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SUZANNES VALADON

-の作品-

スザンヌ・ヴァラドン
Suzanne Valadon [1865-1938]




「網を打つ」1914/201X301cm/油彩・カンヴァス/ナンシー美術館

 第一次大戦の勃発した1914年のサロン・デ・ザンデパンダンに出品された作品で、この年ヴァラドンはかねてから同棲中のアンドレ・ユッテルと正式に結婚したが、ユッテルはこの8月には応召して歩兵連隊に入隊した。1911年の≪生きる喜び≫も大作であるが、≪網を打つ≫はそれをはるかに上回る、ヴァラドンとしては壁面的ともいえるモニュメンタルな作品である。ヴァラドンはこの前年にユッテル、息子のモーリスとともにコルシカ島に旅行しており、網を打つという主題、それと背景となっている風景はおそらくこの旅行に触発されたものであろう。ここには3人の男の裸体が描かれているが、実際は一人の男をアングルとポーズを変えて描いたものといってよく、また事実、右の二人の顔はアンドレ・ユッテルのそれである。ヴァラドンの画風はごく初期のものを除けば、ゴーガンとその一派のクロワゾニスム(色面あるいは形態を単純明快な線で囲む技法。総合主義ともいう)に近い傾向を見せているが、この≪網を打つ≫はそうしたヴァラドンの画風が最も力強く発揮された作品である。しかしここにはまたヴァラドンがしばしばその作品のモデルとなり、また一時はモーリス・ユトリロの父ではないかともささやかれた画家ピュヴィス・ド・シャヴァンヌの影響もうかがえる。パリのパンテオン、ソルボンヌ大学、市庁舎、リヨンの美術館などに、ルネサンス時代を彷彿とさせる大規模な壁画を制作したシャヴァンヌの単純明快で古典的な構成と対照の把握はここにも感じられるからである。ただし、シャヴァンヌの作品につきものの、寓意性、象徴性、歴史的、宗教的余韻はヴァラドンにはない。主題のもつ意味に捕らわれず、対象に直接的に迫っていくヴァラドンのアプローチは、このアカデミスムの巨匠のそれよりはるかに純絵画的といえよう。この大作の真の主題はスポーツマンのように鍛え上げられた若々しい肉体の躍動美であり、背面、横向き、ほぼ正面と展開する三つの人体の力強いリズム感にあるといえるが、ここにはまた若い恋人であり、今や正式の夫となったユッテルへの画家の個人的な思い入れも多分にあろう。(千足伸行)

「世界美術大全集・第25巻(フォーヴィスムとエコール・ド・パリ)」責任編集 島田紀夫、千足伸行  発行所・小学館(1994年8月10日初版発行)より抜粋転記(道)




「女」/油彩・カンヴァス/ナンシー美術館




「コンピーニュの森の道」1914年作/73x54cm/油彩・カンヴァス/ファーブル美術館




「画家モーリス・ユトリロの肖像」1921年作/66.0x52.0cm/油彩・カルトン/ポール・ペトリーデ画廊/パリ




「果物のある自画像」1927年作/62.0x50.0cm/油彩・カンヴァス/ポール・ペトリーデ画廊/パリ


以下の作品解説は残念ながら画像はありませんが、スザンヌ・ヴァラドンの人となりを知る上で興味深いものがありますので、ここに掲載させていただきます。

≪モーリス・ユトリロと祖母と犬≫ 1910年 厚紙 油彩 70×50cm パリ、国立近代美術館

 ヴァラドン45歳の時の作品で、当時ユトリロは27歳であった。父のないユトリロはいわゆる母子家庭に育ったが、その母も外出がちで、息子の養育はほとんど祖母のマドレーヌに任された。マドレーヌも酒に目のなかった方で、少年ユトリロに一種の精神安定剤として酒を飲ませたほどであるから、孫が17〜18歳で早くもアルコール依存症の治療を受けるほどに酒浸りになった責任の一端はこの祖母にもあろう。この年(1910年)もユトリロは治療のため約2ヵ月サンノワの療養所に入院しているが、この絵のユトリロは入退院を繰り返して心身を消耗した人間のようには見えない。この種の主題では孫を慈しむ祖母、祖母に甘える孫といった構図が思い浮かぶが、ここではユトリロは画面左上隅で正面を向き、祖母は彼に背を向けてあらぬ方向を見るという、特異な構図である。マドレーヌの膝に前足を載せた犬も何かに気を取られたように画面の外を見ているが、三者三様のポーズと視線は構図的な変化を生むと同時に、心理的な一体感を欠き、ある種の疎外感をも醸し出している。背景に散らした花はゴッホの何点かある「ムーラン夫人」を思い出させるが、人物も含めた平面的で一様な塗りと強調的な線描は、この頃のヴァラドンの特徴で、ゴーガンあるいはエミール・ベルナールの“総合主義”の影響も考えられる(この前年、ヴァラドンはゲルマ袋小路からコルトー街のアトリエに移っているが、このアトリエはそれまでエミール・ベルナールが使っていたものであった)。
(千足伸行)


「世界美術大全集・第25巻(フォーヴィスムとエコール・ド・パリ)」責任編集 島田紀夫、千足伸行  発行所・小学館(1994年8月10日初版発行)より抜粋転記(道)

≪アダムとエヴァ≫ 1909年 カンヴァス 油彩 162×131cm パリ、国立近代美術館

 古来繰り返し描かれてきた伝統的な主題であるが、ここではモデルはヴァラドンとアンドレ・ユッテルである。ヴァラドンはこの年、夫ムージスのもとを去って、息子の友人でもあったユッテルと同棲を始める。ヴァラドン44歳、ユッテル23歳であった。画家としてのユッテルは今日ほとんど評価されないが、彼がヴァラドンに与えた刺激は並でなく、この年からヴァラドンの創作意欲は飛躍的に加速する。この絵では二人ともほぼ正面を向き、エヴァが手にした禁断の木の実をアダムが右手でそっと押さえているが、神の教えに背く行為に及ぶという神学的な重々しい主題性はほとんど感じられない。ただし、バラ色の頬の、ふっくらとした顔立ちのエヴァが、罪の意識などみじんもない晴れやかさを見せているのに対し、アダムがどことなく思い深げでためらいがちな点は、この主題のイコノグラフィカルな伝統に即しているともいえよう。どことは特定しがたい緑の楽園に遊ぶアダムとエヴァであるが、そのなかに輝く二人の黄金色の肉体、とりわけエヴァのそれは、これを囲む明快な輪郭線とともにゴーガンのタヒチのエヴァをどことなく思わせるものがある。(≪テ・ナーヴェ・ナーヴェ・フェヌア(かぐわしき大地)≫1892年倉敷、大原美術館)。ただし23歳のユッテルはともかく、当年とって44歳のエヴァのプロポーションに関しては、わが身可愛さのひいき目も感じられる。メランコリックな影の漂う≪モーリス・ユトリロと祖母と犬≫に対し、この翌々年(1911年)の≪生きる喜び≫とともに、新しい伴侶を得たヴァラドンの幸福な心境を反映した作品である。
(千足伸行)

「世界美術大全集・第25巻(フォーヴィスムとエコール・ド・パリ)」責任編集 島田紀夫、千足伸行  発行所・小学館(1994年8月10日初版発行)より抜粋転記(道)

≪明らかにされた未来≫ 
1912年 
カンヴァス 油彩 130×163cm スイス、ジュネーブ、プティ・パレ美術館

 前方に、床にしゃがみこんでトランプ占いをする女、その向こうにはソファに横たわってこの様子を眺める裸婦という、構図的にも主題的にも特異な作品である。トランプ・ゲームをする人々という主題はジョルジュ・ラトゥールをはじめ17世紀にしばしば取り上げられ、その後も途切れることなく続き、近代ではセザンヌのそれが有名であるが、ヴァラドンのこの作品はそのどれともそぐわない。その意味では前例のない、興味深い作品といえるが、ヴァラドンの当時の年齢(47歳)を思えば自分の未来を占ったとも思えない。ただ、トランプ占いという、ヨーロッパでは主としてジプシーが生業としていた、多少なりともオカルト的なものと、一見これとは無縁の裸婦との取り合わせは斬新である。裸婦がヴァラドンの芸術に占める割合は決して小さくないが、近代といわずおよそ過去の女流画家で裸婦を得意とした画家がほとんど見当らないのは、女が女の裸体を描くことに対する一種の心理的抵抗ゆえであろうか。ましてヴァラドンのような豊満で官能的な裸婦となるときわめて稀である。しかも、この絵の裸婦にも明らかなように、ヴァラドンらしいのは、裸婦の豊かなヴォリュームが陰影による肉付けではなく、明快で的確な線描によって描出されていることで、例えばフジタの裸婦における繊細な線描が、裸婦のヴォリュームというよりは線自体の装飾性に奉仕しているのとは対照的である。ソファに掛けられた布地あるいはバックの壁の装飾性もまた裸婦とよくなじんでいるが、こうした効果は後のキスリングの裸婦に通じるものがある。1912年のサロン・ドートンヌに出品された絵であるが、ヴァラドンはこの年に別の3点の絵をサロン・デ・ザンデパンダンに出品するなど、その画壇的な地位を確立しつつあった頃の作品である。
(千足伸行)

「世界美術大全集・第25巻(フォーヴィスムとエコール・ド・パリ)」責任編集 島田紀夫、千足伸行  発行所・小学館(1994年8月10日初版発行)より抜粋転記(道)




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