◇臨死体験・気功・瞑想   

本の世界を旅する

 そのときどきに読んだ本の中から、ひろく精神世界に関係して感銘を受た本を
取り上げ、紹介しつつ、 感じたこと、考えたことをつけ加えます。

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    お勧めしたい新旧の本の書評をほぼ週に1回お送りします。   第16号★2/2


ジ ャ ン ル 別 ◆詳細書名一覧

気功 瞑想 悟り・覚醒 ◆宗教 ニューエイジ 

心理学 セラピー・ヒーリング・医療 ニューサイエンス 

臨死体験と死後 ◆精神世界全般 その他


2002年11月

■『意識は科学で解き明かせるか』天外伺朗、茂木健一郎(講談社、2000年)

 量子力学やボームの「量子ポテンシャル」理論などに触れながら、脳科学の最先端 でどのようなことが問題にされているかを対話のなかで明らかにしていく。

 一例を挙げよう。ニューロンは脳の中に140億個もある。一個のニューロンが1万個 ぐらいの他のニューロンと結合して、その活動電位が次々と伝わっていくことで情報 が伝わるという。ところがニューロンの相互作用による発火の記述をいくら積み重ねても、私たちの心がどのように生じるかは説明できず、それが大きな問題になる。

 この問題についての通説は「随伴現象」説で、対応関係は分からないにせよ、とも あれ心は脳のニューロンの活動に随伴するとする。ニューロンが発火している状態に 応じて心の中の表彰は決まってしまうという。しかし、この説では心の積極的、能動的な働きを説明できず、結局心はあってもなくてもよいということになる。

 これに対立するのが「二元論」で、心は脳と独立して存在し、ある程度能動的な役割も持つというが、こちらは少数派とのこと。  面白かったのは、ニューロンの発火を基礎とし前提とするいまの神経科学では、夢 すらもまだまともに説明できないこと。夢とは、レム催眠におけるニューロンのラン ダムな発火だと説明されるが、この説だと夢のストーリー性が説明できない。

  ところでブラックモアは、臨死体験におけるトンネル体験をまさしくニューロンの 発火のプロセスで説明しようとしたが、やはりこれは臨死体験のもつ豊かで全体的な意味を説明できなかった。それと似ている。

 つまり夢の説明も充分にできない「随伴現象」説では、まして人間の無意識の働き とか、無意識的なものが私たちの行動をいかに深く支配しているか、というような現代の常識になっている心理学的な現象については、説明の原理すらないという状態の ようだ。

  ニュートン以来の物質的な世界観では、心はあくまでも余計なものであり、脳科学者も物質としての脳を記述することに精一杯で、心と脳の関係を実証的に研究する科 学者は少ないというのが現状だろう。

 ともあれ、脳と現代物理学、脳と心の問題など、脳にまつわるさまざまな問題を知 ることが出来て有益だった。天外伺朗の柔軟な発想がこの対話を面白くしている。 (02/11)


■『プロセス指向心理学入門』藤見幸雄、諸富祥彦編著(春秋社、2001年)

 ミンデルが創始したプロセス指向心理学への本格的な入門書である。ミンデルに初 めて接する人にも、もうすでにある程度知っている人にも、可能性に満ちたPOP全体へ の見通しを提供してくれる。日本の第一線の研究者・セラピストらが、関連領域との 比較考察なども含めて、様々な立場から語り、広い展望が得られて興味深い。

 いろいろな論文を読んで今回とくに刺激を受けたのは、プロセス指向心理学の方法 を日常生活の中でいかに生かしていくか、だった。今あちこちでちょっとした人間関 係のきしみがあるので、よけいにそう感じるのかもしれない。

 プロセス指向心理学(POP)は、就寝時の夢だけでなく、病や人間関係のあつれきや、 無意識の何気ない動作なども、すべて夢と同様、より深い次元への通路と考える。病 や人間関係のもつれなど困った「問題」は、異次元から入り込む「異物」ではあるが、 それを避けたり、排除したり、敬遠したりするのではなく、私たちに大切なものをも たらしてくれる「何ものか」として敬意ももって接しようとする。

 日常生活に沸き起こってくる問題を、そのような大切な学びの通路として自覚的に 対したいと思う。ミンデルの方法そのものが、私には瞑想と同等の意味をもつと感じ られる。いずれプロセスワークを体験したいと思う。

 「自分ひとりだけのプロセスなどはない。私たちはみんな一緒に、ものすごく大き なひとつの場の中に生きていて、その一部分を受け取っているだけなのだ。だから、 私たちが感じるすべての感覚に感謝し、できるかぎり、そのすべての感覚を活かさな ければならない。こうなると、すべてのものが私であると同時に、これが私だという ものは何もない、といえる。」(『うしろ向きに馬に乗る』)

  ひとつの大きな場、タオの知恵、タオのうねり、そのうねりの中のひとつとしての 自分が、自分を取り囲む人間関係が、そのほかの一切が、最大限に活かされていくあ り方。  

 プロセス指向心理学が提示するあり方は、たんに心理学者や心理療法家だけに意味 があるのではなく、精神世界に関心のあるすべての人々に有益な示唆を与えてくれる だろう。  (02・11)


■『一神教vs多神教』 岸田秀 (新書館、2002年)

  この本の主張は、すこぶる面白く、二重の意味で刺激的だった。  ひとつは、一神教は、差別され迫害されて恨みを持つ人々宗教であり、その被害 者意識が外に向かう攻撃性になるという、この本のテーマそのものによる。これを ユダヤ教、キリスト教の成立過程などから興味深く論じている。

  もう一つは、自我は幻想だが、必要悪であり、人間は自我という病から抜け出す ことはできないという岸田の基本となる説による。この、自我=幻想論が随所にで てくる。かつて、この説に反論を加える小論を書いたが、この本でもやはり彼の限 界になっており、もう一度批判を加えたいと感じた。  (かつての小論は、以下を参照のこと→真の「自己」の幸福論

   しかし、この本のテーマそのものについては、ユダヤ教、キリスト教と西洋文明 の関係を鋭い洞察力で論じた本だと思った。対話だから、肉付けや裏付けは不十分 だが、骨子は一貫性があって、説得力をもっている。これが学問的な肉付けをとも なうなら、かなり衝撃的な理論ということになるのだろうが。  

 一神教は、迫害され恨みを抱いた人々の宗教である。一神教の元祖であるユダヤ 教は、迫害されて逃亡した奴隷たちの宗教、迫害され差別された人々の宗教だった ために恨みがこもっている。ユダヤ民族は、出身がばらばらの奴隷たちがモーゼに 率いられてエジプトから逃亡する過程で形成された「民族」で、同じくユダヤ教自 体も、その逃亡過程でエジプトのアトン信仰の影響を受けながら、純粋な一神教へ と形成されていった。

  一般に被害者は、自分を加害者と同一視して加害者に転じ、その被害をより弱い 者に移譲しようとする。そうすることで被害者であったことの劣等感、屈辱感を補 償しようする。自分の不幸が我慢ならなくて、他人を同じように不幸にして自分を 慰める。  多神教を信じていたヨーロッパ人もまた、ローマ帝国の圧力でキリスト教を押し 付けられて、心の奥底で「不幸」を感じた。だから一神教を押し付けられた被害者 のヨーロッパ人が、自分たちが味わっている不幸と同じ不幸に世界の諸民族を巻き 込みたいというのが、近代ヨーロッパ人の基本的な行動パターンだったのではない か。その行動パターンは、新大陸での先住民へのすさまじい攻撃と迫害などに典型 的に現われている。

  ずいぶん乱暴な議論と感じられるかも知れないが、実際は聖書や他の様々な文献 への言及も含めて語られ、かなり説得力があると感じた。

  岸田は、一神教を人類の癌だとまでいうが、それは一神教の唯一絶対神を後ろ盾 にして強い自我が形成され、その強い自我が人類に最大の災厄をもたらしたからだ。 さらに一神教は、世界を一元的に見る世界観であり、その世界観がヨーロッパの世 界制覇を可能にした。まずは、キリスト教化されたローマ帝国が、キリスト教を不 可欠の道具としてヨーロッパを植民地化した。そのキリスト教によって征服された ヨーロッパが、それを足場にして世界制覇に乗り出したのだという。

 岸田は、自我というのは本能が崩れた人類にとっての必要悪であり、病気である という。強い自我というのは、その病気の進行が進んでいるというである。だとす れば、必要悪である自我を、あまり強くせず、いい加減な自我を持ったほうがいい、 つねに自我を相対化し、ゆとりのある多面的な(多神教的な)自我のほうがいいと いう。

 私が批判したいのは、ゆとりのある柔軟な自我の行き着く先に自我を超えたあり 方(たとえばクルシュナムルティのような)があることを岸田が認めないことだ。 このあたりの批判は、『精神世界の旅』のほうでじっくりやりたいと思う。 (02・11)


■『自己の変容』 クリシュナムルティ著 松本恵一訳 (めるくまーる、1992年)

 気づき、葛藤、道徳、自殺、組織、愛と性、苦しみ、依存、自己表現、個人と社 会など、さまざまな問題をめぐる33の対話。アラン・ノーデという質問者が、彼 自身の抱える問題を真摯に素朴に問いかけ、クリシュナムルティもそれにひとつひ とつ真正面から答えている。問いは、多方面に渡るが、クリシュナムルティは、そ れら一切の問題の根底にあるひとつの問題をつねに明らかにする。彼の教えが濃縮 されて浮き彫りにされているという意味でも最適な入門書といえよう。

 一切の問題の根底にあるものとは、何か。たとえば次のような表現に端的に示さ れている。  「世界は、記憶である〈私〉とのさまざまな関係において見られ、ありのままに 見られることはありません。この分離が生活であり、『心理作用』と呼ばれるもの の繁盛であり、ここから矛盾と分裂のすべてが起こるのです。」

  過去によって条件づけられた〈私〉というフィルターを通して現実を歪めてしま う。ここに分離があり、問題の根源がある。この矛盾と分離が、あらゆる苦しみ、 悲しみ、怒り、葛藤などの根源であるというのだ。

  「すべての条件づけの根源は思考であり、それが〈私〉にほかなりません。〈私〉 こそまさに過去の本質であり、〈私〉が時間であり、〈私〉が悲しみです。〈私〉 は〈私〉をなくそうとしてもがき、〈私〉は到達したり、否定したり、何かになろ うとして努力と苦闘をくり返します。」

たとえば、怒りについてはこういう。

  「あなたは全体で怒りに気づきます。そのとき、怒りはあるでしょうか。不注意 が怒りであり、注意深さは怒りではありません。ですから、あなたの全存在による 注意深さが全体を見ることであり、不注意とは特定のものを見ることなのです。全 体に気づき、特定のものに気づき、そして両者の関係に気づく――これが問題のす べてです。」

  もっと一般的に一切の問題に当てはまる表現すれば、こうなるだろう。 「あなたは過去である思考の運動なしに、過去である自分自身を見つめることがで きますか。考えることなく、なんの評価もなく、好き嫌いもなく、なんの判断もな く見ることができれば――そのときあなたは、過去によって汚されていない目で、 ものを見ているのです。それが静寂のなかで見ること、思考の騒音なしに見ること です。この静寂のなかには観察者はなく、また観察者が過去として見ていたものも ありません。」  思考とは、自分の過去、民族の過去、文化の過去、言葉という過去で、現実を歪 めて捉え、あるがままの姿から分離させることである。自分の全存在による注意深 さによって全体を見るとき、この分離はないという。

  信念は、思考の中でももっとも硬直化した過去への囚われだろう。だからこそ、 クリシュナムルティはこういう。  「信念というのは、恐怖から生じるもっとも破壊的なものです。人間は恐怖と信 念をなくさなければなりません。信念が人々を分離させ、無慈悲にし、互いに憎し み合わせ、戦争を培養するのです。」

   クリシュナムルティを読むと、その魂の高潔さ、気高さに打たれ、「自己の変容」 の限りなき可能性を指し示されて感動する。この気高さから来る波動を浴び続ける こと自体、私たちの魂にとって意味あることだろう。(02・11)



2002年10月

■『完全なる人間・魂のめざすもの』 アブラハム・H・ マスロー著 上田吉一訳 (誠心書房、1998年)

  私はこの本を三度ほど読だが、その度に勇気づけられる思いだった。論文であるにもかか わらず、人間にはこのような精神の可能性があるのかと、読む度に感動させられた。  

  彼はロジャーズと並んで人間性心理学の創始者であるが、この書の中にはすでに後に出現 するトランスパーソナル心理学の萌芽も確認できる。

 マスローによれば、人間は心理的な健康に向かって成長しようとする強い内的傾向を持っ ている。そうした可能性を完全に実現し、人格的に成熟し、到達しうる最高の状態へ達した と思われる人々のことを、彼は「自己実現した人間」と呼んだ。

   彼は、たとえばアインシュタイン、シュバイツァー、マルティン・ブーバー、鈴木大拙、 ベンジャミン・フランクリン等の著名人を含む、多くの自己実現したと思われる人々を研 究した。その結果、 高度に成熟し、自己実現した人々の生活上の動機や認知のあり方が、 大多数の平均的な人々の日常的なそれとはっきりとした違いを示していることに気づいた。 彼は、そうした自己実現人の認識のあり方をB認識と呼んで、その特徴を列挙する。

  彼はまた、ごく少数の「自己実現した人間」の研究だけでなく、平均人の一時的な自己実 現とでもいうべき「至高体験」の研究をも同時に行った。 両者を比較して論ずることで研 究全体を学問的に説得力のあるものにしたのである。

  「至高体験」とは、個人として経験しうる「最高」、「絶頂=ピーク」の瞬間の体験。 それは、ちょっとした日常的交流のなかでも、深い愛情の実感やエクスタシーのなかでも、 芸術的な創造活動や素晴らしい仕事を完成させたときの充実感のなかでも体験される。一人 の人間の人生の最高の瞬間であると同時に、その魂のもっとも深い部分を震撼させ、その 人間を一変させるような大きな影響力を秘めた体験で、予想以上に多くの人がこういう体験 をもっている。   

  至高体験の特徴をもなすB認識のあり方について、マスローの詳細にな論述を追うこと自 体が、人間の精神の最高度の可能性を指し示され、勇気づけられる結果になる。そんな魅力 に満ちた本だ。

  第2版では,「人間の成長や自己実現の研究を深めるため、より高い立場からみた「悪」 の心理学の必要性を強調している」とのこと。  私は、自分のサイトの「覚醒・至高体験事例集」を作るにあたり、マスローの研究に大き な影響をうけている。  その点を最近「覚醒・至高体験とは?」という一文にしてサイトに掲載したので合わせご 覧いただきたい。

  ☆トップのコンテンツ>覚醒・至高体験事例集>覚醒・至高体験とは?  (02/10)


■『禅と日本文化』 鈴木大拙著 北川桃雄訳 (岩波新書、1964年)

 この本を読んだのは、20年以上も前だ。その頃、ロジャーズを中心とした心理療法に関 心をもち初めていた私は、禅の主張が心理療法の考え方に深く通ずることを「発見」し、た いへん感動した。それ以来、仏教と心理療法、人間性心理学、トランスパーソナル心理学等 とは、一方の理解が他方の理解を深めるという形で、私にとっての主要な関心であり続けた。 その意味でも思い出深い本だ。  

   禅は日本の文化にどんな影響を与えてきたか、そして禅とは何か。もともと欧米人のため に英文で書かれた。そのためか随所に心理学的な用語が用いられている。かえってそれが、 現代の日本人にも新鮮な禅との出会いを可能にする。私が「心理療法の考え方に通じる」と 「発見」したのも、そんな表現法によるところが多い。

 一文だけ引いてみよう。  「偉大な行為はみな、人間が意識的な自己中心的な努力を捨て去って、『無意識』の働き にまかせるとき成就せられる。神秘的な力が何人(なんぴと)の内にも隠されている。それ を目ざましてその創造力を現すのが参禅の目的である。」 こんな調子だ。

  この本は、禅を、美術・武士・剣道・儒教・茶道・俳句など日本の伝統文化のあり方に即 して具体的に語るので、その意味でも禅への入門書としてすぐれている。禅が、日本の伝統 文化の一面にいかに深い影響を与えたかが、説得力をもって語られる。  梅原猛は、この本が日本文化の禅的な一面だけを強調しすぎることを批判したが、にもか かわらず、この書が古典的な名著であることにかわりはない。 ☆なお、「覚醒・至高体験事例集」の「スポーツ選手の場合」には、本書から引いた  闘牛士の至高体験を掲載しているので、併せご覧ください。 (02・10)


 

 





ジャンル別(詳細)

■ 気 功 ⇒ENTER                                                               
◆『魂が癒されるとき』 帯津良一、津村喬 (創元社、1996年)
◆『整体入門』 野口晴哉 (ちくま文庫、2002年)

◆『「見えないもの」を科学する』  佐々木茂美 (サンマーク出版) 1998年 
『「気と経絡」癒しの指圧法』  遠藤喨及 (講談社+α新書) 2000年

◆『快脳気功』  津村喬 (サンマーク出版) 1998年

■ 瞑 想   ⇒ENTER

『ミャンマーの瞑想』・マハーシ長老 (国際語学社、1995年)
『ブッダのヴィパッサナー瞑想・基本マニュアル』  ☆地橋秀雄 (グリーンヒルWEB会、2002年)
『ゴエンカ氏のヴィパッサナー瞑想入門』  ☆ウィリアム・ハート(春秋社、1999年発行)
◆『悟りへの道:上座仏教の瞑想体験』   ☆鈴木一生 (春秋社)
◆『呼吸による癒し』  ☆ラリー・ローゼンバーク (春秋社) 2001年 
◆『霊的成長と悟り』  ☆本山博 (宗教心理出版) 1988年
◆『チベット密教の瞑想法』  ☆ナムカイ・ノルブ (法蔵館) 2000年
◆『瞑想のススメ』  ☆山田孝男 (総合法令) 1999年
◆『覚醒への旅:瞑想者のガイドブック』  ☆ラム・ダス (サンマーク文庫) 1998年


■ 悟り・覚醒 ⇒ENTER

◆『恐怖なしに生きる』 クリシュナムルティ著 (平河出版社、1997年)
『さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる』  ☆エックハルト・トール (徳間書店、2002年)
◆『宇宙につながった日』  ☆山本佳人(金花舎) 1993年
『自己喪失の体験』  ☆バーナデット・ロバーツ (紀伊国屋書店) 1989年


■ 宗 教 ⇒ENTER
◆『悟りと解脱』  ☆玉城康四郎 (法蔵館 )
◆『ダンマの顕現』  ☆玉城康四郎 (大蔵出版)
◆『瞑想の心理学:大乗起信論の理論と実践』  ☆可藤豊文 (法蔵館) 2000年

■ ニューエイジ ⇒ENTER
◆『宇宙の根っこにつながる人々』  ☆天外伺朗 (サンマーク出版) 1999年
◆『ソース』  ☆マイク・マクナマス (ヴォイス社
◆『ミュータント・メッセージ』  ☆マルロ・モーガン (角川文庫) 1999年

■ 心 理 学 ⇒ENTER

『生きる自信の心理学』 岡野守也 (PHP新書、2002年)
◆『24時間の明晰夢』 アーノルド・ミンデル(春秋社,2001年)

◆『うしろ向きに馬に乗る』  ☆アーノルド&エイミー・ミンデル(春秋社、1999年)
◆『自分探しの瞑想』 ☆アーノルド・ミンデル (地湧社) 1997年

◆『意識のスペクトル』 ☆ケン・ウィルバー (春秋社) 1994年

◆『構造としての神』 ☆ケン・ウィルバー (青土社) 1993年
◆『生と死の接点』  ☆河合隼雄 (岩波書店) 1989年

◆『「ケータイ・ネット人間」の精神分析』  ☆小此木啓吾 (飛鳥新社) 2000年
◆『これからの日本』  ☆河合隼雄 (潮出版社)
◆『自我と無我』
  ☆岡野守也 (PHP新書)


■ セラピー・ヒーリング・医療 ⇒ENTER
◆『代替医療』上野圭一 (角川書店、2002年)
◆『やさしいフォーカシング』  アン・アイザー・コーネル著  (コスモス・ライブラリー、1999年)
◆『生きがいの催眠療法』  ☆飯田史彦、奥山輝実 (PHP研究所) 2000年
◆『快癒力』  ☆篠原佳年 (サンマーク出版) 1996年

■ ニューサイエンス・関連科学 ⇒ENTER
◆『水は答えを知っている』  ☆江本勝 (サンマーク出版、2001年)
◆『地球は心をもっている』  ☆喰代栄一(日本教文社) 2000年

■ 臨死体験と死後⇒ENTER

『かいまみた死後の世界』 ☆レイモンド・A. Jr. (評論社,1989年)
『もう一度会えたら』  ☆ジェームズ・ヴァン・プラグ(光文社)
◆『天国との対話』 
☆ジェームズ・ヴァン・プラグ(光文社)

■臨死体験研究関係文献一覧


■ 精神世界全般 ⇒ENTER
『シュタイナー入門』 小杉英了 (ちくま新書、2000年)
◆『癒されて生きる―女性生命科学者の心の旅路』  ☆柳澤桂子 (岩波書店、1998年)

『ライフ・レッスン』   ☆エリザベス・キュブラー・ロス&デーヴィッド・ケストラー  (角川書店、2001年)

◆『カルトのかしこい脱け方、はまり方』  ☆青山あゆみ (第三書館)  1995年
◆『こころの生態系』  ☆河合隼雄、小林康夫他 (講談社)
◆『裸のサイババ』  ☆パンタ笛吹 (ヴォイス社) 2000年

■ その他 ⇒ENTER
◆『ブッタとシッタカブッタ(1)(2)(3)』  ☆小泉宏  (メディアファクトリー、各1993,1996,1999年)
『タオ・老子』  ☆加島祥造 (筑摩書房、2000年)

『新地球村宣言』  ☆高木善之 (ビジネス社 2001年)
『「脱亜超欧」へ向けて』  ☆呉善花(三交社、2000年)

◆『カルト資本主義』  ☆斎藤貴男 (文芸春秋社、1997年)
◆『波動速読法』  ☆七田真 (KKロングセラーズ、2000年) 


 

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