非対称
a Symmetry




 虚無とはこのようなものかと思う。ひたすらに白い空間に、ただ意識ばかりが浮かんでいる。だが完全な無であるならば、今ここでもの思う俺は何なのだろうか。……一度死に、二度消された後までも己を考える羽目になるとは、つくづく俺はおかしな星の下に生まれついたらしい。
 自分の苦笑が耳に届いた。見れば、切り落とされた腕も戻っているし、何より顔に触れれば、剥き出しであった皮膚は修復され、それだけではなく、通った鼻筋も、きつく上がった眦も、俺が望んでやまなかった男そのものだった。まったく自分が手に負えない。無意識にまでコモンの影を引きずっているのだ。
――何だ、お前もここにいたのか。
 だから、背後から聞こえた声もまた、幻だとばかり思った。
――おい、シカトしてんじゃねえよ。
 だが幻にしては妙に馴れ馴れしいそれは、戸惑う俺を一発どつくと、不貞不貞しく笑った。どこか意地悪く歪む唇の隙間からは尖った犬歯が覗いている。そして、焔を閉じ込めたような赤い瞳は、俺を見据えて離さなかった。
 だが、ただひとつだけ、記憶と異なる部分がある。それを認めると同時に俺は問うた。
――腕はどうした。
――捨てた。
 コモンは躊躇いもせずに即答した。失った左腕に、後悔や口惜しさなど、微塵も感じていないようだった。俺が驚いた顔でもしていたのだろう、コモンはもう一度、今度は悪戯ぽく、笑った。
――シケた面してんな。腕一本なかろうが俺は俺だ。違うか?
 あまりにあっけらかんとした言葉だった。だが実に彼らしい。不本意ながら、ほんの一瞬だけ、何やら郷愁めいたものを感じた。
 コモンは何も言わずに踵を返した。そして二歩、三歩と進むと、不思議そうにもう一度振り向く。
――来ねえのか?
 ついて来るのが当然だとでも言わんばかりの態度だった。あまりに彼らしく、昔と何も変わっていない、それが無性に可笑しく、俺は思わず笑ってしまった。案の定コモンは大股で歩み寄り、もう一発俺を殴っていった。
――とりあえず、どっか探すぞ。どこがいい?
 俺に選択肢が与えられたことには驚いたが、言葉それ自体もまた、俺が持つ記憶の通りだった。この無のような虚空にどこも何もないと思うのだが、意志の強いコモンのこと、空間さえも力ずくで捩じ伏せ、思い通りにしてしまうことだろう。
――海、海にしよう。
 告げると、コモンの耳がぴくりと動いた。
――お前も、ちったあ分かってきたじゃねえか。
 そして、どこともなく響き始めた潮騒に、懐かしむように目を細めた。胎児が聞くという母の血潮にも似たざわめきに、俺もまた耳を澄ませた。もはやそれを恐れるということもない、それは少しだけ彼に近づけたということかもしれない。
――じゃ、行くか。
 それだけ言い捨て、コモンはさっさと歩き出した。俺は小さく息をつくと、その足跡をなぞるように、背を追うように、輪廻の果てへ踏み出した。



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ねちねち考えたわりには今ひとつ理解しきれませんでした……が、このふたりは実は仲良しさんだと信じています。
最後までお目通し頂き、ありがとうございました☆


 Last up 07/11/13

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