宮古大事典          わ 未分類  ホームへホームへ
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■ワーク
ディスコ。大通(おおどおり)3丁目、宮饅食堂があった建物の2階にあった。

■和井内(わいない)
2005年(平成17)6月6日、宮古市・田老町(たろうちょう)と対等合併して宮古市となった新里(にいさと)村の大字。JR岩泉線の岩手和井内駅、和井内ふるさと会館、和井内郵便局(和井内第21地割三十刈22−1)、宝鏡院、鞭牛和尚の生家跡、鉱泉の安庭(あてい?)山荘などがある。郷土芸能として和井内清水(しみず)獅子踊りが伝承される。

■和井内ふるさと会館(わいないふるさとかいかん)
和井内第17地割64番地2号にある。0193-83-7800。農山村民俗資料の展示とあわせて蕎麦打ちなどの体験ができる施設。

■わい家・わい家(わいやわいや)
磯鶏沖(そけいおき)5番20号、市民文化会館のそばにあった飲食店。

■和音工房みかみ(わおんこうぼうみかみ)
和見町(わみまち)4番18号にある。代表の三上憲夫はドキュメント映画「タイマグラばあちゃん」の音楽を担当。

■ワカサ写真(わかさしゃしん)
カメラ屋。表記は若狭とも。大通(おおどおり)4丁目4番19号にある。

■若狭屋(わかさや)
若狭屋徳兵衛。江戸期に栄えた本町(もとまち)の豪商・酒屋。1847年(弘化4)の三閉伊一揆のさい打ち壊しに遭った。

■わかたけ学園(わかたけがくえん)
第二わかたけ学園。知的障害者更生施設。大字(おおあざ)崎山第5地割字内ノ沢94にある。

■わかば食堂(わかばしょくどう)
若葉食堂。鍬ヶ崎上町2番33号にある。0193-62-0765。餅菓子などの甘味も扱う。西ヶ丘店が西ヶ丘3丁目1番14号にある。0193-62-8117。

■若布(わかめ)
宮古市は三陸若布の本場で日本一の生産量を誇る。特に重茂(おもえ)半島の外海などで採れた若布は絶品とされる。寒中に50cmほど伸びた新芽を間引きしたものを早採り若布といい、収穫の最盛期は1月半ばから2月下旬ごろ。2001年(平成13)から“春いちばん”という商品名で重茂漁協・田老町漁協などが早採り若布を商品化し、2003年(平成15)宮古漁協も加わった。早採りのあとに本格的な若布の収穫期を迎える。駒井雅三「ふるさとの海」復刻版から引用する。
 宝物に手をふるるごといたわりて 時化にのこれるわかめ乾しいき
 時化あとに僅かにのこり生きつぎし 養殖わかめかく育ちたり
 くきを割き手もてひらきて撫づるかに 干してゆくなり養殖わかめ
 いくばくのたつきの足しと時化あとの わかめを採りて家ぬち稼ぐも

■わかめラーメン
山田町の名物ラーメン。山田湾でとれた若布の粉末を練り込んだ緑色の麺で、スープは山田町産の椎茸などからとっている。

■若山食堂(わかやましょくどう)
築地2丁目1番18号、閉伊川河口の左岸(北)にある。0193-62-4903。午前11時から午後4時まで営業。月曜定休。1960年(昭和35)創業。煮込み中華が人気で、醤油ラーメンの上に2日かけて煮込んだ豚のバラ肉が載る。1975年(昭和50)に売り出し、1杯650円。旧白浜丸待合所の前、防潮堤と国道45号とのあいだに建ち、入口は道の反対側の防潮堤を向いているため目立たない。周囲は秋刀魚船や烏賊釣り船の乗組員で賑わったが、1965年(昭和40)に防潮堤ができて賑わいが消えたという。

■渡し舟(わたしぶね) → 渡船(とせん)

■わたなべ
衣料品店。末広町3番17号の角地、山清商店の向かいにある。

■渡邊洋子(わたなべ・ひろこ)
ピアニスト。宮古市出身。武蔵野音楽大学音楽学部ピアノ科卒業。第59回読売新聞新人演奏会に出演。1990年フランスのアヌシー・ミュージック・フェスティバルに参加、エレーヌ・リシュパンに師事。第37回全東北ピアノコンクール3位。1994年、中新田文化賞受賞。宮城県中新田町在住、室内楽を中心に活動のかたわら進の指導にあたる。ピアノを木下登代子(宮古市出身)・三神昭子・野呂愛子・辛島輝治・馬場那岐子、ゲオルグ・バシャヘーリなどに、室内楽を馬場省一に師事。

■和見町(わみまち)
宮古駅前通りを北上して西側、栄町(さかえちょう)の北につづく一帯。南を栄町、西を舘合町(たてあいちょう)・鴨崎町(かもざきちょう)、北を西町(にしまち)、東を保久田(ほくだ)に接する。保久田交差点から山口橋にかけて東西に昔の盛岡街道が通る。岩手県宮古児童相談所、県立宮古病院職員宿舎、北日本銀行宮古支店、豊島医院・熊坂内科医院、ビジネスホテル宮古ステーション古窯などがある。1965年(昭和40)7月1日、新住居表示を施行。かつて宮古東映劇場、専売公社宮古支所、宮ビル・フードセンターなどがあった。和見の語源は、ワは湾、ミは水で湾曲した水辺の意という。
宮古病院の鴨崎病棟もあったか? 新住居表示施行以前、旧街道北側の和見町1番から10番までは鴨崎町の一部だったか?

■上村(わむら)
市の南部。1丁目・2丁目がある。JR山田線磯鶏(そけい)駅の南で、線路に沿って西に位置する。北は磯鶏西、東は線路を挟んで磯鶏沖、東南は線路を挟んで実田(みた)、西は大字(おおあざ)磯鶏に接する。磯鶏保育所・磯鶏小学校などの施設のほか上村貝塚がある。ワムラはウワムラの略。

■上村貝塚(わむらかいづか)
弥生時代前期・中期と推定される貝塚。宮古湾の西岸、磯鶏(そけい)海岸に近い標高20m前後の南東向きの緩斜面に立地する。竪穴住居跡5棟、土器・石器などのほか、長さ7.1p、幅4.1p、厚さ1.6pの大きな翡翠が出土し注目されている。周囲は縄文時代から奈良・平安時代にわたる遺跡と考えられ、縄文遺構、奈良時代の住居跡9棟、平安時代の住居跡7棟も発掘されている。


簡約 宮古大事典 2003.10.28 〜 日々増補改訂中!
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