ストロベリチップス






 パーティは盛況だった。
 あちこちで笑い声があがり、余興として呼んだマジシャンがすばらしいマジックショウを披露して場の空気をいっそう暖めてくれた。料理も、ありきたりのテリーヌや冷えたから揚げなんてない、おいしくて、酒にも合う、すぐつまめて見た目もよいものがたくさんの種類で用意されていて、申し分なかった。あのマジシャンは初めて呼んだが、なかなかどうして、やるではないか。帰り際か明日もう一度話をしよう。仕出し料理人は半年前にようやく探し出した男(寡黙、左の小指がない)で、味はもちろん、誠実な仕事ぶりにも火村は満足した。オードブルはもうずっとある一定以上種類が減っていない。数が少なくなるとすぐに新しいものが出てくるからだ。それも違うものが。会場の温度が高めと知ってすぐ酒を追加で持ってきた酒屋もだ。あとでボーナスを出さなきゃな、と火村は胸に留め置いた。
「…よし」
 何人も何人も挨拶を交わしながら、火村はフロア全体に目を光らせて微笑むことはあってもリラックスはしていなかった。
「火村君、ひさしぶりだね」
「松山社長、ごぶさたを。」
「元気そうだね。男っぷりがまたあがったようだな。」
「社長にはおよびません」
 それから2・3言葉を交わし、火村は静かにフロアの隅に立つ男を呼び、何かを伝えると、男は頷きフロアを出て行こうとした。
「待て」
 火村は窓際でほうけたように立っている男を目の端に捕らえたのだ。着ている物は…悪くない。若い。若すぎもしない。自分と同じくらい。金をそれなりに持っていそう。お育ちのよさそうな感じを受ける。(姿勢がいいからだ。)が、頬は少女のように紅潮していて、チョロそう。火村が見ている中でほうっと、アルコールが多分に含まれていそうなため息をついた。そして微笑んだ… 火村は自分の低い声をどこか遠くに聞きながら、男を見続けた。
「もうひとり呼べ。押しの強いやり手のを。…ミカがいい。あの男からふんだくる。」
 男は控えめに頷いてフロアを出ていった。




 火村が離れたところから見守る中、窓際に立っていた男はつやつやの髪、きゅっとしぼられたウエスト、指先まで手入れの行き届いた女に話しかけられ、肘を持たれて、なにかくすくす笑いながらおしゃべりをし、やがてそろってフロアを出て行った。結構。
 うそだ。
 火村は苦い顔をしてまたか、この甘ちゃんめと自分をののしった。自分は極道のくせに情に気づきすぎる。ある映画でやくざが『いいか、極道は、愛だ!』と言ったのに火村は泣くほど笑ったがそれは自分をも笑っていたのだった。ばかじゃなかろうか。それがビジネスにいい方向で働く分にはあふれようがまみれようがかまわないが、困るのだ、情とか愛は。
 以前飼っていた猫の毛の感触や、沈めた女の小さな爪や、使っている女の「だってお金がいるからね」の重みに気づいたり思い出したり心を動かされては困る。やさしいのね、なんて言われて別になんて言うのはいらないのだ。やさしいのねと言った女を笑顔で売り飛ばすことが大事なのだ。
 ばかめ。
 パーティ会場であるホテルを後にする客に最後までサーヴィス(女、金、その他はからい)を提供しながら火村の脳裏にはあのほうけた男のため息と微笑みが幾度となく再生された。思い上がりの強い最後の客の下卑た笑いに如才なくおせじを返し、鏡のように磨かれた黒い車のドアを閉めても火村の仕事は終わらない。特別な客同士の静かな話し合いの場の見張りやその後始末、それからまた女の手配をしなくてはならない。
 また火村の頭の中であの男がほうっとため息、それから微笑んだ。…心が痛い、ばかめ、そんなこと、気づくもんじゃない。
 それが良心でないことに火村はほんとの本気で目を瞑った。
 火村はまたホテルの中に戻った。




「…」
 陽の光の下に見る男は昔飼っていた猫を思い出した。寝汚くて呼んでも揺らしてもなかなか目を開けず、薄目を開けてこちらをちろりと見るとまた目をつむるのだ。起きろよ!いいかげん!こっちはろくに寝てないんだぞ!
「起きろ」
「なに?…」
 眠気のにじんだ甘い声にぐらりときて踏ん張った。
「起きろ。チェックアウトだ。」
 筋肉の薄い腕をひっぱるとまた薄目が開いた。そこに財布をちらつかせた。
「…」
 そこから札を抜き取り、
「8万か」
免許証を抜き取ると、
「………ありすがわ ありす…?」
 肯定するようにゆっくりまばたきをした。
「本名?」
 まばたき。
「声が出ないか?」
 まばたき。
「うそつけ」
 財布を部下に放りあごをしゃくると火村は部屋をあとにした。万事こころえた部下たちがありすがわありすをたたき起こし、「うわっ、なんやねん!」とありすがわありすが叫んでいた。騒ぎはオートロックのドアの向こうに完全に阻まれた。




 5分後、ホテルのロータリーに止まっていた黒塗りの車は口の端を切ったありすがわありすが後部座席の火村の隣に乗り込むとなめらかに発進した。
 カィンというライタの音に窓の外にやっていた視線を車内に戻したありすがわありすは「俺にもくれ」と火村に言った。
「…」
 運転席と助手席の部下が殺気立っているのにまったくとんちゃくしていない。火村は部下に抑えるように目配せした。
 さっと煙草の箱を振るときれいに一本出て、それを火村は差し出した。
「ありがと。ついでに」
 ライタを放ると煙草をくわえた口で笑って「ありがと」と言った。
「美人局てはじめてみたわ」
 煙をふーっと吐き出してありすがわありすは火村に向き直った。
「みんなそんな男前なん?」
「さあな」
「女衒の達も男前やった」
 つぶやくのに、火村は誰だそれと苦い顔になる。
「…おまえは42万の払いがまだだ」
 ありすがわありすはふうんそうと気のない返事をした。




 それが2ヶ月前の11月の話。




「おまえは…まっっったく!こりないな!!」
「あ、火村」
 にぎやかな地下賭博場から二の腕を掴んで引きずり出したのはこれで5度目の有栖川有栖だった。
「いいかげんにしろ有栖川有栖!!!」
「やめてやめてシャンパンがこぼれるがな」
 3度目までは火村もマクドナルドの店員のように女を遣って朝取り立てた。
 4度目、火村は船上パーティで有栖を見つけはじめ亡霊か蜃気楼…?と目を疑った。本物の有栖川有栖だった。あれだけ痛い目に会ってまだ来るか!有栖川有栖はまごうことなき一般市民で、どこで知るのか普通のから怪しげな(それこそ火村が準備するような)パーティにどういうわけかもぐりこむだけで、人脈を作りたいとか、有名人に会いたいとか、女をひっかけたい―――これは多少あるらしい―――、ともかく、ただいるだけなのだ。2回の美人局強襲で有栖の貯金がすっからかんであることは有栖と同じくらい火村も知っていた。ここから先はただではすまないんだぜ、海とか、コンクリとか、船とか、そういうのは嫌だろう?事務所から出て行く有栖の背中に言うと、有栖は笑って「わかった」と言った。が、やはり3度目があり、有栖は借金を背負った。
「ぜんっぜんわかってねえじゃねえか!!!!!」
 有栖はえへへと笑いごくごくお酒を飲んでいた。ばからしくて、火村も存在を無視することにした。
 5度目。
「君んとこのパーティて好き」
 頬をぽわんと染めて、ささやくように言う。
「やってシャンパンにいちごがつくんやもん」
「女が喜ぶんだ、そういうのを。男には基本的に出してない。おまえ、頼んでるだろう」
 えへ、と笑って「なか戻ってええ?」
「…おまえはだまされたいのか?」
 有栖はその返事をしなかった。違うことを言った。
「もし俺がなかで負けて借金がいっぱいになったら、君は俺をどうするん?」
 火村が口を開きかけて止めるのを有栖はまじめな、ふざけたところのない顔で見つめる。
 火村はそれから目をそらして、こぶしを口に当てた。「くそっ」
 有栖がくすっと笑った。
「俺はやくざにむいてないんだ」
 火村は俯いて言葉をつむぐ。
「おまえをどこかに売っぱらう、なんてできない。」
 沈黙がおりて、火村が帰ってくれ、頼むから、とつぶやいた。有栖がゆっくりと話した。
「パーティにおるとすごくひとりぼっちになるんや。きらきらしているのはあれはきっと人間の孤独なんやな。冬が一番きらきらする。俺はそれが好きなんや。孤独を癒すものは孤独しかない。火村。俺はこのまま帰るから、グラス返しといてくれんか。ありがとう。」
 



 有栖川有栖がきらきらしていたのは孤独だからだ。とびきりのひとりぼっちだからだ。




 火村が事務所でこまごまとした電話や、計算や、判をついたりをしていると部下が「あいつがきました」とにがりきって言った。
「やあ」
 事務所は事業途中倒産した建設会社の錆びた鉄骨むき出しのプレハブ小屋で、建築資材を置いたりトラックがばんばん停められるように広い空き地の端に建っていて、今その広い空き地には白茶色の雑草がわんさと生えていて、黒塗りベンツと有栖しかいない。明るい冬の日差しが、一般市民の有栖に当たって濃い影を作っている。ふと火村はなにかを思い出してしまう、そうだ影送りだ、こんな日、こんな影を火村は見つめたことがある。小学生の頃。トラックで。空き地で。誰かと並んだ影を。火村はまじめにまたたきをせず10数え、そのかいあってちゃんとそのだれかと並んで立った影は空にしろく映ったのだった。
 自分はあの頃とまったく変わっていない気がする。ひとつづきの生なのに、でもありすがわありすと影送りはできないだろう。しないし。
 地下賭博場で別れて一ヶ月が経っていた。
「なんだ。マグロ船の紹介ならするぞ。」
「金を返すアテができた」
 有栖は手にした茶封筒を火村に渡した。
「見て」
 中からは紙が数枚出てきた。
 『出版契約書 著者 有栖川有栖 を甲とし、 出版者 長谷田 勤市 を乙とし、両者の間に次の通り契約…』
 それから振込用紙が一枚。
「そこに火村の口座番号とか書いて、そこの珀友社てとこに送って。」
 火村はまったく予測の出来なかった事に頭がついていっていない自分を自覚していた。
「この…月光ゲーム?ていう本、…売れるのか?」
 有栖は笑って、「わからんなあ」
「どんな本なんだ?」
「読めばわかるわ、本屋で買うてくれ」
「バカ、おまえの借金をなんで俺が払うんだ」
 有栖は、めずらしいことに恥ずかしがっているようだった。はだかで女にひっついてる時に踏み込まれても平気だったくせに。うつむいて足元の雑草をつま先でつついて、
「大学のミステリーサークルが山でキャンプしてたら殺人が起こるん」
 ミステリーサークルと言われて火村はあの、古式ゆかしきイギリスの麦畑で男たちが作った模様を思い出していた。もちろん違う。ミステリーが好きな連中のことだ。火村の内心の自己嫌悪に気づいたか気づかないのか、有栖が少し顔を上げ、はにかんだ。
「けっこういい出来やと思う」
「100年に一度の名作ぐらい言えよ」
 有栖はでへへ、そんなんよう言わんわーと笑った。
 火村は唐突にこの時に、自分が有栖川有栖を芯から好きだということに気がついた。それも一方的なものではなく、でもそれは言葉にはできない。でもある。確かに。
「足りひん分は体で払うよ」
 有栖もちゃんとわかっていることが、その軽い口調と言葉にすべて乗っかって火村に届いた。
 ああ、と火村は答えた。契約書書かなくちゃな。
「じゃあな」
「ああ」
 有栖は軽い足取りで草ぼうぼうの空き地から歩き去った。






 火村は読んでいた本を閉じて、「わかった、出る」と答えた。
「すみません、なにやら慣れん連中がいるらしくて」
「かまわない。車を出してくれ。」
 冬の夜の街を抜けて準備中のパーティ会場に着くとちょうどコック(小指がある)がどやされているところだった。
「社長っ」
「そいつは首だ。放り出せ」
 あいかわらずあれからも火村は組がらみのパーティを準備したり賭博場を開いたり閉めたり、美人局もしているし、いざこざを片付けたり、やくざのなんでもやなのかなんでもやのやくざなのかわからないようなことをしている。上に言われて会社を作り、社長になった。社屋はあのボロプレハブだ。デスクさえ新しくならなかった。何度か若頭にと言われたが、丁重にお断りした。めんどくさいに決まってる。
 以前使っていた小指のない仕出し料理人は仕出しを店を出して仕出しは止めてしまった。腕のいい料理人を探していたが難航していた。明日も料理人探しに精を出さなければいけないらしい。ほんとに何の職業なんだか。
 やっとではじまったパーティの会場を目を光らせながら歩き、挨拶を交わして、酒や料理が減っていくのにつれてにぎやかさが一層大きくなる中、火村はきらきらしている、という言葉を思い出してそのとおりだといつも思う。なぜだかわからないがそれを見ているとこころもとなさとさみしさがわいてきて、きらきらは一層増して、火村の孤独は癒される。
 部下に酒の追加と車と女の手配を伝えていると、窓際に立ってぼんやりしている男に気がついた。頬を紅潮させて目を潤ませて、口を開けてパーティに見とれている。あのばか!火村は一気に気持ちが高揚するのをごまかすように思う、ちょうどいい、思ったとおりあまり売れない本のおかげで残っている借金を払ってもらおう。
 火村は笑って、給仕にいちごつきシャンパンを持ってくるように頼んだ。










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20080331
 遅くなってすみません…
 リクエストは「オラ払えよ、いい思いしたんだろうアアン?金がない?じゃあ体で払ってもらおうか」「そんな、あっあっああん」「そんなに気持ちいいか?まったくこっちが金もらいたいぐらいだぜ」というようなものだったような気がするのですが、私もそういうの大っ好きなんですが…おかしいなー
 いっこめの悪魔の話も「イケよホラ…おまえの好きな神様とやらが見てるぜ」「いやあ…ッ」とかのはずだった…あれー
 ほんとに大好きなんだけどなー 鬼畜攻。
 もういっこのリクエストにお応えできなくてすみません。昔アンアンにあった「フクスーレンアイ子ちゃん」だかなにかの、「かっこいいんだけど…ブス専だし 謎のギャグセンスだし ファッションセンスないし むしろキズだらけの玉…?」にその男が「えっ きんたま?」ていうそれだけのまんがが頭から離れなかった。キズだらけの玉?に全てがこもっている。