臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集  普通の人々の場合-1

M婦人


ここに取りあげるのは、松崎義雄著『禅の現代化―観照の方法 』(水書房、1990年)に見られる、ある婦人の事例である。著者の松崎義雄氏が、禅の小さな会合を行っていたときに、そこに参加した婦人の二年間にわたる経験についての手記だとのことである。本では、とくにこの婦人の名前には言及していないので、ここでは仮にM婦人としておく。


11月17日(始めてから二ヶ月後)
昨日、夢を見た。ドーッ、ドーッと流れ落ちる滝とともに、自分の頭から滝壺に落ち込んでいく夢だった。空(くう)なる経験をしてみたい、してみたいと切実に思っていたせいであろう、その凄さ! 轟音とともにまっさかさまに落ちていくそのさまはもう言葉では言い表せないほどである。"一如になるとは、これなんだ"と思った瞬間、夢からさめてしまった。"なあんだ、夢だったとのか"私はどれほど残念に思ったかしれない。

これは、その一年後にやってくる体験の予兆のような夢である。そして、この夢の翌年。

1月26日
朝、起きてポストに新聞を取りにいく。いつものように朝刊には沢山の広告がはさまっていた。それが、けさはいつもと違う感じがする。その一枚一枚が光り輝いている。

この日、湯飲み茶わんを見ても、庭のすみに転がっている小石を見ても、自分の周りの一切のものがそれに安住し、充実しているように見えた。

この「覚醒・至高体験事例集」には、『「世界が輝く」体験の場合』というタイトルで同類の体験を集めたものがある。M婦人の事例の上の部分は、この分類に属するのと共通の面を持っている。

1月27日
朝、山手線目黒駅の改札を入って階段を降りホームに出た。ふと、目の前に開かれたホームを"受けて"みようと思った。すると、いつもの見方とは違う。そっくりその場が自分の中に入ってくるような感じである。電車を待っている人々がそこここに点在していて、なんとなくおだやかで、安らかさを感じる。これが自分が空っぽになったとき、現実のありようがそのまま自分の内に入ってくるということであろう。

電車に乗って池袋まで行った。居合わせた乗客たちが皆"真人"に見え、話し合っている人も、黙って座っている人も、皆柔和で少しも違和感がなく、自分も他人もなごやかな"一つの世界の中にある"という感じであった。

ここで語られていることは、マズローが至高体験と特徴の一つとして挙げた次のような状態に対応するだろう。

「対象や世界と渾然一体と深くつながるようになり、以前には自己でなかったものとも融合する。創造者は作品と一つになり、愛する人とは一体となる」

以下に挙げるのは、原青民(覚醒・至高体験事例集>宗教家の場合)という浄土宗の僧侶の体験である。彼は、肺病にかかり、かかりつけの医者にあと五年しか生きられないといわれ、非常に悩んだという。そのうち弁栄聖者に出会い、その感化で毎日のように念仏を唱えるようになったという。彼は次のようにいう。

「‥‥ところが翌朝目がさめて、庭から外を見ていると、変で変でしかたがありません。きのうまではいっさいのものが自分の外に見えていたものが、けさは自分の中に見えています。それはつぎの日もかわりませんでした。」(佐藤幸治『禅のすすめ』講談社 )

これも、マズローが上にあげた至高体験の特徴に合致するものだろう。もう一つ例を挙げよう。W・S氏(覚醒・至高体験事例集>「光」体験をともなう場合)の体験である。

「世界全体が静かな眠りの中にあった。平和であった。私の胸に、存在するすべてのものへの静かな愛がひろがった。氾濫して映画館の内部を充たしていた浄光は、取りおさめられて自分の体内に移されたという感じがした。  私は自分が、この世界の全体を上から蔽っているような気がした。世界は私の内部にあった。」

さて、M婦人の体験の続きである。文中に「自然に"受けて"見よう」という言葉があるが、おそらく著者の松崎義雄氏による指導のひとつに関係する言葉だろう。

3月8日(始めて二年目)
朝、起きて洗顔する時、水道から出る水の音に真実そのものが流れているのに気づき、コーヒーカップを受け皿に静かに置く時、かすかな"カチッ"という音にスーッとした透徹感を感じた。

昼食を追え、静かな心境で座敷の中にひとり座し、ゆったりとした気持ちでお茶を入れる。 そうしてなんとなくその部屋をそのまま自然に"受けて"見ようと思った。――柱は柱として立ち、天井は天井としてある。柱も天井も香台も意思は持たず、自然そのものである。真直に立っている柱をジーッと見上げていると、柱には少しもごまかしがなく、物音ひとつせず、シーンとして清浄な存在の世界の中に安住している。

思えば、存在の世界は、山の中でも、庭の中でも、木陰でも、木陰の小道でも、いたる所に現れる。存在性はもともと沈黙である。良いも悪いも黙って見ている。そして黙ってのみ込んでいく。

人間も情念のないスッキリとした柱のような存在性にあれば、すばらしい透徹さであると思う。しかし、人間には情念がある。人間がその心の動きそのままに自然の存在性と一致している時、空世界にあることになるのであろうか。

3月15日
私は、この一週間"柱の姿となりて"と心の中でつぶやきながら過ごした。外出して外を歩いている時も、人とかかわっている時も、自分自身が"柱の姿"となって行動してみると、なにか今までに経験したこともないようなスッキリとした気持ちになった。不思議だ、さわやかでなんの迷いも出てこない。柱のように真直ぐな気持ちにはなんとも言えない味わいがあり、整然とした中に安らかな本当の自由さがある。

以下は、M婦人が直接に書いた文章ではないが、M婦人の体験として、『禅の現代化』の著者・松崎氏が要約した文章である。

「‥‥七月に、今夏も高原を訪れ、だれもいない高原の中の道を歩いていると、雨にしっとりとぬれた木々の緑の世界に自分も染まるような気がし、少し離れた、いまは廃墟同然になった隣家のベランダの前に立って、樹木のうっそうと生い茂った庭をながめ、思い出にひたっているうちに、いつしかザアーザアー木の葉をゆるがせながら降りしきる雨の世界の中にとけこんでしまい、ふと気づいて、冷気のただよう夕もやの中の一筋黒く鮮やかな道を急いで家へと帰るとき、走る自分の動きが自分の動きでなく、真実・真理そのものの動きのように感じられた‥‥」。

この婦人は、松崎氏が催す会合に参加しはじめて二年ほどでこのような経験をするようになったという。しかし、この会合で、とくに座禅などはやっていなかったし、自分で特別に座禅をすることもなかったらしい。ただ、学校を卒業後は、聖書や歎異抄の研究・合気道・フルート・ボランティア活動など、多方面の経験と知見があり、そこに禅の探求と通ずるものがあったかも知れないという。

M婦人の体験が紹介されている『禅の現代化』という本の中で松崎氏は、どのように空を発見し、空を体得するかのプロセスを六段階に分けている。M婦人の体験は、その三段階目にあたるという。

ということでその六段階を松崎氏の記述にそって簡単にまとめておこう。松崎氏は、各自が毎日の生活の中で努力し、この世界に「空の世界を見、空の世界を生きるセンスをみずからの内に打開する"実験"」が必要なのだという。この実験は、自分の意識ないしセンスを徹底的に純化し、その純化された意識でまわりの世界を見ることである。そうすると、そこに清浄でかがやくような空の世界を見出して大安心し、自分自身も空なのだということを自覚するようになる。

★第一段階。この段階では、まわりの世界に対してpassive(受身的)な態度をとり、自分の心を純化し、深め、むなしくしようとこころみる。

★第二段階。第一段階の自分の心を空しくするというこことみを徹底させ自分の心の底を抜き、自分の主体の空であることを体験し、さらに客観世界も、むこう側が抜けて、実体というこのがない空なのだということを発見する段階。

★第三段階。空々たる世界の中を自己という"空たる主体"が空々として動くということで、いわば大悟徹底ともいうべき段階。この段階では、空々たる世界が身について、毎日、寝ても起きても空々として生活していける。しかそ、それはまだ「自分の努力」によってそうなっている。自力的な空の主体。M婦人の体験は、この段階の例として引かれている。

★第四段階。いよいよ「空の世界」に入る。これまでも、空々たる世界、空々たる主体と言ってきたが、自分の意識的な努力、自力がともなっていた。この自力を手放し、おのずから生成する自己の生命そのものに帰り、空々として生成する世界に同調する。仏教も捨て禅も捨て、それまでの自分の悟りの経験もすべて捨てさる。これまで自分がよりどころとしてきたものをきれいに心からぬぐいさり、純なる生命に帰ることによってはじめて空の世界にやわらかくつつまれる。

★第五段階。「見ぬく人」になる段階。つまり空の世界の中で個々の存在のリアリティを見ぬく「直観力」を身につける段階。

★第六段階。これは第五段階の見方が自由にできるようになった段階。

以上である。


松崎義雄、1929年生まれ。

著書
『「空」を楽しむ―新しい生き方』 (リーベル出版、1993年)
『 禅の現代化―観照の方法』(水書房、1990年)
『悟りに到る―漱石とブッダを読みながら』 (水書房、1988年)
『 禅の限界を超えて―空とヒューマニズム』(水書房、1987年)
『哲坐教室―真実の世界の体得 』(1977年)
『 存在の方法 』 (1975年)

 07/03/31追加


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