◇臨死体験・気功・瞑想

覚醒・至高体験の事例集  気功家の場合

 

植芝盛平氏

以下は合気道の開祖・植芝盛平の体験である。植芝盛平著『合気神髄―合気道開祖・植芝盛平語録 』より収録した。

この体験をする以前に植芝盛平は、各流派の武道を遍歴し、とくに竹田惣角からは大東流柔術を学んで、その免許を得ている。37歳のころには、修行道場・「植芝塾」を開設するが、自らの武道を本格的に「合気の道」と称して主唱しはじめるのは、42歳の頃のこの体験で武道の新境涯を開いて以後のことである。


たしか大正14年の春だったと思う。私が一人で庭を散歩していると、突然天地が動揺して、大地から黄金の気がふきあがり、私の身体をつつむと共に、私自身も黄金体と化したような感じがした。それと同時に、心身共に軽くなり、小鳥のささやきの意味もわかり、この宇宙を創造された神の心が、はっきり理解できるようになった。

その瞬間、私は『武道の根源は、神の愛――万有愛護の精神――である』と悟り得て、法悦の涙がとめどなく頬を流れた。その時以来、私は、この地球全体が我が家、日月星辰はことごとく我がものと感じるようになり、眼前の地位や、名誉や、財宝はもち ろんのこと、強くなろうという執着も一切なくなった。   

『武道とは、腕力や凶器をふるって相手の人間を倒したり、兵器などで世界を破壊 に導くことではない。真の武道とは、宇宙の気をととのえ、世界の平和をまもり、森 羅万象を正しく生産し、まもり育てることである』と私は悟った。すなわち『武道の 鍛練とは、森羅万象を正しく産み、まもり、育てる神の愛の力を、我が心身の内で鍛練することである。

また別の箇所で植芝は、つぎのようにも言っている。

私は武道を通じて肉体の鍛練をし、その極意をきわめたが、武道を通じて、はじめて宇宙の神髄を掴んだとき、人間は『心』と『肉体』と、それをむすぶ『気』の三つが完全に一致して、しかも宇宙万有の活動と調和しなければいけないと悟った。 『気の妙用』によって、個人の心と肉体を調和し、また個人と全宇宙との関係を調和するのである。


◆植芝盛平 うえしばもりへい 1883‐1969 (明治 16‐昭和 44)

武術家。和歌山県出身。 20 歳代前半までに天神真楊流,柳生流等の柔術や銃剣術を学び,武術的資質と強靭な体力を養った。また講道館柔道も学ぶ。

1915 年に,大東流中興の祖といわれ剣・槍・柔術などに長じていた武田惣角に師事する。

1920 年から綾部の大本教本部に居住し,出口王仁三郎から精神的影響を受けた。その後宝蔵院流槍術,柳生新陰流など剣術の研鑽にも努め,

1922 年には大東流の教授代理を許された。
1931 年ころからしだいに武田を離れ,合気武術,合気武道と称して独立,
1942 年以後合気道と称して戦後これを普及させた。

敬神家の彼は合気道の修行すなわち神道の行法であり, 〈真理の鍛錬〉であるとした。

著書に《武道練習》 (1933),《武道伝書》 (1938) など。 (志々田 文明 : ネットで百科@Home 「世界大百科事典」より)


 03/0/0追加


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