臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集 普通の人々の場合 2

 

無名庵 EO氏

 2001/7/1に、「虚無宇宙からの伝言」というサイトの監修・執筆者である鈴木方斬(ほうざん)氏からメールをいただいた。ヤフー掲示板から私のサイトにたどり着いたとのことで、相互リンクをしたいとの提案の内容だった。  

虚無宇宙からの伝言」については、かつて私のサイトの掲示板などでも話題となったので訪れたことがあったが、じっくり読むまでには至らなかった。  

このサイトは、無名庵EO(むみょうあん・エオ)氏の覚りと思想を紹介する。

EO氏について、サイトはこう紹介している。
「伝統や形式にしがみつく禅、そして導師を盲信的に信奉する各種瞑想センターとの、絶え間ない摩擦や反感の中を流れつつ、ひそかに彼の文書は多くの瞑想者や禅寺の座禅者たちに個人的な手紙や機関誌の形で配布された。仏法、禅、瞑想修行、TAOの裏街道ではカリスマ的存在として認識されている。その生涯に渡り、団体化、組織化、通俗的な師弟関係を完全に拒否し続ける。」

鈴木氏にいただいたメールには、「覚醒・至高体験事例集」に収録するのであればどうぞ、ということでEO氏の「神秘体験」が記されていた。それは、何かとてつもなく徹底した体験で、強い感銘を受けた。 是非、紹介させていただきたいと思い、その旨お返事を差し上げた。


 

「無名庵EO氏]の悟りの体験

◆事例1

あの爆発の日については、 昨日の事だったと言えばそうも言えなくもない。 なぜならば、あの日以来、 私には時間の経過感覚が全く存在しないからだ。

確かあの日の1日か2日前から、 私は自分の記憶が壊れてゆくのを感じていた。 何か2度と取り返しのつかない事が起きていると 私は痛烈に実感していた。

数カ月間にも渡って激しさを極めた、私の問いと苦悩が、 まるでそれ自体の力が尽きるかのように、 突然に減衰を始めたのを覚えている。 そして宇宙の実体への嫌悪の思考が、 私の意志に反して急激に失われてゆくのを感じた。

だが、それは完全に私の意に反していたのだ。 というのも私はもう少し考えたかったのだ。

たとえ自殺をする事になっても、 私は最後の最後まで自分で考え抜き、 それを記録に留めたかった。

だから思考が崩れてゆき、 どんどん自分の過去の記憶が消失し始めたときには、 私は大きな焦りさえ感じたものだ。

なぜだか分からないが、 もう2度と宇宙の事について哲学すらも出来なくなると 私は確信した。

だから私は急いで全てを書き留めた。 存在と無について自分が考えたこと、 そして実感した事を、たとえ誰一人として理解しなくても、 そのすべてをまだ私の記憶と思考力が僅かに残っているうちに 書き留めようとした。

あれほどに自分が思考に苦められたというのに、 とてもおかしな事だが、 いざ本当に思考が全く出来なくなる現象が起き始めた時に、 私はそこに若干の心地の悪ささえ感じたのだ。

というのも突き詰めた思索をする事が私に残っていた 「すべて」だったからだ。だが、 その私の「最後のすべて」であった、 その思索という行為すらも失われ始めたのだった。

もしもそれ以上そうやって生きていたら、 本当に自分がもう、 全くの何者でもなくなってしまうと私は感じた。

それが大悟の「一日前」の事だった。

苦悩の末に完全に自殺を覚悟して、 その直後に大悟が起きたというように以前には 「廃墟のブッダたち」のどこかに書いてしまったが、 実際には大悟の前には、 「とても奇妙な一日」が存在したのだった。

そこには、もう自殺願望はなかった。 だが、まだ決定的な変容の爆発はその日には起きなかった。 私の苦悩の最後の日と、大悟の最初の日の間には、 奇妙なほど静かな「不思議な一日」が挟まっていたのだった。

そして、不思議なほど静かな日の夜が過ぎて、

その翌朝それは起きた・・・・。  

それが起きたのは、たったの1秒の事だった。

いや、そんな時間すらも、そこには存在しなかったのだろう。

それは朝、私が目を開いた直後の事だった。

朝、目が覚めて上半身を半分だけ起こした、 その瞬間に・・・『それ』は起きた。

私は『あ・・・』と小声で言ったのを覚えている。 それは非常に小さな声だった。 それは、決して叫んだのではない。 それはまるで「うめき声」のようなものだった。

私がEOとして生まれた、最初の産声は 『あ』という、小さな呻き声だった。 そして、何もかものすべてが、 その瞬間で終わったのである。

断じて、それは決して始まりではなかった。 それは何かが新しく始まろうとする躍動でもなければ サイケデリックな神秘体験でもなかった。

そんなものを、ことごとく一切超越した、 完全なる『何か』の終焉だった。

だから、私は、新しい何かが始まったとも、 何かが起きたとも思わなかった。

まったく、そうではなく、 何かが完璧なまでに終わり、 そして私の世界の中に、何かが起きるということが、 それ以後完全に止んだという方が全く正しい。

その日の朝は、とても晴れていた。 時間は時計を見なかったので記憶にないが、 たぶん、午前中に起きたのだろう。 EOとして生まれた私が最初に見たのは、 天井の近くの白い壁だった。

しかしそれは絶対的に異常な体験だった。 まるで何億光年もの、遥か宇宙の彼方にまで伸びていた 私の意識が、一瞬にして自分の中心に引き戻されたのを感じた。

それは「前にも経験したことがある」 というようなものでは全然なかった。 それが実際には何億年もの生命経験の末に起きた事であると私は痛烈に感じた。

しかし同時にそれは、とてつもなく当たり前で、 「懐かしい感覚」だった。 しかし懐かしいと言っても、 それは幼少時代の感覚だの前世だのと、 そんな次元の懐かしさでは全くなかった。

おそらくは、私が宇宙に最初に誕生した時の感覚を、 気の遠くなるような時間と空間の旅の果てに、 たった『今ここで』、やっと思い出したという実感であった。

とても変な、たとえであるが、 ゴム紐を自分の腰につけたまま、 何億光年も遠くまで探求をしていた自分が、 一瞬でゴム紐に引き戻されて自分の身体の中心軸に、 音を立てて当たったという感じさえした。

そして「私ではない私」が、自分に向かって、こう言ったのだった。 『・・・お帰りなさい。本当に、長い間・・・・お疲れ様でした』。  

さて、その朝に、その事が起きて、 それが一種の「異常事態」である事を自覚した原因は、 私の中に思考というものが、全く出てこなかった事だった。

そんな日はそれまでの人生でただの一日、 いや、ただの1分すらもなかったからだ。

排尿の為にトイレへゆこうとする思考と、 空腹を認識するという思考以外には、 全く雑念のかけらも連想のかけらも私には浮かばなかったのだ。

その当然の結果として5感を通じて入ってくるすべての感覚には、 ただひとつの曇りもなかった。 私の頭の中には、心のおしゃべりなどはどこにもなかったからだ。

そして、EOとして生まれた者が最初に耳にしたのは、 カラスの鳴き声だった。

すべてはあまりにも当たり前だった。

しかしそれは並外れて当たり前だった。

それは、ただの当たり前ではなかった。

それは異常なほどの当たり前だった。

全く、いまだかつて経験したことのない当たり前さだった。

だから、それはほとんど「至福の中に全存在が溺れている」 と言ってもよかった。

数日間、どんな雑音にも私は、 どこからともなくやってくる嬉しさで微笑していたし、 自分の肉体の動きや自分の声がまるで他人のもののように思えた。 実際、その日から、肉体にもう一度慣れるのには、 何年もの時間がかかった。

大悟の瞬間の朝に『あ・・・』と言った後に、 身体をまるでスローモーションのようにゆっくり 起こしたのを覚えている。 そして、それ以来約2年ほど、私の動作は極度に遅くなった。

たった一日のその日を境にして私は瞬きも、視線の動きも、 動作も歩行も、何もかもがまるで老人のように、 ゆっくりとしてしまった。

その体験が、もしも一時的なものであったら、 何かの弾みで以前の状態に戻ったことだろう。 しかし、その至福感と、 異常なほどの肉体のくつろいだ「ゆるみ」は、強弱はあるものの、 それ以後も続いた。  

さて、生活をする上で最初に起きた不便さは言語障害だった。 前日まで普通にしゃべっていた人間が、 その日から、何かを言おうとしても、 途中で思考が絶対の静寂の中に吸い込まれてしまったのだ。 何かを話そうとしても途中で思考も唇も止まってしまうのだった。

そして、その停止した、ただの覚醒状態の静寂と、 完璧な無が私の新しい住み家となった。

歩くときには、まるで漂うように歩いていた。 時には、風が吹くと、本当に風に流されて歩いたことさえあった。 意識の焦点は常に頭上付近に浮いてしまったようになっていた。

全く、何も必要とせず、私は完全な満足に満たされていた。 いかなる不安もなかった。 かといって、それは決して自信や力ではなかった。 何もかもがOKだった。

しかし、それは肯定ではなかった。 肯定でも否定もなかった。 また具体的に何がOKというのではなかった。

そこには、ただ、完全な充足と静寂だけがあった。 正確な表現をするならば、私は悟ったというよりも、 『やれやれ、とうとう本当に狂ったようだ』と本気で思ったものだ。

ただし、それはとてつもなく「静かな狂気」だった。 その日、以来、実は私は、 ただの狂人になったのだと言われても全くそうなのかもしれない。

・・・・・・・・・

◆事例1の補足

あの時私は、もう生きる意志はなかった。 だが死ぬ意志があった。 しかし死ねないまま、まだ生きていた。

この苦しみがあまりに苦しいので私は狂う寸前にいた。 何週間も、毎日毎日、死ぬか生きるかの、 たった二つしか思考することがないのだった。

この苦しみがあまりに苦しく、 また毎日休みなく長期間続いたので、 思わず、私は心の中でこう叫んだ。 ]

『ならば、それほど苦しめるなら、 もっと苦しめろ、勝手にやってくれ! このまま一生狂ってやるから、もっと悲惨で苦しいのも結構だ。 ほら、出て来い『生きる恐怖』よ。 この生き地獄で狂ってやる!』と、

そう思って私は苦しみ自体に開き直った。

しかし、実は、人には死ぬことよりも恐れることがある。 それは自分が狂ったまま、周りに迷惑をかけながら、 醜態をさらして生きて行くことだ。  

だが、とうとう、あまりの無力さに抵抗力もなくなった私には、 「狂う覚悟」が完全にできあがっていた。  

そして、その瞬間だった。

それはたった3秒の出来事だった。

いや、実際には、その引き金を引くのに要した時間は、 一瞬だったのだろう。  

完全な手放し、
完全な絶望、
完全な狂気、
発狂へのあきらめ、
自殺の決意、
そして、その直後の、もはや、 何も思うことすら残っていない『完全なる思考の沈黙』の中で、  

・・・気がついた・・・

私が誰だったのか。

何が私の実体だったのか。

私は何か。

生きる意志もなく、 死を恐怖していない私が、 なおも苦しんでいる。 それは生きる恐怖によってだ。

そして誰が、死ぬ苦しみと生きる苦しみの両方の苦しみを、 生み出しているのかを。 それは私の観念だった。思考だった。

ところが苦しみを逆に『待つ』ように開き直ったところが 何も出て来ない。いくら待てども出て来ない。

最後の思考であった、『死にたい』という思考が私から分離した。 私の中の生存欲の思考と、死への切望が本当に全滅した。  

その時、、

どんな思考もないままで

全く何も苦しんでいない何かがそこにいた。  

それが『これ』だった。

それが『・』だった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・  

過去に悟った人々はそれを『永遠の魂』という。 だが、私にはそうは見えない。 確かにそれは思考によって死んだり、傷付いたりしない。 それはどんな思考も無効になる。 たとえ精神がすべて死んだとしても、それは残ることは確実だ。

だが、それが永遠かどうかなど誰も分からない。 我々の知ったことじゃない。 たぶん、永遠生命とでも吹き込めば、 人々が必死に求めるだろうと配慮した 過去のどこかの老師たちの仕業に違いない。 だが、これには永遠の保証などない。  

それには実体がない。

これは、ただ在る。 ただ、

今ここに『いるだけ』だ。

ただの実存そのものだ。

そこには個性もないし情報もない。価値もない。観念もない。 それは、全く何もなくても『ただ存在できる』ものだった。

私は一生、食べるものとトイレ以外に窓もなにもない部屋に、 永久に閉じ込められても、死ぬまでニコニコしていることだろう。  

私は全宇宙の外へ出た。 そしてその絶対の闇の中で思考を一度すべて、残らず殺された。 残るものは意識だけだった。

自分が途方もない馬鹿で、世界で最も何も知らないものに思えた。 事実、私は今でも何もしらない。

ただいる。 たまにこうして物を書くときに思考はするし記憶も引き出す。 だが、終われば聞こえるのはカラスの声だけ・・・。 そして私は「くつろぐ」。

私は何もなくてもいい。何かあってもいい。どちらでもいい。 そういえば、私が悟りを開いたとき、私は横たわっていた。 カラスの鳴き声がしてた。ただ、それだけだった。

私は山に入って瞑想したわけでもなく、 姿勢を正して瞑想していたわけでもない。 まるで精神病患者のように、 自宅で毎日毎日うずくまっていただけだ。

そして、あるとき、『それ』が起きた。 そこにあったのは、あたりまえの日常だった。 当たり前のことだった。

あまりにも当たり前すぎて、にっこりと笑った。

外はカラスの声。日だまりのあたたかさ。

生まれて初めて、私は緩んだ。くつろいだ。

そうしたら、そこが自分だった。

いや、自分というものは、もう存在しなかった。

それは意識そのものだった。

それはただ『存在だけしていた』。

それから何日も何十日も、 全くなんの思考も出て来ない日々が続いた。 空腹を感じたり立ってトイレにいく事に必要となる思考以外には、 自己意識はおろか、何時間も殆ど全く何も思考そのものがなかった。 こんなことは、それまでにはあり得なかった。

そしてただ横たわり、座れば何も考えず、何も見ず、読まず、 寝て起きて、呼吸をして『いる』だけで満足だった。 そして『それ』は今も『在り』続けている。

私は社会で働いて生活もしている。だから思考は生じる。 だが、それは用が済めば終わりだ。また、私はただそこに『いる』。

自分がどういう人間だとか、もう分からないし説明も出来ない。 ときどき自分が分からなくなる。 そんなときは私は分からないままでいい。 だいたい『もともと何者でもない』のに、 自分が何だかが分かる方がおかしい。 それは夢だ。

あらゆる自己同一化はただの夢だ。
私はこういう人間だなどという自己主張は全部ただの思考だ。

◆事例2

ある朝、私は勤め先に向かって歩いていた。 月曜日だった。 前日の雨の水溜り、雑草、カラス、電信柱、 そしてゴダゴタに捨てられたゴミ、 道路、コンクリート、そして、そこに死んでいるドブネズミ。 その何もかもが、私に『挨拶』をしていたのだ。

それは無言の沈黙の挨拶だ。 別に沈黙したままテレパシーで『おはよう』などと 言っているわけではない。 その「沈黙そのもの」が、万物の最高の挨拶なのだ。

自然の中に、いちいち挨拶するような草も生物もいない。 そんな騒々しいのは人間だけだ。 自然は挨拶などしない。なぜならば、 その沈黙の中に、絶え間なく、 最高の礼節の挨拶がなされ続けているからだ。

私は万物の沈黙の挨拶に耐えられず目を閉じて歩いたものだ。 ちょっと屈折した言い方をすれば、 いちいち、すべてのものが私に挨拶をするので、 私は少々疲れてしまったのだ。 だから、あまりちゃんと物を見ないことにした。

会社に着くと、いつものように、私はゆっくりと、 小さくうなづくだけで、 小声でしかたなく、「・・・ようございます」とだけ言った。 実は最後の『います』が私の本当の挨拶、メッセージなのだが。

朝っぱら、顔を合わせれば、 お互いに『いる』のは分かり切った事だ。 何もいちいち他人の内面の静寂を壊してまでも 元気よく愛想を振り撒く必要などなかろう。

こうして通勤するまでに、 万物と挨拶を交わして満たされたせいで、 いざ到着して、人間に挨拶などすると、 本当に、、、まったく、、、 色あせて、、まったく、馬鹿みたいだ。 ・・・沈黙のほうが美しい。

そしてそれがTAOの旅人たちの本当の礼儀だ。 ・・・・・・・・・

つまり、あなたたちと人間以外のものは、 たえまなく、いまここに、目覚めて、 光明に、なりっぱなしなのだ。 あなたが、寝ぼけているだけなのだ。 虚栄や思考や探求や未来や過去に泥まみれになって見えないだけだ。

だから、あなたの、そのしっくりこない虚無感や退屈や 落ち着かない内面のすべては、
実は、あなたと万物の間の意識の次元の誤差が原因でもある。

一度、あなたがくだらない思考を全部捨て、
(むろんその中には瞑想などという観念も含まれるが)、
それらを放下して、ただあなたの意識だけの存在と共に、
ただそうして無能で無害で、 最低であることに落ち着いていれば、
あなたの回りのゴミや物質にいたるまで、
全部があなたとともに、 存在や死を満喫しているのが解るだろう。

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EO氏の以上の「宗教的体験」についての原文は
以下↓のアドレスにあります。
http://www.age.ne.jp/x/mumyouan/e/eoex.html
また、悟りの中で書かれた「詩句集」などは↓にあります。 http://www.age.ne.jp/x/mumyouan/e/eosiku.html
元のホームページは↓です。
http://www.age.ne.jp/x/mumyouan/e/eo-i.html  


01/7/12 追加

             

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