臨死体験・気功・瞑想 

覚醒・至高体験の事例集

心理学専攻の女性

  これは、心理学を専攻していたという、ある女性(当時23歳)の手記の一部である。(水島恵一『自己の心理学―人間性の探求 (1973年) (現代教養文庫) 』、社会思想社、1973年) 

  この女性のおかれた状況は、自分の命があと数カ月しかないというような絶対的な「限界状況」とは違う。しかし、とことん考え、苦しみぬいたという意味では、ある種の「限界状況」を体験しているとも言える。


  私は、自分の性格や生き方について悩んでいた。何か確かなものをつかみたいと考え続けていた。何日も考えているうちに頭の中は鉛がつまったように重く、まるで混 沌とした地面のそこにうずくまっているような苦しい状態に落ちこんだ。思考は停滞し、過去も未来もなくなり日常生活のできごとも心の中にはいってこない。ただ手足 のみが動いているにすぎなかった。そんな状態が一週間も続いてただろうか。(中略)
  ある日、周囲の現象や事物が今までとはどこか違ってみえることに気づいた。ひとつひとつの事物がなんとくっきり、あざやかにみえることか、店頭の果物や野菜までがぴちぴちと生きている。一輪の草花もその存在を主張するように明るく輝いて私に語りかけてくるようだ。私も共にあるそう強く感じると同時に深い感動と歓びが根底 からわきあがるのを覚え、何ものかに感謝し、叫びだしたい気持ちに襲われた。(中 略)
  そのように一瞬一瞬に生きることの素晴らしさを実感しているうちに、同時に生きることの限りないさびしさをも感じていることに気づいた。そのさびしさは死という ことからくるものであると直感していた。それまで頭の中で考えていた死ではなく、 私の中の中心的な何かがまさに死に直面しているようであった。将来の死に対する恐 れではなく、生を感じるその瞬間に死をも強烈に感じた。(中略)
  そして、そのことが他人をみる目を変えさせてしまっていた。どんな人をみても死を同時にみてしまうために、哀れというか、いじらしいというか、今その人が、その人なりに短い生を生きているというだけで愛さずにはいられなくなってしまう。現在、 共に存在しているというだけで他人にも自然のものすべてにも強い親しみを感じ、私 の心が広がっていき、それらを包みこんでしまう。そこには善も悪もなく、すべてを あるがままの姿で慈しむことができるようになっていた。

 この若い女性の手記は、さらに次のように続く。彼女はある日、窓辺の紫陽花にぼんやりと目をやっていた。そのとき、五月のさわやかな風が紫陽花の若葉をゆらした。と同時に、その葉の裏側から「まばゆい光」があふれでて、そのとき真理を悟ったという。

  それが全貌を現したのはほん一瞬であった。だがその瞬間に私を形造っていた枠組が飛び去るのをみた。ちょうど額縁から縁をとり去ると何も残らないように、私にも 私とよんでいたものはなくなった。今まで自分だと思っていたのは周囲の枠組というか表皮のようなものであったのだ。私の見出したものは無であり、これこそ真の自己 だと確信された。(中略)  

   私が真の自己であるとき、空気のように自由であり、どこにでも流れていき、すべての物や人々と融合することができた。私が樹をみると、その樹と私は光の糸でつな がれ、樹から溶け出すものと真の私が混じり合い、樹と私は一体になる。私は樹であり樹は私であった。森羅万象が私と一体であった。真の自己は私の本質であると同時 に他の人々の本質でもあり、自然の中にも全宇宙にもみちみちていた。真の私が流れ 出していき他の人々や自然と融合するとき、いうにいわれぬ深い安らぎと歓びに浸され、その瞬間こそ永遠だと感じられた。──永遠ということも真の自己が無であると知ったとき、初めて体験されたのだ。死により外側の仮の私はなくなるけれど、真の 自己は宇宙万物と共に永遠に存在するのだ。──私は自己をみつめていき、ついに真 の自己は無であることを実感した。今まで他人の目、評価、知識など外部からとってつけたれとものにがんじがらめになっていた外側の仮の私を知った。仮の私は真の自 己の前に何と空しいものであろう。‥‥‥  (水島恵一『自己の心理学』178〜182)

  この手記のなかで「私を形造っていた枠組」「仮の私」「表皮」などと呼ばれているものこそ、われわれ普通の人間が多少なりとも身につけてしまっている固定化した「自己」のことであろう。彼女は、その枠組みが瞬間に飛び去るのを見たという。その時、彼女は自分を真の自己=無と感じ、自分が森羅万象と一体であると感じた。「真の自己は私の本質であると同時に他の人々の本質でもあり、自然の中にも全宇宙にもみちみちていた」のである。これは、臨死体験者によって報告された「宇宙との一体感」とまさに同じ体験である。日常生活のなかで多かれ少なかれ固定化した「自己」が徐々に緩んで行くつく先にはこのように森羅万象と一体となる体験があるのであろう。

 

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