臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集 普通の人々の場合 2

 

ナチュさん 


何十万とあるサイトの中には、ご自身の覚醒・至高体験をサイト上に公開されている方もおられるだろうと思い、調べてみたところ、2〜3のサイトが見つかりました。  

ナチュさんという方は、大学入学後4年ほどたったある日、 人生観をすっかり変えてしまうような体験、「私も目に見える範囲の全てと主観が重なる体験」をしたといいます。その体験が元になって、

ASTREA

というホームページを作ったということです。   

彼女の体験は、

「人類みな一体!? すべてが私であること」

というページに詳しく書かれています。ここには、その出だしの部分のみ紹介させていただきます。


大学生になって4年目かその翌年頃の話です。

夜景の名所と言われる新宿のとこか高いビルから東京の街を眺めたくて、私は夕暮れ時を狙って一人でNSビルへ入っていきました。

その日の日暮れは、特に辺りが夕焼けに染まることもなく、ただ空は煙ったように暗い水色に変わってゆき、やがて暗青色になり、そして夜がやってきました。
下のほうでは車たちがライトを点し、ぽつぽつと遠いマンションの窓にも明かりが見え、いつものようにただぼーっと煌く夜景を眺めていました。(いいですねぇ、一人夜景を見る女子大生。でも端からは小学生しか見えなかった可能性が大きいです)

こんなに普通の、何でもないような場面で、その時、私の人生観をすっかり変えてしまうような体験が起きたんです。

ふ、と車の往来する下界がまるでおもちゃのように感じられ、信号の前で大人しく待っては青信号で素直に流れ出すそのさまは無邪気な小さい子供たちの整列した姿のように見え、言いようも無く可愛らしいものに思えました。
突如、私の中にこの地面をかき集めてぎゅぅっと胸に抱きしめたい!というせつなくて強い衝動が湧き起こりました。
その瞬間、恐ろしい勢いで眼前の空間が私の中にまるで吸い込まれるように流れ込んでくるのを感じました。
そして次の瞬間には、目に見えているこの世のすべて・・・人間も、植物も、建物も・・・それらの主観がいちどきに自分の主観となったのです。 車や夜の街が「愛しい」ものに見えてから「自分の主観が拡大してしまった」ここまで、ほんの一瞬の出来事でした。

人間以外の、ゴキブリやネズミや犬猫たちの、鮮明ではないけれど明らかな自我意識や、街路樹やビジネスビルの、漠然とした意識を主観的にとらえるなどという事は、私の有能とは言えない頭で考えただけではおよびもつかないものだと思います。
明らかにその時、私は「体験」したのです。

それらの「感覚」のうち殆どの強い力を人間が持っているのです。
総量に対する割合ももちろん、まるで意識の世界は人間が仕切っているかのようでした。

膨大な数の生命体と非生命体。それらをすべて包含したその時、自分は一体どれだけ巨大になったのでしょう・・・その意識と意志の全てが、明らかに同じひとつのもののさまざまな相でなかったなら、「その時の彼ら」自身でもある「その時の私」がどうやって存在できているのか説明が付きません。

それにしても、外から他人を観察するのではなく、「自分が実は他人だった」というこの感覚が想像できるでしょうか。


ナチュさんの文章は、このあとも続きますが、それは直接ナチュさんのサイトへ飛んでお読みください。なお、この体験の前段をなすような「ポッキーと常磐線」という文章に描かれた体験もぜひお読み下さい。「人類みな一体!?」のすぐ上に見つかります。

01/5/6 追加


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