覚醒・至高体験の事例集  「世界が輝く」体験の場合


ある精神科医

 上にその体験を投稿していただいたM・Kさんから、またメールをいただきました。彼がある本の中で見つけた至高体験の事例を書き写し「ある精神科医の光 輝く体験」として送って下さったのです。こうして、この事例集に追加すべき体験を送っていただけることは、わたしにとって本当にうれしいことです。M・Kさんに深く感謝したいと思います。

 M・Kさんが送ってくれた書名と著者の略歴、および本文です。

書名:『迷いのち晴れ―人生の悩みに答える七つの話 』 
(医学博士 近藤章久 著 柏樹社 1989年初版)のP164   ”一枝の菊すら成仏す”から

著者の略歴:
1911年山口県生れ(下記の岸元首相と同郷のようです)。 東大法学部卒業。
さらに慈恵医大を卒業し、アメリカに留学、ニューヨークのアメリカ精神分析研究所 に入所して、カレン・ホーナイの指導を受ける。 帰国後、精神科(森田療法を主体 とする)近藤クリニックを開設し治療に従事す。

  「一枝の菊すら成仏す」 

−− 元総理大臣の岸信介さんと若い頃、議論したことが あるんです。 岸さんは私に親切に「せっかく東大の法科を出たのだから国のために 尽くして、立身出世の道をとれよ」といわれるのです。
 その気になったのですが、 しかし「いまの時代にゴルフができるんだよ」−その一言を聞いたときにカッとなっ てしまいました。
 当時は不況で一家心中が多かったんです。 親が窓や障子の隙間 に目張りをして子どもを寝かしつけたあと、ガスを静かに放って死んだものです。

  そういう時代に『役人はラクなんだよ。 こうしてゴルフができるんだから。 そし て次官ぐらいになったら横すべりして他のところにいけばいいんだから」ということ を聞いたときに、馬鹿正直で純粋にもアホウがつくけれと゛も、若気の至りで、僕は 怒っちゃったんです。
 「それが官吏であるならば、私は官吏になるのはいやだ。  そもそも、あなたのゴルフは何のおかげでできるのですか? それは自殺までしてい る人間が出した税金によってできていることではないですか。 それをいい気持ちだ といっておれるような官吏の生活だつたら私にはできません」。
 現在でも多くの人 たちの願いは、みんな立身出世ですよ。 それで人生を生きたいというのなら、それ はそれでいいでしょう。 まずそれが常識ですね。
 私はその常識を否定したので す。 何か他のことをやらねばと一生懸命やってみましたが、やってみると、これはまた利 欲を目的にした仕事をしなければならない。 けれども、それでは自分が満足できな い。

 そこでどう自分の人生を生きてよいかわからなくなってしまって、何がなんだ かわからないまま、毎日苦しんでいました。
 そうしているうちに、だんだん心身と もに無気力となり、ごはんも食べられなくなり、おまけにノドに腫れものができてし まい、生きるか、死ぬかの状態になってしまいました。結局、生きることに絶望した んですね。 医学的にいえば、心身症と呼ばれるものです。

 そうなると、自分はも う死ぬんだと思う気持ちしかなくなってしまいました。
  そばを見ると家内が寝てい るが,家内を起こしても何の役にも立たない。 自分はただ目をさまして横たわって いるよりしようがない。

 すると自分の体のなかから突然突き上げるように「座れ, 座れ』という声が聞こえてきたのです。 そこで弱りきった体を起こして、その声に 促され、座って、じっとしていたわけです。 

  そうしていたらいつの間にか夜が明けて、太陽の光がそそいできました。
 そのとき 自分の目の前にたまたま小さな菊の花があったのですが、その花にさっと日の光が 当った瞬間、そのきらめきというか、輝きというか、すばらしい光が僕にパッと迫 り、体に入りました。
 そして僕のなかに『一枝の菊すら成仏す、如何にいわんや汝 においておや」という声が大きく響き渡りました。 菊すら成仏しているではない か、おまえも同じように生かされている、なんたるありがたいことか、という思いと 共に、そのとき自然に手を合わせて『一切草木悉皆成仏」といったのですが、庭にあ るすべてのものが何を見てもキラキラと光り輝いて僕には見えるのです. その一つ一つに思わず手を合わせて合掌し,礼拝するということしかなかったので す。 
  その光の世界のなかに包まれて,生かされている力を全身に感じました。
 僕も庭の 菊も、またそこにある朴の木や、様様な雑草や雑木に至るまで同じように成仏して共 に生きている姿というものを感じ、そういう世界というものがあるのが体験できたのです。

  他人にとってはつまらない体験かもしれませんが、自分にとっては大きな救いでした ね。 そうやって飛び上がるようなよろこびの何日かをすごしているうちに、当時、赤紙と いうのですが、召集令状がきました。

 最初に令状を受け取った弟は,私が弱り切っ ていることを知っているので、驚かせないために一日中召集令状を自分で握っていた のですが、いつまでもそうするわけにいかず、私のところへきました。 ところが私 が意外に元気な顔をしているので、安心して令状を渡してくれました。 

  当時の戦況で、召集ということは死を意味していました。 けれども、弟に令状を渡 されたとき、 ちっとも動揺しませんでした。 自分はもう、自分が生まれてきた意味がわかったか らいつでも満足して死ねるという気持ちでした。  

−−−以下略−−−

 なお、この本によると、この著者は、禅など仏教についてもかなり知識を持ち、傾倒 しておられたようです。

00/5/7 追加

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