臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集

林 武 氏

 以下は、画家・林武の「光」体験である(林武『美に生きる (講談社現代新書 60) 』 よりの収録。彼は少年時代、家を支えるために三時間の睡眠を続け、凍傷で崩れた手足の痛みをがまんし、胃潰瘍のために衰弱しきったからだで、雪の坂を、歯をくいしばって泣きながら牛乳車を引いていたという。世の中のつらさを心から実感し、悲しみで一杯になっていた。


 そのときである。不意に、僕のひたいのあたりがぱっと光り輝いた。それは何か遠くの高いところで輝いている感じであった。それは神秘の光明だった。あれは、一種の霊感のようなものであったろうか。そのとたんに、僕は、全身から力がわくのを感じた。
  ‥‥‥僕は自分が年もいかない子供であることも考えず、一家を支えるために、家族みんなのために、自分が先に立ってやらなければならないと思い、倒れそうなからだで根かぎりやった。そして、あのつらい雪のなかで天の啓示のように光り輝くものを見た。それはなにであったかはわからない。僕はそれをだれにも語らなかった
。けれどもこのとき感じた不思議な輝きは、その後、苦境に立ったびによみがえって僕を元気づけた。

 この「光」体験は、かならずしも「自己」超越体験をともなっていたわけではない。しかし、画家はその後、一番大事な絵を捨てようと決心したときの心境と体験を次のように語っている。  

 それは一種の解脱というものであった。絵に対するあのすごい執着を見事にふり落としたのだ。僕には、若さのもつ理想と野心があった。自負と妻に対する責任から、どうしても絵描きにならなければならなかった。だからほんとうに絵というものをめざして、どろんこになっていた。そのような執着から離れたのであった。(中略)
  外界に不思議な変化が起こった。外界のすべてがひじょうに素直になったのである。そこに立つ木が、真の生きた木に見えてきたのである。ありのままの実在の木として見えてきた。(中略)
 同時に、地上いっさいのものが、実在のすべてが、賛嘆と畏怖をともなって僕に語りかけた。きのうにかわるこの自然の姿──それは天国のような真の美しさとともに、不思議な悪魔のような生命力をみなぎらせて迫る。僕は思わず目を閉じた。それはあらそうことのできない自然の壮美であり、恐ろしさであった。(
林武 「美に生きる」)

 ちなみにこの文章は、マズローのいうD認識からB認識への変化をみごとに描写している。木が「真の生きた木、ありのままの実在の木」として見えたとは、主体との関係や主体の意図によって歪曲されず、主体自身の目的や利害から独立した「それ自体の生命(目的性)において」見られた(B認識)ということだ。そのとき「その情緒反応は、なにか偉大なものを眼前にするような驚異、畏敬、尊敬、謙虚、敬服などの趣きをもつ」(マズロー)のである。


林武(はやし たけし) 1896〜1975  

 東京に生まれる。東京歯科医学校に学ぶが次第に文士を志すようになり、のちに絵画に転向。
  1920年日本美術学校に入学したが、同年中退。同年二科展に「婦人像」が初入選。
  翌22年の第9回二科展では二科賞を受賞。
  1926年1930年協会会員となり佐伯祐三・里見勝蔵らと合流。
  1930年二科会を脱退して独立美術協会創立に参画。
  1934年〜35年パリを拠点とし欧州各地を訪れる。
  1949年第1回毎日美術賞を受賞、
  19 52〜63年東京芸術大学教授。
  1967年文化勲章を受ける。
  1975年6月23日逝去。

強烈な表現と独自の造形理論で知られる。ドランやマチスの影響を受け、フォーヴィスムを基調としながら独特の構図を創造し、強い印象を与える色彩を大胆に使いこなす。  

主な収蔵先

彫刻の森美術館 大原美術館 東京国立近代美術館  

 

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