臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集  ヨーガ行者の場合

 

ゴーピ・クリシュナ

ごく一部の研究家やヨーガ行者のあいだでしか知られていなかったクンダリニーの教説が、世に広く知られるようになったのは、ヨーガ行者ゴーピ・クリシュナの『クンダリニー 』という著作が1967年に英語で出版されて以来である。この著作でゴーピ・クリシュナは、自分自身のクンダリニーが覚醒していく過程をつぶさに、かつ具体的に語り、その身体的・精神的な変容の有り様を克明に記録した。

この著作は、東洋の行法に関心をもつヨーロッパやアメリカの若者たちに広く読まれ、クンダリニーを覚醒をめざしてヨーガ行法を行うものが続出したという。

ゴーピ・クリシュナは、1903年にインド・カシミールに生まれた。父が世捨て人同然の修行者となってヒマラヤに入ってから、母の期待と愛情を一身に受けて大学に進学。しかし読書に夢中になりすぎて、専門課程への進級試験に落第してしまう。その挫折を契機にして熱心なヨーガの行者となり、昼はカシミール州政府の中級官吏として黙々と堅実な生活を続けながら、毎朝早く休むことなく瞑想の行を続けるのである。

それから17年目、34歳の時、突如として予期せぬクンダリニーの上昇を体験する。 それは最初、筆舌につくし難い至上の幸福感をともなったが、しかし直後に死と隣り合わせの危険と辛苦に満ちた体験に変わる。クンダリニーがシュスムナ管以外のナディ(管)、特に脊髄の右側にあるピンガラから誤って上がると、心身にきわめて重大な混乱がおこり、制御できない体内熱のために時には死を招くことさえあるという。彼は、その最悪の場合を体験をしのだ。「体内の器官や筋肉が花火で焼き切られるような、無数の灼熱の針が身体中を走りまわっているような」苦痛が数週間も続いた。精神錯乱の一歩手前までいったとき、ふと正気にもどった彼は最後の賭けをする。もしクンダリニーがシュスムナ管の右側のピンガラを上ったのであれば、その左側の気道イダを開くこどでピンガラの焦熱を中和できるのではないか。彼は、最後の気力をふりしぼって一心にイダの気道が開くように念じる。すると、それを待っていたかのように奇跡が起こったのである。

 「パチンと気道に音がしたかと思うと、銀色の流れが白蛇の這うがごとく脊髄をジ グザグ状に動いて昇り、最後に生命エネルギーの光り輝く滝となって脳髄に降りそそいだのである。それまで3時間あまりも私を苦しめていた火焔にかわり、至福の白光 で私の頭はみたされた。少し前まで私の神経組織をはせめぐっていた火の流れが、このように突然変わったことに驚き怪しみながらも、私は苦痛がやんだことに深い喜びを感じていた。」

こうして危機を脱したのちも、クンダリニーの光は、彼の中で不断に発光し続けた。それはもはや、焼きつくすような熱気ではなく、すべてをいやす快い温かさをともなっていた。その光によって彼の脳や神経組織は再調整され、意識は、確実に覚醒に向かって拡大していった。彼は、自らの意識の変化をつぎのように語る。

「私は、子供の時から慣れ親しんできた自我に統御された一つの意識単位から一挙に拡大し、光り輝く意識の輪となり、最大限のところまでずんずん大きくなっていった。『私という感じ』は以前と変わらないものの、それはもはや一つの小さく固まった存在ではなくなった。私は四方八方の広大な次元に通達する光り輝く意識の球体の中に包みこまれていた。
 適切な比喩もないが、しいていえば、小さな明かりから出発した私の意識はしだいに大きな光の海に成長し、気がついてみると、自分のまわりを近くからあるいは遠くからとりまく歓喜を放射する大きな意識の中にひたされていた。」

それは、「認識主体がより広大な視野を獲得」し、「以前より大きくなった表層意識に世界が映しだされる」ような体験だった。その後、瞑想中の喜悦のなかで自己の限界を超えたエネルギーの噴出を許してしまい、再び灼熱のクンダリニーに苦しめられるようなこともあったが、そうした経験を経て彼の意識の座が限りなく広がっていくのも事実だった。彼はつぎのようにもいう。

 「肉体と環境に束縛されていたはずの自分の存在が、名状しがたい形で、とてつもなく大きな人格として拡大し、自分のまわりにある宇宙が不思議にも内在する感じがして、意識そのものといえる大きな宇宙と自分が、自分の内部ですぐさま直接に接触できるのであった。」

こうしてゴーピ・クリシュナの意識の場は拡大するが、同時に彼は、「自分の内と外に知覚するものがゆっくりと輝きをまし始めていたこと」に気がつくのである。たとえば彼は、その知覚の変化をつぎのように語る。  

「眼前にある景色は私がよく見慣れていたものであったし、またある意味で、その出来事以前から私がなじんでいたものであった。しかし、私が現に見ていたものは、私を驚きのあまり棒立ちにささるほど異常なものであたった。この世のものとも思われない、何かおとぎの国のような風景が私の前にあった。  

古めかしい風雨にさらされた建物の正面には別にこれという飾りもなく、その上に青空が拡がっていた。さんさんとした陽の光の中で、建物も空も美しい、しかも荘厳味あふれた銀色の光沢に輝いていて、それがまた、筆舌につくしがたい驚くほど微妙な陰影効果をかもしだしていた。驚き怪しみながら別の方向に目を転ずると、そこで もまたあらゆるものが美しい銀色に輝いていた。あきらかに私のクンダリニー開発は 新段階に到達していたのである。私がどちらを向いても何を見ても知覚したあの銀色 の光沢は、物体から発していたのではなく、あきらかに自分自身の内部にある光が投射されたものにほかならなかった。」

 こうした意識と知覚の変化ののち、46歳になった彼に突如として詩人としの才能があらわれた。素晴らしい詩句が、インスピレーションのようにひらめくようになり、その詩集の発行などによって彼の名は全インドに知られていった。


 03/0/0追加

 

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