っていたらしい。崖崩れで落ち、清水川の橋に使われていたのが発見されて、児童遊園に保存されたという。1955年(昭和30)8月8日、市の史跡に指定。

■竜神崎(りゅうじんざき)
日立浜町(ひたちはまちょう)9番地にある。宮古湾内の東に突き出した鍬ヶ崎(くわがさき)半島の南西端に位置し、浄土ヶ浜行きの県北バスに乗ると、角力浜(すもうはま)停留所から近い。崎の南端に海の神“龍神さま”を祀る。高台に竜神崎展望台があり、宮古湾を一望できる。東の舘ヶ崎(たてがさき)展望台を経て奥浄土ヶ浜まで遊歩道がつづく。竜神崎から宮古港防波堤が湾内を南へ延び、先端に赤灯台が立つ。この宮古港防波堤と南に位置する臨港通の出崎埠頭とで囲まれた範囲を宮古港と呼ぶ。宮古湾は重茂(おもえ)半島にいだかれた、さらに広い範囲を指す。

■竜神崎地区防波堤(りゅうじんざきちくぼうはてい) → ケーソン
日立浜町(ひたちはまちょう)の竜神崎から延びる宮古港防波堤(出崎防波堤とも呼ぶ)の東沖に建設中。宮古湾内の鍬ヶ崎(くわがさき)・日立浜水域、閉伊川河口部の平穏を保つのが目的。1992年(平成4)に国の直轄事業として始まる。長さ400m・ケーソン40基の計画で、1994年(平成6)に第1号ケーソンの製造に着手。2005年(平成17)12月1日・2日に25号・26号ケーソンが進水し、これが設置されると260mになる。

■竜神さま(りゅうじんさま) → 竜神崎
海の神さま。日立浜町(ひたちはまちょう)9番地の南西端、宮古港防波堤の付け根にあたる竜神崎に鎮座。朱塗りの太鼓橋を渡ると小さな白木の社が南を向いて立つ。太鼓橋に“昭和四十二年三月完成”という銘盤がある。例祭は旧3月15日、いまは6月の第2日曜。運営母体は鍬ヶ崎小型船主船頭組合。大正期(1912-26)に大漁や操業の安全を祈る鍬ヶ崎の漁師らによって祭られた。

■竜神碑(りゅうじんひ)
磯鶏(そけい)黄金浜(こがねはま)にある。太陽の絵の下に、龍神碑と刻まれている。傍らに立つ案内板の全文、“この竜神碑は、昭和五十年代の国道改修工事のため、石崎地区より現在地(磯鶏老人福祉センター)に移転されたものである。/(碑文裏書)/ある年の十二月磯鶏地引漁場の前須賀に一個の石が打ち上げられ、水夫一同これを見、竜神様の授かり物で目出度いと大変喜び石崎にこの碑を設立祭り祝った。/願主 宇都宮栄太/船頭 三河安右ェ門/磯鶏地引網中/明治廿八年乙末十二月二十六日” 原文まま。明治28年(1895年)は乙未で、乙末は間違い。川島秀一「漁撈伝承」(法政大学出版局)に、大波で打ち上げられた形のよい石で、竜神碑として祀られる以前は蛭子石(えびすいし)と呼ばれたとある。

■龍泉洞(りゅうせんどう)
宮古市の北西に隣接する岩泉町にある。日本三大鍾乳洞のひとつ(高知県の龍河洞、山口県の秋芳洞)。1938年12月14日に国の天然記念物に指定された。洞内は700mが公開されている。全長は5000mに達するとされ、第3地底湖は水深98m、第4地底湖(未公開)は120mで日本一の水深を誇る。龍泉洞は周辺に広がる広葉樹林帯の落葉地層と石灰岩層によって濾過された水を毎秒約1500リットル湧出するという。カルシウム含有率は国内のミネラルウォーターのなかで群を抜いて高く、1985年に日本名水百選に選ばれた。同じ年、(社)岩泉産業開発は龍泉洞北部の井戸から地下水をとり、非加熱処理して“龍泉洞地底湖の水”の名で商品化した。同社は現在、株式会社化。

■龍泉洞珈琲(りゅうせんどうこーひー)
下閉伊郡岩泉町乙茂にある滑竦産業開発が製造・販売。地元の珈琲職人がブレンド。

■漁師(りょうし)
⇒ 平運丸〜青年漁師の店 http://www.heiun.com/index.html

■旅館志乃多(りょかんしのだ)
廃業。いまの篠田(しのだ)駐車場の位置、大通(おおどおり)3丁目2番1号の角地にあった。東の向かい角地は、かつての国際劇場。2010年(平成22)7月に建物を解体。志乃多旅館とも呼ばれ、敷地のある一角はかつて旧魚菜市場にかけて俗に篠田町と呼ばれた。

■旅館住吉(りょかんすみよし) → 住吉旅館

■リラパークこなり
末広町(すえひろちょう)8番4号にある。2007年(平成19)11月9日に開店。書籍・文具・教材・楽器などを扱う。新町(あらまち)の株式会社小成の支店。本町(もとまち)にあった小成書店、末広町の小成ぶんぐ館を統合。リラパークはリラックスとパークから造語。宮古駅前交差点の北東角地で末広町の入口にあたる。以前ここにプラザカワトク宮古店があった。向かって右隣りは中屋金物屋。

■リラホール
かつてあった映画館。大通(おおどおり)4丁目3番23号あたり、末広町の服部時計店わきから大通に抜ける路地の途中にあった。道の東筋で、向かいは中澤歯科医院。開業は1956年(昭和31)か。鬼山親芳「宮古の映画館物語」によれば、経営は城内良亮、ダンスホールとしてスタートし、10年ほどで閉館。

■臨港線(りんこうせん)
廃線。国鉄宮古臨港線が正称。宮古港線とも呼ばれた。宮古駅と臨港通の宮古港駅をつなぐ約2キロの貨物専用線。山田線の支線で、八幡沖踏切で山田線から分かれて閉伊川左岸沿いを走った。臨港線・宮古港駅貨物扱所の竣工は1943年(昭和18)11月22日。鍬ヶ崎の魚市場・水産加工場やラサ工業の鉱石貯蔵施設などから、冷凍魚介類・鉱石・木材その他を運んだ。ラサ工業の鉱石は田老鉱山から13.5キロの鉄索(索道)によって鍬ヶ崎まで運ばれた。1984年(昭和59)1月31日を最後に、国鉄の貨物合理化によって宮古臨港線駅が廃止。線路は1986年(昭和61)まで利用されたが、同年4月11日に宮古駅の貨物駅が廃止されて本来の使命を終えた。1987年3月、ラサ工業に保管されていた専用線の蒸気機関車C10 8(C10型8号機)を宮古市が譲り受け、7月19日に“しおかぜ号”として旧臨港線を使った観光鉄道SLリアス線の運行を始めた。はまぎく駅(宮古市役所前)〜ミニ浄土ヶ浜公園前駅〜うみねこ駅(宮古港駅)の1.4qで、1989年(平成1)まで夏休み期間や9月〜10月の休日に改造客車2輌を牽引して運行。1992年の三陸・海の博覧会に際し市役所前〜白浜丸発着所の0.5km区間で機関車のみの運転を実施。その後レールは撤去された。廃線跡地の利用策は未定。C10 8は1930年(昭和5)川崎車輌製。1961年(昭和36)まで国鉄東北線を走り、翌1962年ラサ工業に売却されて宮古のラサ工業専用線で1986年まで運行。SLリアス線で“しおかぜ号”として利用されたのち保存されていた。1994年(平成6)春に静岡県の大井川鉄道に売却され、1997年(平成9)10月14日に現役復帰。2005年(平成17)現在なお稼動中で、C10型機で唯一残っている車輌として知られる。

■臨港通(りんこうどおり)
宮古市の東部に位置する。閉伊川河口左岸、宮古湾に突き出した出崎埠頭(でさきふとう)と宮古港の岸壁一帯。1万トン岸壁、魚市場や“シートピアなあど”などがある。1937年(昭和12)埋め立てにより出崎埠頭が完成。


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■ルールー
Sports Plaza Looloo、スポーツプラザ・ルールー。スニーカー、スポーツシューズの店。大通(おおどおり)1丁目1番27号、中央通り南沿いにある。0193-63-4466。さとう靴店の支店か?


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■霊鏡竜湖(れいきょう・りゅうこ)
宮古山常安寺7世。1681年(天和1)に生まれ、1727年(享保12)に死去。浄土ヶ浜の名付け親として知られる。鍬ヶ崎上町の常安寺別院(潮騒山地蔵堂)、中里団地の交天新墓地地蔵堂などを開く。

■霊水記念碑(れいすいきねんひ)
田老の水沢にある。1864年(元治1)盛岡藩第14代藩主南部利剛(としひさ)が三閉伊を巡視したとき水沢の湧水を供し、それを記念して石碑を建立した。

■冷麺(れいめん) → 小笠原製麺所 もりもり
盛岡冷麺が有名だが、宮古冷麺もある。

■レーシング・カー → 太田おもちゃ屋

■歴史(れきし)
⇒ 宮古Chronicle

■レストランおゝ田 レストラン太田(おおた) → 太田レストラン

■練成館(れんせいかん)
市営の体育館。築地1丁目4番33号、中央公民館の裏手、山の中腹にある。有料で、使用の申し込みは教育委員会、0193-62-2111。ただし、2006年(平成18)現在、廃墟状態で使われている形跡はない。


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■櫓(ろ) → 三浦櫓櫂店

■労音(ろうおん)
全国勤労者音楽協議会連絡会議の略称。勤労者のための会員制の音楽鑑賞組織。1949年大阪の勤労者サークルによって結成され、全国に広まった。宮古にも組織があり、会員のほか、入場券を買って一般人もコンサートを鑑賞できた。

■老木(ろうき)
大字(おおあざ)。市の中心部から9qほど西に広がる田園地帯。閉伊川の南、田鎖(たくさり)地区の西にあたる。田鎖にまたがって老木館跡がある。字根城館(ねじょうだて)にも城館跡がある。もと花輪村に属し、1955年(昭和30)から宮古市の大字となる。1968年(昭和43)閉伊川左岸の花原市(けばらいち)と結ぶ牛伏橋が永久橋になる。

■老人福祉センター(ろうじんふくしせんたー)
磯鶏(そけい)老人福祉センターは磯鶏1丁目1番38号にあり、かつて黄金浜(こがねはま)があったところ。金浜(かねはま)老人福祉センターは大字(おおあざ)金浜第1地割字堤ヶ沢18番地1にある。

■ロウソク岩(ろうそくいわ) → ローソク岩

■労働基準監督署(ろうどうきじゅんかんとくしょ)
宮古労働基準監督署。緑ヶ丘5番29号にある。

■労働福祉会館(ろうどうふくしかいかん)
宮古地区労働福祉会館。新川町(しんかわちょう)5番25号、もとの1分団があった場所にある。

■ローソク岩(ろーそくいわ)
蝋燭岩。“崎山(さきやま)のローソク岩”として1939年(昭和14)9月7日、国の天然記念物に指定。所在地は大字崎鍬ヶ崎(さきくわがさき)第12地割1番、浄土ヶ浜の北の大沢海岸にある。高さ40m、上部幅7m・下部幅3mの火成岩の柱が水成岩を突き破って露出している。浄土ヶ浜からも見える。北東海上に国指定天然記念物の日出島、日出島の北西対岸に同じく国指定天然記念物の潮吹穴があり、ともに浄土ヶ浜から出る遊覧船の島めぐりコースに入っている。

■ローソン(LAWSON)
コンビニエンス・ストア。宮古に数店あり、ローソン宮古○○店と呼称。本町店が本町1番35号センターコート・ベア1Fにある。かつて丸石家具店がこのへんにあった。そのほか保久田店(保久田8番16号)・西町店(西町3丁目3番1号)・千徳店(太田1丁目2番1号)・神林店(神林2番18号)などがある。

■ロートレック
レストラン。宮町(みやまち)4丁目3番40号、国道106号沿いにある。1977年(昭和52)開店。北がわに宮古バッティングセンターを併設。

■櫓櫂(ろかい) → 三浦櫓櫂店

■6分団(ろくぶんだん)
消防屯所のひとつ。鍬ヶ崎上町(くわがさきかみまち)7番8号にある。0193-63-8686。正式には宮古地区広域行政組合宮古市消防団第6分団屯所。

■ロケットラーメン
宮古に出回っていた袋入りのインスタントラーメン。鍋で3分煮るタイプ。野球帽をかぶりロケットにまたがった少年の絵が描いてあった。宮古以外では目にしたことがない。ローカルな製品だったのだろうか。

簡約 宮古大事典 2003.10.28 〜 日々増補改訂中!
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