◇臨死体験・気功・瞑想

臨死体験の事例集

 

ベバリー・ブロドスキー

■べバリー・ブロドスキーの臨死体験

2002年11月20日に拙著『臨死体験研究読本』がアルファポリスより刊行されましたが、以下は、その「第3章・宇宙意識の目覚め」の中に入れたものです。

ケネス・リングが『光に学ぶ』(Lessons from the Light) で紹介しているベバリー・ブロドスキーという女性の事例です。 この本はまだ邦訳されていないので、彼女の臨死体験をここに掲載することにします。

◆ユダヤ人虐殺はなぜ?

彼女は、米国フィラデルフィアでユダヤ人の家族のもとに育ちました。本好きで内 気で真面目でしたが、十代の頃ずっと神を信じていませんでした。八歳のときにホロ コースト(ナチスによるユダヤ人の大虐殺)について学んで以来、神がなぜあのよう な恐ろしい出来事を許したのかと、怒りをもって神に背くようになったのです。彼女 が通った公立学校の非宗教的な教育は、彼女の無神論に油を注ぎました。  

やがて、内気さが高じひどい抑うつ状態に陥った彼女は、高校卒業のとき絶望的な 状況に達していました。成績は素晴らしかったのに混乱状態に陥って大学に通えず、 自分の将来に直面するのも困難でした。そのうえ十七歳のとき卒業の直後に心の支え だった父親が、心臓麻痺で突然死んだのです。母親は、夫を失い自分自身が感情的に 危機状態に陥りました。もはやその不幸な環境に耐えきれなくなった彼女は、十九歳 で家を飛び出しカルフォルニアへ行きます。そのころカルフォルニアでは、人々は髪 に花を飾り、人類の平和と愛を語り合っていました。彼女はその雰囲気のなかで瞑想 を学んだりして、最初からやり直せるという希望をもつようになります。  

しかし一九七〇年に彼女は、バイク乗車中に飲酒運転の車にぶつけられて頭蓋骨骨 折をします。ヘルメットなして頭はひどく打ち砕かれたといいます。2週間の入院中 に頭蓋骨は縫合され、痛みを和らげるためモルヒネが投与されました。しかし痛みは 耐え難く、打撲傷のため顔面の皮膚は半分引きちぎられていました。彼女は退院の日、これが最後の夜になるという固い決心をもってアパートに帰りました。

「私は、ベッドに横たわりました。そして多くの無神論者がそうであるように、こ とをなそうとするこの瞬間に不可知論者になり、神よ私を召したまえ、もう一日たり とも生きることはできません、と熱心に祈りました。‥‥苦痛は耐え難く、誰もわた しを愛しはしません。もはや私にとって生き続ける理由はなかったのです。」  

このとき、ベバリーの唯一の望みは死ぬことでしたが、もちろん肉体的にはもう死 の危険はありませんでした。それでも彼女はこのとき、望みが受け入れられたと感じ ます。臨死なき「臨死体験」が起こったのです。

 「どういうわけか、思いがけない平和が私のもとに降りてきました。私はベッドの 上方、天井のあたりに浮かんでおり、意識のない自分の体を見下ろしていました。私 は私でありながら自分の体の中にいないという、厳かで奇妙な状況を認識しました。 と同時に私は、白く揺らめく光を浴びるまばゆい存在とともにありました。この存在 は、私のように漂っていましたが、翼はありませんでした。彼に振り向いたとき、私 は敬虔なおそれを感じました。それはふつうの天使でも聖霊でもなく、私に何かを伝 えるために送られてきたのです。その存在から発せられる愛と優しさで、私はメシア のもとにいるのだと感じました。彼が誰であろうと、その存在によって私の安らぎは 深まり、自分の同伴者に気づいて喜びの感情が目覚めました。彼は、優しく私の手を とり、私たちは窓を通り抜けて右手へ飛んでいきました。こうしたことができること に何の驚きも感じませんでした。」

こうして彼女は、そのスピリチュアル・ガイドに導かれて「臨死体験」を続けます。  

「私たちの下には美しい太平洋が横たわっていました。そこに着いたとき私は、興 奮して日没に見入りました。しかし、私はすぐに注意を上方に向けました。そこは大 きく開いていて環状をなす通路に連なっていました。それは深く、その終わりは遠く 見えましたが、そこから白い光が輝き出て、招くように開いた入口の側の暗がりに降 り注いでいました。」  

彼女は、スピリチュアル・ガイドに導かれてその通路を進んでいきます。  

「私はそのとき、光に向かって長距離を上方へ移動した記憶があります。私は非常 に速く動いていたと思いますが、この領域全体が時間の外側にあったと思われます。 ついに私は目的地につきました。私を導いてきた存在がもう一緒にいないと気づいた のは、反対側に出た時でした。しかし、私はひとりではありませんでした。そこには、 私の前に光の生命がいたからです。私は、その光のなかにあまねく充満する知性、英 知、哀れみ、愛、そして真実を感じました。この完全な存在には、形も性もありませ んでした。」  

ベバリーは、この存在を「彼(He)」と呼びます。彼女は、ただちに深いところで 「私は、神に対面している」という驚くべき認識に達したといいます。 

彼女はすぐに、物理的な世界で自分が見た一切の非道について、これまで疑問に思っ ていたすべての問を「彼」に浴びせました。その時、神が自分のすべての思考を即座 に知り、テレパシーによって応えていることを発見しました。彼女の心は裸であり、 実際に純粋に心だけになっていたといいます。  

彼女は、完全な存在と話し合った内容を正確に思い出すことはできないといいます。 体験中にきわめてはっきりと得られた洞察は、地上へは持ち帰れなかったのです。し かし、ユダヤ人が受けた苦しみについて子供のころから悩まされてきた問をぶつけた のは確かでした。「彼」の答えは、「物理的な領域でいかに恐ろしく見えようとも、 起こったことすべてには意味があった」というものでした。その答えを得たとき彼女 は感じました、「もちろん私は、それをすでに知っている。‥‥‥本当にすべては目 的をもって起こる、そしてその目的は私たちの永遠の自己がすでに知っている」と。 やがて彼女は、あらゆる智恵で満たされたように感じて質問を止めます。無数の花が 一度に開花したかのように、すべての知識が花開いたのです。彼女は、神の知識によ って満たされ、その点で神とひとつだと感じます。  しかし、彼女の発見の旅は始まったばかりでした。

 

◆「死は存在せず、愛は終わらない」

「私は、宇宙への特別な旅へと招待されたのです。すぐに私たちは、星が誕生し、超 新星が爆発し、そして名前も知らない他の多くの輝かしい天界の出来事が繰り広げら れる中心へと旅しました。私がいま感じるこの旅の印象は、宇宙が同じ生地で織り上 げられた、全てがひとつの壮大な作品だということです。時間と空間は、私たちをこ の惑星につなぎとめる幻影です。その外では、すべては同時に現在なのです! 私は 聖なる宇宙船の乗客だったのです。そこで創造主が私に、彼が創造したすべてものの 完全性と美しさとを見せてくれたのです。‥‥‥  

ここで私は、名状しがたい荘厳さのなかで光の存在との霊的な交わりを経験しま した。いまや私は、あらゆる知識と一切の愛によって満たされたのです。光は私のな かに注ぎ込まれ、貫徹していきました。私は神の深い愛情の対象でした。そして「彼」 の、つまり私たちの愛から、想像を超える生命と喜びを受けとったのです。私という 存在は変容しました。私の迷いや罪は、尋問もされずに許され、清められました。そ していまや私は、愛であり、始原の存在であり、至福でした。そして、ある意味で私 はそこに留まりました、永遠に。そのような合一は破られることはあり得ません。そ れはつねにあったし、あり続けるでしょう。  

なぜ、どのようにしてかは分からないまま、突然私は自分の傷ついた体にもどりま した!しかし不思議なことに愛と喜びを持ち帰ったのです。どんな熱情的な夢も及ば ないようなエクスタシーに満たされていたのです。肉体に苦痛は一切消えていました。 私は依然としてかぎりない歓喜に魅了されていました。苦痛を忘れ、2ヶ月のあいだ この状態が続きました。 私は、自分が新しく作り変えられたかのように感じ、あらゆるところに驚くべき価 値を見ました。すべてのものは生きており、エネルギーと知性に満ちていたのです。」

この体験後、彼女の生き方は劇的に変化します。以前の彼女は、苦しくなるほどに 内気で、自分は愛される価値がないと感じていました。ところが体験後は、ホラー映 画の登場人物のように頭部に包帯を巻きつけたまま外出し、一週間で仕事を見つけ、 多くの友達ができ、はじめての真剣な恋愛をします。また、母親を訪ねて和解し、二 三歳で大学に通い始め、そして卒業します。結婚し、母親になり、仕事に打ち込み、 人生の恵みを胸いっぱいに吸い込みます、光に出合う以前の暗い日々には決して信じ られなかったような人生の恵みを。  

彼女は、手記の最後をこう結びます。 「あの天国への旅から二〇年になりますが、私はあの旅を忘れたことはありません。 また、あざけられたり疑われたりしても、その真実性を疑ったことはありません。あ のように強烈で人生を変えてしまうものが、夢や幻覚であるはすがありません。逆に 残りの人生こそが、つかの間の幻影であり、はかない夢だと思います。それは終わる のです、いのちと至福をもたらす永遠の存在のなかに再び目覚めるときに。  

悲しんだり、恐れたりしている人々に私は請け合います。死は存在せず、愛は終わ りません。また、どうか忘れないで下さい、私たちは、完全なる全体の一側面なのだ ということを。そのようなものとして神の一部であり、お互いの一部なのだというこ とを。これを読んでいるあなたと私は、いつの日か光のなかで、愛のなかで、終わり なき至福のなかでひとつになるでしょう。」  いうまでもなく彼女の「宇宙が同じ生地で織り上げられた、全てがひとつの壮大な 作品」であるという表現は、宇宙の全一性を簡潔に表現していますし、「私たちは、 完全なる全体の一側面なのだ」、「そのようなものとして神の一部であり、お互いの 一部なのだ」という表現は、「宇宙との一体感」を表しています。  

私は、べバリー・ブロドスキーのこの体験にとりわけ深く引かれますが、その一つ の理由は、「時間と空間は、私たちをこの惑星につなぎとめる幻影です。その外では、 すべては同時に現在なのです!」「あのように強烈で人生を変えてしまうものが、夢 や幻覚であるはすがありません。逆に残りの人生こそが、つかの間の幻影であり、は かない夢だと思います。それは終わるのです、いのちと至福をもたらす永遠の存在の なかに再び目覚めるときに」というような表現に見られるような捉え方によるのかも 知れません。  

みなさんは、どう感じられたでしょうか。

◆『臨死体験研究読本・脳内幻覚説を徹底検証』 

臨死体験者は、なぜ生き方をプラスの方向に激変させるのか、  
なぜ時に「悟り」とも言える大きな変容を遂げるのか。  
この謎を徹底的に追求し、代表的な「科学的」説明の矛盾を明らかにしました。  

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