非対称
a Symmetry




 人間は愚かな生き物だ。自ら進化を望みながら、切り捨てた可能性を渇望する。だからこそ獣を己の祖と崇め神と奉り、その力を得ることを求めている。
 俺とて同じことだ。その極地が蜥蜴の姿であると知ったらコモンは笑うだろう。だが野生は人間が捨て去った力を未だに保っている。それに焦がれた俺を誰が責められるだろうか。
 人間風情の俺のこと、人間願望が決して人間にはなれないように、俺もまた獣になることなど出来はしない。だからこそ、他の魂を取って喰う、するとその能力、姿を身につけることが出来る、それを知った時には狂喜したものだ。コモンを喰えばあいつになれる、その可能性にも気づいたのだから。
 あまりに当然かもしれないが、その頃の俺があいつに敵うはずもない。襤褸切れ同然にされた状態で、今にも消えんという瞬間にキヌマと出会い、気紛れか再構築までしてくれたことは、まったく僥倖と言うより他はない。
 それからは当てもない流浪の日々だった。それなりの外面とは裏腹な、惨めなばかりの内面を取り繕うため、手当たり次第に霊魂を喰らいまくった。時には大気に漂う残滓までも啜ったものだ。やがて立ち直った俺は、だが捕食をやめることはなかった。
 しかし、他の存在を取り込むたびに、同時に己の内の意識が弱まり、薄くなることも確かに感じた。俺は本当に俺なのか? 魂には他者が混じり、姿形さえも変わり、連続するものは名前だけだ。それさえも生前との繋がりを断ち切り、過去を示すものは何もない。
 折につけ思い出すのはあいつの言葉だ。お前に人間の面影など残っていない。
 まったくその通りだ。俺は人間であることをやめた。何者かであることをやめた。やがて自意識さえも失ったことだろう。そして最後に残るのはただひとつ、強さを求める純粋な意志だ。そう思っていた。
 だが、その確信さえも揺らぐことがある。かつて、ある男に名を尋ねた時がそうだった。
――忘れた。
 生意気に言い捨て、そいつは笑った。自己を自己とする証明、それをあっさりと否定したのだ。腹の底に、ごく僅かながら、苛立ちが湧き上がったことを覚えている。
 ……もはやその男は己の名を知らぬ少年ではない。明神を名乗る偽者でもない。他の何物とも混じることなく、確かにそこに屹立する個、すなわち、揺らぐことない彼自身だ。その意志もまた純粋に、だからこそ強烈に俺を穿つ。己を己と認めること、奴が成したのはそれだけだ。だが寄せ集めの俺には、ただ憧憬を抱くばかりの俺には、それさえ手の届かぬものだったらしい。
 大気に溶けるその刹那に、思い出したのは赤い瞳だった。
 塵も残さず消された時に、最後に見たのも赤い瞳だった。
 内奥に焔を閉じ込めたような、先を睨み据えて揺らぐことのない、瑪瑙にも似た、あの色だった。



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 Last up 07/11/11

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