◇臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集    臨死体験者の場合

鈴木秀子氏

鈴木秀子氏は、日本近代文学を専攻する聖心女子大学の教授で、聖心会のシスターでもあり、エニアグラムやゲシュタルト・セラピーその他の心理療法にも豊かな実践経験をもつ。また、文学療法の開発者としても知られる。その著『死にゆく者からの言葉』(文藝春秋社)は、ベストセラーとなって、多くの人々の心に深く静かな感動を与えた。

彼女の「臨死体験」は、『死にゆく者からの言葉 (文春文庫) 』でも報告されているが、ここでは、その体験がより詳しく報告されている、同氏の『神は人を何処へ導くのか (知的生きかた文庫) 』から収録する。


その体験をしたとき鈴木氏は、奈良での学会に出席するため、友人のいる修道院に泊めてもらっていた。その修道院は、宮家の立派な屋敷を改造した建物で、二階の客間から下に降りる階段は高く急であった。その夜、寝つかれなかった彼女は、何となく夜中に起き出し、暗がりの廊下を壁づたいにそっと歩いた。曲がり角らしきところで一歩足を踏み出したが、実はそこは廊下ではなく、その急な階段だったのである。  

踏み出した瞬間、足は空をつかみ、体はバランスを失った。恐怖を感じる暇もなく、一気に下まで落ち、床に叩きつけられて、そのまま気を失ってしまう。

ふと気づくと、私のからだは宙に浮かんでいます。そして、空中にまっすぐ浮いている私を、高いところから、もう一人の私が見つめているのです。空中に浮かんだ私の足の周りを、なぜかたくさんの筍の皮のようなものが覆っていました。

それが蓮の花びらだとわかったのは、ずっとあとのことです。台湾のさる有名なお寺を訪れたとき、仏像の足の周りを筍の皮のようなものが包んでいるのを見て、あ、これだったんだと思いました。それは蓮の花びらでできた台座でした。
 
その筍の皮のような花びらが足もとから一枚一枚散っていくのです。高いところからそれを見ているもう一人の私は、花びらが散るごとに、自分が一つひとつの苦しみから解放されて、自由になっていくのがわかりました。
一枚落ちると、
 「ああ、これでもう人の言うことに煩わされなくてすむ、私は自由になった」  
 と思い、さらにもう一枚落ちると、
 「もう人に気を遣い、不安に脅かされなくてもすむ、私は自由になった」 とつぶやいているのです。限りない解放感と喜びが胸に溢れてきました。  

花びらが最後の一枚になり、これが落ちたら完全な自由になれると思ったとき、最後の一枚の花びらは落ちることなく、からだがすっと飛翔しました。そのとき、見ている自分と見られている自分が一つになりました。   

一瞬のうちに高さの極みに飛翔し、私は今まで見たことのないような美しい光に包み込まれました。白っぽい金色の輝きに満ちた、いちめん光の世界にいたのです。まばゆい輝きでしたが、まぶしすぎるとは感じませんでした。  

それは人格を持つ命そのものの光であり、深い部分で、自分とつながり、交流している生きた光なのでした。これが至福なのだ、完全に自由なのだ、と私は感じていま した。不思議なくらい、五感も思考もすべてが生き生きと冴えわたっています。オリンピック選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間とは、こんな状態のときなのでしようか。からだの全機能が最高の状態に保たれ、調和し、研ぎ澄まされているのです。 その冴えわたった意識の中で、私ははっきりと理解したのでした。

 「この命そのものの光の主に、私はすべてを知りつくされ、理解され、受けいれられ、許され、完全に愛しぬかれている」 これが愛の極致なのだと。 もし愛の究極の状態というものがあるのなら、こういう感情に貫かれることではないかしらとも思いました。真に満たされた状態とは、こういうことを言うのでしよう。 しかもその満たされた光の世界には、時がないのです。あっ、これが永遠なんだと私は思いました。 心は愛に満たされ、知性は冴え、能力のすべてが最高の状態で調和しています。

そんな至福感に包まれていたとき、どこからか声が聞こえてきました。
「癒してください、癒してください」  

 その声には、少しつたない感じの独特のアクセントがありました。  その声が聞こえてきたとき、光であり命そのものの主が「現世に帰りなさい」と言い ました。それは言葉ではなかったのですが、そう伝えられたのがわかりました。そし てさらに、「現世に戻ったとき、いちばん大切なのは、知ることと愛すること、その 二つだけが大切なのだ」というメッセージを私は受け取ったのです。  
 

真夜中に突然、大きな音がして叩き起こされたシスターたちが見たのは、寝巻き姿で階段の下にうずくまっている見知らぬ女性だった。鈴木氏は、それでも「大丈夫」と言いながらよろよろと立ち上がり、支えられながら二階の部屋にあがったという。が、また気を失った。そして、上に述べられたような不思議な体験が彼女に起こったのは、救急車が到着するまで修道院の二階のベッドで意識を失っていたあいだのことだったようだ。至福感のただ中にいたときに聞こえた、少しつたない感じの「癒してください」という声は、そのときベッドの周囲を囲んでいたなかにいた外国人シスターの祈りの声だったらしいという。

幸い肋骨のひび程度で大怪我をまぬかれた鈴木氏は、事故後の静養中にさらに次のような体験をしている。

階段から落ちた翌日は、運動会の次の日のように全身がズキズキ痛んでいました。全体が大きな瞳れ物と化したようで、ベッドの上で寝返りを打つのも、つらい状態でした。けれども、そんな肉体の痛みとは裏腹に、精神は高揚していて、とても気持ちがいいのです。

階段から落ちた前後の自分の行動の記憶はまったくないのに、あの不思議な光に包まれた記憶は鮮やかに脳裏に焼きついていました。あのまばゆい光の余韻や、悟りの境地にも似た研ぎ澄まされた感覚は、忘れようとしても忘れられないものでした。私は限りない至福感に満たされ、恍惚とした気分でベッドに横たわっていました。

ようやく歩けるようにたった次の日、外の空気が吸いたくなった私は、痛いからだをひきずって窓のところへ行きました。窓を開けると、そこには秋の田園風景が広がっていました。刈り入れを終えたあとの田圃がどこまでも続き、稲が束になって下がっています。のどかな景色を眺めながら、自分が今、奈良の郊外にいることをふと思い出しました。  

すがすがしい稲の香りが胸の中に広がったとき、突然、大きな感動がからだを貫きました。  
稲や土、光や風、自然界のありとあらゆるもの、大宇宙のさまざまなものがすベて、素晴らしい秩序の中にあって、それぞれが一つひとつの役割を果たして調和している、そうして燃えている―─。  

それは閃きに似た強烈な感動でした。大宇宙との一体感を、頭ではなく、からだ全体で、魂の深みで悟ったような感じでした。目から鱗が落ちるどころではありません。

  そのような至福の状態が三日間くらい続いたでしようか。からだが治っていくにつ れ、その高揚感も薄れ、やがて徐々に日常の平静な状態に戻っていきました。

けれども、あの光に包まれる体験をしてから、まるで別次元の境地に達したように、私の中ですべてが変化していました。それまで悩んでいたいろんなことが、とても小 さく見え、いっせいに霧が晴れたように、私の人生はすがすがしく晴れ渡っていまし た。そして、私の心の中には、ある言葉が、美しい鐘の音のように響きわたっていま した。

 「大切なのは、知ることと愛すること。それだけが大切なのだ」

鈴木氏は、その後に彼女の身に起きた数々の不思議な出来事によって、あの光との出会いの体験が、たんなる夢や幻覚ではなかったという確信を深めていく。 その第一は、この事故の5〜6年前から患っていた膠原病が、事故のあと完全に治ってしまったということだ。膠原病は原因不明の難病だ。彼女の症状は、急に寒さにあうと、からだ中が硬直してしまうというものだった。血管の流れは滞り、手は死人のように真っ青になって、ときにはからだに鉄の輪をはめられたような痛みで息もできないほどだったという。長年苦しめられていたそんな膠原病が、すっかり治ってしまった。検査の結果、血管が詰まっているところはどこにも発見されず、本人も医者もびっくりしたという。病気はその後二度と再発することもなく、それどころか、あの臨死体験以来、病気ひとつせぬ丈夫なからだになったという。

 彼女が自分の体験を幻覚でないと確信した別の理由は、レイモンド・A・ムーディー・Jrが書いた臨死体験についての本を読んだことであった。事故のあと、まだ入院をしていたある日、見舞いに来たイギリス人のシスターが、いま面白い本を読んでいるといって紹介してくれたのがムーディーの『 LIFE AFTER LIFE』(日本語版『かいまみた死後の世界』評論社)であった。そのなかには、臨死体験をした多くの人々のエピソードが集められている。友人が、「臨死体験をした人たちの中には、光に出会う人々もいるらしい」と語り始めたとき、鈴木氏ははっとする。「その光は生きた光で、まばゆいけれど、まぶしすぎるという感じではなくて‥‥」 

だとすれば、それは彼女が出会った光とまるで同じだ。鈴木氏は、そのとき初めて自分のあの体験が「臨死体験」だったことを知ったという。こうしてムーディーの本に出会い、それを読み終えた頃に、担当の医者から膠原病がすっかり治っていることを告げられたのだという。


◆鈴木秀子(すずき ひでこ)

東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。フランス、イタリアに留学。ハワイ大学、スタンフォード大学で教鞭を執る。聖心女子大学教授(日本近代文学専攻)を経て、現在「国際文学療法学会」会長、聖心会会員。

1980年代後半に日本に初めてエニアグラムを紹介し、以後、日本におけるエニアグラムの第一人者として、全国および海外でエニアグラム・ワークショップなどを行う。

現在、国際コミュニオン学会を提唱し、国際エニアグラムカレッジ(IEC)代表として指導にあたり、リーダーの育成を行っている。

93年に出された『死ぬゆく者からの言葉』(文藝春秋)は、NHKテレビ他で取り上げられ話題を呼び、現在もロングセラーとなっている。また、『愛と癒しの366日』(海竜社)は、日々、生きる喜びにつながる本として高く評価されている。97年に出た『9つの性格』(PHP研究所)は、ベストセラーになり、エニアグラムへの関心を高めた。近著に、子育てで悩む親に具体的な指針を示した『子供を傷つける親、癒す親』(海竜社)、『神の業が現れるとき』(祥伝社)『絶対幸福の尺度』(講談社)などがある。 (サイト「国際コミュニオンン学会」の紹介記事より)

国際コミュニオン学会(international communion association)

 

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