病理診断について
勤医協中央病院 病理科科長 鹿野 哲
- 「病」気の「理」由をつきとめるのが病理学です
- 病理診断とは、顕微鏡を用いて、細胞単位の詳しい観察をおこなう診断部門です
- 正確な病理診断には、主治医と病理医とのコミュニケーションが不可欠です
1.「病理」ということば
みなさんは、「病理」ということばをお聞きになったことがあるでしょう。新聞や雑誌などで、「現代社会構造の病理」などということば使いをごらんになったことがあると思います。つまり、病理というのは、なぜこのような異常な状態になったのか、ということを科学的な分析をもとに解明するという意味があります。もともとは、病気になぜなったか、そしてどんな姿をしているかということをつきとめ、研究する分野です。簡単に言えば、病理とは、「病」気の「理」由と考えてもらってもよいと思います。
2.なぜ病気になるのでしょうか?
それでは、なぜ、病気になるのでしょう? 非常に難しい問題です。そのまえに、わたしたちのからだのことについて理解しておく必要があります。人間のからだはきわめて多数の細胞でできています。およそ60兆個といわれています。途方もない数字です(日本の国家予算額にはおよばないですが…)。産まれたてのときはもっと少ないですが、細胞分裂によってその数が増えてくるのでからだが大きくなってきます。細胞とは生命の最小単位です。さらに、その細胞の中には核というものがあって、そこは遺伝子の格納庫です。
人間の遺伝子(ヒトゲノム)はおよそ23,000個あります。核のなかにさらに染色体があり、そのなかに遺伝子がつまっています。染色体を一本のひものようにひきのばしたとすると、だいたい2メートルの長さになると言われています。遺伝子を構成する物質はDNAという化学物質です。DNAは4種類の「塩基」という物質がさまざまな順番で配列しています。これが遺伝暗号になって、たんぱく質や臓器を作ったり、生命の営みのもとになっています。
この遺伝子に傷がつくことにより、さまざまな病気が発生することが知られています。「体質」ということばがあります。現在病気のなかで最も多い高血圧や糖尿病についても、発症しやすい人とそうでない人の遺伝子の構造の差はあると考えられています。このように、病気の多くは、遺伝的素因、環境、生活習慣の組み合わせによって発症すると考えられています。
つまり、病気の原因は、今では遺伝子のレベルに求められてきているのです。
3.なぜがんになるのでしょうか?
「がん」を例にとって考えてみましょう。
なぜがんになるのか…。この問題は実はよくわかっていないのです。わかっていることは、がんの細胞を詳しく調べると、がんの種類によっては、遺伝子のきまった場所に傷がついていることがわかってきました(遺伝子変異といいます)。このように、がんは、遺伝子の異常によって発生すると考えられるようになってきています。ただ、どうして、そこだけに傷がつくのかということはよくわかっていません。
さらに、がんが増殖したり、ほかの臓器に転移するしくみについてもよくわからないところがあります。がん細胞がもし発生したとしても、それを感知して、がん細胞をこわす(怖いことばを使うと自爆させる)しくみが備わっています。これを「アポトーシス」といいます。このしくみが弱まっても、がんが大きくなりやすくなることがあると言われています。簡単に言うと、免疫力が低下することも、がんの危険因子になるということです。「笑いは健康にいい、どんどん笑おう!」と言われますが、免疫力を高めるうえで、しごく理にかなった行為と言えるのです。「笑う門には福来る」とは良くいったものです。福が来るから笑うのではなく、笑うから福が来るのです。
もう今から何十年も前に「たばこ肺がん説」を主張する学者が現れました。たばこは、環境因子として、肺の細胞の遺伝子を傷つける危険性が指摘されています。これに体質が加わって、肺がんを発症すると考えられたのです。いずれにしても、たばこは、からだになにかいいことをしていると聞いたことはありません。当院でも禁煙外来がありますので、たばこをやめられない方はぜひ相談してみることをお勧めします。
肺癌(腺癌)の顕微鏡でみたようすを写真に示します(顕微鏡写真1および2)。
4.がんに対する道民の意識は…?
がんは言うまでもなく、日本人の死因のトップです。ふたりにひとりはがんにかかり、3人にひとりはがんで死亡すると言われています。
2007年に、国は「がん対策基本法」を施行し、@がん診療の技術向上、Aどの地域でも等しくがん診療を受けられること(均てん化)、B緩和医療の充実を目的として、ここ北海道にも22病院が、がん診療連携拠点病院として、道民のがんについての相談窓口となる相談支援センターを作ってきました。当勤医協中央病院にもホスピスケア病棟があります。
4月29日付の北海道新聞の道民意識調査の記事によると、がんについての情報は6割の人が不十分だと考えており、相談支援センターの存在も9割が知らないという結果でした。最も知りたいことは、「治療費」についてでした。がんは88%が身近な病気と回答する一方で、情報不足から来る健康や経済的なことに対しての不安が出されたかたちになりました。がん診療に力を入れるわたしたち勤医協中央病院にとって、身につまされる意識調査結果です。
5.病理診断について
前置きが長くなりましたが、ここでわたしたちの行っている、病理診断について説明させていただきます。一般的、基本的なことを書かせていただきます。
■細胞レベルの詳しい検査です
病理診断とは、簡単に言うと、からだから取り出した細胞を、顕微鏡をのぞいて診断することです。この説明だとあまりにも簡単なので、もう少し詳しく説明します。
患者様の病気の診断方法は、診察、画像診断(レントゲン、エコー、CT、MRIなど)、血液検査など、さまざまなものがありますが、人間のからだを構成する最小単位である細胞のレベルで診断するのが病理診断です。最も詳しい検査なので、ほぼ「最終診断」に近い意味合いがあります。つまり、ほかの画像診断でがんが疑わしくても、病理診断の結果でがんと出なければ、手術や化学療法等のがんの治療にすぐには移行しないのが現状です。
■細胞診について
具体的に説明します。
尿、子宮頸部、喀痰などの細胞をプレパラートというガラス板にこすりつけて検査するのが細胞診です。当院では細胞診のうち、婦人科領域の件数が最も多いです。また、腹水や胸水がたまったとき、甲状腺や乳腺にしこりなどの病変があるとき、細い針で細胞を吸引して調べることも多く行っています。これは針をからだに刺しておこなうので、「穿刺吸引細胞診」といいます。細胞診は、次に説明する組織診断(組織診)にくらべ、出血等の合併症が少ない一方、細胞がはがれてばらばらになっているため、診断精度としては、組織診にくらべ、やや下がります。しかしながら、子宮がん検診のときにおこなう子宮頚部細胞診は、以下に述べる組織診の結果とほぼ一致し、診断精度は高いとされています(顕微鏡写真3)。
■組織診について
次に、組織診断(組織診)について説明します。胃カメラや大腸カメラで生検したもの、肝臓や腎臓の針生検、皮膚生検などは、組織診にはいります。手術で摘出した臓器もほぼ全てが病理検査にまわされ、組織診をおこないます。「生検」した小さな検体は診断を目的としており、胃がんの手術などは、治療と診断を兼ね備えた目的があります。生検でもっとも多い胃カメラや大腸カメラの生検は、がんがあるかどうかを目的としていることが多いですが、胃潰瘍でのヘリコバクターピロリという細菌感染の有無を目的としている場合や、炎症性腸疾患(IBD)という腸炎の一種の検索を目的とした生検はがんとは関係ありません。また、肝機能障害や、蛋白尿や血尿といった腎機能障害の検査のためにおこなう肝生検や腎生検もがんの検査を目的としたものではありません。
■病期(ステージ)と治療手段(エビデンスにもとづいた治療)
胃がんに限らず、がんでは、病期(ステージ)を決定します。がんの深さあるいは大きさ(T)、リンパ節転移(N)、他臓器転移(M)の検索をおこない、病期を決定します。がんの予後(再発したり、がんで死亡するかどうかの確率)には、リンパ節転移があるか、どれだけ遠くに転移しているかが鍵を握ります。いろいろな予後研究がなされていますが、この、病期が予後にもっとも影響するという報告が多いのが現状です。この、病期にもとづいて、化学療法(抗がん剤)が必要か、放射線治療が必要か、というようなことを、患者様と話しあったうえで決定します。たくさんの患者様のデータから、この病期のときにはこの治療をしたほうがいいということが論文などで発表されています。信頼のおける科学的な根拠は「エビデンス」といいます。もちろん患者様の体調や意志で変わる場合はありますが、基本的には、このエビデンスにもとづいた標準的治療法が推奨されています。
■迅速診断
プレパラートが完成するまでには、およそ2ないし3日かかりますが、手術中など緊急に病理検査をしたい場合は、「迅速診断」をおこなう場合があります。組織切片を液体窒素で急速に凍結させ、プレパラートを作成します。この方法だと、15分程度でできあがります。急いで作っただけあって、標本のできは通常の方法よりはやや劣ります。迅速診断はたとえば、乳がんの手術のさいのセンチネルリンパ節生検が代表例です。センチネルとは門番や用心棒といった意味です。脇とがんのあいだにある、がんに一番近いリンパ節を凍結検査し、そのリンパ節に転移がないと、さらに奥の脇(腋窩)のリンパ節には転移がないという、「エビデンス」にもとづき、脇のリンパ節摘出(郭清)を省略できます。
■免疫のしくみをもちいた染色
補助的な検査法として、免疫反応を応用した免疫組織化学染色もよく用いられる方法です。たとえば、転移したがんが、肺からの転移なのか、甲状腺からの転移なのか、あるいは前立腺からの転移なのか、については、その臓器だけが特異的に作るたんぱく質を免疫学的手法をもちいることによって容易にわかる場合があります。また、乳癌の細胞がエストロゲンという女性ホルモンの受容体、つまり、女性ホルモンで増殖能がアップするがんかどうかを免疫学的に調べることによって、ホルモンを効かなくしてがんを小さくする薬を使うかどうか検討します。
■分子標的治療について
最近は、特定の受容体分子に作用することにより、ある特定のがんや、関節リウマチ等の炎症性疾患の進行を抑えるくすりが開発されました。分子標的治療(生物製剤)といいます。これも、病理検査の手法で適応を判定します。ハーセプチン(乳がん)、リツキサン(B細胞性リンパ腫や早期の関節リウマチ)、イマチニブ(慢性骨髄性白血病や胃腸の間葉系腫瘍GIST)、イレッサ(肺腺癌)など多数の薬剤が開発されています。抗がん剤が効くかどうかについても、遺伝子を調べることによりわかる場合があります。これからは、患者様個々人によって使うくすりが違う、いわゆるオーダーメイド医療の時代になってくると思います。
■遺伝子および染色体検査について…患者さまへの説明と同意が必要な場合があります
さきほど、特定の種類のがん細胞には遺伝子の傷(変異)がみられることがある、と書きましたが、遺伝子や染色体検査もおこなわれることがあります。ここで注意すべきことがあります。がん細胞の遺伝子や染色体を検査するか、卵子や精子といった生殖細胞の遺伝子・染色体を検査するかによって、大きなちがいがあります。がん細胞が自分の正常体細胞の遺伝子とどこがちがうのか、ということを調べる場合はあまり問題ないと思います。しかしながら、血液細胞を用いて、卵子や精子の遺伝子や染色体異常を検査する場合については、もし異常があれば、こどもに遺伝的異常がうけつがれる可能性があります。このような遺伝病の検査を目的とした生殖細胞の遺伝子検査は、患者様本人やご家族にカウンセリングをおこない、十分な説明と同意を得た場合においてのみなされるものなのです
■セカンドオピニオン(第二の意見)
病院によっては、「セカンドオピニオン外来」を開いています(当院はまだ開いておりません)。最初に診た医師の診断や治療方針が妥当か、患者様、あるいは検査結果を第二、第三の医師の意見を聞くというシステムです。ただし、このような特定の外来を開いていなくても、ほかの医療機関から検査結果を携えて、当院に紹介されてくる患者様は多くいらっしゃいます。病理診断の場面では、当病理科内の医師、あるいは病院外の病理医の意見を求めることがしばしばあります。また、当院に紹介されてきた患者様が別の病院で病理検査をおこなっている場合、プレパラートを拝借し、みせていただく場合もあります。
■病理診断科の標榜化
昨年より、厚生労働省は、「病理診断科」として、内科や外科のように標榜(ひょうぼう)を許可しました。病理医が外来機能をもって、患者様に直接説明するというスタイルをとっている病院も少数ですがあります。新しい病理医の活動分野だと思います。当院では、病理診断外来は、まだおこなっておりません。
■当院病理科でおこなっている病理検査
細胞診や組織診一般、手術中の迅速診断、免疫組織化学染色については、当病理科でおこなっています。遺伝子や染色体検査は、臨床検査を専門とする、衛生検査所という検査会社に別途依頼しています。
6.診断のむずかしいケースが病理医にとっての先生
顕微鏡をもちいた詳しい検査といっても、私たち病理医でも判断の難しいケースはたくさんあります。このようなときに、いかにすばやく的確な行動をとれるかどうかが、病理医としてもっとも大切なことだと思います。患者様の職業や病歴、画像診断や、主治医の意見は、病理診断するにあたり、欠かすことができない情報です。主治医とのカンファレンスも重要です。大学病院等、別の病院の病理医に聞くこともあります(コンサルテーション)。このように、病理診断部門は、その病院の精度管理にかかわることにより、患者様に貢献する分野だと思います。精度管理に重要なのは、とくに主治医と病理医間のコミュニケーションだと思っています。
このように、診断の難しいケースについて、結論を出すまでに時間がかかることがあります。一日でも、一時間でも早く結果を知りたいという患者様の声はごもっともですが、血液検査のように必ずしも決まった日数で結果が出ないこともあることを申し添えます。
がんの手術治療をとってみても、胃がんや乳がんなどで、切り取る範囲(切除範囲)は以前より狭くなる傾向があります。それとともに、そのがんがとりきれているかどうか、病理診断においてより詳細に検討する必要があります。診断技術の進歩とともに発見されるがんは小さくなってきており、その病理診断もそれとともに難しくなってきている傾向があります。
7.おわりに
医療医学はここ数年で、格段の進歩を遂げました。臓器移植、人工臓器、iPS細胞(人工多能性幹細胞)、臓器再生医療等、医療界のトピックスがマスコミをにぎわしています。夢がひろがるいっぽう、生命倫理や医療倫理的議論を重ね、国民の合意のもとに開発を進める必要があります。また、さきほど述べたような生物製剤も多額の薬剤費用がかかります。お金が払えず、病院に来るのが遅れ、来院したときにはがんが進行してしまうという、残念なケースもあとを絶ちません。安全で有用な治療手段は、医療保険を適用させることが必要です。また、国民の命の安全保障たる医療は、お金のある、なしでの格差はもちこまれるべきではないと考えます。だれにでも平等な、かかりやすい医療があってはじめて、がん治療のみならず、高度先端医療は成功したと言えます。
医師や看護師の不足の影響も無視できません。医師・看護師を増やすことこそが、国民のがん診療向上の最大の解決策かもしれません。
著者プロフィール
勤医協中央病院病理科科長 鹿野 哲(かの さとし)
昭和38年、赤平市生まれ。砂川市で小中学生時代を過ごす。小学生時代は、昆虫採集に明け暮れる日々。昭和54年、函館ラ・サール高校入学。昭和57年、旭川医科大学入学。大学では、スキーと陸上競技(長距離)に没頭。平成元年、勤医協中央病院勤務。平成2年、道北勤医協一条通病院勤務。同年結婚。平成3年、十勝勤医協帯広病院勤務。平成4年、北海道勤医協神威診療所勤務。平成6年、道南勤医協函館稜北病院勤務。平成7年、再び勤医協中央病院に病理診断医として勤務。現在に至る。
このように、北海道民医連のいろいろな病院に勤務しましたが、そこでは、地域医療の困難や重要性、そして楽しさを学びました。かけがえのない経験になっています。
写真は、函館五稜郭タワーの土方歳三像にて、昨年撮影したものです。函館は、高校生時代や稜北病院勤務など、ご縁があり、私にとって第二の故郷です。